表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うろな町の不思議な人々  作者: 稲葉孝太郎
エピローグ
71/71

すべてはミステリ

 サイクリングから帰った葦原(あしはら)は、うろな町をいろいろと散策し、夕方頃には吉美津(きびつ)たちと駅で別れた。すっかり暗くなった夜道を歩きながら、葦原は高台で交わした吉美津との会話を、いまさらながらに反芻していた。

 自分よりもずっと大人びている吉美津に対して、葦原は独特の、つまり尊敬と遠慮をもって接していたが、今回の件で、なんだか頼もしい先輩のように思えてきた。その理由がどこにあるのか、彼にはよく分からなかったけれども。

「葦原くんは将来、メディアと関わり合いたいのですね」

 突然のルナの声かけに、葦原は現実へと引き戻された。

「そうだよ」

 そっけない返事になってしまった。

 葦原は、ルナが本気で尋ねたのだとは思っていなかったのだ。

 ところがルナは、そんな予想を裏切って、さらに質問を重ねた。

「なぜですか?」

「なぜって言われると……ちょっと困るかな」

 ジャーナリストになりたいと思った最初の切っ掛けを、葦原はうまく思い出すことができなかった。両親が死んだとき、ではないようにも思われたが、あの事故がひとつの後押しになったような気もした。ただ、小学生の頃には既に、学級新聞などを作ることが、とても面白く感じられていたのも事実であった。

 葦原が答えあぐねていると、ルナは少しばかり口の端を歪めた。

「ひとつのミステリ、というわけですね」

 ルナは笑っているように見えた。だが、葦原には確信がもてなかった。

 それとも、嘲っているのだろうか。

「そうだね、ミステリかもね」

 葦原は、解釈を放棄して、当たり障りのない返事をした。

「職業というものは、そういうふうに無意識に選択するものなのですか?」

 ルナの質問に、葦原は軽く肩をすくめてみせた。

「僕はまだ高校生だよ。ルナさんこそ、社会人なんだろう?」

「私の場合は、選択の自由がなかったので」

 葦原は、彼女の言葉に驚きを隠せなかった。

 職業選択の自由がないというのは、どういう意味なのだろうか。

 好奇心があたまをもたげたものの、尋ねるのは憚られた。

「まあ、そのうち気が変わるかもしれないけど」

「今日の吉美津さんのアドバイスが効きましたか?」

 図星を突かれたようで、葦原は少しばかり動揺した。

「いや……そういうわけじゃないけど……」

「吉美津さんのアドバイスには、一理あると思います」

 ルナまでが、葦原の夢に水を差し始めた。

 そのことが、葦原にはあまり面白くなかった。

「ほんとに違うから。ただ……」

「ただ?」

「なんというか、そう簡単な話じゃないって思ったんだよね」

 メディアを扱うことは、葦原にはとても簡単なことのように思えていた。いくつもの情報を集めて自分で考えれば、簡単に真実へ辿り着けると信じていたからだ。けれども、吉美津に言われたとおり、それはおごりなのではないだろうか。少なくとも、いまの葦原の能力では、手にあまることのように感じられた。

「ルナさんは社会人として、どう思う?」

「なにをですか?」

「ジャーナリストっていう職業について……その……」

「どういう印象を持っているか、ですか?」

 葦原は頷き返した。

 ほんとうは、違うことを尋ねたかったような気もした。

「特になにも」

 ルナらしい答えだった。

 葦原は笑ってしまった。

「なにかおかしなことを言いましたか?」

「ごめんごめん、ルナさんって、あんまり好き嫌いがなさそうだよね」

「そうですね……」

 ルナは唇に指をあてて、右斜め下へと視線を逸らした。

「とりたてて好きなものも嫌いなものもありません」

「食べ物とかでも? 辛いものも大丈夫?」

「あまりに辛いものや熱いものは食べられません」

「だったら、あるじゃない」

「『食べられない』というのは、生理的に不可能だということです。好き嫌いの問題ではありません。火に触るのが嫌いだ、毒を飲むのが嫌いだ、などと言いますか?」

 ヘリクツをこねられた葦原は、思わず天を仰いだ。

 冬の夜空には、そんな葦を慰めるかのように、星々が点々と瞬いていた。

「きみはほんとに変わってるね」

「よく言われます」

 これで何度目かのやり取りに、葦原は溜め息を吐いた。

「ところで、ジャーナリストになるための訓練などはしているのですか?」

「んー、そこらへんのこと、よく分からないんだよね」

 高校のクラスメイトで、同じ進路を希望している生徒はいなかった。

 求人誌に出ているような案件でもなく、まさに暗中模索の段階だった。

「コネがないと入れないとか、そういうことは?」

「それは……よく分かんないや」

 コネがあれば有利だろう。それくらいのことは、高校生の葦原にも分かった。アルバイトの紹介でも、コネのあるなしではまったく採用率が違うからだ。

 葦原が腕組みをして悩んでいると、ルナは意外なことを言い始めた。

「どうですか、私の事務所で働いてみては?」

「きみの事務所で……? どういう関係があるの?」

 実はマスコミ関係者なのだろうか。葦原に期待が芽生えた。

 しかし、ルナの回答は芳しくなかった。

「関係はないのですが……ただ、事務所の人手が足りないのです」

「……それって、ただのバイト募集だよね?」

「そういうふうに捉えることもできます」

 葦原が苦情を言う前に、ルナは先を続けた。

「とはいえ、ジャーナリストのようなことをしている人は紹介できます」

「『ようなこと』ってのが気になるね。フリーペーパーのライターとか?」

「情報屋、とでも言えばいいのでしょうか」

 ますますうさんくさい。

 ルナ自身がうさんくさいのだから、仕方のないことではあった。

「どうですか? 週末だけ働く、簡単なお仕事ですよ?」

「時給は?」

「そうですね……出来高ではダメでしょうか?」

 金額も決まらない商談に、葦原は呆れ返った。

「ま、きみには助けられたし、少しぐらいは手伝ってもいいよ」

 最低賃金くらいは払ってくれよと思いつつ、葦原はそう返した。

「では、明日から、聞き込みなどをお願いします」

「聞き込み……?」

「取材のようなものですよ」

 たくみに言い換えられたようで、葦原は不安になった。

「ほんとに取材? なんか探偵っぽい仕事みたいだけど?」

「探偵はお嫌いですか?」

 葦原は、これまでの出来事を振り返った。池守(いけがみ)紙屋(かみや)遠坂(とおさか)、吉美津、入江らの顔が次々と浮かんでは消えていった。その中で自分がやってきたことは、紛れもなく探偵であり……それがなかなかに愉快でスリリングだったことも、否定できない事実であった。

 他方で、そんなことに手を突っ込んでいいのか、葦原には判断がつかなかった。

「興信所みたいなのはダメだからね。浮気調査とかは嫌だよ」

「いえいえ、そういうものではありません。私が保証します」

「だったら……少しくらいやってみてもいいかな」

 葦原がそう言った途端、ルナの顔がわずかに輝いたような気がした。

 もっとも、目の錯覚である可能性も否めなかった。

「それにしても、変な話だよね」

「なにがですか?」

「ルナさんと出会ったことも、これからのつき合い方も、全部」

 どうしてこんなことになったのだろうか。

 もっと普通の……いや、違う。葦原は考え直した。

 別に普通の高校生活を送りたかったわけではないのだ。高校に入りたかったのは、同年代の少年少女たちがそうしているからだという、ただそれだけのことだったのかもしれない。高校に通い始めた葦原は、あらためて社会のレールに乗る安心感と、それでいてどこか窮屈な思いとの、両方に気づき始めていた。

 だとすれば、もう一度小さく脱線してみるのも、悪くはないだろう。葦原は、そんなことを思った。ルナの誘いも、どこかで自分の夢と繋がっているかもしれなかった。

「葦原くんは、ころころ気分が変わるのですね」

 心中を見透かされたようで、葦原は恥ずかしくなった。

「そうかな?」

「そういうのも、悪くはありません」

 ルナはそれだけ言って、葦原の一歩先を行った。

 なぜ歩調をズラしたのだろうか。葦原は不審に思った。

 葦原が追いかけようとすると、ルナの方から振り返ってきた。

「チョコレートは、また買い直してプレゼントします」

「え? いいよ。あれって義理チョコでしょ?」

 葦原がそう言うと、ルナは再び前を向いた。

「すべてはミステリなのですよ、葦原くん」

ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。最後はバカミスからのメタミステリになりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか。『うろな町』企画の参加作品としては、かなりの異色作になったかと思います。お気に入り登録、評価をしてくださった方々には、あらためて感謝申し上げます。


遠坂さん、吉美津くん、入江さん、ルナさんは他の作品でも登場する予定ですので、もし再会する機会がありましたら、よろしくお願い致します^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ