134話:追跡者の正体其ノ捌
美好青海入道は知っていた。「仇在りし者」と呼ばれる存在のことを。その目的は、人為的に妖精や魔物を作り出して、世界を支配すること。約四十年前に発足したものの、すぐに「チーム三鷹丘」という組織によって壊滅させられた。
美好青海入道が知っているのは、その人為的に妖精を作り出す際に、サンプルとして仲間が捕らえられそうになったことが関係している。
猿飛佐助は、人為的な魔人の間に生まれた魔人であり、いわば魔人ならざる魔人といういびつな存在となった。魔眼が魔眼ではない「思逆の一時」であったり、「後付けの仮面」という魔人化に近い能力を使えたりするのも本物の魔人ではないが故である。
「ハッ!やるじゃあねぇか!佐助!驚いたぜ!!」
脚が解放されたことに、小助が笑う。この場で、小助だけが分かっていない。これでも事態が好転していないことを。そして、この現状で、一番危険な状況にあるのが、才蔵であった。才蔵は、体を霧にして家を形成している。家具も床も、全てが才蔵の一部である。それが凍っていては戻せない。つまり、氷をどうにかしなくては逃げるにも逃げられないのだ。
「降参や……、これ以上、何やってもこいつには勝てへんよ」
負けを表明する佐助。美好青海入道も甚八も、才蔵も、同じように負けを確信していた。この中で唯一、それを認めいていないのは小助だけだ。
「何ひよってんだよ!油断しなきゃこんな奴!!」
小助はそれでも、なお、煉夜に立ち向かおうと、力を集める。霊体を構成する霊力を一点に集中して撃ち放つ、小助の必殺技とも言える大技だ。その代償に、しばらくは、認識されづらい。
「幽銃不弾!!」
猛烈な威力を持つその一撃を、煉夜は、魔力を纏わせた手刀で弾き飛ばす。剣すら使わせることなく、防がれた。それは、小助にとって信じられないことだった。大抵のことは、この一撃でどうにかしてきた。だからこそ、煉夜の異常さが実感できる。
「改めて言うわ、降参や。今まで通りやったらなんもせえへんのやろ?なら、大人しゅう引かせてもらうわ」
もはやそれ以外の道は、彼らに残されていない。制限されるわけでも、禁止されるわけでもないのなら、それを選ぶに決まっているのだから。
そうして、煉夜と真田十勇士との決着はついた。これ以上のストーカーまがいの行為は無くなるに違いないだろう。
「あ、そうだ。それはそうと、お前らさ……、ちょっと聞きたいことが有るんだけど」
煉夜は、氷を溶かし、幻想武装をしまってから、5人に語りかけた。てっきり、そのまま、逃げるように解散になると思っていた佐助は、「後付けの仮面」した際に投げ捨てた眼鏡を拾い、煉夜の方を向く。他の皆も、煉夜を見ていた。
「なんや、聞きたいことっちゅうんは。くだらん話やないやろな……」
一戦交えた後だというのに、あんなものは戦いではないとでおも言わんばかりに、フランクに話しかけてくる煉夜に、少し苛立つ佐助。
「いや、あいつの方向性ってさ、戦国武将系アイドルだけど、ぶっちゃけ、それで大丈夫なのか?」
ここでいうあいつとは、もちろん、郁のことである。郁とマネージャーのやり取りを伝え聞く限りでは、現在、僅かながらについてきているファンを方向転換で失いたくないから、変えるに変えられないとのことである。
つまりは、その少ないファンとやらに直接、どうなのかを聞いてみればいいという結論に至ったのだ。
「あぁ~、そこに触れるんはNGちゃうんか?まあ、幸村ちゃん本人かて、そこまで戦国武将にこだわってるわけちゃうやろ。事務所の方針とかそう言うやつやと思うで。やなかったらあの売り方せえへんやろ」
思わぬ話に、佐助は気を緩める。佐助としても正直、戦国武将系アイドルとして売っていくのは無理があると思っていた。
「まあ、そうだろうね。昔、3人で組んでいた地下時代は、特別変な売り方をしていたわけじゃないからね」
美好青海入道は苦笑しながら言った。PureCats時代は、確かに普通の売り方であり、今のような変なキャラ付けはなかった。そもそも、苗字に着目して「真田」だから「真田幸村」となったのは、ソロになってからである。
「別に戦国武将が悪いわけではないがな。しかし、流行り廃りというものを考えると、大丈夫か大丈夫でないかでいえば大丈夫ではないだろう」
嘆息する才蔵。そう、戦国武将系というのは、利点が無いわけではない。まず、ご当地受けが狙えること、そして、外国人受けが狙えることである。むろん、受け入れられなければそれまでであり、ご当地で受け入れられるのは相当難しい。郁の場合は別としても、伊達政胸を自称していた煉夜の知人のアイドルは、当然のことながら非難轟々であった。
「せやけど、それがどないしたん?口出せることでもないやろ、そんなん」
それはもっともだった。一ファンが口を出すことできる内容ではない。しかしながら、それは普通のアイドルならば、である。
現状、ファンが少なく、その一ファンが非常に重要な状態にある真田郁ことみらくるはぁと幸村ちゃんにとっては、単なるファンの言葉こそが売れ行きを左右しかねないのだ。
「マネージャーとのやりとりを伝え聞くに、お前らが付いてくるか分からないから踏み切れないらしい。たぶん、お前らを信じていないわけではないだろうが、それでも売れるかどうかは死活問題だからな。慎重にならざるを得ないんだろうよ」
ファンというものは古来より、面倒なものであるというのが、常識である。変化を嫌うファンや独占欲を持つファンも多い。地下アイドルが徐々にテレビに出るようになることでファンが増えると、初期からのファンの一部が離れていくこともあるという。だからこそ、全面的に信頼するということは、アイドルにとって可能でも、マネージャーや会社には不可能なのである。
「それで、我々にどうしろというのですかね」
甚八が問いかける。その問いかけに、煉夜は、しばし黙す。そして、考えをまとめるかのように答える。
「非公式とはいえ、ファンの勢力として最も大きいのはお前らだよな?」
「せやろな。そもそもPureCats時代のファンはほとんどLillyPureCatsに取られてもうとるからな。大して数もおらへん」
十人が最大戦力というのもむなしい話だが、ファングループを形成している人数が少なく、個人的なファンが大体数を占めているだけである。十勇士もファンクラブに入るように強制することもないため、そう言う状況になっている。
「だったら、お前らで署名をまとめて、売り方の方針を出したらいいんじゃないのか。もっと楽なのは、スポンサーを見つけることだが、それこそ、お前らが会社経営しているわけでもないなら無理だしな。スポンサーになるなら、会社側も嬉しいし、企業のCMやイメージガールとかの定期的な仕事も入る」
煉夜は、真田十勇士の正体は知っていても素性を知っているわけではないので、こういった話になる。会社経営者が2人もいるのだ、それこそ、スポンサーはどうにでもなる。特に片方は、社長だ。色々と協議は必要であるものの、起業したというのが大きい。これが一般の株式会社等ならば、株主総会などで批難されるし、最悪退任だろう。
「なるほど、その手があったか……。しかし、……うーん。まあ、その辺は、十勇士内でも話し合いが必要だろうな。しかし、良いアドバイスをもらった。今度、もし、青森に来ることが有ったら、里に行くといい。そこそこの待遇で迎えるように言伝ておこう」
そうして、彼らは去って行った。ちなみに、ずっと小助は会話に参加していたのだが、技の反動で存在が薄まり、誰にも気づかれなかったという。
多めにとれた休暇と言っても、所詮は、スケジュールの穴が開いたからに過ぎない。そんなに多くの日数、休みがあるわけではなかった。
煉夜が真田十勇士の問題を解決してから、郁は火邑や小柴、きいと共に、所謂京都の観光名所と呼ばれている場所を回っていた。清水寺、鹿苑寺など有名どころから順にあちこちを回って、観光を満喫したと言えよう。
「煉夜君、ありがとね。いろいろと。たぶん、気が晴れたっていうのかな、それともふっきれた?まあ、とにかく、気分転換になったよ。ファンのみんなとも、話を付けてくれたみたいだし」
郁は別れ際に、そんな風に煉夜に話を切り出した。煉夜は、それに頷いた。真田十勇士に署名等のアドバイスをしたことは明かしていない。
「そうか、ふっきれたか……。まあ、いいんじゃないのか。これからどうするにしろ、思い切りってのは大事だしな。まあ、何かあったら連絡してくれよ」
そう笑う。煉夜の連絡先は、火邑経由で既に伝わっているため、いつでも連絡は可能な状況にある。
「うん、そうする。じゃあ、またいつか会えるといいね」
郁は、そう笑って、京都を去っていく。しかし、その「いつか」は意外と早くやってくることを、この時は、煉夜も郁もまだ知らなかった。六文銭から始まったこの奇縁、いまだ途切れることなく、舞台を移してなお続く。
次は、花火が上がり、火花が散る、アイドル戦国時代真っ只中の東京にて、煉夜と郁の話は続く。果ては、長野県にまで……。
――悪魔が嗤い、妖精が笑い、神が微笑んだ京都での出会い。さてはて、東京では、何が出てくるやら。




