127話:追跡者の正体其ノ弐
4人のファンを前に、「悪魔や妖精」だと言った煉夜を、どう反応すればいいのか分からず、郁は困惑した。ドッキリなのか、それとも、これが本当のことだったとして悪魔に妖精だなんて非現実的過ぎるが、煉夜の妄想か、それとも煉夜が中二病だったのか、と郁の頭の中はぐるぐると変な思考が回り続けていた。
「如何にも、私は、……この私、筧十蔵は、悪魔だ。貴様に言っても分からぬとは思うが、クールヴェスタ様直轄のエリートだ」
小太りでスーツの男、筧十蔵と名乗る彼は、「クールヴェスタ様直轄」といった。それに対して煉夜は眉根を寄せた。知った名前である。
「僕は、望月六郎。同じく、クールヴェスタ様直轄だ。もっとも、そのクールヴェスタ様が今どうしているのかも分からんがね」
年若い青年実業家のような見た目をした男が、筧十蔵に続いて言った。望月六郎を名乗る彼に、同じ望月姓である姫毬を思い出したが、関係ないだろうと、その思考を隅に追いやった。
「クールヴェスタだか何だか知らんが、ただの悪魔ごときが……、俺は、大悪魔だ。またの名を由利鎌之介である!」
由利鎌之介を名乗る成金趣味のような見た目をしている恰幅のいい男はそう言った。大悪魔を自称しているが、それが何かはよくわからない。
「……美好伊左入道だ。確かに妖精だけれど、ただの人間に見抜ける変化をした覚えはないんだがねぇ……」
煉夜と同じくらいの見た目の年齢をした青年がそう言った。美好伊左入道を名乗る彼は、煉夜も妖精であると感じ取っていた気配を放っていたものである。
「なるほど、クールヴェスタの悪魔直轄が2匹に、それ以外の悪魔が1匹、最後に妖精が1名ねぇ……。普通じゃねぇな」
そんな風に呟く煉夜。悪魔3匹、妖精1名。そんな超常な存在がファンを務める郁という存在が普通ではなかった。しかし、彼女にその自覚は全くないようである。
「おい、待て、何故妖精が1名で悪魔が匹なのだ!」
自称鎌之介が、声を苛立たせて文句を言う。一般的には、妖精も匹と数えそうなイメージがある。しかしながら、煉夜は、妖精を「人」と数えた。
「いや、それよりもクールヴェスタ様を呼び捨てたことの方が問題だ!」
十蔵がそんな風に叫ぶ。しかし、その叫びに対して、伊左入道が、真面目な顔をして言葉を返した。
「いや、君たちが『分からないと思うが』と言っているのだから分からなかっただけではないのかい?」
もっともなことを言われて、十蔵は唸った。しかし、煉夜は当然ながらクールヴェスタを知っているのだが。
「クールヴェスタ様は凄い御方なのだ。今まで、幾千年と生き、ただの一度しか敗戦はない」
逆に言えば、ただ一度だけ敗戦があるということだ。そして、望月六郎は言葉を続ける。自身の上に立っていた悪魔がどれほどの存在かを。
「その一度の敗戦は僕も参加していた。だが、あれは相手が悪すぎた。魔女の配下、それも、最も恐るべき相手が出てきたのだから。背格好は普通の人間、なれど、数多の超獣、幻獣、魔獣、そして、神獣すらも屠ったとされる男。あれを前にして生きながらえたのだから、クールヴェスタ様は凄いというのだ」
しかし、鎌之介は神獣がどれほどのものかなど知らない。だからこそ、どれほど凄いのかが全く分からない。
「ふん、どうだか。数千年生きたっつーのも運よく強い奴と敵対しないで暮らせてただけじゃあないのか?」
挑発するようなもの言いに、十蔵が頬をひきつらせる。その戦いには参加していなかった十蔵だが、知っていることはある。
「ふん、獣狩りと戦ってみろ、お前なぞ、一瞬すら間が持たない。私でも無理だろうがな。そんな相手と戦ったのだ。クールヴェスタ様は御強い」
そう、獣狩りの噂は、聞いていた。その偉業の多くも耳に届いていた。煉夜の勇名は人間たちの間ではさほど通っていなかったが、人間以外にはかなり浸透していた。それは煉夜が人間以外を相手にすることが多かったこともあるが、魔女の眷属が強いなどと噂が立つと、世間が怯える恐れもあるから情報統制が図られていたのだ。
「そう、獣狩り。黒い髪に黒い瞳。そして、黄金の聖剣を持つ男だ。僕は、もう二度と見たくない。あの獣狩りのレンヤという男を」
その名が口に出た時、思わず「え?」と声を漏らしたのは郁だった。郁の漏らした声で、4人の視線が郁に集まる。しかし、郁は、煉夜の方へと視線をやっていた。だからこそ、4人の視線は必然的に煉夜へと移動する。
「なぁ、その黄金の聖剣ってのは、こいつのことか?」
煉夜が抜いたスファムルドラの聖剣アストルティ。美しい黄金の光を放つそれを六郎は知っていた。紛うこと無き、あの時の聖剣である。
「お、お前はッ!お前はぁ!獣狩りのレンヤぁ!!」
早朝の住宅街にこだました悲鳴のような声。六郎は、その恐怖に身を震わせた。逆らってはいけない存在であると、あの時に強く刻まれたからである。
「それで、お前らがなんでこの世界に居る?お前には分からないだろうが、っていうのは向こうのことだからって話だろう?」
煉夜の鋭い声。それもそうだろう。来たものが居るということは行く手段がある可能性があるということだ。そうなれば、煉夜は再び、向こうに向かうこともできるということである。向こうに居続けるかはともかく、会っておきたい人は幾人もいた。
「あ、ああ、気づいたらこっちにいたんだよ!言っとくが僕らはこっちでは向こうみたいな悪徳な真似はしていないぞ!この身体も、死体に入っただけだ!契約して命を奪った人間の身体を使っているわけじゃない!」
六郎は、煉夜に弁明するように叫んだ。この世界では何も悪いことをしていない。だから、殺すのだけは勘弁してほしい、と。
「別に殺したりしねぇよ。そもそも、このストーカーまがいの行為も原因自体はこいつにあるしな。そこも咎める気はなない。まあ、これ以上に発展したなら切り伏せるだろうがな」
現状でも十分行き過ぎているものの、郁自身に害が強く及んでいるわけではない。だからこそ、煉夜は許容した。
「え、待って、煉夜君。原因がこっちにあるっていうのはどういうことなの?まあ、根本的にはアイドルをやっているっていうのが原因って言われたらそれまでだけど」
ここで待ったをかけたのは郁だった。当然だろう、ストーカーをされていた原因が自分にあると言われたのだから。ストーカーされる方が悪いなどという乱暴な理論でないのなら、一体何が原因だというのか。
「お前、自覚はないと思うが、そういう体質なんだよ。人間以外のあらゆる存在に好意を持たれるようになっている。動物とかにも好かれるだろ?自覚はないだろうが、植物もだ」
そう、みらくるはぁと幸村ちゃん、その特技は、動物に好かれること、それから四葉のクローバー探しだった。
動物に好かれ、植物にも好かれている。それが特技に現れていたのだ。四葉のクローバーは諸説あるが、ストレスによる突然変異というのが一般的である。それゆえに人が良く通るところに見つかりやすいと言われているが、それでもあまり見つからない。
「だからこそ、悪魔や妖精にも好かれている。おそらくだが、ファンの真田十勇士は全員が悪魔や妖精の類で構成されているだろうな」
もちろん、一般のファンがいないわけではないだろうが、郁に付いた熱狂的なファンは全員人外と考えるのが普通だろう。そうなれば、人間には撮影不可能な角度の写真や誰にも気づかれない気配の遮断なども納得がいくというものだ。
禍憑き、というものを水姫と退治した、というよりも煉夜だけで退治したが、所謂、あの禍憑きは低級に過ぎない。水姫たちの度合いで図ると、あのあたりは危険な部類にはいるのだが、禍憑きの中では低級から中級だろう。
悪魔というのは、その人間に憑りつくとき、きちんと憑りついていれば、その姿を保ったり、自由に変化させたりする。されど、低級であれば、人の姿が保てないし意思もない。中級だと辛うじて人の姿はあるが、意思はない。
つまり、六郎も十蔵も鎌之介も相応の悪魔だということである。そうでなくては、こうして体を乗っ取ってきちんと会話をすることなど不可能なのだから。
「しかし、獣狩り。なんでお前が、こんなところで過ごしている。この世界が、向こうと根本的に違うことくらいは、生活している僕にも分かる。だが、お前なら、この世界の大陸を一つ潰して、力を見せて、支配者になることくらい可能じゃないのか?」
可能か否かと言われてば、否だろう。大陸を潰すこと自体は、微妙だ。一撃で沈めるのなら、ユーラシア大陸は大きすぎる。
しかして、そう言う問題ではなく、たとえ、大陸を一つ消し飛ばしたところで、その人物は、世界中から敵とされ、一斉に攻撃をするだけだろう。それがどんなに圧倒的な力であろうと、おそらく、最初は撃退という判断が下る。所詮は人ひとり。そうなれば、滅んだ大陸に攻撃の雨霰が落ちる。例えそれを耐えきったところで、圧政が敷けるはずもない。
世界の全てを滅ぼして、その上に君臨する空っぽの世界の王になる気など煉夜にはない。それに、この世界にも煉夜の想像を超える何かがいる。それは龍太郎や鳳奈が証明していることであった。
「向こうとこっちでは勝手が違う。それに、空っぽの玉座よりも、そこらの一般市民の方が性にあってるんでな」
もっとも、陰陽師の一族で、国の中でも地位の高い方にいる雪白家が一般市民とは言い難いだろうが。
「唯一神に反抗した魔女の眷属とは思えない言葉だな。神を引きずり降ろして、その空っぽの玉座に座ろうとしていたのはほかならぬ、獣狩り、……お前の主たちだろ?」
そう言ったのは十蔵である。十蔵の言葉に、煉夜は内心で「何も知らない悪魔が」と吐き捨てた。
「さてな……、何のことだか。たかだか眷属風情の俺は知らんことだ」
「たかだか眷属とは……、魔女の眷属は、長い歴史でも数えるほどしかいないのは、お前も知っているだろう。私も幾度かやり合ったことがあるが、貴様同様、人ではないな」
実際には、それらの中に、本当の魔女の眷属はいるかいないかレベルである。魔女の眷属を自称したり、強さから魔女の眷属だと疑われたりして手配されることもあるのだから。
「俺は人だよ。今も昔も変わらずにな。例え魔女の眷属であろうと、帝国の騎士であろうと、人は人だ」




