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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
魂魄騒動編
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104話:白原真鈴失踪事件解決編其ノ伍

 深夜、九十九と真鈴(れんや)は、私立九白井高校近くの山中にある沼地付近に来ていた。そう、何を隠そう、ここは九十九が河童たちに頼まれて扉を開いた、河童の棲みかがある場所だ。つまり、妖怪の住処の近くである。偶然ながらも、自身の経験が役立つことに、九十九は若干の感動すらも覚えていた。


 そして、九十九は丁度いい樹を見つけると、その幹に札を貼る。その隣の樹にも札を貼り、その二つの樹に縄を貼り、札が三角形を織りなすように縄の途中に札を貼る。そうしてできたものが所謂霊門と呼ばれるものだ。そして、真鈴(れんや)はイーブラ=イブライエの反応を感知した。確実に、ここにイーブラ=イブライエが人為的に開かれたのである。


「上手くいったね。後は、煉夜君の仕事だよ」


 九十九が笑う。その通りだった。ここから戦うのは真鈴(れんや)の仕事である。だが、九十九の仕事が全部終わったわけではなかった。


「最後は任せるぞ。……じゃあ、さて、行くとしますか」


 真鈴(れんや)は思いのままに、イーブラ=イブライエへ飛び込んだ。そして、大量の死霊たちの奥に、その姿を確認する。ローブこそかぶっているものの、それは雪白煉夜の身体だった。長年見続けたその体を、見間違うはずもない。


「人間、が、どう、やって?」


 たどたどしい掠れた声で灰猛魂猿スティグノブが言う。だが、言葉など意味はない。会話でどうにかなるとは真鈴(れんや)は思っていない。それは価値観の相違があるからだ。多くの獣と戦ってきた真鈴(れんや)だからこそ分かる感覚である。彼が今までに戦ってきた中には、人間の言葉を話すものもいた。しかし、価値観が違う。人間の感覚と獣たちの感覚は違うからこそ、説得などできないのだ。どちらかが折れるか、殺し合うかしかない。


 ――だから、真鈴(れんや)は言葉を交わすことなく、真正面から殴りかかる。


「うぐっ!」


 声を挙げたのは無論、スティグノブだった。知覚外の速度で、気が付けばその拳が腹にめり込んでいた。まともに何かを言うことなどできなかった。

 だが、スティグノブ、そのめり込んだ拳を腕ごと掴み、真鈴(れんや)を吹っ飛ばす。力技であるが、弾けるようにその体は跳んでいく。


 いくら真鈴(れんや)でも、相手の領域(テリトリー)であるイーブラ=イブライエ内で、魂もりもりのスティグノブの攻撃は結構なダメージが通る。それは肉体に対するダメージではなく魂に対するダメージである。

 霊体のための空間とも言えるイーブラ=イブライエに生身で入ってきているとはいえ、魂が実体化しているような空間だ、攻撃は魂に響くということになる。


「痛い、か?さっき、俺も、痛か、た」


 かすれた声で言うスティグノブに対し、真鈴(れんや)はニッと笑う。どこか楽し気に。それに対して、スティグノブは理解できない恐怖を感じた。


「おいおい、この程度じゃねぇだろ?俺の身体使ってんだからよぉ!」


 その瞬間、真鈴(れんや)の身体から爆発的な程に霊力と魔力が解放された。そして、スティグノブには何が起こったのか全く理解できなかった。気が付けば体のあちこちの痛みと共に、吹き飛んでいた。


「なに、が……」


 そんな言葉を紡ぎ出そうと、声を振り絞った瞬間には、もう、息ができないほどの激痛と共に体が遠くに飛ばされていた。そして、周りを見れば、森である。

 吹き飛ばされるうちに、どうやら、イーブラ=イブライエの外に出てしまったらしいスティグノブは、姿を隠そうとする。……が、


――ドンッ


 下方向からの衝撃と共に、木々より高く打ち上げられる。もはやそれは蹂躙と言ってもいいほどだった。戦いではない、一方的に嬲っているようなものだ。

 スティグノブは欲する、強い身体を。それはもはや本能の様なものだ。真鈴(れんや)の言う価値観の違いといういい方でもいいのかもしれない。相手が強いと感じたら、スティグノブは本能的に、その体と入替ろうとする。……だから、


「その、身体、よこ、せ……」


 木々の間を墜ちながらも、スティグノブは、真鈴(れんや)と体を入れ替える。眩い光と共に、その体は入替る。


 一度目の時の体験があったから、煉夜は、その入れ替わりでも意識を保つことができた。しかし、自分でやったこととはいえ、軋むような痛みが全身を駆け巡り、魔力で回復を図る。

 一方、スティグノブは、あれほどの強さの身体を手に入れたことで、最強に成れたと思っただろう。そのスティグノブの視界に光がちらついた。思わず、その光源へと目を向ける。どうにも反射して跳ね返った光が、スティグノブの当たっていたようだ。


 そこにあるのは、一つの鏡。少し離れた位置にある木に設置された鏡は、スティグノブの全身を映していた。そして、スティグノブが、その鏡に自分が写っていることを確認した瞬間、その意識は途絶える。


 それは七不思議の三つ目、呪いの鏡だった。そう、煉夜が九十九に持っているか確認したものであり、九十九が《八奈》を使って封じていたアイテム。そして、孝佳の魂の一部をもぎ取ったように、魂をその鏡に吸い込むという危険なものであった。


 ――魂を自在に入れ替える魔物が、魂を奪う呪いの鏡に、その「魂」を奪われたのだ。

 呪いの鏡は再び、九十九が《八奈》に回収させる。これにより、雪白煉夜は雪白煉夜の身体を取り戻した。


 概ね作戦通りにことが運んだ。一日足らずの間だったが、やはり自分の身体というのは馴染むものであった。


「さて、と、これで、大体解決だ。残りは、真鈴をどうするかだよな」


 真鈴の身体を引きずって抱える煉夜。先ほどまで魂が入っていた身体。そう思うと煉夜は微妙な気持ちになった。


「そうだね。どうしようか……。一応、書は漁ってみるけどどうだろうね」


 正直な話、残してきたアホの子こと八千代が、その書を見つけられるとは思えないので、九十九と煉夜でどうにかするしかないわけで。


「魂って意味では、ユキファナに聞くのが一番だと思うんだが、いくら死神とはいえ、できるかな……。つーか、もっと身近にどうにかできそうなやつはいないか……」


 煉夜は、少し考える。ユキファナ・エンドという第一候補は、物理的に距離が遠いためどうしようもない部分がある。もっとも、急ぐ必要が無いと言う意味では、頼んできてもらえばいいのだが。


 そんなとき、煉夜のスマートフォンに着信がはいる。電話を取る前に切れてしまったが、着信履歴には大量の履歴が残っていた。多くは雪白家からだった。しかし、着信履歴の一番上は、煉夜が驚くものだった。急いで煉夜はそこに電話を掛ける。


「もしもし、どうした、お前が連絡をよこすなんて珍しい」


 そんな風に煉夜は笑う。すると、電話の向こうから知っている声が聞こえてくる。しかし、煉夜が予想したものとは違った。


「あれ、女体化期間は終わったの?」


 ミスアオバこと、市原裕華の声だった。煉夜はかけた先を間違えたのかと思って、今一度確認するも、相手の名前は裕華ではない。


「というか何なのよ、女体化って」


 さらに電話の向こうから聞こえてくる声。裕華のものではない。九鬼月乃の声だ。もう一体全体どういう状態なのか分からない煉夜は眉根を寄せた。


「てか、この電話、雷司のだろ。雷司から電話が来たから折り返したんだが」


 そもそも、雷司のスマートフォンと裕華と月乃という組み合わせが全く持って意味不明なのだ。


「悪い悪い、煉夜。ったく、どうしてウチの親戚連中は手癖が悪いんだよ。あ~、今、親戚連中で集まっててな。って、そんな話じゃなくて、少し聞きたいことがあるんだよ」


 ようやく通話相手が出てきた。いろいろと話が立て込んでいる様子に九十九は何かあったのかとやや心配気味だった。


「なんだ、聞きたいことって、てか、こんな深夜に電話してくるくらいだから、よっぽどのことだろ?」


 普段、雷司がこのような迷惑な時間に電話をしてくることはないのだが、それでも電話をしてきたということはよほどのことなのだろうと思った。


「あ、ああ、まあ、その魂の定着について聞きたいことがあるんだろう?」


 雷司の言葉に煉夜は思わずスマートフォンを落としそうになった。タイミングがいいとかそういう話ではない。煉夜が必要としているタイミングで、完全にそれを理解した問いかけだった。


「まあ、俺じゃなくて父さんが、……父さんは伯母(ねえ)さんから聞いたらしいんだけど。何だっけ、灰猛魂猿スティグノブとかいう魂を入れ替える魔物がどうとかって聞いたぞ。女体化ってのも大方、それで女の身体と入れ替えられたんだろ?」


 よく理解している親友だ、と煉夜は苦虫をかみつぶしたような顏をする。しかし、こうして情報を持っているということはどうにかする方法を知っているということだろう。


「それで、どうすればいい?教えてくれよ、親友」


 演技の様な口調で煉夜は、雷司に問いかける。それに対して電話の向こうの彼は、頬を掻きながら、煉夜に伝える。


「あ~、父さんの知り合いの専門家を今、そっちに派遣中らしいからその人が居ればどうにかなるんじゃないかな。俺は面識ないけど」


 ますます親友の父親がどんな人物なのかが気になる煉夜だったが、その専門家とやらが来るのを待つことにした。


「九十九、どうやら俺の親友の父親が専門家を派遣してくださるようだから、それを待つとしよう」


 その言葉に彼女はよくわからないような顔をした。九十九は煉夜の親友というのが誰なのか知らないからである。


「青葉雷司っていう親友だ。あいつなら信用できるからな」


 煉夜がこの世界において全幅の信頼を置いているのは、雷司と小柴くらいだろう。そして、青葉という名前を聞いて、九十九も理解する。青葉雷司の父という人物について九十九は噂をよく聞いていた。


「専門家、ね。あの青葉の方が呼んでくれた専門家っていうのはどんな人かな」

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