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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
青葉騒動編
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114話:青葉紫風の強欲

 いつまでも場にとどまり続けるのは危険だ、ということで、奇妙な男に従い、移動を開始していた。曰く、「場にとどまり続けるということは力がそこに溜まる、澱みを作るのと同じである」と。


 しかし、どこに移動すべきか、となって、闇雲に移動するわけにもいかない。そこで、奇妙な男の工房に行くことになったのである。男の家に行くというからには、流石の紫風も警戒したが、「家などという大層なものではなく、ただの仕事場でね」という男の言を信じることにした。


 どのくらい歩いたか、京都の中心からやや外れた場所に、その雑居ビルはあった。普通かどうかと問われれば、ボロいが無いわけではないという程度の雑居ビル。そろそろ建て替えを考えるとかすべきという程度だ。


 その雑居ビルの扉を開けて、中に入っていく。すぐにあるエレベーターで4階のボタンを押してしばらく、エレベーターのドアが開いた。


 そこには雑居ビルの中とは思えないほどに広大な部屋が広がっていた。明らかに、雑居ビルの見た目からはあり得ない広さの部屋。その部屋の中には幾多もの怪しげな道具が転がっていた。水晶からタロット、骨、魔法陣、意味不明なものまで多種多様。様々な魔術の道具を集めた実験場とも言える場所だった。


「さて、ここは、基本的に私以外の人間が来ることはない……のだがな」


 広い部屋の中心にあるソファに腰を掛けていたのは、見目麗しい、まるで精巧な人形の様な女性。隣に脱ぎ捨てて有るローブは彼女のものであろう。このような胡乱な部屋には合わない女性。だが、それでありながら、この部屋にあることでその存在の神秘さと尊さがより儚く際立たされているようでもあった。


 人ではないのでは、とそんなことすら考えてしまうような女性。触れれば壊れてしまいそうな、そんな完成された美の娘。


「工房に女性を連れ込むなんてね、それもそんな年端もいかない子。……まあ、貴方の結婚相手を考えれば当然かもしれないけれど」


 美しい女性から紡がれたのは、それに反する女性にしては乱雑な言葉遣い。されど、それすらも見た目の美が抱擁してしまう。


「人を捕まえてなんてことを言うのだ、サンジェルマン伯。私は女性を崇拝こそすれど、あくまで聖母を崇拝しているだけである。幼子かどうかは私の意思には関係ない。そもそもあの子は……、いやそれはどうでもいいことだ。それに、それこそ、連れてきた『色欲の魔女(ビッチ・ウィッチ)』はそれこそ聖母とは対照的ではないか」


 先ほど、紫風が例えた「サンジェルマン伯爵」当人こそが、今、目の前に居る、とても美しい女性である。

 サンジェルマン伯爵は欧州でも有名な「謎多き人物」である。その謎の一つが、何年経っても年を取っていないように見えるというものだ。また数千年生きているのでは、という話も多くささやかれていた。使用人にサンジェルマンの年齢を問うた際も「私はまだ300年しかお仕えしていないので分かりません」という返事が返ってきた。それがこの目の前の女性なのである。


「まあ、確かに、その身に淫魔でも顕現させているんじゃないかってくらいの淫気を感じるけど、アル、貴方も男なのだからその淫気に当てられた可能性も否めないじゃない」


 サンジェルマンは奇妙な男を「アル」と呼称した。昔は、別の呼び方をしていたこともあるが、今の姿になってからは、ずっとそう呼ばれている。


「何だ、淫気とは。色気と言え。それに私にこのようなものが効くはずもない。そもそも、今は無意識に女性用に発現しているのだからサンジェルマン伯の方が、いや、魂が男のお前には関係ないか」


 そんなやりとりをしながら、奇妙な男は、床に散らかったものを片っ端から端に寄せていく。どうやら何かをするスペースを作っているようだった。


「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったな。『色欲の魔女(ビッチ・ウィッチ)』、君は名前を何という?」


 物を端に寄せながら、奇妙な男は、紫風に問いかける。部屋やサンジェルマンに呆気に取られていた紫風はため息交じりに言う。


「人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るって常識知らない?」


 そんなことを言いながら、考える時間を作る。頭を整理して、現状を把握していた。


「……アルフォンスだ。それで君の名前は?」


 不機嫌そうに奇妙な男は言った。確かに、サンジェルマンが「アル」と呼んでいるのだからそれが「アルフォンス」の省略形でも不思議ではない。


「青葉紫風よ。青色の葉っぱに紫の風」


 紫風はその名前を名乗る。それに最初に反応したのは、サンジェルマンだった。そう、サンジェルマンは知っている。なんでもは知らないが、多くのことを知っている。


「青葉……、そう、貴方は彼の娘だったのね。それにしてはみょうちきりんな能力が発現したものだわ」


 そんなサンジェルマンの反応を見て、奇妙な男は唸る。そう、彼もまた、その名前で気づくことがあった。


「そうか、君は、あの偽神の娘か。そうであるならば、改めて名乗りなおさせてもらおう。私の名はエリファス・レヴィだ」


 アルフォンス・ルイ・コンスタンことエリファス・レヴィ。近代魔術復興の象徴的存在ともされ、薔薇十字教会にも加入していた。有名な著書として「高等魔術の教理と儀式」がある。彼は、41歳の折にアルフォンス・ルイ・コンスタンをヘブライ語風にしたエリファス・レヴィを名乗るようになったとされている。また、その7年前、34歳頃、17歳の教え子マリー・ノエミ・カディオと結婚する。しかし、それはいわゆるおめでた婚であり、彼は望んでいなかった。それもマリーの母とエリファスは不倫関係にあり、それをネタに強請られたというのが正しい表現でもある。しかもその後マリーは浮気をして、結局離婚することになるというオチまでついている。


 サンジェルマンの言っていた結婚相手を考えれば、というのは17歳の教え子マリーのことである。


「何、ウチの父さんってそんなに有名なの?所謂、歴史に名を残すあんた等が知っているくらいに?」


 父が凄い存在であるというのは、紫風も知っていた。だが、何がどのように凄いのかは全く知らなかった。それゆえに紫風は問うた。


「ええ、まあ、実際にあったことがあるっていうのもあるんだけど。まあ、会った時はまだひよっこだった。でもそれでも片鱗を感じるくらいには風格があったけどね」


 サンジェルマンはそんな風に言った。懐かしむような、そんな言葉。いや、実際に懐かしんでいたのだろう。かつて、出会った、あの日を。


「そして、その名は世界全土へと広がった。それこそ、例外の例外だろう。我ら【最古の術師】を例外と呼ぶのなら、という話だがな」


 最古の術師、それは、彼ら彼女らの集まり、すなわち原初の世界の錬金術師や魔法使い、祈祷師、陰陽師たちの集団のことである。それこそ、サンジェルマンやエリファスが所属していることからも有数の者たちが集っている。


「っと、そんな話をしているうちに準備ができたな。今から君の力を抑え込むための魔導具を精製する。どのような形がいい?普通は今渡している眼鏡やイヤリングなどが多い。頭、頭脳に近い位置に置くというのは意識をそこに置き一体化しやすいからだ」


 他にもネックレスを使うものもいる。稀有な例だと付け爪という例もあった。しかし、ポピュラーなイヤリングが妥当だとエリファスは思う。


「イヤリングねぇ……、格闘を嗜む身とすればデカいイヤリングは耳ごと千切れるから勘弁願いたいんだけど」


 そもそもに装飾品を身に着けることが嫌いな紫風が、何を身に着けるのなら納得するのかという非常に難しい問題がある。


「ではピアスならどうだろうか。認識阻害をかけておくから、普通の人には認識できない。まあ、君の御両親のような特殊な人間は別として、だ。それならば日常生活には支障もないと思うんだが」


 ピアスと聞いて、耳に穴をあける想像をした紫風。まあ、普通はそうだろう。しかしながら、エリファスは一流の魔術師……ではないが、全般を取りまとめた、すなわち、あらゆる分野に精通する魔術師なのである。


 ピアスとは、その元の言葉、ピアジングにあるように、穴をあけて貫通させること。それに転じて、穴をあけて身に着ける装飾具のことを指す。つまり、穴をあけない時点で、それはピアスではないのだが。


「耳に当てるだけで付く。それで、君の異常なまでの色香を打ち消すことが出来るだろう。ただ、あくまで抑止しているだけに過ぎない。タガが外れれば結果が変わらんだろう。それを付けて自分の力をコントロールする訓練をするといい」


 そんな風に言うエリファスに対して、紫風は言う。


「もっと、何か便利な道具はないの?」


「君はあれだな、『色欲の魔女(ビッチ・ウィッチ)』の癖に、随分と強欲じゃないか」


 エリファスと紫風は互いに笑う。


 後に、とあることで世界中に名を馳せる少女、青葉紫風と魔術師エリファス・レヴィの初めての出会いはこのようなものだった。


 母の胆力と父の魔力を継いだ青葉雷司でも、母のセンスと父の力を継いだ青葉紫水でもない、どちらの力も継いでいない、強いて言うなら父の異質さと母の本能を継いだ青葉紫風という存在のプロローグにもならない序々章は、こうして幕を閉じる。

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