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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
青葉騒動編
108/370

108話:青葉騒動日記其ノ弐・通信会神

 ようやく意識のはっきりした一同だが、昨夜までの騒動に引きずられてか、あまり活動できそうになかった。正直なところ話すのも億劫な状況にある。しかし、人間、食べねば生きていけないものだ。朝になるや否や、煉夜を求めて飛び出した月乃と、同じく煉夜を求めてだが、正確には煉夜と一緒に遊んで手に入るゲーム内ガチャを回すためのアイテムを求めて飛び出した裕華、そしてそれに引きずられて連れてこられた雷司が朝ごはんを食べているはずもなく、そして、全員が寝ていた稲荷家の面々も朝ごはんなど準備すらしていなかった。稲荷家の両親は、表というよりか神社の方で寝泊まりしている。参拝客とあいさつ客の相手が忙しいので戻ると効率が悪いのだ。


 つまり、誰一人として、ご飯を食べられない。この中で料理ができるのは、煉夜、九十九、裕華、ミランダくらいだが、煉夜はテンションの落差が激しく体が重い、九十九は昨日の一件で気が抜けてぼーっとしているし、裕華は基本的に自分本位の料理を作るので大人数のために作ることが苦手で、ミランダは、基本和食である稲荷家の冷蔵庫にあるものを使った料理は難しい、というより米が炊けないのだ。


 ミランダは希国生まれである。無論、希国にも米料理は存在している。しかしドルマダキアやスパナコリゾの様に、「煮る」のだ。炊くということはしない。そう言った点で、ミランダが日本の調理場で調理するのは難しい環境ではある。


 しかし、食べに行こうにも、今は一月の四日。個人営業で今日から開店の店もないことはないだろうが、時間が九時では難しい。ファストフードにしろファミリーレストランにしろ、やっていることはやっているが、流石に新年早々に、そんなところで食べるのもどうなのだろうという話になった。

 そこで煉夜は、ある人物へと電話をする。こうなったら困ったときの頼み口である。そんなことを考えながら、電話し、コール音が鳴ること少し。


「はいさ、何なのよさ。こんな正月早々電話かけてくるなんて言い度胸じゃないのよ、サボりバイター」


 ちゃんとシフトを組んで入っているのに人聞きの悪いことを言うのは入神(いりかみ)沙友里(さゆり)という煉夜の昔なじみである。


「店開けてないなら、少し貸してもらえないか?あと、お前の家の厨房も。それから飯作って、頼む」


 電話をしている様子を傍から見ている周りの面々は、煉夜の言葉にぎょっとする。家にかけているかと思いきや、「店」という単語が聞こえてきた上に、「飯作って、頼む」と煉夜が気軽に言うような相手が居るとは思えなかったからである。


「はぁ?いやなのよさ。なんでそんなことせにゃならんのよさ。わたしはあんたのお母さんじゃないのよさ」


 興奮気味の沙友里は語尾の「よさ」が増えていた。煉夜と沙友里にとって、この手のやり取りは腐るほどしている。二人とも互いに仲がいいわけではなかったが、白猛巨兎(ペルニーカ)朱猛火鳥(フェナータ)を仕留めたときなどに、その調理などを依頼していたのだ。魔物や霊獣を食べる文化は、向こうの世界でもそうそうないが、中には高級食材とされるものもあり、賞金首の煉夜達が金欠の時に、狩って食べていた。


「いつも通り、欲しいもんがありゃくれてやるから、頼む」


 実際、これまで、料理を頼むにあたって、煉夜は沙友里に様々な調理器具を渡していた。それが膨大な量の調理器具の一部である。異世界には様々な調理器具が有り、それこそ、こちらの世界にはない様な特殊なものもある。毒のある食材に使う浄化の魔力が込められた包丁や特殊な動物を解体するための吊るし機とかもある。


「ん~と、じゃあ、幾つか欲しいものがあるから頼むのよさ」


 嬉しそうな語調で話す様子の沙友里を見て、その父は電話の相手が誰なのか、無性に気にしていたが、沙友里は特に気にした様子はない。


「んじゃ、まあ、こういう時は鍋が定番なのよさ。人数はどのくらい?」


 メニューを考えながら沙友里が言う。煉夜は人数を数えた。煉夜、雷司、裕華、九十九、月乃、八千代、七雲、真鈴、ミランダがこの場に居る。よって、


「9人だな。お前入れると10人」


 家庭用の鍋でそう多くの人数が囲めるとは思えない。10人なら2つか3つ鍋が必要になるはずだ。内容なら稲荷家から持っていくことも考えないでもなかったが、


「分かったのよ。3種類くらい用意すればよさそうなのさ。滅多に使わない鍋が使えるのは嬉しいのよさ。あと、うちのおせちのあまりとかも出せば大丈夫なのよさ」


 そういう沙友里。沙友里の料理道具の中には当然鍋類も入っている。もはや、調理器具マニアと言っても過言ではない。


「ああ、あ、あと、こっちには一人外人が居るから、あまり日本っぽくないやつも1つくらいあるといいかもしれない」


「了解。あんたも食材をそれなりに持ってくるのよさ。ある程度の下準備まではしてまっとくから」


 電話が切れる。懐かしいやり取りに若干、昔を思い出す。あの日々を。しかし、困った点もある。食材だ。買おうにも、スーパーマーケットや個人商店がこの時間にやっているはずもなく、コンビニで食材を買うのも難しい。


「九十九、何か材料はあるか?知り合いに頼んで料理を作ってもらうことにした。鍋って言ってたけど、まあ、基本的に肉とか白菜とか大抵の鍋に入れるようなものを適当に持っていけば大丈夫だろ」


 適当なものを、とはいうものの、ここ最近ろくに買い物もしていないので大したものもなく、九十九も、いつも通りなら、適当に済ませるつもりだった。


「うちは今、何もないんだけど。レトルトとか冷凍とかになっちゃう」


 流石に一日はおせち料理を食べた稲荷家であったが、そんなに豪勢なおせちではなく、普通の量で、余らないようにしている。なぜなら、両親がこうして家に戻らないので余ったものを子供たちが食べ続ける、というのは、どうにも数年で飽きたらしく、毎年同じできついと八千代が言ったことから、普通の量になったのだ。


「となると、やっぱり買うしかないか……」






 そんなこともあり、結局、とりあえず外に出ることになった一行。稲荷家を出て、歩き出そうとした瞬間、煉夜の知覚域に、突如、神獣よりも強力な気配を感じ取った。その瞬間に、億劫も眠気も全てが吹き飛んだ。警戒心が跳ね上がる。


 とっさに胸元の宝石を握りしめたが、そこに突如現れたのは、巨大な兎の死骸と、その傍らに佇む女性と男性だった。


「なっ……」


 あまりにも唐突に現れたために唖然とする煉夜。神獣よりも強大な力を放っていたのは、その中の女性だった。


「っと、人がいるとこに出ちゃったわね。ま、いっか」


 あっけらかんとそう言う茶髪の女性は、どことなく、裕華にも似た雰囲気を持っていた。その力量は、煉夜ですら絶対に勝てないと思うほどだ。


「あら、雷司に裕華じゃないの。ってことは京都にはついてたわけね。ラッキー。行くわよ緋緒(ひお)。とりあえず、弟に合わせてから、今の夫と妻にも会わせてあげるわ」


 傍から聞けば意味不明なことを言っているようにしか聞こえない女性の言葉に、男性は頷いた。その髪色は緋色というより、血の様な赤色で、酷く目を引かれた。


「伯母さん、こんなとこで何してんの?てか、その兎は?」


 伯母と裕華が呼んだように、裕華や雷司もあまり面識のない「父の姉」である。その傍らにある巨大な兎の死骸については、煉夜がよく知っていた。


「超獣白猛巨兎(ペルニーカ)だな。まだ子供のようだが、見事なものだ。急所を一撃で切っている上に、切り口がものすごく綺麗だ。判断力と膂力が超人クラスじゃないと無理だぞ、これ」


 実際に戦ったことがあるからこそ、煉夜はその凄さが分かっていた。大人サイズとなれば、もっと大きいが、このような技が使えるのなら、さして問題なくあっさりと倒せるのだろう。


「あら、流石は獣狩りのレンヤ、よく知っているわ。いえ、それとも【創生の魔女】の眷属レンヤ・ユキシロと呼ぶべきか、スファムルドラ帝国の守護騎士レンヤ・ユキシロと言うべきか、はたまた《神の■■》と呼ぶべきか、生まれ変わりもせずにいろいろと呼び名が多いのね」


 女性の言葉に、眉根を寄せる。怪訝にもほどがあった。獣狩りや【創生の魔女】の眷属はともかくとして、女性が3つ目に挙げた名前を知っている人間はほとんどいない。そして4つ目は煉夜すらも知らないものだった。


「いやいや、武神、破壊神、天変地異、大山、怪物、一門……一つの生で貰った名前の多さでは君以上の人はいないんじゃないのかい?」


 男性がそんな風に女性を笑う。それに対して、女性は何も言い返せなかった。なので、それを無視して話を続ける。


「それにしても【創生の魔女】ね。……【虹色の魔女】ノーラを知っているかしら?」


 女性はそんなことを唐突に煉夜に問う。話題転換にしても無理やりだが、煉夜は知った名前に頷いた。


「ああ、そう。それ、あたしの妹。終焉の少女の転生体の一つね」


 言われたことがよくわからないため、困惑する。六人の魔女に姉などいるはずもないのである。それをこうもあっけらかんと言うあたりが奇怪だった。


「っと、いろいろと話したいこともあるけど、まあ、時間もないから今回はこの辺で失礼させてもらうわ。そうそう、この兎、突っ込んできたからついでに持ってきたけど、要らないからあげるわ。好きに食べてちょうだい」


 そう言って女性は男性を連れて、颯爽と消えていった。後に残った面々は、その後ろ姿を唖然と見送った。唯一人、雷司の背で眠りこけている七雲を除いて。


 そして、巨大な兎、白猛巨兎(ペルニーカ)を見ながら煉夜は思う。


(今年、卯年(うさぎどし)じゃなくてよかった)


 新年早々、その年の干支を食べるなど、縁起が悪いにもほどがある。そんなことを考えながら、白猛巨兎(ペルニーカ)の解体について考えるのだった。

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