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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
偶像優愛編
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133話:追跡者の正体其ノ漆

「なるほど、しかし、神は神でも質は違うでしょうな。何せ、このような神は世界のどこにでも存在するがゆえに、同じ存在はいないのですから」


 世界のどこにでも存在する。ただし、ある例外を除いて、であるが。その例外がどこか、と言えば、一つだけ、しかし、とても大きなものである。


「海、を除けば、人の住まうところに常に存在するのです。そう『道』。獣道、小道、小路、道、道路、街道、私道に山道、海道、脇道……道というものは、人の傍らに常にあり続けるもの。そして、その『道の神』というわけです」


 道の神。知る人も多い存在だろう。多くが、義務教育で習う、ある文章にも登場している。それを覚えているか否かは別として。


道祖神(どうそじん)、か……」


 煉夜の呟き。道祖神。道端の石像や石積み、あるいは、巨大な岩などに祀られる神で、道端の神、村や町への災いを遠ざけ、旅人の安全を祈る神である。

 松尾芭蕉の奥の細道の序文にも、「そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず」とある。その道祖神である。


「ええ、まあ。流石に知っていますか。無名ではないとはいえ、有名でもない神なのですが」


 謙遜、ではないだろう。誰もが触れても、そこまで覚えているとは限らない。しかし、世界中で同種の信仰は見られている。ヨーロッパでは街を囲うので別だが、集落や農村地などでは多い。集落や村などの閉鎖的空間では、宿泊地や大きな町と町の間にある大きな道沿いの街ならばともかく、通常、外部からの流入を嫌う。そうした外からの何かが来ないように、また街を出る時に、その人が安全に目的を遂げられるように、という意味で、信仰されるのが道祖神である。いわば、村の守り神のような信仰である。


「それにしても悪魔や妖精、吸血鬼に幽霊に、魔人に道祖神、真田十勇士はバリエーションに富んでるな」


 そうそうたる面々と言っても過言ではないほどの種族のオンパレードだ。通常、この世界で見かけることのないような種族が勢ぞろいしている。悪魔が3匹、妖精が2名、幽霊、魔人、吸血鬼、道祖神、悪魔と淫魔のハーフ。


「まあ、普通やないやろな。せやけど、それはあんたもやろ。確かに種族的には人間かも知れへんけど、あんたかて『普通の人間』じゃないやろ」


 そう、彼らの種族は普通じゃないかもしれない。しかし、煉夜も普通ではない。人間というカテゴリーから逸脱した異常な人間である。


「まあ、そうだろうな……。だが、それでも人間は人間だ。悪魔の様に人をそそのかしたり、吸血鬼のように死んでも生き返ったり、そんなことはねぇよ」


 あくまで人間の中で逸脱していようと、煉夜は人間である。殺せば死ぬ。当たり前のことではあるが、煉夜も当然、そうである。


「それで、俺はさっきも言ったように、戦う気はないんだが……、そっちの穴山小助は、戦う気満々みたいだけど、どうするんだ?俺としては、今以上のエスカレートしたストーカー行為に及ばなきゃ手も出さないつもりなんだが」


 今、この場にいない、残りの十勇士には既に伝えて、そうして戦闘を避けてきたことである。しかし、小助が言う。


「ハッ、これ以上の行為に及ばねぇ?!そんなわきゃねぇだろ!誰もが、幸村ちゃんとあんなことやこんなことをしたいに決まってんだろ!!なあ、お前ら!」


 大声で叫ぶ小助に、残りの面々が「え?」と声を漏らす。そして、小助以外がアイコンタクトで、どうなのか確認し合い、小助に言う。


「そんなわけないやろ。あくまでファンやで。ファンちゅうんはあくまでアイドルとしての幸村ちゃんが好きなわけであって、幸村ちゃんの私生活に興味はあっても、私生活になろうとはせえへんやろ」


「同感だね。見守るには、この形が最適だからこうしているのであって、彼女とどうこうっていうのは考えていないよ」


 佐助と美好青海入道がそう批判した。他2人も同意見のようだ。孤立した小助だが、それでも他の面々に言う。


「俺がどう思ってようともいいだろがッ!そんなことよりもだ!コイツの態度が気にくわねぇ!」


 自分で聞いていおいて、この言いざまである。小助の言葉に、佐助が、ずり下がった眼鏡を上げる。その眼は、細められていた。


「ああ、そこに関しては、若干やけど同意したるわ。手出しせえへんってことは、手出ししたら止められるっちゅう自信があるってことや。さっき、自分が()うとったやろ。バリエーションに富んどるて。普通やない種族のオンパレード。それをどうにかできるっちゅうんは自意識過剰やないの?今がそうあるように、いつも聖剣を持っとるわけちゃうんやろ?」


 佐助は魔人である。正確には多少異なるものの、魔人としての意地がある。それをなめられているのは気分として良くない。


「それこそ、お前がさっき言っただろ。『普通じゃない』ってな」


 佐助の言葉に、煉夜がそう返す。しばしの沈黙の中、先に仕掛けたのは、小助でも佐助でも煉夜でもなかった。


 ――霧隠才蔵、その人である。


「こうなったら、戦うほかない、そのような雰囲気だったからな。仕方なく、だぞ」


 煉夜の周囲に、檻が形成される。吸血鬼の固有能力。物体の創造、というよりもこの家同様に、自身の一部を霧状にし、それの形を変えているに過ぎない。


「しゃあっつ!いっちょ、ぶちかましてやるぜぇ!」


 そういいながら小助が、煉夜に攻撃を仕掛ける。周囲の家具を持ち上げる。それをぶつけようというのだろう。いわゆるポルターガイスト現象。物体を浮遊させ、ラップ音を発生させ、発光や発火が見られる超常現象。


「あ~あ、勝手に始めるんだから。妖精に荒事は向かないのになぁ」


「道祖神も『神』ではあれど、戦闘能力は無いですからな。どちらかというと、戦闘を遠ざけるのが本分でして」


 そういう美好青海入道も根津甚八も、小助、才蔵、佐助の3人が負けるとは思っていなかった。勝負の結果などどうでもよかったが、自身を含めた超常の存在というのがどれほどかというのは、自分自身がよく知っているものだったからだ。あくまで人間である以上、勝ち目はない。悪魔が煉夜を恐れるのは聖剣を持っているからだ、と。


「コスケ、檻に捕らえているのに、どうやってそれを投げつけるつもりなのだ」


「あぁん?!霧に変えて通せよ!!」


 そんなやりとりをしながら小助と才蔵が、煉夜に攻撃を仕掛ける。佐助はそのようすを、観察するように見ていた。煉夜がどうやってそれを躱すのか、どうやって反撃するのか、をである。

 だからこそ、その動きに気付いたのは、佐助だけだった。一瞬だけ、煉夜の手が胸元に動いたように見えた、その瞬間、世界が凍り付く。浮いていた家具が、そして、ほとんどの十勇士たちの足が、凍り付いて動かない。


「別にお前らを倒す程度だったら、魔法でも素手でもどうにもできるんだが、一応な」


 透き通る刃。極寒の冷気。それは、佐助の目に見ても、唐突に現れた。間違いなく、それは超常の現象だった。


「さて、と。こいつは生憎、聖剣じゃねぇが、……それだけだ」


 一閃。冷気の渦が、檻を切り裂き、そのまま、周囲の家具をも両断する。完全に人智を越えていた。佐助は自分の考えが甘かったことを痛感する。


「……ほんまもんの化け物やないか」


 素直な感想を吐露する。自分たちがかわいく思えるくらいの異常さに、佐助は思わず頬をひきつらせる。そして、目を見開いた。魔人の持つ魔眼、各々違うそれだが、佐助の持つ魔眼は「思逆の一時ロング・タイム・アゴウ」という魔眼らしからぬ魔眼であった。そこには佐助の魔人ならざる魔人という「後付けの仮面(フェイズシフト)」が関わっている。


「あかんわ……、ホンマにあかんわ。筋道もなんもかんも通じひん」


 佐助の持つ「思逆の一時ロング・タイム・アゴウ」は、その瞳に映る光景に対して、絶対未来への筋道を見ることができるというもので、一種の未来視である。しかし、通常の未来視と違い見せられるのではなく、その光景からの予測を行うものである。そのため、厳密に言うならば魔眼ですらなく、高速思考能力と現状把握能力の最大活用という概念に近いだろう。


「ええわ、しゃーない。使ったる。『後付けの仮面(フェイズシフト)』っちゅうやつをな」


 眼鏡が宙を舞う。佐助が放り投げたそれは、別段、煉夜の気を逸らすなどの目的もなく、ただ、外しただけだった。その瞬間、佐助の魔力が膨れ上がる。


「……上位転身(クラスアップ)ってやつ、とも微妙に違うみたいだな」


 煉夜が、それを見て、まず思い出したのが、冥院寺家に仕えている(みかど)矛弥(むや)であった。彼女もまた、魔人と言える存在である。だが、彼女のそれと佐助のは様子が違ったのだ。


「これを使(つこ)うても、勝率がちっとも上がらへん。ホンマ、バケモンやで、自分」


 そう言葉を発した瞬間、煉夜の眼前まで迫る佐助。だが、煉夜は、それを意にもせず極寒の冷気を纏う剣で斬り撫でる。


「当たらんわ、そないな攻撃」


 「思逆の一時ロング・タイム・アゴウ」を駆使して、煉夜の攻撃を寸前で躱す佐助。そのまま、無数の火球を放つ。


「一応、これでも猿飛佐助やで。忍術っぽいのの一つや二つやったるわ」


 その火球の狙いに、煉夜は気づいていた。煉夜が氷漬けにした十勇士たちの足の氷を溶かすためである。だから、煉夜はあえて無視した。自身に向かって飛んでくるものだけを最小限の動きで躱すだけ。


「驚きましたな。佐助殿が、これほどまでに卓越した技を使う存在だったとは」


 甚八がそう言った。真田十勇士として、互いの種族が何であるか程度の共有はあったものの、その実力までは明らかになる機会など無かった。だからこそ、他の十勇士も驚いたのだ。


「しかし、魔人と聞いて、偽っているのではないかと、伊佐入道と話していたけど、そういう存在だったとはね」


 傍観を決め込んでいた美好青海入道は、佐助を見て、そう笑う。その笑いは、苦笑いに近かったが、それに気づいた者はいない。

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