105話:魔堂王の魂魄治療
しばらくの後、煉夜達の前に現れたのは金髪の女性だった。どこか不思議な雰囲気の女性は、ここにたどり着くまで道に迷ったのか、頭や体中に葉っぱや小枝をひっかけていた。そんな女性は、酷く疲れた顔をしていた。
「あぁ~、あんた等が、あいつの言ってた魂をどうにかしたいってやつ?」
外国人の見た目から飛び出したのは日本語だった。酷く疲れた顔が余計に疲れているように見えた。どうにも雷司の父親から無茶振りをされたようである。
「ったく、てか、この辺、どうにも瘴気が漂ってて嫌なんだけど、何、降霊術でもしてたの?鬱陶しいわね。《神滅の槍》!」
白を基調に黄金の装飾がされた美しい槍が女性の手元に現れる。その美しい槍は神々しいまでの光で周囲の霊などを全て祓い飛ばした。
「初めまして、魂研究の第一人者ダリオス・ヘンミーの孫、ミランダ・ヘンミーよ。魔堂王会というところのリーダーもしているけれどね」
ミランダと名乗った女性は、そう言いながら手元にあった槍を消した。煉夜はその不思議な現象に目を奪われる。魔力は使われていない、まるで自然現象かのように出たり消えたりしたそれは煉夜も知らぬ未知の力だ。
「ん?ああ、そうね、《古具》もない時世に生まれては、《死古具》も知らないわよね。これは我が祖父が神の御業を真似て作ったものよ」
神と聞いて、煉夜が真っ先に思い浮かべたのは光月龍太郎と日之宮鳳奈だった。知人で自らを神と称していたのは彼らくらいだったからだ。しかし、煉夜は彼らのような存在の御業と言われてもピンと来なかった。
「そんな話よりも、それで、魂と身体の両方を見たいわ。魂のある場所まで案内してくれるかしら?」
そんな煉夜を他所に、ミランダは、そうあっけらかんと言った。わざわざ希国から日本にきたのだ。いろいろと途中の研究もあったのだが、それを押してまで駆けつけたのは、偏に、呼んだ調本人とその姉に対する借りだろう。いろいろと不問にしてもらっただけではなく、いろいろと研究資材や祖父の研究についてなどの情報を貰った対価と考えれば安いものだった。特に、祖父の魂に関する研究を引き継げたのは大きいと言える。
今や魔堂王会に付随するミランダの研究施設は、魂研究に関する分野だけでいえば、米国のエリア51を超えていると裏の世界では有名だった。
「了解した。それにしても、ミランダさん、だったか……?随分と日本語がうまいようだな」
煉夜の体感としては、どの言語でも日本語に聞こえるから微妙なのだが、どうにもミランダが流暢な日本語で話しているらしい様子は九十九を見ていれば分かった。日本語が話せる外国人というのは、一定数いるわけだが、日本語特有の発音などは発せられないケースも間々ある。しかし、ミランダは完璧な日本語だった。
「まあ、昔いろいろあったのよ。神を越えるために日本にやってきたときにね」
神に並ぶのではなく、神を越えるため、ミランダは日本へとやってきた。そして、祖父の散った地、三鷹丘で挑み、負けを知る。もはや、懐かしいとも言えるほどに時間が過ぎていた。苦い過去を笑って語れるほどに。
「魂の研究というのはどういう研究なんですか?」
九十九が一応、年上相手とみて、敬語で話しかける。まあ、「魂の研究」とだけ言われても正直胡散臭いことこの上ないだろう。九十九も「青葉の方」が呼んだのでなければ信じていない。
「どういうと言われてもねぇ……。そうそう説明できるものではないんだけど」
口でこんなものだと簡単に説明できるような研究ではないのだ。ミランダが分かりやすい言葉を探して考えていると、九十九が先に口を開いた。
「例えば、欠けた魂を修復するとか、そういう研究ですか?」
実際に、目の前で魂に関すること、というので九十九が知っていた事例を挙げた。するとミランダは微妙な顔をする。
「まあ、研究テーマの一つではあるわね。でも今はまだ無理よ。そんな魂を弄るなんて真似は人間にはできないのよ。それこそ死神でもないとね」
その言葉で、孝佳が偶然行き会った存在がどれだけ凄いものなのかというのを九十九は実感した。しかし、ミランダはそんな九十九の様子をいまいちな顔で見ていた。
「そもそも、死神っていうのも『神』よ。人間が神に届くなんてのはね、普通じゃないの。それこそ、魂を弄るのは死神の御業であるわけだし、そこにたどり着くまでは幾多の年月が必要なの。まあ、中にはあっという間に到達する天才なんていうのも居るのかもしれないけど」
ミランダはそんな風に肩を竦める。死神というのは死を司る神である。もっとも、ユキファナ・エンドは扱いとしては天使や戦乙女たちと同じくらいなのだが、それでも人以上の何かである。そんな力は普通、簡単に到達するなど不可能だ。稀にそう言った天才たちもいるが、それこそ例外と呼ばれるような埒外たちに違いない。
それからしばらくして、九十九と煉夜、そしてミランダが稲荷家までたどり着く。真鈴の身体は煉夜が俵担ぎして持っていた。九十九だけはそれに何か言いたげだったが、ミランダは特に気にしていなかったので、九十九も何も言わなかった。
そして、3人は、ぞろぞろと家の中に入り、七雲とこけしのいる部屋に入るのだった。
「うわ、何か増えてる!って、あたしの担ぎ方雑じゃないですか?」
こけしは入ってくる3人を見るなりそんなことを言ったのだった。それから、九十九がこけしに煉夜の作戦が上手くいったことを話し、その間に、煉夜は書斎に居る八千代を呼びに行った。
「さて、と、じゃあ、少し様子を見させてもらうわ」
一段落ついたところで、ミランダがそう切り出した。そして、こけしを手に取った。その中の魂の状態を調べているのだろう。
「なるほどね、うん、概ね分かったわ。これなら、えっと……、そうね。これを使うのが一番かしらね」
そう言って取り出したのは、直径4、5センチメートルくらいの大きさの宝石だった。それを見て煉夜は驚き固まる。そして、震える声で言うのだった。
「幻想武装、だと……!」
そう、煉夜が持つ拳ほどの大きさの宝石と同種の幻想武装を引き出すための宝石である。その煉夜の反応に、ミランダは逆に驚いていた。
「へぇ、知ってるんだ……。まあ、武器を収めるのに使うらしいから知っててもおかしくないのかしらね。でも、この世界でそうそうお目にかかれる物じゃないと思うけど」
ミランダの言葉に、煉夜は、首元に下がっている拳ほどの大きさの宝石を取り出した。それに対して、ミランダは目を見開いた。
「5……いえ、6人。へぇ、あいつの依頼だから常人じゃないとは思ってたけど、相当な業を背負い込んでるわね。あの塔が在ったら、アンタ、相当ヤバイことになってたわね」
ニヤリと笑うミランダ。その眼は、煉夜のことを見透かすように透き通っていた。
「まあ、分かってるなら早いわ。これには武器として……正確に言うなら攻撃手段として、一定の物を、自分の魂に収めるために使うものよ。アンタも『記憶や経験』をその存在の肉体と魂ごと『攻撃手段』として魂にいれているのよね。……魂量数値もさることながら許容量もヤバイわね。よくアンタの魂が、あの体に入って、体の方が無事で済んだわね」
そんなことを言いながら、こけしと真鈴の身体を並べる。そしてその間に幻想武装の宝石を置いた。
「んで、この子を『攻撃手段』として認識させるには、それ相応の何かがいるわけだけれど、まあ、この場合は楽でいいわね」
そう言うや否や、真鈴の身体が光り、こけしに吸い寄せられていく。そして、一瞬の閃光と共に、白原真鈴がそこにいた。
「これは……、あたし、どうなってるんですかね?」
そういう真鈴を中心に、異形な空間が広がる。まるで空間を書き換えるように、というほど大げさではないものの、様々な何かが広がっていた。
「なるほど、白原真鈴の経験した『七不思議』を『攻撃手段』として幻想武装にしたのか。それもあくまで経験と記憶をベースにしているから噂と事実がどちらも入り混じっているんだな。それに、魂が入れ替わるのも経験しているから、自身とこけしを入れ替えて元の身体に戻ることもできる。
……なぁ、嫌な予感がするんだが、魂が入れ替わる経験ってことは、身体が俺の魂を入れた経験も含まれるんだから、コイツで俺だけは魂が入れ替わることが出来るってことか?」
真鈴が経験したものとしか身体を入れ替えることが出来ないとして、真鈴が入れ替わりを経験したのは灰猛魂猿スティグノブと雪白煉夜とこけしだけである。スティグノブがいない以上、真鈴はこけしになることができるのと、煉夜と魂が入れ替わることのみ可能なのではないか、というのが煉夜の予想であった。
「まあ、そうなるでしょうね。でも、そのくらいで済んでよかったと流しなさい。どんな奴でも、あの状態の魂を元の身体に定着させるのはムリだったでしょうしね」
そう、煉夜は甚くミランダの技能や発想には感心していた。なぜならば、煉夜が言っていたように、魂と体が長い間離れすぎ、また、魂はこけしに定着してしまっていたのだから、その魂を体に定着させるなど土台無理な話なのだ。
それをミランダは「体に魂を定着させる」のではなく「魂に体を定着させる」ことによって解決させたのである。
煉夜が言っているように幻想武装とは魂に付随する力である。なので、ミランダは、幻想武装として、真鈴の身体を真鈴の魂に入れて、また、攻撃手段としての特徴である七不思議の記憶から、魂の入れ替え、つまり体が入れ替わる経験というのを引き出し、体をこけしから真鈴の身体へと入れ替えることで、元に戻したのである。
こうして七不思議から始まった、白原真鈴の困難の日々は終わりを告げた。
そして、稲荷九十九と雪白煉夜の本当の意味での出会いは果たされたのだった。
次章予告
青葉家家族会議in司中八家として、京都司中八家の一家である市原家に集った司中八家出身の青葉家の人々。そんな中、その席には当然のことながらミスアオバこと市原裕華が居て、また青葉雷司も参加していた。それも雷司の連れとして九鬼月乃まで参加する始末。
そんな大荒れが予想される家族会議に、そこに集った人々は様々なことを語るのだった。
――八章 外伝 青葉騒動編




