117話:青葉姫聖の憤怒
超能力というものが世界に浸透した世界に生まれた青葉姫聖という人物は、その世界でも特殊な人間であった。第二次世界大戦後の日本は、敗戦の失敗を繰り返さないために、独自の研究機関を密かに作り、超能力というものを研究していた。その結果、ついに人工的に超能力というものを作れるようになったのである。その研究成果を盾に、日本は世界的に優位な地位を手に入れ、世界には超能力が広まった。
しかし、中には天然の能力者というのも表に出ていないだけで一定数居たのである。それらにもいくつか種類があるのだが、姫聖の居た世界では、多くが鬼の末裔や吸血鬼、ライカンスロープなど、人以外の血が混じった結果に生まれた混血の異能者である。
そして、それに該当しない天然の能力者が、青葉姫聖や風音翔、雨月茜に代表される例外達であった。
現状、その世界において、超能力を使った大規模な戦争は起きたことが無い。それは、研究の段階が日本と諸外国では数段の差があり、日本では軍事利用が可能なレベルまで超能力が至っているが、諸外国では、補助程度にしか使用できないからである。
だが、その世界で一度だけ、表ざたになったら世界を震撼させるほどの超能力者同士のいざこざが日本で起きた。
それが、風音翔が、まだ中学生の頃に起きた、……あるいは起こした、アリッサ=ィラ・マグナケセドとの戦いである。一応、政府は気づいていないことになっているが、そこにも少々込み入った事情がある。
ともかくとして、青葉姫聖が、風音翔に関わるまでにも様々な事件が勃発していたのだが、その世界は今、非常にややこしい事態を引き起こしていた。
第三次世界大戦、もしくは、超能力大戦とも呼ばれそうな大戦争が起きようとしているのだった。切欠は、簡単なことである。アメリカのエリア51が極秘裏に日本の超能力を解析し、そこから、現在の日本のレベルまで超能力を引き上げることに成功したのである。
敗戦後、日本の立場を優位にしたことから、アメリカとの関係は悪化しているため、すぐさまにでも戦争が始まるのではないか、というほどである。
「すぐに」といっても、数日中とかのレベルではなく、数年以内にというレベルであるが。なぜならば、いくら超能力を開発したところで、それに適応できる人材を育てる必要があるからだ。
そして、日本の能力開発高校に所属している学生は、特例で、予備兵扱いとなる。能力開発大学の学生の中には、軍属するという学生も何人かいる。
そして、その切り札として政府がカウントしているのが、風音翔、雨月茜、師劉祈の3人。アリッサと戦ったという実績が大きいのだろう。故に、翔や茜と常々一緒に居る姫聖はカウントされなかった。それに「憤り」を感じているのは事実だろう。
しかし、そんな状況で、翔には翔の戦争の準備があるように、姫聖にも姫聖の力を強くする修行があった。それゆえに、彼女は京都に来ることに強く反対していた。戦争に興味のない静姫はともかくとして(静姫の場合、戦争になろうと、自分は負けないと思っているため、そもそも、戦争ということに興味が無い)、姫聖は、やるべきことをやりたいのである。
そんな彼女に、父が「そう言えば」と口を開いた。あまり父の言動にも興味がない姫聖は、無視をしようとしたが、父は普通に話す。
「お前の『偽王の虚殿』って、本来の形で発現していないよな」
父の言葉に、姫聖は無視を決め込むのは辞めた。本来の形で発現できていないとなると、本来の形なら、もっと強くなるからである。
「どう言う意味ですか?これが『偽王の虚殿』の本来の形ではないというのは」
今まで使ってきた力である上に、そこに不満を感じたことがなかった姫聖は単純な疑問の声を挙げた。そもそもに、自身の力がはっきりと把握できているわけではないが、何か封印がかかっているようにも思えなかった。
「いや、そもそも、『偽王の虚殿』っていうのは、司中八家の秘宝なんだが、その前に、九人の王が居て、その中の一人が偽物で、その力だか何だかを東に置いたというのが元だったはずだ。その力は、普通じゃないはず。だけど、お前のは言っちゃ悪いが、普通の範疇だ」
秘宝として、司中八家が総出で探すほどのものが、この程度の力なのだろうか、と父は言う。しかして、司中八家の現状を考えれば、今の姫聖の力でも十分に強大と思えるのかもしれない。だが、秘宝としたのは昔の、それこそ、全盛期の司中八家ともいえる。
「そもそも、九人の王というのがよくわからない話ですよね。九人……、しかもそのうちの一人が偽物となると……、うーん、やっぱりわかりませんね」
それは父も同意見だった。しかし、それは当然のことなのである。本来、九人の王が観測されるのはこれから先の時間軸なのである。それこそ、夜威啓鳥という九番目の王が確認されるのは、まだ先の……いや、もう目先に迫っているものの、まだ少し先である。
しかし、世界の干渉に時間など意味はない。それに、「偽王の虚殿」は、啓鳥の前の九番目の王に該当するため、正確には既に起こったこととも言えた。
「しかし、まだ、強くなれるということですね……」
姫聖は分からないながらに、強くなれる可能性があることを喜んだ。強くなれるということは、翔の力になれるということであるからだ。
そして、その考えは間違っていない。しかし間違っている。力になるというのはくだらない第三次世界大戦などではない。そもそもに、風音……篠宮翔という存在の前では、第三次世界大戦など児戯に過ぎない。そこに力を貸す必要は皆無である。では、一体何に力を貸すのか。それは、傍観者との戦いである。
それが何を意味するのか、それを姫聖が知る日は、まだ遠い。しかし、相対するのは強大な魔女と最強のメイドの一角。その前に、いくら力を付けたとして足りないことはない。
この世全てを破壊する者として生まれ落ち、なおかつ、この世全ての中で「■■」という一点において最強たる存在の裏側として存在している、それが青葉姫聖という存在なのだから。
――それゆえに、面白い。
それは、誰の言葉だったのか。誰かがどこかで言う。その姿は美しいメイドの姿である。最強のメイドの一角とされる彼女は、今、どこかでメイドとして働いている。
「運命の螺旋、さあ、原初の破壊へと目覚めるのはいつかな!」
それはとても楽しそうに、青葉姫聖を見ている。青葉姫聖を……、彼女の世界を傍観する傍観者の一人である彼女は、愉快なものを見ているようだった。そして、その場にはもう一人いる。されど、そのもう一人は、一言も発することはなかった。話したくないからではない。話す意味がないからだ。
「やっぱり、この狭間での唯一の楽しみは、『これ』だよね。運命の数奇さを感じられるこの瞬間こそが面白い!」
青葉姫聖の数奇な物語は、もはや終わりへと近づいている。
重層崩界により世界が結合して、人間とそうでない存在において、人間が劣勢であることが大いに知らしめられた夜威啓鳥の世界。
超能力の発見により世界が激震し、人間とそうでない存在において、人間が出し抜く力を得て、競い合う青葉姫聖の世界。
まったく違うようで共鳴し合う世界と、そこにある原初の風、篠宮翔というイレギュラー的存在がどう作用するのかという疑念。
それこそが運命の螺旋。本来は重なり合うはずの無い世界が、人が、空間が、今、運命という螺旋によって束なりかけていた。
その中心には、決して世界に干渉しないはずの存在が関与する。これは、その青葉姫聖の激動の物語の幕間の物語である。




