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うろな町の不思議な人々  作者: 稲葉孝太郎
第5章 青少年記憶攻防事件
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第45話 限定された追跡

 本屋を離れた木村と田中のふたりは、物陰に隠れてルナを遠目に見守っていた。ルナが双眼鏡片手に何をしているのか、彼らには見当がつかない。後ろに立っているスキンヘッドこと田中が、もどかしそうに口を開く。

「おい、ルナ様は何をしてるんだ?」

「知らねえよ。……つーか、何で逃げたんだ? 本人に訊きゃ良かっただろ?」

「馬鹿野郎。潜伏行動中の仲間とコンタクトを取るヤツがあるか」

 田中の言い分も尤もだ。木村はそう思う。ルナの目的は分からないが、もしかすると目標を監視しているのかもしれない。だとすれば、先ほど声を掛けたのはミスである。

 木村はスキンヘッドを振り返る。

「どうする? この場でルナ様の警護を……」

「おい、あそこを見ろッ」

 田中は囁くようにそう命じた。木村は視線を商店街へと戻す。

「……どこだ?」

「あのコンビニのそばだ」

 木村はサングラスをずらし、十数メートル先のコンビニを見やる。そして愕然とした。

「あ、あの女……ッ!」

「この前の思い出屋だ。……隣のガキもそうだぞ」

 田中の指摘に、木村も頷き返す。木村は慌てて本屋の2階を見やった。……いない。ルナは姿を消している。部屋に引っ込んだのだろうか。

 とりあえず胸を撫で下ろし、木村はスキンヘッドと相談に入る。

「ど、どうする? 何で思い出屋がふたりもこの町に……?」

「分からねえ……。だが、あのそばにいる少年、なかなかの美形だ。もしかして、あれが俺たちのターゲットなんじゃないか?」

 木村は、コンビニの手前に立つ美少年を見つめた。……どこかで見た覚えがある。なぜかそんな気がしたが、木村はデジャブと決めつけ、それを口にはしなかった。彼の神経は、目の前に現れた思い出屋の存在に掛かり切りだった。

「まさか警察が動いたのか……?」

「警察が思い出屋に依頼すると思うか? ……先に俺たちを捕まえるだろう?」

 そうだろうか。木村は疑問に思う。自分たちはこの町に来ただけで、まだ何もしていないのだ。過去の事件で別件逮捕という線もなくはないが……。組織に依頼があった以上、鬼道(きどう)グループが公権力から目を付けられている可能性は高い。しかし、警察が思い出屋とつるんでいるとも考え難かった。

 木村が判断しかねている中、田中が先を続ける。

「始末するか?」

 田中の提案。木村は首を左右に振る。

「町中じゃ手を出せねえだろ。……それこそ背中に手が回るぞ」

「別にここで襲い掛かるわけじゃねえ……。ただ連中がルナ様を見つける前に、俺たちの手でこの町から追い出した方がいい」

「追い出す? ……どうやって? 俺たちは顔バレしてるんだぞ?」

 木村は訝しげにスキンヘッドを振り返る。自分たちはただの一般エージェントで、何か特殊な能力を持っているわけではないのだ。返り討ちにされてしまう。

 そう考えた木村に、田中は答えを返した。

「少しは頭を使えよ……。俺に任せろ。策がある」


  ○

   。

    .


「全然見つからないっすね……」

 コンビニで買ったホット紅茶を飲みながら、泰人(ひろと)が愚痴をこぼす。目の前では、吉備津(きびつ)神楽(かぐら)がもう一度作戦を練り直していた。

「最初から期待はしていませんでしたが……やはり発見は困難ですね……」

 と吉備津。それに神楽も同調する。

「もう少し効率的な探し方はないの? ちょちょいと魔法か何か使ってさ」

 神楽の気楽な問いに、吉備津は溜め息で返す。

「これは魔法ではないのですが……とにかく、私も一度は試したのです。しかし、ある理由で追跡ができなくなってしまいました。それは、彼女の特質と関係しています」

「特質……? 何のこと?」

「感情が極めて希薄だと言うことです」

 吉備津の説明に、神楽も思い当たるところがあったらしい。納得顔で頷き返す。

「そうだわ……前回も、そのおかげで勝てたようなものだし……」

「……それはどういうことですか?」

「ルナって子、感情の起伏に乏しいでしょ。その分、他人の考えが読めないのよ。どういうときに焦るとか、どういうときに怒るとか……そう言うのって、戦闘中は確かに避けないといけない感情なんだけど、全く生じないわけじゃないでしょ。逆にルナは、そういうところで冷徹な解釈をしてしまう……。それが敗北に繋がったのよ」

 神楽が淡々と説明している間、泰人はぼんやりと商店街を眺めていた。ずいぶん立派な町だと、年柄でもないことを考えてしまう。

 土曜日ということだけあって、相当な繁盛ぶりだ。この中から人ひとり探すのは、いくら顔が分かっているとは言え、厳しいものがある。泰人はそう判断せざるをえなかった。

「聞き込みでもできたらいいんっすけどねえ……」

 泰人がそう呟いたとき、遠くにふとスーツ姿の男が見えた。目立った金髪で、その色と形に視線が釘付けになる泰人。

 目を細め、ペットボトルをきつく握り締める。

「あれは……」

 男の方も泰人に気付いたらしい。ぎょっとした顔をして、一瞬立ち止まった。男はサングラス越しにこちらを見つめ、慌てて路地裏へと消えた。

 泰人は急いで他のふたりに声を掛ける。

「い、いましたよッ!」

 泰人の大声に、吉備津と神楽だけでなく、他の通行人も一斉に振り向いた。周囲の視線を気にした吉備津は、声をひそめて泰人に尋ね返す。

「ルナがですか?」

「ち、違うっす。あの金髪男ですよッ!」

 泰人の発言に、神楽と吉備津はお互いに顔を見合わせた。そして辺りを見回す。

「どこにです?」

「こっちに気付いて、あそこの路地に逃げ込んだっす」

 泰人は、パチンコ屋の裏手を指差す。すぐに後を追おうとした。

「待ってください。……罠かもしれません」

 あくまでも慎重な吉備津。神楽が口を開く。

「3人で一緒に追いかけましょう。誘い込まれてるようなら、迷わず離脱で」

 神楽の提案に従い、3人は歩調を揃えて後を追った。神楽が若干遅いものの、先頭のふたりは急いだりしない。路地裏に飛び込み、反対側の通りに出る。左右を慎重に確認した。

「……いないですね」

 吉備津の声。反対側をチェックする泰人も頷き返す。

「さすがに逃げられたっすか……」

「もっとも、この近くで活動していることが分かっただけでも収穫が……」

 そのときだった。ふと泰人は誰かの視線を感じる。見れば数人の子供たちが、花壇の垣根に座り、携帯ゲームを楽しんでいた。通信対戦でもしているのだろうか。

 泰人はあることを思いつく。

「このへんに、金髪スーツの男が来なかった?」

 泰人は子供の一人にそう尋ねた。子供はゲーム機を持ったまま返事をする。

「サングラスを掛けたお兄ちゃん?」

「そうそう、その人……どこへ行ったか分かるかな?」

 子供は言葉で説明する代わりに、右手の方を指差した。

「あそこ」

 子供の指先を追うと、1件のビルが見えた。敵の本拠地だろうか。泰人は首を伸ばす。

 しかし、怪しげなところは少しもない。普通の賃貸ビルに見える。

「あのビルに入ったんだね?」

「そうだよ」

 子供が言葉を返すや否や、吉備津たちはそのビルへと向かった。近付いてみると、複数の店舗が間借りしている雑居ビルのようである。1階はレストラン、2階は喫茶店、3階は有名な居酒屋チェーンになっていた。

 これでは、どの店に入ったのか見当がつかない。

「ひとつずつ探しますか?」

 泰人の質問。先に答えたのは吉備津だった。

「それしかありませんが……少し効率的にやりましょう」

 吉備津はまず1階のレストランへと足を踏み入れた。神楽と泰人もそれに続く。吉備津は店内を確認しながら、レジの女性に声を掛けた。

「すみません、サングラスを掛けた金髪の男性が来店しませんでしたか?」

 吉備津の問い掛けに、店員は目を白黒させる。

「……お知り合い様で?」

「はい、待ち合わせがこのビルになっているのですが、どの店か分からず……」

 そういうことかと、店員はあっさり騙された。申し訳なさそうに首を左右に振る。

「当店へはいらしてません」

「そうですか……ありがとうございました……」

 吉備津たちは一旦ビルの外に出る。今度は2階だ。しかし階段が見つからない。

「あれ、どうやって上に……」

「そこのエレベーターじゃない?」

 神楽は、物陰になった奥のスペースを指差す。確かにエレベーターの扉が見えた。3人は早速それに乗り込み、2階で降りた。

 するとおかしなことに、売り子が店の外に立っていた。何事だろうか。冬場に店外営業はしないはずだが……。泰人は不思議に思う。

「いらっしゃいませ。……どちらがカップル様ですか?」

 戸惑う3人。だが質問の意味はすぐに分かった。店の横には看板が立てかけられ、今日の日付と【カップルデー 11時〜16時】の文字。まずいタイミングだ。泰人がそう思った矢先、神楽が唇を動かす。

「カップルしか入れないんですか?」

「はい、土曜のこの時間帯は、毎週そうなっておりますので……」

「付き添い1名でも?」

 神楽の執拗な問いかけに、売り子は困ったような顔をする。

「テーブルも全て2名席に替えてありますので、付き添いは……」

「そうですか……。ところで、私の知り合いが先に来てるはずなんですけど。サングラスに金髪の男性で……」

「ええ、その方なら、既にいらっしゃってますよ」

 どういうことだ。泰人には分からなくなる。カップルデーということは、男性一人で入るのも当然禁止されているはずだ。それとも特例があるのだろうか。泰人は訝しむ。

 一方、神楽は努めて冷静に対応する。

「いづな、泰人、ちょっと下で相談しましょう。付き添い禁止とは知らなかったから」

 神楽の機転に救われた形で、怪しまれずに3人は1階へと降りる。先ほどの会話なら、自分たちが男の追跡で来たなどとは思わないだろう。エレベーターに乗りながら、泰人は同僚の手管に感心しきりだった。

 1階に戻った3人の中で、まず神楽が口を開く。

「どうする? ここで待つ?」

「相手が喫茶店に入れたとなると、女性の付き添いがいたはずです。それは……」

 吉備津が皆まで言う前に、神楽が口を挟む。

「ルナの可能性が高いわね。カップルのふりをして逃げ込んだのかも。あるいは、もともとここが集合場所だったとか……」

「でも、カップルデーの喫茶店を集合場所に選ぶっすかね……?」

 素朴な疑問。泰人にはイマイチ納得がいかなかった。

 とはいえ、敵が2階へ逃げ込んだのは事実である。ここは潜入するしかない。他のふたりも同じ結論に至ったようだ。まず神楽が選択肢を提示する。

「私が彼女役で入るのはいいとして……どっちがついてくる?」

 神楽はふたりの少年に視線を走らせた。まず吉備津が答える。

「付き合いの長さから言って、神楽さんと泰人さんが……」

 そこへ泰人が異議を唱える。

「いや、それはちょっと危ないっすよ。オレらのコンビ、1回顔バレしてますからね。神楽さんは眼鏡を外せば印象が変わりますけど、オレは……」

 なるほどと、他の2人も頷き返す。

「では私と神楽さんが潜入することに致しましょう。泰人さんはここで待機を」

「了解っす」

 眼鏡を外す神楽。多少目付きが悪くなってしまうが、かえって好都合だった。

「泰人、敵を見つけても、追っかけちゃだめよ。ここで待機しててね」

「分かってますよ。オレもそこまで大胆な性格じゃないっすから」

 神楽の忠告に首肯し、泰人はエレベーターに消えるふたりを見送った。

「じゃ、レストランでコーヒーでも……」

 その瞬間、後頭部に鈍痛が走り、少年の意識は暗転した。

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