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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
偶像恋愛編
137/370

137話:仮面アイドル伊達花美・其ノ一

 仮面アイドルとしてまず頭に浮かぶのが、仮面や覆面、紙袋、ベール等で顔を隠し、公開しないアイドルだろう。しかし、この場合の仮面アイドルとは異なる。


 伊達(だて)花美(はなび)は、仮面アイドルである。しかし、その仮面とは、目に見えるものではない。心の仮面である。


「さて、と、ここまで来れば大丈夫でしょう」


 社長室から出た花火は、マネージャーに、まだ話が終わっていないことと、少しプライベートな連絡を取るために席を外したので、社外に出ることを伝え、会社から少し離れた公園の公衆トイレにいた。


 公衆トイレは、不衛生な印象があるだろうが、この公衆トイレは異なる。都内でも珍しい、完全管理型の公園である原麗公園は、開園が午前7時、閉園が午後6時と決められており、完全に柵で囲われているために、浮浪者や不審者が侵入したり、寝泊まりしたりすることがないため、綺麗で広い公衆トイレが設置されているのだ。


 花火は、個室に入り、伊達メガネを外す。そして、盛大に息を吐く。まるで、体中の酸素を出しきらんばかりに息を吐いたところで、電話を掛ける。

 呼び出し音から数秒、数コールの後に、電話の相手が出る。


「あ、もしもしぃ~、久しぶりぃ~、元気してた?雷司きゅん!」


 先ほどまでとは別人のような口調で、花火は電話の向こうへと話しかける。電話の向こうの青葉雷司は、疲れ果てた様な声で対応する。


「お久しぶりです、副会長」


 生徒会副会長、林中花火。それが、青葉雷司の知る、林中花火という人物だった。行方不明になった紫泉(しせん)鮮葉(あざは)の代わりに答辞を読んだ人物でもある。


 そもそも、雷司の通う、三鷹丘学園高等部は、特殊な環境ゆえに、生徒会というものが存在する年と存在しない年がある。この条件に則るのならば、雷司が生徒会に入ってしかるべきなのだが、雷司や月乃(ゆえの)、煉夜は生徒会入りを拒否しているため、現在は生徒会が無い状況にある。

 その基準を知っているのは学園の運営と生徒会に入っている人間と「チーム三鷹丘」関係者くらいなので、煉夜は知らない。


 その基準とは、――異能を有すること。魔法であれ、超能力であれ、超常的な身体能力であれ、生徒会に入るのそれらを持つ者である。三鷹丘という土地柄は、かつてそこに存在した「あるもの」故か、非常に異能を生みやすい場所になっている。それゆえに、その異能関連の事件や事象を解決するために組織されているのが生徒会である。


 ある意味では、X組も同様だ。異能に近い天才たちを隔離する意味で、存在するクラスとも言える。それゆえに、紫泉鮮葉の様にX組で生徒会入りするのは稀なケースであった。


「もぅ、副会長じゃなくて、花火ちゃん、って呼んでって言ってるじゃん。雷司きゅんの照・れ・屋・さん」


 この人格が丸ごと入替ったかのような花火の言動も、異能である。分類的には、雷司の父曰く「超能力と多重人格の狭間」。似た様な能力として、風塵(ふうじん)楓和菜(ふわな)の多含心理があるが、あれはあくまで、人格の分離は副次的な作用である。また、能力等を使わない例として、望月(もちづき)姫毬(ひまり)のような例もある。


 その能力名は、「仮面少女(マルチフェイス)」。ある要因(ファクター)(ベース)にあらゆる人格に切り替える能力である。例えば、清楚系アイドル、伊達花美に対する要因は「黒ぶちの伊達メガネ」であり、それの付け外しが人格の切り替えになる。


 かつて、超電磁抜刀(ハイパーブレード)伊達(だて)政胸(まさむね)に対する要因は眼帯を設定していた。政胸の時は、Dカップを売りにしている以上、露出が増えることが予想されていた。そのため、下手に鎧などにして、グラビアの依頼が来ると脱げないので、伊達政宗に名前を借りている以上、必要な部分として眼帯にしていたのだ。


 そして、このぶち壊れたかのような喋り方の人格こそが、元の林中花火の人格なのである。煉夜や雷司が、伊達政胸のことを妙に他人行儀に話していたのも、煉夜にとって知人なのは林中花火であって伊達政胸ではなかったというだけの話である。


「それで、最近売れっ子になった、売り出し中のアイドル、伊達花美さんともあろう人が、何用でしょうか?」


 雷司は、若干、……否、かなり林中花火という人物が苦手である。煉夜は「愉快だな」程度にしか思っていなかったし、花火の人格が切り替わることも多重人格だと思い込んでいたため、おかしな先輩というイメージだが、雷司の中では異なる。


 異能によって人格を制御できるということは、この訳の分からない性格以外のまともな性格で、まともに学校生活を送れるはずの彼女があえて、この性格のまま学校生活を送っているとしか思えないからだ。


「いやぁん、もう、雷司きゅんたら冷たいぃ。女の子にはもっと優しくしなきゃダ・メ・だ・ぞっっっ!」


 話が進まないことこの上ない喋り方に、雷司はイラつく。もう少しまともなら、雷司も優しくするだろうが、彼女相手に、優しくしていたらまともな会話にならないことを知っているがゆえに、常に軌道修正する方向で話しているのだ。


「用がないなら切りますよ?」


 そして、困ったときのこの言葉である。この言葉を使えば、基本的に花火が本題に入ってくれる。ただし多用しすぎると、「もうぅ、雷司きゅんたらせっかちさんなんだからぁ」と別方向に話が広がるため多多用できない。


「もうぅ……仕方ないにゃあ、雷司きゅんには、とあるアイドルのPを頼みたいのぉ、Pを」


 この場合のPとは、プロデュースのことである。花火の勝手な隠語であるが、プロデューサーのことを、名前にPをつけて呼ぶこともあることからありえない言葉ではないだろう。


「……すみませんが、今、俺と月乃は所用で海外にいまして、煉夜を当たってください」


 不自然な間があったが、雷司の言葉が嘘か本当かは当人のみが知る。とにかく、煉夜に押し付けた雷司である。


「そっかぁ……ざぁんねん。じゃあ、煉夜きゅんにアタックしてみるぅ」


 そうして、電話を切ろうとする花火に、雷司はため息交じりに忠告を言う。その忠告は、ある意味当たり前の忠告であった。


「今、海外にいる俺だから電話に出れましたけど、煉夜は普通に授業中なので、時間を考えて連絡してくださいね?」


 当然のことながら午前中であり、今日は平日であった。雷司は電話に出られたものの、普通はこの時間、学校で授業を受けている。このあたりが、一般的な会社とは違うアイドル故の問題だろう。

 アイドルだけではなく芸能人、タレントと呼ばれる職種は、概ね、一般的なサラリーマンとは違うスケジュールで動いている。いわゆる、声優などもそのカテゴリーに入る。基本的な活動は、全て、「相手」によって判断されるのだ。具体的に言えば、収録のスタジオの使用時間などである。そのため、一般的な平日や休日に関係なく、スケジュールに空きがある時間、日が休みである。

 他にも、作家などもサラリーマンとは違う感覚であり、締め切りまでの時間を自由に使っているものの、モノを納品できなければ意味がないという自由なようで自由ではない職業である。


 一般的な学生や職種における休日・平日の概念とは異なるがゆえに、つい、数年前まで、というより一年前まで、だが、過ごしていた高校生活という感覚をすっかり失っている花火は、学校の時間割というものを完全に失念していた。


「そぉっかぁ……、うん、気を付けるよぉ、じゃあ、またねっっっ!」


 実際のところ、花火は、煉夜が転校したという事実を知らない。そのため、時間割的には、三鷹丘学園の時間割を思い浮かべる。しかしながら、三鷹丘学園の時間割は少々特殊である。まず、科目数が多いこともあり、通常の高校であると六限程度の時間割が、七、八限と続くこともある。進学校というだけあって、その辺の授業数や選択科目、補足授業の量は、私立九白井(くしろい)高校の理数科なんかでも比べ物にならないくらい多い。


 それゆえに、全ての科目が終わるのを待つのは、花火には到底時間が足りないので、休み時間に電話をするという選択肢しかない。なので、頃合いを見計らって、花火は電話を掛ける。


 雷司の時とは違い、電話に出るまで、少し時間を要したものの、無事に電話はつながった。


「あ、もしもしぃ~、煉夜きゅん、お久ぁ、花火だよっっっ!」


 電話口から聞こえてくるハイテンションな声に対して、電話の向こうの煉夜はというと、淡々としたものだった。


「お久しぶりです、林中先輩。珍しいですね、雷司のところではなく、俺のところに電話をかけてくるなんて」


 煉夜は、鮮葉にはとある事情から敬語を使っていないが、目上の人間である花火には敬語を使っている。


「ううん、雷司きゅんにはもうかけたよっっっ!でも断られちったのっっっ!」


 ハイテンションな語り口もものともしない煉夜は、普通に対応する。そもそも、煉夜からしてみれば、相手が話しているのが「言葉」であれば、それなりに自動で翻訳されているわけで、このハイテンションな語り口も、普通の言葉に聞こえなくもない。


「なるほど、それで俺に回ってきた、と。別に不満はありませんが、どのようなよう用事なのですか?林中先輩からの要望にそうそう応えられるような気はしないんですが」


 雷司に断られるほどの用事では、自分に応えられるはずもない、と煉夜は考えていた。そして、それは通常の依頼者と依頼内容ならばそうだっただろう。


「実はぁ、煉夜きゅんには、あるアイドルのPを頼みたいのっっっ!」


 多言語理解によって、自動的にPはプロデュースに変換されていたため、煉夜がその意味を問い返すことはなかった。


「はぁ?育成(プロデュース)、ですか?まあ、林中先輩にやったような助言(アドバイス)程度ならば構いませんけど、本格的な育成(プロデュース)なんてとてもじゃないですけどできませんよ?」


 いつものことながらであるが、煉夜はアイドルのプロデュースをゲームでは体験している。しかしながら、いつものごとくゲームでの知識どまりであり、とてもではないが、普通のプロデュースなどできるはずもなかった。


「うん、大丈夫だよっっっ!じゃあ、東京で待ってるからっっっ!」


 普通ならば、そうそう簡単に京都から東京に行くことが高校生には不可能なことである。しかしながら、煉夜にはアルバイトで貯めた金はあるし、幸いなことに、2月初旬である今は、丁度、明日からの三連休であった。


「では、今からは難しいので、明日辺り、そちらに伺います。久しぶりにお会いできるのを楽しみにしています」


 そう言って煉夜との通話は終わる。ハナミナプロダクション、そこに煉夜と知己のアイドルがいるということを、煉夜はすっかり忘れていた。

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