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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
魂魄騒動編
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103話:白原真鈴失踪事件解決編其ノ肆

 稲荷一休とは、稲荷家の中でも著名な人物である。古くに失われた千とも万とも言われる陰陽術を復活させ、さらに新たな術を八百八十八作った功績が有名な人物だ。現代陰陽師における革命家とも言える人物だ。彼がいなければ、おそらく、多くの陰陽師の家が絶え、力を失っていたに違いない。


 そんな稲荷一休について、家の者は「偏屈な爺さん」や「変わり者」という印象を抱いている。研究に没頭して、二、三日飯を食べないこともあったほどの人物だ。晩年のその見た目は仙人の様だったとも伝えられている。やせ細り、禿げた頭に、長い白鬚。これで霞でも食べていれば仙人だったに違いない。


 そして、その最期を知る者は、どこにもいない。そう、どこにもいないはずだった。


 しかし、その後の稲荷一休を知っている者がいる。雪白煉夜という青年だ。少なくとも、彼が生きている間の稲荷一休に会う機会はなかったはずなのにも関わらず、彼は「ハゲ」と気安く呼んでいた。その謎は本人にでも聞かなければ分からないだろう。


 そして、今、その青年こと雪白煉夜は諸事情で白原真鈴の身体でだが、稲荷一休の書斎に居た。


「あのハゲ、字、汚ねぇな……」


 真鈴(れんや)はそんなことを呟いた。前にも一冊だけ一休の書物に目を触れていたが、流石に、私用のメモとかも挟まっていて、何が書いてあるのか全てを判別するのは難しい状況だった。


「前から、一休おじいちゃんのこと、知ってるみたいだけど、どこで知り合ったのよ」


 八千代がそんな風に問いかける。九十九、八千代も同じく書庫にいた。こけし(ますず)の相手は、七雲に任せていた。そして、この話には九十九も非常に興味があった。


「あれは、山奥でのことだな。仙術を広めた仙人が居るって噂を聞いて、ちょいと知り合いと会いに行ったんだよ。そこにいたのが一休って呼ばれてる仙人みたいな爺さんでな。かれこれ数百年生きてるとかなんとか」


 稲荷一休という人物は、式神について長年研究をしていた。式神として使役する存在はどこから現れ、どうやって契約しているのか、そんなことを、だ。長い研究の末に、その根幹には、ある魔術師が関係していることが分かった。太古の昔、この日本にやってきて、式神の元になるのを広めた亞李沙(ありさ)と呼ばれる魔術師。一休はたどり着かなかったが、その者、本名はアリッサ=ィラ・マグナケセドという。


 そうして、一休は研究の末に、次元の扉を開いてしまう。マシュタロスの外法にも近いが、あれは、本来、その概念にそぐわないものを元に戻すためのいわば「排除(デリート)」であり、一休の場合は、「次元渡り」とか一列、二木、三縞などに近い現象だった。もっとも、自らの意思で開けたわけではなく偶然だったので、そう上手く行くはずもなく、戻るに戻れない状態だった。


 そうして、晩年と言われていただけあって、弱り切っていた稲荷一休だが、流れ着いたのは、二方の果ての果て。山奥と言っても木々が生い茂っているような場所ではなく、ゴツゴツとした岩山の果てだった。しかし、だからこそ、そこには強力な魔素溜まりがあった。それらを、霞を吸うように吸収したことで一休は長寿となる。


 それから雪白煉夜という青年に出会い、仙術の手ほどきをすることもあった。そして、今も存命中である。


「山奥って……まあ、いいですけど。それよりも、八千代ちゃん、もっとちゃんと探してね」


 九十九は誤魔化しているのだろうな、と思いつつ、それ以上そこに触れるような真似はしなかった。どうせ追及しても教えてはもらえないだろうし、時間の無駄だ、と判断したのだ。


「そうはいってもさ、さっぱり分からないもんばっかだし、どうしようもなくない?」


 八千代はそれこそ、基礎的な陰陽術は使えるにしても、専門家ではない。使い手が全て知っているわけではないのは、それこそ、テレビを日ごろ使っている人が全員テレビの仕組みを完全に理解しているわけではないのと同じだ。


 そんな風に、書物を漁っていく中で、大体ほしい情報であると目星をつけた数冊分を決めた。




 稲荷一休が残した書には、霊道への迷い込み方として、こんなものが記されていた。霊道

とはいわば霊の通り道である。そういった場所へと迷い込むというのは昔から言われていることだ。特に、盆の様に霊が向こう側から来ると言われる時期などにその特色がみられる。それは祖霊神信仰なども含め、正月にも言えることである。


 また、古くから言われている遠野や四国をはじめとする妖怪のいるとされる地も霊道の様に、どこかと繋がっている故に起こるのではないか、と。


 つまり、妖怪や霊がいやすい時期や場所に人は霊道に迷い込むことが多いのである。また霊道と実道の境界が分かりづらいということから、霧の強い場所や夜などに迷い込むことが多いとも記してある。


 古来より幽霊を見るのも妖怪を見るのも、基本的には夜である。また、神隠しにあうのは、夜や霧、あとは山地などが多いのも、これが原因だと思われる。


 神隠しという現象についても諸説あるが、中には霊道に迷い込んでしまったなどという話もある。また、雪白煉夜や入神沙友里の様に異世界に飛ばされてしまった場合もあるだろう。そもそも、神隠しとは、神が隠すとあるように、人間が忽然として消える様を神様が隠してしまったと例えたことが由来である。同様の意味では天狗隠しや天狗攫いという言葉もある。

 神隠しを現実の現象としてとらえるなら、おそらく山や崖などから落ちて転落死したり、海や川などで落ちて溺死したりして、しかもその瞬間を誰にも見られることがなかった場合や、それこそ誘拐されてどこかに売り飛ばされるなどということが原因であると考えられる。しかし、一休の書によると、そういった現実の現象とは別に3つの神隠しがあるという。1つ目は霊道や妖怪の住処に迷い込むこと。2つ目は結界を偶然に通り過ぎること。3つ目はここならざる場所へ飛ばされること。


 1つ目の霊道や妖怪の住処に迷い込むというのは、今現在九十九たちが調べている現象のことであり、それを人為的に起こせないか、一休も研究していた。


 2つ目の結界を通り過ぎるというのは、人避けの結界や空間を捻じ曲げるような結界でも隙間から偶然入り込んでしまうことがある。そうした場合には、他の人からは消えたように見えるということだ。


 3つ目のここならざる場所へ飛ばされるというのは、煉夜や沙友里の様な異世界に転移することではなく、ある地点からある地点へと飛ばされているのではないか、という仮説だ。今でこそ、交通技術が発達し、国内なら短くて1日、長くても数日で、目的地にたどり着ける時代であるが、昔は、それこそ、鎌倉時代とかに鎌倉に住んでいた人が九州に飛ばされたら、その人物が生きていると証明するのはほとんどできない。

 もっとも、転移魔法の様なものがあるはずもなく、稲荷一休は、この3つ目に関しては、空間の捻じれるような結界や地脈のある地点からある地点までが流動するなど様々な現象によって可能性はあるという程度の記述であるが。


 では、この霊道に関することを人為的に行うとしたらどうすればいいのか。稲荷一休はこう記していた。

 時期は盆、時間は夜、夏で霧がでるなどという珍しいことがあれば霧、場所は墓地や妖怪の住処の近く、そして、地脈や龍脈に近い霊的に質の高い場所で、霊門を開くように一休謹製の札を使うこと。

 盆ともなれば夏、つまりあと八ヶ月と少し待たなくてはならないが、今は祖霊神が帰ってくる時期、つまり盆と近い状態にある。それも現在は三が日。おおよそ、祖霊神が帰ってくる正月は1月の7日までだったり、15日までだったりするが、どれにせよ期間内である。

 そして、夜という時間帯は真鈴(れんや)の考えた作戦の内容的にもありがたいものであった。

 問題は場所である、京都にも墓地くらいあるのだが、体を取り戻すために戦闘を行うとなると、流石に困るだろう。墓を壊すわけにもいかない。


「う~ん、たぶん大丈夫かな。煉夜君が戦うのに問題ないなら、だけど、私には思い当たる場所があるよ。墓地とかそう言う場所じゃなくて条件にあてはまる場所」


 九十九がそういったことで、その問題は一応、解決ということになった。作戦は順調である。乃々美や孝佳にはしてもらうことはないし、むしろ2人に手を借りるのは、それ以降であろう。


「あとは魂を定着させる方法だけだな。そっちはさっぱり見つからない。できることなら、俺の身体は今夜中に取り戻したいんだが……」


 魂の定着方法の書物を探して時間を取られると、真鈴(れんや)が元に戻るのは今日明日には無理だろう。


「そうだね、今日中……時間的に言えば明日になっちゃうけど、明日中に取り戻しに行こうか。私と煉夜君だけでできるしね。夜は夜でも丑三つ時くらいがいいみたいだし、今夜のそのくらいにいきましょうか」


 九十九はあっけらかんと告げる。無論、こけし(ますず)のことがどうでもいいわけではなく、どのみち、白原真鈴の身体に魂を入れるのには関係の無いことだからだ。真鈴(れんや)が体を取り戻せば、その空いた身体とそして魂は手元にある。そうなった状態からでも魂を定着させる方法を見つけ出せれば解決するのだ。


「分かった、じゃあ、実行に移るまでは、とりあえず書物漁りだな」


 そう言って、真鈴(れんや)が再び書物の山に向き合おうとした瞬間、九十九から待ったがかかる。


「ダ~メ、煉夜君は一旦お風呂に入ってきて。もう沸いてる頃だろうから。こういった霊的なことをするには体を清くしておくことも大事だからね。それに、煉夜君なら、真鈴の身体だからって変なことはしないでしょう?」


 真鈴(れんや)は肩を竦めた。当然のことながら変な気など起こさない。しかしながら、心境としては、身清めが大事なのは知っているがこんな時でも要求するのか、ということである。

 身を清めるということは、その身の穢れを雪ぎ落すということである。白いものほど汚れが目立つ、ということではないが、穢れが無い分、霊的な要素を扱いやすいとされたり、霊が寄ってくるとされたり、神に近づけるとされたりする。確かに重要ではあるものの、真鈴(れんや)であれば多少の穢れは、その身の霊力で吹き飛ばせる。


 まあ、言われたことなので、おとなしく実行した。後で、それを知ったこけし(ますず)が「もうお嫁にいけない」と泣き喚いたのを九十九は楽しそうに笑っていた。

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