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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
青葉騒動編
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119話:青葉雷司の暴食

 白猛巨兎(ペルニーカ)の肉を頬張りながら、雷司は、周りを見回した。いつもの面々と言える月乃(ゆえの)煉夜(れんや)はいいとして、親族であるとはいえ、あまり交友の無い市原(いちはら)裕華(ゆうか)や司中八家として名前だけは知っている稲荷(いなり)九十九(つくも)稲荷(いなり)八千代(やちよ)、父の関係者ということしか分からないミランダ・ヘンミー、稲荷九十九の関係者とみられる白原(しらはら)真鈴(ますず)、稲荷家の三女で幼いために名前が知られていない稲荷(いなり)七雲(ななくも)、煉夜の知り合いらしい入神(いりかみ)沙友里(さゆり)


 雷司は、人との交流をあまり持つ方ではない。それは、コミュニケーションが苦手とかそう言う話ではなく、幼馴染の月乃はともかくとして、他の交流はいつ切れてもおかしくないからである。裏切りなどの話ではなく、ただ単に、雷司がこの世界に居続ける保証がないということだ。


 青葉という家の特殊さ故に、この世界でも雷司が関わる人間は一定数いる。煉夜もその中の一人だった。行方不明になっていたという不思議な経歴から雷司は煉夜にコンタクトをとったが、それもまた、この世界にまつわる不思議ごとの一環として、それを解決すべく話しかけたと言っていい。結果として、煉夜とは親友と呼べるほど仲がよくなった。


 しかしながら、そういう偶然ではなく、雷司は人との関わりを深めようとしていない。その辺は兄弟姉妹ということか、妹の青葉紫風もまた、人を魅了する体質故に人との交友を深めようとはしていない。青葉紫水もまた、嘘が見えるという体質故に人との交友を深めようとはしていない。


 もっとも、妹2人は、体質というものがある故だが、雷司に関しては、「あるかもしれない未来」で「あるかもしれない別れ」を避けているだけである。言ってしまえば、別れから逃げているだけだ。


 その辺は、煉夜と真逆と言えるだろう。煉夜は、本来、「あるはずもない過去」を経て、「起こってしまった別れ」を全て受け止めているのだから。

 そんな雷司が、今、9人ほどと共に、食卓を共にしているというのは非常に珍しい光景とも言える。


「雷司、そういえば、お前は、最近、何か、厄介ごとに巻き込まれてるのか?」


 煉夜が雷司にそう問いかけた。京都に来てから、厄介事続きだった煉夜だけに、親友の近況も知りたいのだろう。雷司は、ここ数ヶ月の内にあったことを思い出す。


「いや、特に、これと言って厄介だと、思ったことはないなぁ」


 妙なところで言葉が区切れたのは、シチューをスプーンで掬って、口に運んだからである。互いに食べながらの会話だ。


「何言ってるのよ、シンバイラの件とか某国親善大使の件とか、傀儡当主の件とか、いろいろあったじゃないのよ」


 話を聞いていた月乃が、そうツッコミを入れる。それらは、もはや雷司の中ではどうでもいいことにカテゴライズされている内容だったために、もはや記憶に薄い。


「あぁ~、あったなそんなことも。でも、そんなしょぼい事件、煉夜の方がもっといろいろ変な目に……っと、大変な目に遭っていると思うぞ」


 煉夜も煉夜で、この数か月間にあった様々な事件を思い出す。しかし、これと言って大変だという思いをしたのは英国に行ったことくらいだった。英国で大変だったのではなく、英国に行くのが大変だったという話である。


「そんなに大変ではなかったと思うが……」


 そんな風に言う煉夜に対して、雷司は苦笑した。親の関係やそれ以外からも、煉夜の情報は徐々に世間に広まっているのが分かっていた。


「天城寺家の魔物召喚、武田家の城乗っ取り、英国での戦い、いろいろ噂は聞いているぞ」


 もはやそれらのエピソードは、煉夜の中で、【緑園の魔女】との再会、姫毬や信姫との出会い、リズやユキファナ、アーサーとの出会いとして認識されていて、事件に重きは置かれていない。


「そう言えば、去年はそんなこともあったな。そんなに大変ではなかったな」


 やはり、煉夜にとってそれらは大変なことではない。なぜならば、本当の意味での本気を一度たりとも出していない。ましてや聖剣を含め、そこに煉夜が本当の意味で教わった力はなく、あくまで我流や他人の力を借りているに過ぎないのだ。そして、それを使うことはないと煉夜は思っている。英国でも出すことを考えたが、結局は出していない。


「まあ、こいつにとっちゃ、この世界で起こるどんな事件も大変じゃあないのよさ。何せ、本当にヤバイ事件に巻き込まれた時は、必ず――、ううん、この話は今する話じゃないのよさ。食事がまずくなるわ」


 そう、沙友里は、サユリ・インゴッドは知っている。雪白煉夜の生涯の一部を。おおよそ、その断片でも、煉夜は本気を見せることはなかったのだが、巻き込まれた規模で言えば、本気を見せたのに匹敵するだろう。何せ、魔女が2人と水の幻想武装を使った煉夜とある人物の4人がかりで解決した大事件もあるのだから。


 そうした事件に比べれば、この世界でどのような事件が起ころうと、煉夜が本気を出すはずもないということは沙友里がよく知っていた。もっとも、その事件に関して、煉夜が水の幻想武装を使ったという事実を沙友里は知らないし、いまだに、煉夜の幻想武装という本気の領域を見ていない。されど、いろいろあった。


「ふぅん、貴方はいろいろ知っているようだけど、彼とは恋人なの?」


 興味なさげにミランダがそんなことを言った。彼女にとってはただの話題提供でしかないのだが、それに対して、目を鋭く光らせる数名がいる。それに呆れながら、沙友里はため息を吐きた気に肩をすくめて言う。


「そんなわけないのよさ。何より、今ここにこうして生きているのがその証拠なのよ」


 恋人なのか、という問いに対して、おおよそ見合わない解答が帰ってきたことで、ミランダは眉根を寄せる。まるで、その言い方だと、――


「その言い方だと、彼の恋人は皆死ぬ、と言っているように聞こえるけど?」


 それに対して、煉夜も沙友里も何も返さなかった。否定も肯定もしなかった。ただ、妙な沈黙が場を満たす。


「おかわりー!」


 その沈黙を打ち破ったのは、一人黙々と食べていた七雲だった。全く話を聞いておらず、全く空気を読んでいないからこそ、彼女は沈黙という状態を打ち破ることが出来た。


「分かったのよ。すぐ準備するから少し待つのよ。……というか、食べ盛りとはいえ、少し食べ過ぎじゃないのよ?」


 沙友里は立ち上がり、七雲の方へと向かっていく。先ほどの沈黙がなかったかのように、再び会話をしながらの食事が続く。


「そう言えば、煉夜。あれ覚えてるか?」


 空気を変えようと、雷司は、煉夜に唐突な話題を振る。あまりにも意味不明な問いに、煉夜は思わず眉を上げる。


「ああ、いや、あれだ、戦国武将系アイドルとかいう、訳わからんアイドル」


 戦国武将系アイドルとは、歴女などが流行った際に、それに乗っかり起こった歴史ブームの中でも戦国時代が流行った際に生まれたアイドルである。一般的には2種類存在し、1つは戦国武将にものすごく詳しい歴女型戦国武将系アイドルである。こちらは、恰好は普通のアイドル然とした格好で、稀に城巡りのロケ等で最初だけ鎧を着ているようなアイドルのことを指す。もう1つが、何かよくわからないけど戦国武将ブームに乗り遅れまいとアイドルに鎧と兜と刀をくっつけてでっち上げた偽型戦国武将系アイドルである。


 この場合、雷司が言っているのは、前に、事件の際に関わった戦国武将系アイドルの話で、分類上は後者に入る。


「ああ、あの、超電磁抜刀(ハイパーブレード)伊達(だて)政胸(まさむね)とかいう完全に本家本元を馬鹿にしたような、ほぼお笑い芸人レベルのアイドルか」


 Dカップを売りにしたアイドルであり、「政胸」は誤植ではない。完全に伊達政宗を馬鹿にしているとしか思えない。


「あの後、何度か売り方を変えて、不思議系とかオタク系とか、あっちこち転々として、清純系アイドルとしてヒットしたらしいぞ。今年の新年の特番に出てた」


 不思議系とは、これまた複数タイプいるが、彼女は「ムスラロドス星からやってきた地底人」とか言う異星人なのか地底人なのかはっきりしろと言いたくなるような不思議系である。また、オタク系も複数タイプいるが、この場合は「オタクなのにアイドルです」というものだ。もっとも、情報量について行けず4ヶ月でダウンした。


「おいおい、あの胸を売りにしたアイドルが今更、清純系とか無理があるだろ。ぜったい政胸とかSNSでネタにされてるぞ、それ」


「まあ、本当にされてるんだけどな。ま、いまどき戦国武将ブームもとっくに過ぎたのに、戦国武将系アイドルなんてやってる奇特なやつはいないだろうし、みんな方向転換するわな、普通」


 雷司は肩を竦めた。もはや、戦国武将ブームも下火となっている。それでも根強い人気を誇るのは、誰もが授業で多少は習うこと、様々なメディアになりやすいこと、一般常識の範疇でいろいろできること、新発見が結構な頻度であること、などがあげられる。しかし、根強い人気が「戦国武将」というカテゴリーにあれど、戦国武将系アイドルというカテゴリーにはない。


「まあ、俺はよく知らないが、アイドルの方向転換なんてよくあることじゃないのか?売り方を変えるってのは、まあ、売れないもんを売るためには必要なことだし。それでも変えないってんなら、よほどそれを貫きたい理由があるか、それとも売れる気が無いか、だろ」


 そんなくだらない話をしながら、食事の時間は続く。

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