125話:偶像襲来其ノ弐
重苦しいため息を吐く郁をどうにかするため、火邑は、軽く「みらくるはぁと幸村ちゃん」なる人物についてSNSで調べてみた。するとどうしたことだろう。真田十勇士なるグループが逐一、郁の同行を発信していた。現在は「京都にいるらしい」というところで止まっている。どうやら、泊まる予定のホテルまで突き止めたようだが、そのホテルが立ち入り禁止になっていたため、そこで行方がつかめなくなったようである。
「うっわ、何コレ、ほぼストーカーじゃん」
思わず火邑は呟いた。熱心なファンという度合を越えている。稀にアイドルのファンには出待ちなどという会場やテレビ局から出てくるところを待つファンなども居るが、流石に休日にどのような行動をするかまで把握するのはおかしいだろう。
「あー、……うん、まあ、その人たちは、真田十勇士っていう、ファングループ筆頭十人なんだよ。筆頭って言っても、そんなにファンがいなから、この十人だけがファンって言ってもいいくらいなんだけど」
地下アイドルなどで売れないアイドルを熱狂的に応援し続けるファンは稀に居る。もっとも、売れたらファンを辞めてしまうのが一般的であるが。事務所の認識では、彼ら真田十勇士もそう言ったファンたちの集まりだと考えられている。
「幸村に十勇士ってことは、まあ、真田幸村なんだろうが、苗字が真田ってことは血でも引いてるのか?」
真田幸村。戦国武将として名を馳せる人物だ。もっとも真田信繁という名の方が正確であろうが。大坂夏の陣で活躍したことで有名であり、真田十勇士が有名ではあるものの、真田十勇士は創作である。真田十勇士というものは、尼子氏復興に尽力した尼子十勇士を元に考え出された創作なのだ。されど、その中には、後に大きく名を知られたものも多い。猿飛佐助や霧隠才蔵がその代名詞だろう。
そんな真田幸村の血を引いているか、というのは武田信姫の様に、真田家の直系がもしくは傍流でもいいから血を継いでいるのか、ということだろう。
「いやいやいや、全然全然。そんなに由緒ある家じゃないよ。偶然も偶然。それにそんな凄い家柄だったらこんな売れないアイドルなんてやってないよ」
家柄と売れるか否かは関係ないだろうが、いざとなれば家柄を売りにして「なんと、あの真田幸村の子孫です!」などと喧伝すれば、一時でもテレビに出られることには違いない。
「それにしても、こんなストーカー紛いでも少ないファンだからどうすることもできない、って割とヤバくないか?行動がもっと過激になったら」
確かに、今は追跡されているだけで済んでいるが、そのうちプライベートを荒らされるようになったら、さらなるファンの獲得など夢のまた夢で、むしろ引退を考えるべきになる。場合によっては、引退しても付きまとわれることを考えて、警察を動かすことになるだろう。
「そうなんだけど、本当に、生活してる上で視線も感じないし、どうやって付きまとっているのかも全然わからないの」
もはやストーカーの域を超えた何かである。煉夜はそこに若干の違和感を覚えたが、煉夜のような戦闘経験や逃亡生活経験があるわけでもないのに、そこまで視線に鋭くなれるはずもないか、と納得した。だが、実際、アイドルとは視線に敏感である。ステージの上に立つことはもちろん、レッスンの時やオーディションの時、相手の視線を気にしなくては生き抜いていけないのだから。
「しかし、まあ、顔くらい分かるんだろ、そいつらの。十人だけで、いつもライブとかにも来てるとなると」
流石に見慣れた顔ならば、街に居ても気づくものではないだろうか。そこまで詳しく覚えていないと言われたらそこまでだが。
「うん、おぼえてる。だから、一回、探してみたことが有るの」
流石にここまでされて、じっと静観し続けるはずがなかった。彼女も一度は、どうやってついてきているのかを確認しようとしたのだ。
「適当に立ち寄った街の適当なビルのカフェに入って、窓際の席に座ったの。そして、呟いてないかな、ってチェックしてたら、やっぱりカフェに居るって情報が流れてたから窓の外を確認したんだけど、全然見当たらなくて」
適当な街の適当なビルの2階にあるカフェであった。そして、彼女がそのビルを選んだのにはいくつか理由がある。
「まず、ビルは、一階は知らないけど、二階にカフェ、三階・四階がフィットネスクラブ、五階がファミレスだったので、どの店に用があるのか分からないかなって思ったんだけど」
若干珍しい形式のビルではある。二階にカフェまでは分かるが、五階にファミレスというのは相当珍しいだろう。しかし、そこはどうでもいい。
「それで、二階のカフェに入ったんだけど、エレベターには人が居なかったし、カフェの中にもそれらしき人が居なかったの。でもカフェに居るって呟かれてたから、カフェの窓が見える範囲にいるんだと思って探したんだけど、全然見つからなくて」
確かに、その状況で先回りできるとは思えないし、そうなれば、二階の窓が見える範囲、つまり、下の道、もしくは向かいのビルということになる。カフェの周辺にカフェがはいったビルが向かい合っているのはほとんどの可能性でないだろう。前面道路の幅員がとんでもなく広い場合や、歩道が一方通行になっている場合などは別だが。そう考えると、向かいの建物で、向かい側にある建物の窓を長時間観察しても怪しまれないことは難しいので、下の道になる。
しかし、下の道といえど、二階の窓ならば見上げる角度で長時間確認しなくてはならない。つまり立ち止まる必要がある。ビルに入っていくところを目撃しただけなら、カフェに居るとは呟けないので下の道で、二階の窓を立ち止まって見ている必要がある。そうなれば、必然的に、彼女の目にも留まるはずなのだ。
「プロのストーカーかよ。正直、そこまでヤバイとどうしようもなくないか?」
煉夜であれば、それを見抜くこともできるかもしれないが、あくまで一般人の彼女には不可能だと言える。
「でも、その十勇士とか言うファンって、普通じゃないでしょ。だって、この写真とかどう考えてもおかしい角度から撮られてるし。ドローンとかって、飛ばしてたら即効ばれるけど、話題になった様子もないし」
火邑が見せたのはSNSの画像だった。角度的に斜め上から撮った写真の様である。しかしながら、どう考えても街路樹に登ったか、街灯に登らねば撮れぬ写真であった。しかし、そんなことをすれば明らかに怪しいので彼女が気づかないはずもない。火邑の言った様なドローンやカメラ搭載ラジコンなども同様に、気づくはずのものだろう。そうなるとまるで幽霊のように誰にも見えず、かつ飛んでいるかのような状態でもなければおかしいことになる。
しかし、そんな存在が居たほうが逆におかしい。そうなると、この写真を撮った、真田十勇士はどのような存在なのか、という話だ。
「プロフィールとかに情報が無いかな?」
SNSは得てして、プロフィール情報というのがあり、多くの人が、大なり小なり、何らかのコメントや情報を残しているはずだ。
「んと~、真田十勇士の筧十蔵こと家計重増ってかいてるけど意味わかんない。ユーザーネームは『筧十蔵@みらくるはぁと幸村ちゃんLove』さんだね」
「そこは忍者系じゃねぇのかよ!ここまでアクロバティックな撮影できるんだから猿飛佐助とか霧隠才蔵とかでいいだろが!」
謎のプロフィールに、煉夜は思わずツッコミを入れる。ちなみに、煉夜の真田十勇士の知識もゲームから来ているものなので中途半端な知識しかないが、十人の名前と軽い特徴位は分かるのだ。
「筧十蔵って、幸村の側近の一人だろ。親父が足軽から重役になった筧十兵衛って名前の」
煉夜の知識はその程度である。しかしながら、それ以上知ったところで意味はないだろう。一般的な筧十蔵とSNSの筧十蔵は全く異なるのだから。
「他には、『SASUKE.S@幸村ちゃん好き』、『キリカク・レオ蔵@みらくるはぁと』、『ミヨシー正解NewDo?』、『三女子E左入道@幸村ちゃん推し』って、推しも何もグループじゃなくない?後、『穴山小助ェwww』、『由利鎌之介』って普通に名前?『ロクロー』って逆にシンプル。『NEDU-JIN-@ゆきゆき』、『ロクロー@望月の方』ってロクロー二回目なんだけど」
おそらく一人目から猿飛佐助、霧隠才蔵、美好青海入道、美好伊左入道、穴山小助、由利鎌之介、海野六郎、根津甚八、望月六郎であろう。この九人に、先の筧十蔵を加えた十人が真田十勇士となる。
「あ~、うん、たぶんその人たちだと思うよ。その筧十蔵がヒノクルマって呼ばれてる人だと思うし、他の人達もたぶんそう」
プロのストーカーとは恐ろしいものだ、と一同痛感しながら、、SNS上に上げられた写真や画像を見て、あれやこれやと話すのだった。




