102話:白原真鈴失踪事件解決編其ノ参
真鈴の言葉に、こけしは、あの日、その身に起きたことを話すことにした。ここに居る人なら信じてくれる、それが分かっているから、不思議な体験を話すことにした。
「あの日、資料を倉庫に運んだら、いろいろ置いてあって、その中の一つがこのこけしだったんです。それで、手に取ってみてたら、急に変な声が聞こえて、思わずこけしを落としちゃって。それでも声が聞こえて、気が付いたら、あたしはこけしになってました。それからずっと声をだしてみたんですけど、誰も気づかなくて。中にはなんか聞こえてる人もいたみたいなんですけど、中途半端にしか聞こえてなかったみたいで。ホント、どうしようもなかったんですよ」
こけしがざっと話す内容を聞いて、九十九は疑問に思ったことがあった。九十九は、あれからずっと情報を集めていたのだ。だからこそ引っかかる。
「その日、真鈴の身体に何かがはいった状態で外に出たはずなのに、それを目撃した人が居ないのはなんでなの?倉庫の位置からしても、誰かしらに目撃されているはず」
そんな九十九の疑問に答えたのは、真鈴だった。自身が巻き込まれた状況から、彼は、九十九の疑問に納得させられる答えが分かっていた。
「イーブラ=イブライエだな。倉庫から出てすぐに開いたのなら、誰にも見られることはないだろう」
イーブラ=イブライエという単語に、皆が首を傾げた。共通の言葉ではないので仕方がないことだろう。真鈴は、少し考えてからいい直す。
「日本で分かりやすいように言うと幽道とか霊道って言い方が分かりやすと思う。ようするに魂がどこかに行くまでに稀に通ることもある道、らしい。俺も実物との遭遇は数回だからよく知らないんだよ」
言い直した言葉は割としっくり来たようで、九十九は「なるほど」と頷いた。そして、最大の謎が解けた以上、ここで問題にすべきはただ一つである。
「さて、問題はどうやって真鈴を元の身体に戻すかだよね」
そう最大な問題はそこである。現状、白原真鈴の身体と魂はどちらも揃っているのであるから、材料はあることになる。しかし、それだけではどうにもならないのだ。
「そりゃ、奴を見つける他無いだろう。それに、おそらくだが、白原真鈴、お前が元の身体に戻るのは無理だと思うぞ」
真鈴の言葉に、こけしを含めて、皆が「どういう意味だ」と言わんばかりに注目した。
「魂と肉体が乖離してから一年以上だ。それだけ離れた魂が、肉体に定着できるとは思えない。俺みたいに数日とかならまだしも、人以外の依代に数年ってのはおそらくキツイ。ただ、希望が無いわけではないと思うがな。どうするにせよ、一番の問題はやつを見つけることが出来るかの一点だけだ。それ以外はおおむねどうにかなる」
真鈴の頭には既に現状を打破するために作戦が浮かんでいた。実行するのに必要なものはいくつかあるものの、それらをクリアすれば一番可能性のある案だ。
「き、希望って何ですか!」
こけしは藁にもすがるような思いで問いかける。真鈴は静かに呟くようにその希望を言うのだった。
「稲荷一休。あのハゲなら、魂に関しても何らかの研究をしていてもおかしくはない。ただ、そこに関しては非常に大きな賭けになるがな」
稲荷一休の高名は乃々美でも知っているほどで、いろいろな研究をしていたとも聞いていた。陰陽師として一級の面と研究家として一級の面を併せ持つ偉大な人物だが、行方不明となったと。
「それはいいとしても、煉夜君は、どうやって元の身体に戻るつもりなの?」
そう、真鈴が言ったのは、空っぽの身体に魂を定着する方法についてだった。だとしたら、互いの魂を入れ替えなくてはならない状況で、敵が行ってくれなければ意味がない。つまり、煉夜は元の身体に戻れない。
「簡単な話だ。あいつは、魂をイーブラ=イブライエで強化していくうちに体が不十分だと感じて、より強い身体を求めて俺の身体を奪った。なら、この身体で奴を圧倒すりゃいいんだよ。そうすれば、向こうから喜んで体を交換してくれるさ」
今回の件に関しては、煉夜に都合のいい要素がいくつかあったためにどうにかできる状況が整っているともいえる。
「でも、あたしの身体で勝てるんですか?」
こけしの問いかけに、真鈴はニッと笑う。そして、胸元に提げていた拳ほどの大きさの宝石を見せる。
「まあ、俺の力のほとんどが魂由来だからな。魂さえ俺のものなら、そこらの相手に負けるようなヘマはしねぇよ。特に、幻想武装もそのまま引き出せるのは大きい。俺の身体相手ってのは、まあ、やりづらいが、やってやれないことはないさ」
いざとなれば、[炎々赤館]の様に痛みの記憶で攻撃する方法で、体は無傷で取り返すこともできる。
「でも、その後、真鈴の身体に戻った奴をどうするの?」
孝佳がそう疑問を呈する。それに対して、真鈴は皮肉気に笑った。よりによって、それを聞いてきたのが孝佳だったからだ。
「ああ、そこはな、一つ考えがある。九十九、お前に聞きたいんだが、あれはまだ持っているのか?」
そうして、真鈴は皆に作戦を伝え始める。敵を倒すための秘策を。
それからしばらくして、ある程度情報をまとめ終えたので、解散する運びになった。真鈴はどうしたものか、と少し考えてから、今、家に戻って式を付けられても面倒だ、ということで孝佳のスマートフォンを借りて、火邑に連絡を取っていた。
「あ、もしもし、雪白火邑さんですか?」
スマートフォンにかけているのだから、当人以外が出るわけがないのだが、念のためにそう問いながら電話の向こうからの返事を待つ。
「はい、そうですけど、どなたですか?」
珍しい妹の敬語に、真鈴は少し珍しいものを見た様な気分になったが、今はそんなものを珍しがっている余裕はなかった。
「あ、あたし、お兄さんの知り合いなんですけど、言伝を預かってて。なんでも、いろいろと厄介事ができて、家に帰れないから代わりに家に連絡を頼みたいってはなしだったんですけど。あ、あたしは、白原真鈴と言いまして、お兄さんとは共通の知人を介して知り合ったんですけど。とにかくよろしく頼みます」
言うだけ言って電話を切る。真鈴はそれで押し通す気でいた。火邑は今、友人宅で寝泊まりしているので、家に連絡が行くまでに少し時間がかかるし、家がいろいろと確認するのも、情報の確実性も減る。しかし雪白煉夜が生きているという情報だけは明確に伝わるということである。
「さて、と、ひとまずは、これで雪白家はどうにかなるだろうな」
そう言いながら、スマートフォンを孝佳に返した。
孝佳はこの後、病院に戻る。乃々美が孝佳を送っていくようだ。九十九、こけし、そして真鈴は、稲荷家に行くことになった。真鈴が白原家に帰ると騒動は確実だし、稲荷家にて一休の書物を漁るのには、人数が多い方が得策だったための措置だ。
「しかし、また微妙な気分だ。八千代あたりに冷やかされなきゃいいんだが」
真鈴はそんな風に愚痴る。九十九は失笑していたが真鈴にとっては割と切実な問題である。そんなやりとりをしながら一行は稲荷家にたどり着く。
実に3度めの来訪となる真鈴はもうだいぶ慣れたものだった。1度目は家の中に入ったわけではないが、2度目はがっつりと中に入っている。
「ただいま、八千代ちゃん、お客さんがいるからお部屋の準備しておいて!」
九十九が家の奥まで届くように声を張った。すると奥から「ほ~い」という間延びした吹抜けた声が聞こえた。八千代の声だろう。九十九は「もう、お客さんがいるって言ってるのに」とやや八千代を叱るような独り言をつぶやきながら家に上がる。真鈴もそれに続くように家に上がっていった。
「おふぁえひ、こんひひは」
お菓子を貪りながら八千代が九十九と真鈴に言った。正月ということもあり完全に気が抜けているようだ。それもそうだろう。雪白家では他に窓口が無いから家に押し寄せるが、稲荷家では神社という窓口があり、基本的に挨拶回りはそちらに来る。つまり、家まで挨拶回りに来ることなど無いのだ。
「食っちゃ寝してるし、完全に太るまで一直線だな」
ぼそりと真鈴が呟いた。その言葉に、八千代がお菓子をのどに詰まらせる。いきなり無礼にもほどがある、と文句を言おうとした。
「煉夜君、いくら何でもそれは言い過ぎだよ、まあこれに関しては八千代が全面的に悪いんだけど、それでも女の子にはもう少し気を遣わないと」
八千代の文句の前に聞こえた九十九の言葉、それに思わず八千代は固まった。彼女の常識の範疇を越えていたからだ。
「は、え、何、え、誰が誰って?」
あまりのことに理解できていない八千代は、真鈴をジロジロとつま先からてっぺんまで、てっぺんからつま先まで、何度も何度も見返した。
「ご存じ、雪白煉夜君。諸事情で、女の子になっちゃってるけどね」
九十九が八千代に簡単に言った。その瞬間、八千代が吹きだした。笑いが止まらない。いくらなんでも、急すぎて、そして劇的な変化すぎて八千代のツボにはまったらしい。
「笑うなよ、俺も好きで女になったわけじゃねぇっつの」
真鈴はもはや溜息すら出なかったという。




