100話:白原真鈴失踪事件解決編其ノ一
稲荷九十九は、白原真鈴に、今まで起こっていたことの全てを話した。当事者となってしまえば、もはや巻き込むわけにはいかないという引っ掛かりはなくなる。むしろ、解決になる手がかりを握っている以上、捜査面では優位に立てる。もっとも、もっと早く解決できていれば、と責任問題を持ちだされると九十九の負けが確定だが。
真鈴は、思いのほか、白原真鈴という少女が行方不明になった経緯を簡単に受け入れた。そして、もはや解決に届いていた。
この現代の日本という固定概念を取っ払ってしまえば、灰猛魂猿という魔物の存在にたどり着くのは獣狩りの名にふさわしく容易なことだった。
無論、真鈴は一般に周知されている範囲の灰猛魂猿の特徴である人語を話せる、以外を知っていたわけではない。しかし、それとなく魔女たちが魂を入れ替える存在がいることを話していたのは聞いていたし、こういった現象に何ら疑問を抱かない程度には不思議な体験をしているのだ。
「まあ、十中八九、そのこけしってのが怪しいな。俺だったら……」
真鈴が喋りかけて、それを九十九が遮った。やや微妙な顔をした九十九が真鈴に言う。
「えっと、その声で『俺』って言われると酷く戸惑うから辞めてほしいな、なんて……」
九十九は、どうにも真鈴の見た目を見ていると白原真鈴という存在を思い出してしまう。しかし、中に入っているのは雪白煉夜であるために、その齟齬が途方もない違和感となって彼女に襲いかかっていた。ちぐはぐで気持ち悪い、というそんな嫌な感覚に、どうにも耐え切れなかった。
「あたしだったら、そのこけしに何があるのか分かるので、その高校まで連れて行ってくれませんか?」
真鈴は肩を竦めながら、九十九が語った白原真鈴という少女の口調にできるだけ近づけて話した。
「ええ、じゃあ、行きましょう。私も元々行く予定だったし」
すっきりした、と言いたげな面持ちの九十九に対して、真鈴は非常に微妙な面持ちをしていた。
冬休みということもあり、ましてや、三が日なので、部活動に来ている生徒の姿すら見当たらない私立九白井高校。しかし、今日、ここにある人物がいることを九十九は知っていた。だからこそ、順当に連れてきたのだ。
「それで、つく……稲荷先輩は、元々行く予定だったってことですけど、何か用があったんですか?」
言い直しながら真鈴は九十九に問いかけた。一応、ここに来るまで、口調は意識していた。
「まあ、卒業に関していろいろ、ね」
苦笑する九十九に真鈴は大丈夫なのか、とやや心配になったが、いざとなればどうとでもできるだろうと、勝手に結論付けた。
「さて、校長室だね」
いかにも普通の高校という雰囲気に、真鈴は本当に女子校か、と疑問に思いながらも九十九に付いてきていた。そして、いかにも普通な扉の上のプレートには校長室と書かれていた。
「失礼します。稲荷九十九です」
四回ノックをして、声をかける九十九。すると中から「どうぞ」という若い女の声が返ってきて、真鈴は眉根を寄せた。校長室から聞こえる声にはそぐわないように感じたからだ。
そんな真鈴をしり目に、九十九は扉を開けて中に入っていく。真鈴は慌ててその後に続いた。
「ごめんなさいね、こんな日に呼び、だ……、白原さん?!」
入ってきた九十九に対して声をかけていた乃々美が、その後に続いて入ってきた真鈴を見て、思わず動揺し、立ち上がってしまう。そのせいで机に置かれていた資料は舞い、椅子は倒れてしまっている。そんな中、真鈴の耳に入ってくる声。
(あ、あたし?!な、なんで?!)
真鈴は、この部屋に何かがあるのを確信する。そして、あえて、九十九に視線を送る。九十九は頷いた。
「なるほど、……九十九、それで、例のこけしはどこにある?」
あえて口調を戻して九十九に問いかける。九十九は一瞬だけ微妙な表情をしたが、すぐに視線で誘導した。
(ちょ、な、なに、え、まさか、あたしに成り代わるためにあたしを始末するとかそういうパターン?!)
見当違いな勘違いをして慌てるこけしに対して、真鈴はため息を吐きながら言う。
「あのな、そんなアホなことするわけねぇだろ。ったく、それで、お前が白原真鈴であってるか?一応、確認しとくぜ」
傍から見れば、事情の分かっている九十九はともかくとして、乃々美から見れば、行方不明の生徒が帰ってきたと思ったら、雑な口調でこけしに話しかけている危ない図にしか見えないわけだ。
(え、あ、はい。白原真鈴はあたしですが……、えっと?)
こけしは状況がよくつかめていないのか、困惑の声をあげる。真鈴はこけしに言う。
「俺は、雪白煉夜だ。訳あって、今はお前の身体を使わせてもらっている。しかし、どうやって声を……なるほど、魔力を媒介にしているのか、通りで、魔力を感じられない奴には聞こえないわけだ」
真鈴はそう言いながら、この状況を打破するべく、どんな魔法を使えばいいかを考える。
「ようするに、魔力を言葉として放出しているわけだから、そいつに音をつけてやりゃいいってことか」
そう言いながらフィンガースナップを鳴らす。こけしに、魔力を音に変える魔法をかけたのだ。本来この魔法は、声が出ない時や、魔力を遠くに放ってそこで音を発して敵を撹乱するための魔法である。
「え、あの結局なにがどうなって……」
そんな声がこけしから聞こえてきたことで、九十九と乃々美は驚愕した。七不思議の六つ目、喋るこけしの謎はこうして解かれたのだった。
「真鈴、真鈴なのね!」
駆け寄って、こけしを持ち上げ、抱きしめる九十九。困惑したまま、状況がつかめていない乃々美。そして、九十九の反応で、声が聞こえていることが分かったこけし。それぞれが驚きの反応を示す中、真鈴だけが平静だった。
「稲荷先輩!聞こえるんですね!よかった……、やっと、やっと、稲荷先輩に声が届いた!」
かつて、すれ違った二人が、ようやく、真の意味で再会できた、その瞬間である。長い長い、すれ違いだった。
「ごめんね、ごめんね真鈴。よかった……、本当に、よかった」
こけしを大事そうに抱える姿は、傍から見れば狂気だが、知る者からすれば、感動の瞬間である。乃々美の目にも涙が浮かんでいた。九十九の長い、呪縛にも似た、戦いとも言える日々を近くで見ていることしかできなかった乃々美だからこそ、涙がでた。いろいろな思いのつまった涙が、こぼれたのだ。
「いえ、いいんです、稲荷先輩。稲荷先輩が頑張っていたのは、あたしも見てました。だから、いいんですよ。むしろ、あたしの所為で、苦しませてしまって、なんていうか、その、非常に申し訳なくて」
そんな風にいうこけしに、九十九はムッとする。こけしの言い草が引っ掛かったのだろう。
「そんなこと言わないの。真鈴、私がもっとしっかりしていれば貴方がこんなことになることもなかったし、それに孝佳だって……」
九十九の心に棘の様に刺さっている思い。二人への罪過の感情。それは、軽くなったとはいえ、消え去ったわけではない。吹っ切れたとはいえ、断ち切ったわけではない。前を向いたとはいえ、後ろを振り返らないわけではない。
「これはあたしの自己責任ですよ。タカヨシだってきっとそう言います。って、まあ、本人がいないのに、言うのもなんですけど」
こけしは苦笑した。孝佳のことはここにいるのかでは、こけしが一番知っているつもりだ。その経験から言って、孝佳は間違いなく同じことをいう確信があった。
「まあ、確かに、こうなったのは、自己責任かな」
不規則な足音と、タン、タタンと床を叩く音とともに、そんな声が聞こえてくる。真鈴の知覚域には入っていたが、流石に魂が少し独特という程度で敵と認定して、この場の空気を壊すようなことはしなかった。そして、校長室の扉の前に居たのは、松葉杖をついた生徒だった。
「の、孝佳?!どうやってここに、なんで?!」
「た、タカヨシ?!なんで、車いすじゃないと移動できないんじゃ?!」
九十九とこけしの驚嘆の声。しかし、その声で逆に孝佳が驚いた。なぜなら、目の前にいる真鈴ではなく、別のところから真鈴の声が聞こえてきたからだ。
「え、あれ、真鈴がこっちにいるのに、こけしから真鈴の声?!え、どうなってるの?!」
真鈴はやってきた生徒、孝佳、その魂から見知った魔力を感じ、得心がいった。謎は解けたのだ。
「居長さん、貴方は、下半身が絶対に動くことが無いと診断されたのではなかったの?」
乃々美が孝佳に問いかける。混乱状態の中、孝佳は苦笑しながら、乃々美の方を見て、何と説明するべきか言葉に詰まる。それだけ不思議な体験だったのだ。
「えっと、こちらとしては、真鈴に何があったのかを説明してほしいんですけど。真鈴がお見舞いに来なくなったのは、絶対に何かヤバイことに巻き込まれているからだ、とは思っていたんですが、想像以上ですね」
孝佳が混乱した頭で会話をするにはこれが手一杯だった。本当に状況がよくつかめていないのだ。
「感動の再会ってのは一通り済んだだろ。ひとまず全員落ち着けよ。そして、情報の共有ってやつをしようじゃねぇか。それでいいよな、九十九」
まとまる様子の無い現状に見かねて、真鈴がその場を仕切る。振られた九十九は頷くほかなかった。




