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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
青葉騒動編
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107話:青葉騒動日記其ノ一・爆睡激録

 青葉雷司は、京都の南側にある稲荷家へとやってきていた。無論、その後ろには、九鬼月乃や青葉裕華がいた。この日は、丑三つ時に煉夜がアレコレをした日のことである。つまっり、ミランダが白原真鈴をどうにかした数時間後ということである。


 別段、雷司は煉夜の元へと行くつもりはなかったのだが、裕華と月乃が口実として無理やり引っ張ってきたのだ。正直なところ、雷司としては、煉夜の京都での生活にあまり過干渉をする気はないので、会って二言三言話す程度で済ませたいのではあるが、他の二人がそうで終わりそうにないので、雷司も必然的にそうで終われないのだろう。


 稲荷家は普通の人ではたどり着くのが困難であり、月乃のように潜在魔力は高くとも一般人であったり、雷司の様に資質はついでいるものの今は武力一辺倒だったりすると、たどり着けない位置にある。もっとも、裕華は様々な経験からこの程度の結界なら解析して進むことが出来る。


 そうしてたどり着いた稲荷家。朝の八時くらいなので、人によっては起きているだろう。そう思い、やや失礼とも言える時間でありながら、雷司はインターホンを押した。しばらくして出てきたのは、金髪の女性。到底稲荷家の人間とは思えない人間だった。


「んぁ?……!ああ、あいつの子供かしら。ったく、朝から心臓に悪い顔見せんなっつの。悪いけど、今、この家の奴らほとんど寝てるから」


 女性は雷司の顔を見て、一瞬驚いてからぶつぶつと呟いて、そして、家の人間が寝ている旨を告げた。まあ、丑三つ時まであのような騒動があって、元気いっぱいに起きていたら、それはきっと徹夜のハイテンションというやつだろう。


「だってよ、帰ろうぜ。俺も眠いし」


 丑三つ時に煉夜に電話した彼らも同じくらいまで起きていた。だから、雷司も眠いのだが、他二人は、眠気より恋気ということで元気満々だ。


「嫌よ、こんな山ん中まで来て、何もなしで帰るの……、てか、なんであんたまで居るの?」


 月乃は文句を言ってから裕華に対しても、邪険にするように言う。言われた裕華は、特に気にした様子もなく、スマートフォンを取り出して言う。


「ちょいとゲームをね」


 愛用のスマートフォンの中に入っているアプリケーションこそが、裕華と煉夜を強く結んでいるものである。まあ、今や、それはとっかかりでしかないのだが。


「ミランダ、誰か来たの?」


 稲荷家三姉妹でいつもなら起きてくるのが一番遅い八千代が、起きて居間から出てきた。それに対してミランダは不満そうな顔をした。


「呼び捨てないでよ。まあ、いいけど。雪白煉夜の友人でしょ、たぶん。追い返すなり、入れるなりとっととしてあげなさいな。流石に冬の朝に外に放置は可哀想でしょ」


 流石に家の人間ではないミランダが勝手に他人を家にあげるのはまずいと判断して追い返そうとしていたが八千代が起きたのなら話は別だろう。ミランダは、判断を八千代に委ねた。当の八千代は、煉夜の友人と聞いて微妙な顔をしたが、そんな奇特な人間はどんな人物なのかという好奇心も有り、家に入ることを認めた。


「それにしても、貴方が、父さんのいっていた助っ人でしょうけど、どうして俺たちが煉夜の友人だと分かったんですか?」


 そんな風に問いかける雷司に対して、答えを出したのはミランダではなく裕華だった。ミランダが何かを言おうとしたのを遮って、裕華は言う。


「そりゃ、父さんがこの人に遣いを出すような殊勝なタイプではないってのは、あたしたち以上に付き合いが長いんであろうこの人の方が知ってるはずだし、そうなると稲荷家の関係者って線もあるけど、だったらアポとるなり、とならないで来れるほどの中ならこの人に何言われても上がっちゃえばいいんだし。そうなったら、この家の関係者ではなく、父さん関係の話でもない煉夜関係ってのが一番妥当だからでしょ」


 裕華の言葉に、雷司はあっさり納得したが、月乃は「は?」というような顔をしていた。ミランダもミランダで様々な修羅場をくぐってきたので、そこそこに頭が回るが、それを何気ない顔でスマートフォンを弄りながら理解していた裕華には勝てないだろう。


「まあ、概ねその通りなんだけど、てか、父さんってことは、あんたもあいつの娘なの……。確かに雰囲気は似てるわね。はぁ……」


 裕華を見て、ミランダはため息を吐く。ミランダはどうにも裕華の父が苦手である。苦手という言葉は適切ではないのだが、恨み、憧れ、越えられない壁、負けた悔しさ、その他諸々の思いがあるために、あまり得意ではない。


 かつてが祖父と親友だったということを聞いてもまだ、「神」は越えるべき存在であるという彼女の考えは変わっていない。だからこそ、裕華の父という超えるべき壁に届かない歯がゆさがミランダの中に有り続けているのは事実である。もっとも、それすらも受け止め、こうやって電話して、便利に使う裕華の父の心の広さには呆れてものも言えない。


「まあ、父さんが迷惑をかけているのは本当にすまないと思っているわ。あたしが言えた義理じゃないけど、父さんも身勝手なところが多いから」


 その言葉に、ミランダはこれまでのことを思い出したかのように、頬をヒクつかせた。いろいろあったのだ。色々諸々、積年の恨み辛みが。


「ええ、本当に身勝手よね。そもそも、祖父と知り合いだからと言って膨大な研究を丸投げしてくるし、まあ、祖父の研究だからこちらも喜んで引き受けたけど。最初こそ、勝者の余裕だとか、越えられない壁の向こうにいるから施しとか上から目線で見てるんじゃないか、とか勘ぐってたけど、普通に気にしてないだけってのがまた腹が立つのよ。たまに戦ったことすら忘れてるし。そのくせ迷子だとかその辺の妙なことだけは覚えてんのよ。ホント、心が広いっていうか、馬鹿っていうか、うん、身勝手よね」


 ぶつぶつと文句を呟き続ける、文句吐き機(きかい)と化したミランダを置いて、皆は稲荷家の中へと入っていった。




 稲荷家の居間には、現在、白原真鈴、稲荷九十九、稲荷七雲、そして雪白煉夜が雑魚寝する形で寝ていた。布団なども敷かず、力尽きたように寝入っている。いくら戦いに慣れている煉夜と言えど、魂の入れ替わりを数度経験するような肉体的だけでなく魂的にも疲れては、流石に深い眠りが必要だった。


「うわ、煉夜が爆睡してるところは初めて見たな」


 雷司がそう呟く。そもそも雷司と初めて出会った頃は、向こうから戻ったばかりで、警戒心も強く、人の気配に敏感だったのだ。それに今の様な戦闘に身を置いてもいなかったため疲労もほとんどなかった。せいぜい銃を持った人間を相手にしたり、鉄塔から跳び渡ったりしたくらいである。


 そんな珍しい寝顔に月乃がややうっとりと煉夜を眺めていたが、裕華は別段興味が無いようだった。


「しっかし、こうも寝てると無性に起こしたくなるわね……」


 裕華がそんなことを言う。その心理はいたずら小僧のそれだが、変なことをされる前に、と雷司が煉夜を揺さぶる。何度か揺さぶるが起きる様子はない。


「こりゃ、起きないぞ?」


 何度揺さぶっても起きる様子の無い寝坊助(れんや)を、雷司は諦めた。それを見て裕華がニッと笑う。いたずらする気満々だが、とりあえず、起きるであろう一言を投げかけて起きるか否かの実験の様な気分であった。


「トーナメント終了一時間前、ボーダーギリギリよ?」


 眠りこける煉夜の耳元で、裕華はそんなことを囁いた。バッと起き上がる煉夜は素早い動作で自分のスマートフォンを拾い上げる。


「ん?裕華か、何やってんだ?」


 スマートフォンを無意識に弄りながら、ようやく認識した裕華に声をかける。まだ寝起きのため、あまり頭がはっきりとしていないのだろう。感知も精度が微妙になってしまっている。


「やっぱりあれで起きるとは流石ね。あ、トナメはやってないわよ。まだ月の上旬でしょ」


 そんな風にケタケタと笑う裕華に煉夜は目をパチクリとさせて、ようやく周囲に、雷司と月乃が居ることに気付いた。


「おう雷司!久しぶりだな!元気だったか?」


 寝起きでテンションがおかしい煉夜は、雷司の方をバンバンと叩きながら、「親友!」と叫んで、そのうち抱き付くのではないかというほどのテンションであった。流石にその騒がしさに九十九も真鈴も目を覚ました。七雲だけは未だに夢の中である。


「痛い痛い痛い!酒でも飲んでんじゃないか?酔っ払いのそれだぞ、まさに」


 そのテンションの高さを雷司は酔っ払いと表現した。このテンションを人前に披露する機会はそうそうないのだが、一緒に旅をしていたユリファは偶にこの煉夜を見ていたという。


「ったく、正気に戻りなさいな」


 そう言って裕華が冷水の符を煉夜の顔面にかました。辺りに散りそうな水は全て霧散させているあたり、裕華の使い手としての技量の高さがうかがえる。


「がはっ、ごほっ、何すんだ……。あ~、まあ、とりあえず大体わかった。しかし、またやっちまったか。ユリファにあれだけ言われたから気を付けてたんだがな。まあ、今回は女に抱き付くことがなくてよかったか」


 煉夜の記憶に残る限り、最後にこうなったのは、ゲローィで指名手配犯たちと大騒ぎして眠りこけたときだった。被害者はユリファと沙友里である。


「おいおい、寝るたびにそんなことになるのか、お前は?」


 呆れたような雷司の言葉に、煉夜は苦笑した。流石にそんなはずもなく、煉夜は否定しながら言う。


「いや、流石に爆睡しないとならないぞ。普段、ほとんど寝ないような日々を送ってたからな。たまにこうやって寝ると、普段休まない脳が急激に休んで、その影響だと思うんだが、俺もよく分かってない」


 そんな風に笑う煉夜を他所に、抱き付かれなかったことを悔やむような八千代、月乃、九十九の姿が見て取れた。いつの間にかいたミランダは、居間で繰り広げられる光景に呆れているのだった。


 こうして、雪白煉夜は久々に青葉雷司と九鬼月乃に会うのだった。

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