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うろな町の不思議な人々  作者: 稲葉孝太郎
第5章 青少年記憶攻防事件
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第38話 記憶喪失

「しかしルナ様も困ったもんだな。何の相談もなく潜入(ダイブ)されちゃ、人目についてしょうがないぜ」

 公園のベンチに寝かせたルナを見下ろしながら、スキンヘッドは愚痴を零す。ここはうろな高校から少し離れたところにある小さな公園。月曜の昼下がりということもあり、犬の散歩をする老人が一度通りがかっただけで、他には誰も見当たらない。睡眠状態に入った少年少女を寝かせておくには、まさに打ってつけの場所だった。もっとも、探し出すのにふたりは相当な骨を折ったわけだが。

 隣で煙草を吸っていた金髪こと木村は、紫煙を吐きながら言葉を返す。

「後はルナ様の目覚めを待つだけだし、楽な仕事だったな」

「人違いだったらどうするんだ? 確かに美少年だが、本人の保証はねえんだぞ」

「それもルナ様が戻って来たら分かることさ。俺たちは待ってればいいんだ。夢の中で自由自在に物を作れる能力があれば、夢案内人(ドリームアドバイザー)が相手でない限り楽勝なんだからな。……心配いらねえよ」

 夢案内人。その言葉を耳にしたスキンヘッドは、あからさまに不機嫌な顔をする。

「この前のガキみたいなのは、マジで勘弁してもらわねえとな。いくら悪人でも、おまんま食い上げじゃ生きていけねえ。裏の世界はシビアだ。一旦信用を損なうと、二度と声が掛からなくなる」

「だからルナ様も言ってただろ。名誉挽回だって……」

 そう言いながら、木村はルナの横顔を見る。そして口から煙草を落とした。

 スキンヘッドがそれを見咎める。

「おい、ポイ捨てはするな。携帯用の灰皿があるだろ」

「何か様子がおかしくないか……?」

 木村はそう言って、ルナのそばに駆け寄った。ルナは酷く苦しそうな顔をしている。隣に座らされている少年は、対照的に安らかに寝息を立てていた。

 おかしい。木村がそう叫ぶ前に、スキンヘッドが大声を上げた。

「ま、まさかルナ様の身に何かッ!?」

「お、俺に訊くな……とりあえず本部へ連絡……」

「そうはさせないのです」

 聞き慣れない女の声に、ふたりは度肝を抜かれた。だが振り返って見ると、彼らの背後に立っていたのは、BMWの運転席に座っていたあの少女だった。

 木村こと金髪はホッと胸を撫で下ろす。

「ふぅ……脅かすなよ……通報されたかと思ったぜ……」

「悪の手先は、私が懲らしめるのです」

 スキンヘッドと金髪はお互いに顔を見合わせ、それから金髪が代表して返事をする。

「お嬢ちゃん、悪いけど正義の味方ごっこは後にしてくれないか。今はこの……」

「あなたたちが鬼道グループの手先であることは分かっているのです。……シラを切ってもダメなのです。神妙にお縄をちょうだいするのです」

 少女の啖呵に、ふたりの顔色が変わる。

 なぜこの少女がそのことを知っているのか、そんなことはどうでも良かった。敵の出現を認識し、金髪男は胸のポケットへと手を伸ばす。

「バカッ! 街中で発砲するヤツがあるかッ!」

 スキンヘッドが木村を制止し、素手で少女に襲い掛かった。

 少女は男の突進を避けようともせず、そのまま両腕で体躯を受け止めた。

「なッ!?」

 信じられない光景だった。小学生と思しき少女が、大男の体当たりを食い止めたのだ。木村は目の前の出来事が信じられず、加勢が遅れてしまう。

「ば、バカなッ!? 押し返される……だとッ……!?」

 スキンヘッドは眉間に皺を寄せ、こめかみに青筋を立てていた。全身の筋肉を震わせ、少女を押し倒そうと試みる。一方、少女は涼しい顔で、逆に男を押し返し始めていた。

「なかなかいい体をしているのです……。でも鍛え方が少し甘いのです……」

「き、木村ッ! ぼやっとしてないで手を貸せッ!」

 スキンヘッドの懇願で、木村は我に返った。慌てて少女の後ろに回り込もうとする。

 ところがそれを見計らったかのように、少女は腰を落としてスキンヘッドを巴投げに処理し、返す刀で木村に足払いを決めた。脛が折れるかと思うほどの激痛に、木村は絶叫を上げて地面に転がり込む。

「いでえええええッ! 足がッ! 足がッ!」

 弁慶の泣き所を抱え、スーツが汚れるのも構わず二転三転する金髪男。

 スキンヘッドも後頭部を打ったらしく、うっすらと血を流して意識を失っていた。

「私が温厚な星の出身なことに感謝するのです。これがヘンダラモッタ星人なら、ふたりともこの場で食べられているのです」

 少女は意味不明なことを呟きながら、暴れ回る木村に歩み寄った。木村は少女の影を認めると、怯えたように悲鳴を上げる。

「ば、化け物ッ! 来るなッ!」

 倒れた拍子に、木村のサングラスは外れていた。

 それを確認した少女は、握っていた拳を緩める。

「裸眼なら話は早いのです」

 少女の目が光る。木村は急に暴れるのを止め、ぐったりを四肢を垂れた。少女は木村の襟首を掴み、さらにスキンヘッドを軽々と肩に担ぎ上げる。

 そしてベンチへと振り向いた。

「……4人を車まで運ぶのは大変なのです。この場で回収してもらうのです」

 少女はそう独り言を言うと、天空に左手をかざす。

 にわかに風が吹き始め、数メートル頭上の空気が奇妙な歪みを見せ始めた。

「私たちを回収し、即座にうろな町を離脱するのです。大急ぎで頼むのです」

 少女がそう命じると、どこからともなく光の柱が降りて来た。そして声が聞こえる。

《……転送量オーバーデス。1名ヲ残シテ緊急離脱シマス》

 機会音声の返事に、少女は目を見開く。

「ま、待つのです。今の指示は取り……」

 少女が言い終える前に、公園は謎の光に包まれた。


  ○

   。

    .


 突風。竜巻が起こったのかと思うほどの風が、裏通りを一瞬にして吹き去った。

 両腕で顔を覆った葦原(あしはら)少年は、前髪を乱したまま辺りを見回す。

「凄い風だったな……何か温かかったけど……」

 11月に春風とは奇怪だ。少年は不思議に思い、ぼんやりと空を見上げた。すると白い雲の切れ間に、小さな発光体が見え隠れしていることに気付いた。それは奇妙なジグザグ行動を取った後、いずこかへと消えて行った。

「……UFO?」

 少年は口を開けたまま、発光体の消えた方向を見守った。しばらくそうした後、自嘲気味に笑いながら頬を掻く。

「なわけないか……バイトで疲れてるのかな……」

 少年はそう言いながら、うろな高校への道程を急ぐ。定時制の話は、うろな高校の仮設事務所に行けば分かると、バイト先のおばさんからそう教えてもらったのだ。期待半分不安半分の少年は、近道に選んだ裏通りを小走りに進んで行った。

 とある公園の前に差し掛かったところで、ふと不審なものが目に留まる。

「ん……人が倒れてるッ!?」

 公園の片隅、木の下のベンチに、スーツを着た女性が倒れていた。いや、それとも眠っているのだろうか。葦原は確認のため、公園の入り口を通り抜ける。

「だ、大丈夫ですか?」

 葦原は女性に近付くと、なるべく触れないようにしながらそう問い掛けた。

 返事はない。だが息はしているようだ。そのときになって初めて、少年は相手が成人女性ではないことに気が付いた。自分と同世代に見える。なかなか奇麗な感じの少女だ。可愛いという表現の当てはまらない、凛とした雰囲気を漂わせていた。

 しかしその少女の顔は、どこかしら苦痛に歪んでいるように思われた。悪夢を見ているようにも、体調が悪いようにも感じられる。

 119番をしなければ。葦原は反射的にポケットへと手を伸ばした。

「……あッ」

 少年は、先日の事件で携帯が壊れたことを思い出す。パチリと悔しそうに指を鳴らし、助けを求める方法を考え始めた。公園の回りは雑木林と廃屋が並ぶばかりで、すぐには救援を求められそうもない。

 少年が焦りかけたとき、とあるアイデアが思い浮かぶ。

「そうだッ! このへんに確か病院が……」

 葦原は、自分が子供の頃通っていた病院の位置を思い出す。今日調べたうろな高校の住所と同じ地区にあったはずだ。

 少年が喜んだのも束の間、今度は別の問題に突き当たる。どうやって運ぶというのだ。葦原は少女をもう一度観察した後、ある結論に至った。

「背負えないこともない……かな?」

 ふくよかな女性というわけではなく、身長が極端に高いというわけでもない。むしろ細身で軽そうな体格をしていた。異性ということで少しばかり躊躇われるところもあったが、緊急事態なので四の五の言っている場合ではなかった。

 少年は決意を固める。

「じゃ、失礼します……」

 少年は何となく謝りながら、少女を担ぎ上げる。あちこち触らないように注意しながら、どうにかしておぶることに成功した。ぐいっと膝を伸ばした瞬間、少年は顔をしかめる。

「お、重い……」

 失礼な言い方だが、事実だった。体重がどうのこうのではなく、人をひとり担ぐことがどれだけ大変か、あらためて思い知らされるこの状況。少年は頑張って歩き始める。

「病院は確か……」

 少年は方向を確認し、一歩一歩ゆっくりと歩を進めて行く。よくよく考えてみると、この場を誰かに見られたら変質者と勘違いされてしまうかもしれない。しかし病人なのだから仕方がない。幸いにも平日の昼間とあって、人通りはほとんどなかった。腰を屈めた老婆とすれ途中で違っただけである。

 膝ががくがくし始め、だんだん少女の位置がずり落ちてきたところで、病院の看板が見えてきた。宮田(みやた)小児科と名乗る小さな病院。はたして少女の病状が、小児科の担当なのかどうか、若干疑わしくはあるものの、背に腹は代えられない。

 葦原が病院のドアの前で四苦八苦していると、すぐに女性の看護士が出て来てくれた。

「どうしました?」

 親切そうな看護士に、葦原少年は事情を説明する。すると看護士はふたりを通し、診察室に姿を消した。「急患です」という連絡と、いくつかの言葉のやり取り。葦原は保険証を見せる間もなく、中へと通された。

 ドアをくぐると、頭頂部の禿げ上がった老人が眼鏡を直しながらこちらを見ていた。葦原はその老人に何となく見覚えがある。数年前の話なので面影が変わっているものの、確かに自分を診察してくれた医者だった。

「さ、早くこっちへ運んで」

 宮田医師はそう言うと、少女を診察台の上に下ろさせた。少年は大きく息を吐く。あと数分遅れていたら、ギブアップしているところだった。足の震えが収まらない。

 そんな少年を他所に、医師は早速診察を始めた。呼吸と脈を確認し、ペンライトで瞳孔の動きを確認する。そして怪訝そうに葦原少年を振り返った。

「ただ寝ているだけのように見えるが……頭でも打ったのかね?」

「い、いえ、それが……」

 宮田医師は、少年の話を静かに聞いてくれた。途中で「ふむ」と唸ったり、いくつか簡単な質問を差し挟んだりした以外は、黙って少女の様子を観察している。葦原が全てを説明し終えたところで、宮田は曖昧に唇を動かす。

「ふーむ……目立った外傷はないし、痙攣や嘔吐の兆候も……」

「うぅ……」

 少女が再び苦痛に顔を歪め始めた。医師は椅子から立ち上がり、少女の呼吸などをもう一度確かめる。葦原が緊張した面持ちで見守る中、宮田は再度首を傾げた。

「うなされているだけのようだな……。悪い夢でも見ているんじゃないかね……」

「で、でも、何かの発作かもしれませんし……」

 病気に詳しいわけではなかったが、発見時の状態が状態なだけに、葦原は酷く心配していた。もちろん、ただ寝ているだけに越したことはないのだが……。

「それに寝ているだけなら、ここに運ぶ途中で起きると思うんですけど……」

 尤もな推論。人に背負われて目を覚まさないなど、二徹でもしない限りありえない。

 宮田医師の顔も心持ち深刻になる。

「それもそうだな……。だがうちの病院で精密検査はできんし、どこか大きな……」

 そのときだった。少女がうっすらと目を開けたのだ。

 葦原はホッと胸を撫で下ろし、同時に何だか申し訳ない気持ちになってしまう。疲れて寝ていたのだろう。そう判断したのだ。

「ふむ、大したことはないようだな。……ちょっと席を外してもらえんかね?」

「はい?」

 葦原がぽかんとしていると、宮田医師はこほんと咳払いをする。

「そんなに女性の裸が見たいのかね?」

「あ……」

 事情を察した葦原は、そそくさを診察室を後にした。

 待合室に戻ると、誰もいないことに気付く。はておかしいなと思い診療時間を見ると、今はちょうど昼休憩であった。完全に飛び入りの形で訪れてしまったことに、葦原は二重の申し訳なさを感じる。

 とはいえ少女が助かって良かったと、葦原は待合室の椅子に腰を下ろした。本棚に目をやると、小学生向けの漫画や雑誌がたくさん並んでいる。高校生の葦原だったが、暇つぶしに読んでみようかと手を伸ばしたところで、診察室のドアが開いた。

「ちょっと、きみ」

 振り向くと、宮田医師が酷く真剣な顔で手招きしていた。

 何かあったのだろうか。葦原に再び緊張が走る。

「何でしょうか?」

 席を立ってそばに近付いた葦原に、宮田医師が囁きかける。

「彼女は全然知らない人なんだね?」

 それはさっき説明したではないか。そう思いつつも、葦原は黙って頷き返した。

「鞄かなにかが、近くに落ちてなかったかい?」

「鞄……ですか……?」

 葦原はしばらく記憶を手繰った後、左右に振る。

「ベンチのそばには何も……」

「それは困ったな……財布も携帯電話も持ってないし……」

 葦原はそれを聞いた瞬間、医師が診察代を心配しているのではないかと解釈した。

「代金なら僕が……」

 違う違うと、宮田医師は葦原を口止めする。そしてこう囁いた。

「あまり大声では言えんのだが……彼女、自分が誰か分からないらしい……」

「……ええッ!?」

「しッ、静かに」

 葦原の大声を制し、宮田医師は先を続けた。

「別に演技をしてるようにも見えないし、本当に記憶喪失なのかもしれん。頭を打ったせいなのか、それとも別の原因があるのか……。それは分からん。家出の可能性もある。うちではどうしようもないから、とりあえず警察に電話するよ」

「け、警察ですか?」

 再び大声を上げそうになった葦原だが、すぐにトーンを落とす。

「その前に他の病院で精密検査かなにかを受けた方が……」

「もちろん、そうするよ。ただ警察にも同時に連絡して、きみの方から少し事情を話して欲しいんだ。彼女が自力でここへ辿り着いたわけでもないし、発見時の状況などは、私では全く説明できないからね」

 そこまできて、葦原はようやく宮田医師が自分を呼んだ理由に思い当たった。要するに警察へ行くことを了承して欲しいわけだ。これからうろな高校へ行こうと思っていた葦原だったが、人が困っているのだから仕方がない。定時制の話はまた今度にしようと、あっさり首を縦に振ってみせた。

「じゃあ、警察へは僕が事情を話します」

「すまないね……他にどうしようも……」

 宮田医師は急に舌の動きを止め、後ろを振り返った。

 何事だろうか。物音がした気配はないが……。肩越しに覗き込んでみるものの、待合室からでは診察室の中を垣間みることができない。視覚に頼るのを諦めたところで、ふいに少年は肌寒さを覚えた。

 室内の気温が下がった気がする。

「まさか……」

 そう言って駆け出したのは宮田医師だった。葦原も後を追う。

 診察室に飛び込むと、衝立の向こうで風にひらめくカーテンが見えた。

 逃げられた。そのことを把握するまで、少年はしばしの時間を要した。

吉備津いづな(陰陽師)+入江杏(宇宙人)のコンビが強過ぎますね…… (;`・ω・´)

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