132話:追跡者の正体其ノ陸
メモに記された場所へと向かう煉夜。残る5人がいる場所へと。もっとも、「人」と表するのが適切かは、まだ分からないのだが。少なくとも人ではないことは確かだろうが、「匹」か「名」かそれ以外か、そんなことはまだわからない。
メモに記されていたのは、雪白家からも程遠くない、住宅街から少し外れた空き地だった場所だ。だった場所、というのは、煉夜の記憶では空き地だったはずのその場所に、今、建物が存在しているからである。もっとも、煉夜には、意識しないと見えないが。
「幻術の類……いや、それとは違う何か……だが、まあ、いい」
煉夜はその空き地にある5つの気配を察知していた。それぞれバラバラな気配、そのどれもが異質。普通ではない存在だということが分かる。
「おや、お客さんだ。それもロクローとは異なる、な。面白い。珍しいタイプの気配だ。これは、……野獣?」
公開空地にいた5人の内、ニヤリと笑う銀髪の男。その気配は、どことなくおかしい。煉夜の感じたことのない、不思議な気配だった。
「へぇ、獣ねぇ、ボクには高貴な気配に感じるんやけど……感性の差ってやつかなぁ、東北みたいな田舎モンとはどうにも反りが合わへんわ」
黒ぶちの眼鏡をした男が口の両端を吊り上げてそう笑う。見た目から年齢が判断しづらい印象で、高校生くらいと言われればそう見えるし、社会人と言われればそうも見える。不思議な雰囲気の青年だった。
「テメェも十分田舎だろうがクソ眼鏡!そもそも滋賀ってどこだよ!あぁん?!九州かどこかか、この野郎!」
先の銀髪の男性とは別の男が、そうやって怒鳴った。どこか影の薄い印象の彼だが、このうるささで影が薄いという謎の存在である。
「というか出身ごときで争ってる君らはみんな変わらず馬鹿でしょ。田舎だ都会だなんてのはなんの意味もないのさ。長く生きたらどこで生まれたとかどうでもいいし」
そう笑う少年の気配は煉夜がよく知っていた。妖精の気配に他ならない。美好伊佐入道と同じ妖精。それも同質の妖精。
「長く生きるだとか、そう言うの関係なく、そもそも生まれなど無い存在もいるにはいんですよ。いや、正確に言うならあらゆるところで同時多発的に生まれた、とでも表現するのが正しいんですかな?」
そして、一人、やたら落ち着いた男性。老人の様で、少年の様で、何ともいえない不思議な気配の男性だった。そして、煉夜はその男性の気配と同種の気配を感じたことがあった。日之宮鳳奈。神の気配であった。
「意味わかんねぇこと言うなよ、オッサンッ!つか、テメェら何呑気にくっちゃっべってんだよ!敵が来てんだぞこの野郎ども!」
騒がしい男をさておき、煉夜は、5人の前に顔を出す。もはや気配も悟られているのだったら様子をうかがっている場合ではないと判断したのだ。
「よぉ、真田十勇士さん」
煉夜の手には、聖剣アストルティはない。バイト先からそのまま来ているためだ。マスターには少し遅くなりそうだと伝えているため、問題ないだろう。
「その風体、聖剣こそ持っていないものの獣狩りのレンヤという、連絡にあった御仁に相違ないでしょうね」
神の気配を持つ男が、そう言った。それに対して、真田十勇士たちは、警戒心を強め、臨戦態勢に移っていた。
「おいおい、俺は、戦うつもりはないぞ。ほら、聖剣ももってねぇだろ」
聖剣を持っていないのは偶然なのだが、無駄に戦う必要もないため、とりあえずそんな風に肩をすくめるのだった。これで相手の出方を見る予定で。
「うるせぇ!どっちでもいいんだよ!まず!テメェが気にくわねぇ!ぶちのめす理由はそれだけで十分だっつーの!なぁ!」
影が薄い癖にうるさい男の言葉に、その場の残り4人は「え?」と、互いの反応を見ながら微妙な顔をして、男を見た。
「いや、流石にそれは暴論すぎやろ。気に食わんかったら殴るなんちゅーこと、いくら魔人かてやらへんわ。幽霊の癖に魔人よりも暴力的とか、ホンマ怖いわ、小助は」
幽霊の癖にと言われた男を、関西弁の眼鏡の青年は「小助」と呼んだ。小助と言えば、この場合は、穴山小助。
本来の穴山小助は武田の出であり、武田家滅亡後、傭兵のような仕事をしていたとされる槍の名手。年齢や体格が幸村に似ていたとされ、大坂夏の陣では「我こそが真田幸村である」と名乗り、多くの武功を挙げるも討ち死に。その首級は、真田幸村のモノとして認められた。また、穴山小助の娘を名乗る人物の記録があることもあり、実在の人物では、という説もある。
「テメェこそ魔人 (笑)とか言われちゃうなんちゃって魔人だろうが!テメェの魔人らしいところなん見たことねぇぞ!そんなんだから佐助ェとか言われんだろうが!」
「あれ、最後のボクに関係あらへんよね?!ちゅうか、この平々凡々な世界で本気なんてだせるわけあらへんやろ。仮にスポーツでもやってみぃや。バスケットボールすら破裂するわ。バレーやドッジなんてもっての外やで」
佐助と呼ばれた眼鏡の青年は、猿飛佐助。猿飛佐助と言えば、忍者の中でも知名度の高い人物だろう。真田十勇士の話では鷲尾佐太夫の息子とされている。戸隠の山でサルと戯れていたところを戸澤白雲斎という仙人の弟子にされる。そうして忍術を覚えたとされているが、使っていた忍術は甲賀流であるとされ、その辺に矛盾がある。多くの人物に描かれているだけに矛盾が多い忍者でもある。
「コスケもサスケも少しは落ち着いたらどうだ。敵を前にして、その態度は、隙を丸見せにしているようなものだぞ」
銀髪の青年が言う。そして、それと同時に何かをした。魔力の流れがあったのは確かだが、魔法の感覚は無く、煉夜は訝しんだが、それはすぐに形になって現れる。空き地に立っているように見えた建物が実体化したのだ。
「とりあえず、気休め程度だが、相手を閉じ込めることには成功したんだ、話すのも多少安心できよう」
そういって、実体かした椅子に座る。その風体は、どことなく、気品があるようにも見えた。煉夜でも感じたことのない、不思議な魔力に、煉夜は警戒を強めていた。
「つーか、敵の前で座るんは、隙丸見せとはちゃうんか、才蔵?」
佐助がそう問いかけた相手、才蔵。霧隠才蔵。浅井家の遺児で、浅井滅亡後、百地三太夫から伊賀流の忍術を習ったとされていて、佐助とはライバル関係にある。佐助との忍術バトルの末に幸村に仕えた。
「隙が隙でないから問題ない。死んでも生き返るからな。殺されること自体に意味はないさ」
死んでも生き返る、などと言う才蔵に対して、煉夜は、なんとなくその正体を見出すことができた。建物の実体化も踏まえれば、確信とも言えるだろう。煉夜とて、死なない敵というのは幾度か戦ったことが有る。いわゆるゾンビに近いものなどだ。だが、この場合は違う。生き返ると言っている。ゾンビは生き返るというより、死んだままだ。
「吸血鬼とかそう言う類か?」
吸血鬼。文字通り、血を吸う鬼。西洋のモンスターの代名詞とも言える存在。霧になる、眷属を作る、などのいくつかの能力があると言われていて、その苦手なものも多く明言されている種族でもある。
「ああ、その通り。霧隠才蔵だ。かつてはエイレス・レオ・永久日とも名乗っていたがね」
青森県と岩手県の境にある白神山地。その奥地にある吸血鬼たちの集落。そこで暮らしていた彼は、東京で偶然にもみらくるはぁと幸村ちゃんに出会ってしまったのだった。魅了する側であるはずの吸血鬼が魅了されるという何とも間抜けな話ではあるものの、それだけ郁の能力が凄いとも取れる。
「名乗るんかいな。はぁ……、猿飛佐助や。信じるか信じへんかはともかくとして、魔人っちゅー種族や」
魔人。魔なる人。悪魔とは境界があいまいな部分こそあるものの、魔力や力が強いことも特徴として挙げられる。もっとも、佐助は厳密に言うと魔人とも異なるのだが。
「おいおい!敵に名乗るとかテメェら馬鹿じゃねぇの!まあいいけどよ!穴山小助だ!いっとくが、才蔵同様殺そうとしても無駄だぜ!なんたって既に死んでるんだからよ!」
幽霊。霊の類に関しては、一月頭の七不思議騒動でも触れたが、ここまで自我と存在を持つ幽霊は珍しいだろう。
「流れってやつかい?まったく、名前に何の意味があるのかも分からないけどね。美好青海入道だよ。いわゆる妖精ってやつさ」
妖精。妖しい精霊とも書く。そもそも、妖精という言葉は、元々は妖怪などと同義である。西洋で言うところのフェアリーの訳として使われる場合にしても、範囲が広すぎて、日本人が妖精でイメージする形とは異なる。しかし美好青海入道は、おおよそ、その羽を持ったイメージ通りの妖精と言っても過言ではない。
「最後ですか。根津甚八。どこにもありどこにもない者、なんてのは大仰な言い方ですかな」
根津甚八とは、海賊として生き、海賊の頭領にまでなったが、九鬼水軍を探りに来た幸村と出会い、十勇士に加わった。小助同様、幸村を名乗り、大坂夏の陣にて討ち死にした。
「どこにでもあり、どこにもいない者、ねぇ……。いわゆる神様ってやつだろう?」
煉夜は自分が感じた気配を頼りに、そう言った。確かに、神というのはどこにでもいて、どこにもいないもの、というのにも該当するだろう。
「……なるほど。素直に驚きました。今の言葉で神というものを導き出す人はそうそういないでしょう。もしや、同類にあったことが?」
そうでもなくては、神とは言わないだろう、と甚八は言う。煉夜は、しばし考えてから、名前を言っても意味がないと判断して答える。
「ああ、前に一度な。その時に感じた神の気配ってやつと似たものを感じる」
神と会うというのは、普通ではない。死しても神に遭うわけではない。無論、死神が訪れる場合もあるにはあるが、全員ではない。そして、煉夜は生きている。生きて神に会う、それは偉業の域を超える。神の声を聴くなど、偉大なことであるが、神に会うともなれば、何なのだろうか。




