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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
偶像優愛編
130/370

130話:追跡者の正体其ノ伍

「いらっしゃいませー」


 そう言いながら、来店者をテーブルまで案内する。煉夜のバイト先の喫茶店である。英国の件で、昨年末は顔を出せていなかったので、今日は顔を出すことにしたのだ。珍しく来た客は、普段、稀に来る主婦層ではなく、スーツの男性だった。しかし、あまりスーツは似合っているように見えない。趣味がジム通いなのではないか、と思うくらいの筋肉で、スーツもパツパツだった。


「メニューはこちらになります。ごゆっくりどうぞ」


 メニューを渡し、カウンターの向こうに行く煉夜。沙友里が新作料理に凝っていて、家の厨房にいるうえ、マスターはタイミング悪く買い出しに行っているため、店内には煉夜とその客だけとなる。沙友里が料理に凝ることは往々にしてあることで、いつものことなので、煉夜は「ああ、いつものあれか」と思いながらも仕事をするのだった。


 沙友里が元々料理好きなのもあるが、珍しい食材が手に入った時と新しい調理器具がはいった時は必ずこうなるので、煉夜にとっては恒例行事だった。


「すまない、この天の川というのは、どういうものなんだ?説明がいまいちわかりにくくてな……」


 客は煉夜に問いかける。この質問はよく受けるもので、煉夜はマスターや沙友里に「天の川~ミルクたっぷりカフェラテ~」とかに改名した方がいいんじゃないのか、と散々言っているが、改名する気配はない。


「はい、言ってしまえばカフェラテですね。ミルクの量を多めにすることもできます」


 煉夜は作り笑みを絶やさないまま説明する。その説明を聞いた客は、「う~ん」と唸る。


「甘いやつかぁ……、いや、うん、悪いけど、アイスコーヒーにする。砂糖やミルクはいらない」


 客の注文を受け、頷く煉夜。「畏まりました、少々お待ちください」と言ってから、コーヒーを入れ始める。


「あ、できれば氷は無い方がありがたいんだが。少々連絡を待つ必要があって、長居することになるかも知れなくてね」


 長居する、とあらかじめ店員に明かす辺り、真面目な人間なのだろう。場合によっては、長居することで店の収益を損なわす可能性もある、と考えているのだ。


「分かりました。……と、お待たせしました。こちらアイスコーヒーです。ストローをご利用の場合は、そちらのものをお使いください、では、ごゆっくりどうぞ」


 コーヒーを淹れ、席に運んだ煉夜は、そのままカウンターまで戻り、何かすることが無いかと仕事を探す。あまり客も来ないので洗い物は終わっているし、床などの清掃も、既に3回を過ぎた。


 なお、沙友里とマスターだけの時は、マスターはぼーっと立っているだけ、沙友里はひたすらにパフェやケーキを作り続けるという作業をして暇をつぶしている。この作ったパフェは、沙友里の胃袋に収まるのだが、その辺は自営業だからやっているのだろう。ゲローィの頃は、賞金首の吹き溜まりになっていたこともあって、これほど暇になっていることは無く、むしろ、煉夜に手伝わせるなど、忙しい時間も多かった。


 それはやはり需要の差というものなのだろう。現代日本ではチェーン店が多く並び、手軽なカフェなども多いが、向こうではそうはいかなかった。大通りには貴族たちのためのカフェなどがあるものの賞金首はもちろんながら一般人すら入ることはできない。路地裏は汚いが、その分、貴族たちが来ることが無いので、自由な身分のためのカフェやバーを開くことができる。だからこそ繁盛していた。

 客がいる手前、スマートフォンを出すわけにもいかないので、煉夜は、結局、こまごまとした洗面台の掃除や沙友里が雑に詰め込んだストローなどの消耗品の整理をしていた。


 宣言した通りと言えばその通りなのだろう。客は、長時間居座るようで、30分が過ぎて、コーヒー一杯を飲み終えて、おかわりを注文した。コーヒー一杯でせこせこと何時間も居座るというわけではないのだろう。




 そうして、結局、一時間と少しの時間が経った。そんなころ、客のスマートフォンが鳴った。客は慌てた様子で手に取って、煉夜の方を見た。


 それは、店内で通話して良いのか、という問いかけだろう。煉夜は「どうぞ」と頷いた。幸い、他に客はいなかった。客が居たら別の対応をしていたかもしれないが、ここには、彼と煉夜の2人きりである。マスターも同じことをするだろうという判断の元、煉夜は頷いたのだった。


「もしもし、ああ、そうだ。ああ、それで、ああ、なるほど……」


 深刻な内容なのか、客は、しきりに頷きながら、取り出した手帳にメモを取り始める。慌てているためか、雑に何かを書いているようだった。そうして、数分ほど耳に電話を当てながらメモを取った。そして、取り終えたのか、スマートフォンを机に置いて、メモの内容を反芻しだした。しばらく確認すると、それを懐にしまい、鞄とコートを持ってカウンターの方へやってくる。


「長居してすまなかった。会計を頼みたい」


「はい、かしこまりました」


 煉夜は、客の言葉に頷いて、レジスターを弾き、金額を提示する。客は丁度で払い、レシートはいらないと言いながら、店を出て行った。

 それとほとんど入れ違いになる形で、マスターが帰ってくる。そこで、煉夜は、客がスマートフォンを忘れていることに気付いた。


「マスター、帰ってきてそうそう申し訳ありません。今、御帰りになられたお客様がスマートフォンを忘れて行ってしまったようなので届けてきます」


 今から行けば間に合うだろう、とマスターに言って、「入れ違いになったら連絡をください」と言いながら外に出た。


 普通、こういった場合、姿が見えるような大通りに面したカフェならともかく、どちらに行ったかもわからないような路地裏のカフェで追いかけることは不可能だ。しかし、それはあくまで「普通」という前提だ。


 煉夜だから見つけられるのではない。煉夜も特徴の無い一般人の気配を追い続けるのは難しいだろう。つまるところ、先ほどの客の気配は普通ではなかったのだ。

 店内なのであえて指摘はしなかった。しかしながら、悪魔に近く、それでいて異なる異質な気配をしていたことは確かだった。煉夜はその気配が何か分からずとも、似た様な気配を感じた覚えはあった。


 その気配は悪魔と火精のハーフだったが、気配の質を見るに、今回の客だった男は、悪魔と淫魔や夢魔の類とのハーフであろうと当たりは付けていた。


 だから、煉夜は壁を伝い……文字通り、壁を駆けて上がり、先回りをした。男には煉夜が急に現れたようにしか思えなかっただろう。


「お客様、スマートフォンをお忘れですよ」


 急に現れたことには驚いたものの、自分のスマートフォンを届けに来たということに気付き、男は態度を一瞬緩める。


「それで、悪魔のハーフだと思うのですが、この京都に何をしに来られたのですか」


 スマートフォンを渡しながら問う煉夜の言葉で、男の動きは止まる。ただの一般人だと思っていた相手に、正体を看破されたからだ。悪魔とは正体の露呈に弱い。無論、全ての悪魔がそうあるわけではないが、少なくとも、相手に憑りついている状態で看破されるということは、実体を与えることと同義である。


「お前、何者だ……!ただの店員ではないのか?!」


 ただの店員が、こんなところまで追いかけてきて、スマートフォンを渡しながら「悪魔とのハーフ」とか言うことはないだろう。


「少なくとも、悪魔祓い等の類ではありませんけどね」


 家業としてやっていると言えばやっているが、煉夜自身がそうであるわけではなかった。まあ、悪魔祓いもできると言えばできるのだが。


「それで、このタイミングに、京都にピンポイントで現れるということは、十勇士の方かとも考えたのですが?」


 十勇士、この場合、自称真田十勇士のことを指す。無論、こればっかりは煉夜にも確証はなかった。たまたまタイミングが重なっただけかもしれない、と。


「そこまで知っているか。そうなると、そうか、あいつらの連絡にあった獣狩り、とやらだな。こちらは海野六郎だ」


 海野六郎。そう名乗った。海野六郎と言えば、十勇士最古参であり、真田幸村の右腕として描かれている人物だ。大坂夏の陣においては、徳川にデマを流し、混乱に陥らせたとか。頭脳明晰で参謀としても活躍できる人材だった。


「なるほど、じゃあ、敬語はいらないな。関係ない悪魔だったら見逃そうと思ったが、こっち関連となると、流石にな」


 そう言ってスマートフォンを海野六郎に投げ渡す。海野六郎は、しばし考え、煉夜に言う。その眼は、何かを確認するようであった。


「お前は何ゆえに阻む。恋人というわけでもあるまいし、相応の理由を述べてほしい」


 正直な話、煉夜としては、そこまで阻むつもりはない。筧十蔵、望月六郎、由利鎌之介、三好伊佐入道達にも言ったが、これ以上行為がエスカレートするなら切り伏せるということだ。このままなら特には、忠告程度で済ませるつもりであった。


「別に阻みはしない。止める気もない。あいつ自身も、ファン相手にむげにはしないだろうし、行動が今より重くならなきゃ、介入もしないさ」


 そう、いうなれば煉夜の立場は、マネージャーやボディーガードに近いものだろう。ファンの存在自体を邪険にはしないが、行き過ぎた行動には相応の処罰を与える。


「なるほど……。その意思、その眼、本心だと認めよう。これでも淫魔とのハーフでな、相手の感情を見抜くことには相応の自信がある。悪魔の隙に付け入る力と淫魔の人を弄ぶ力、それを持つ故な」


 そう言って、海野六郎は深くうなずいた。そうして、自身の手帳を取り出し、メモしたページを破り裂いた。


「この場所へ行け。他の十勇士がいる。話が分かる奴ばかり、というわけではないから相応の覚悟はいるだろうが、……そんなことは言わずともだろう。これ以上、過度な干渉はせず、ファン筆頭の立場を貫く分には問題ないのだったら、これにて失礼する。次のライブのために体を鍛えに行かねばな」


 海野六郎は、そう言って踵を返した。煉夜は、それを追うことなく、静かに見送った。

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