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うろな町の不思議な人々  作者: 稲葉孝太郎
第5章 青少年記憶攻防事件
37/71

第35話 事件の続き

これは11月11日(月)の話です。

 うろな町にも冬が訪れ始めたある日の午後、客足の少ない駅のホームに、一台の普通電車が滑り込んだ。昼間の各停にありがちな、がらがらの客席。そのドアのひとつから、スーツに身を包んだ3人組の男女が姿を現す。男2人のうち、片方は金髪、もう片方はスキンヘッドで、どちらもサングラスを掛けている。その間に挟まれるように、まだ10代と思しき少女が、冷たい瞳をうろな駅のホームに走らせた。

「行政単位では町と聞いていましたが、ずいぶんと立派な駅ですね……」

 同時に下車した男たちもまた、人のまばらな構内を興味深げに眺め回した。

「確かに、一町村の駅とは思えませんね……もっと寂れたところかと思いましたが……」

 金髪の男が、独り言のようにそう呟いた。

 するとスキンヘッドが合いの手を入れる。

「その方が目立たなくて助かる。……このコンビは人目を引くからな」

 事実、最後尾の車両から降りてきた老婆が、訝しげにスキンヘッドを盗み見していた。そのことを自覚しているのか、スキンヘッドは顔を覚えられないように、しばし首を線路の方へと曲げた。

「私服の方が良かったのでは?」

 年下の少女に対し、金髪の男は機嫌を伺うような調子でそう尋ねた。

 少女は前方を向いたまま、唇だけ動かす。

「平日の昼間から私服でうろうろしていると、補導対象になりかねません。それに、今回の任務は一般人が対象。それほど長居する必要もないでしょう」

 大人びた雰囲気の台詞に、金髪男は頭を掻きながら、胸ポケットに手を伸ばす。一枚の紙切れを取り出し、呆れ顔でそれを読み上げた。

「そうは言ってもですねえ……。『うろな町に住む10代の美少年を捜し出し、鬼道(きどう)グループに関わる記憶を消す』なんて、雲を掴むような依頼なんですが……」

 金髪男の小言に、スキンヘッドも両腕を組んで頷き返した。

「しかも依頼料がタダ同然だったらしいじゃねえか。俺たちも軽く見られたもんだ」

「……それは仕方がありません。前回の依頼で大きなミスをしてしまいましたから。これは名誉挽回のチャンスです。失敗は許されません」

 少女は同僚を淡々と諌めた。これではどちらが年上なのか分からないほどだ。金髪とスキンヘッドはお互いに顔を見合わせ、揃って少女へと向き直る。

「ルナ様、これからどうします?」

 ルナと呼ばれた少女は、左手の指を唇に沿え、左の手のひらを右肘と組み合わせた。虚空を見つめたまま、しばらく思案に耽る。

「……報告書の記述からして、高校生の可能性が非常に高いと思います。木村さん、うろな町には高校がひとつしかないのですね?」

 ルナの質問に、金髪男こと木村が返事をする。

「ええ、南区に一ヶ所しかありません。……やはりそこから調べますか?」

「そのためにわざわざ平日を選んだのです。候補者を一ヶ所に集めるために……」

「だが問題は解決してねえ。生徒数だけでも3桁はいるんだぞ」

 スキンヘッドの指摘に、金髪男はルナのお伺いを立てる。

 ルナは再び同じポーズでアイデアを巡らせた。

「……まずは女性に人気のある男子を捜しましょう。そこから見当をつけます」

 何と言う大雑把な作戦だ。金髪男はそう言いたげな顔をする。

 一方、ルナは自分の方針に満足し、駅の出口へと歩き始めた。

「ル、ルナ様、お待ちを……」

「木村さん、その呼び方はいけません。……周りに不審がられます」

 ルナの忠告を受け、木村は言い直す。

「ル、ルナ、今はまだ授業中だ。校内に入ったら通報されるぞ」

 木村の指摘に、ルナは足を止めた。ゆっくりと振り返り、静かに言葉を継ぐ。

「それは学校の様子を見てからにしましょう。いざとなれば、私ひとりで潜入します。制服くらいは簡単に調達できるでしょうから」

 そう言って、ルナは再び歩き始めた。

 木村とスキンヘッドは、お互いに肩をすくめ合い、それからルナの後を追った。

 3人はそのまま改札を出ると、木村がポケットから地図を取り出す。

「うろな南は、このまま大通りを真っ直ぐですね……いや、真っ直ぐだな」

 ですます調の抜けない木村は、サングラスを外し、それを胸のポケットに収めた。少しばかり眠そうな細い目で、大通りを行き交う人々を眺める。こうなるとかえってスーツが役に立ち、周りの通行人は彼らをただのサラリーマンとしか思っていないらしい。振り向く人は誰もいなかった。

「では早速移動しましょう」

 そう言って、ルナは先頭を歩き始める。他のふたりも後に続き、大通りを南下して行った。道に迷う心配もなく、次第に商店街から住宅街へと風景が変わっていく。昼下がりということもあり、住宅街は静観としていた。

「ルナ、その少年を見つけたらどうするんだい?」

 金髪男の質問。

「年頃の男子は簡単です。握手させてくださいとでも言えば、すぐ触れられますから」

 ルナのやや自信過剰気味な返答に、木村は曖昧に頷き返した。とはいえ、無表情という点を除けば、ルナは文句なしの美少女である。モデルのような端正な顔立ちに、色白な肌と涼やかな瞳をしている。彼女に「握手してください」と言われて、頑強に断る思春期の少年はなかなか存在しないだろう。

 そう考えた木村は、ターゲットとの接触について心配しないことに決めた。

「だが、道ばたでばさりとやるわけにもいかねえ。どこか場所を確保しないと……」

 そう呟いたのは、スキンヘッドの男だった。

 ルナは歩速を緩めずに答える。

「そうですね……。しかし、高校なら施設はいくらでもあるでしょう。最悪の場合、どこかのトイレへ連れ込んでもいいわけですし……」

「トイレはちょっとまずいんじゃないですかね……」

 呆れる木村。ルナとは既に1年以上のパートナーだが、イマイチ彼女の思考回路を読み取れないでいる。鋭い知性を示すかと思えば、常識はずれな作戦を立てることもある。まるで頭脳だけが大人びた子供を相手にしているような、そんな気分にさせられてしまう。

 そんな木村の不安を他所に、ルナは正面遠くを指差した。

「校舎が見えてきました」


  ○

   。

    .


「定時制?」

 ひとりの少年が、メロンソーダのストローから唇を離し、顔を上げた。その正面に座っていた男が、顎を縦に振る。

「そうなんだ。俺も詳しく聞いたわけじゃないんだが……。うろな高校は今度、定時制を導入するらしい。要するに、夜間部のできる可能性があるってことだな」

「夜間部……ですか……」

 少年は溶けかけたアイスを放置し、その場で物思いに沈んだ。保護者のような立場の刑事から喫茶店へ呼び出されたかと思えば、急な相談事。少年はすぐに答えることができない。そのことを察したのか、刑事の方も態度を和らげる。

「おっと、別に今からどうこうってわけじゃないんだ。まだ計画段階で、本当に設立されるのかどうかも知らないからね。ただ、試験運転として12月に募集が掛かるという噂もあるんで、ちょっと伝えておこうと思ったんだ」

「12月に募集ですか……? まだ学年の途中なんじゃ……?」

 少年の疑問に、刑事は理由を説明する。

「定時制は全日制と違って、いろいろな事情で普通の学校生活が送れないひとたちのためのものだからね。入学面でも、一律に4月なんてことはしないのさ。早ければ、来年の始めにも試験運用されるらしいし、ちょっと気に留めておいてくれないか」

 気に留めておいてくれ。そう言われた少年だが、心持ち顔色を曇らせる。

「ちょ、ちょっと待ってください。確かに夜間なら、高校へ行くこともできます。バイトの時間を全部昼間にずらせばいいだけですから。……でも費用とか、そのへんのことはどうにもならないので……」

「大丈夫だよ。日本の高校は無償化されてるし、葦原(あしはら)くんのバイト代で簡単に賄えるさ。どうしても足りないなら、俺が少し出してもいいから」

 池守の善意にもかかわらず、葦原は躊躇の態度を崩さなかった。

 池守は心持ち真剣な顔になり、少年の瞳を眼差す。

「きみだって、このままバイトして大人になるわけにはいかないだろう。正社員になる仕事があるならともかく、きみの夢はジャーナリストなんだからね。高校、いや大学だって出ておくに越したことはないんだ。今年度中に入れば、他の子との差は1年未満。大学でも一浪差はどうにでもなるさ」

「いえ、そういうことじゃないんです……。僕も将来は大学を出たいと思ってます……。ただその……やっぱりいろいろと不安が……」

 不安。その返答に、池守は沈黙した。それが何であるかを、十分に理解していたからだ。金銭的な問題ではない。真面目な葦原は、自分で生活費をやりくりしている。贅沢はできなくとも、食うや食わざるやという状況に陥ったことはないらしい。信託に付されているとは言え、親の遺産もある。

 葦原の抱いている不安とは、同世代の友人がおよそいないことだった。昔から引っ込み思案な葦原は、中学卒業までに気心の知れ合った友人を作ることができなかったのだ。そこへ両親の交通事故が重なり、同級生たちは彼にますます声を掛け難くなってしまった。別に誰の責任というわけでもないのだが、あまりにも不運が重なり過ぎていた。

 池守は空になったコーヒーカップを見つめ、それから唇を動かす。

「まあ、とにかく動いてみないと始まらないさ。きみたちの年頃なら、知らない者同士でもすぐに仲良くなれる。友だちもできるだろう」

 池守はやや自信なさげにそう言った後、腕時計を確認する。

 時刻は既に1時を過ぎていた。

「いかん、もう戻らないとな」

 そう言って池守は席を立った。伝票を拾い上げ、葦原に別れを告げる。

「じゃまた」

「い、いつもおごってもらってすみません」

 葦原は申し訳なさそうに頭を下げた。池守はにこやかに答える。

「なあに、俺もこれくらいしかできんからな。いいってことよ」

 踵を返そうとしたところで、ふと池守は足を止めた。再び真剣な顔で視線を戻す。

「それともうひとつ、不審者には気を付けろよ。夜中だけじゃなく昼間も、なるべく人通りの多い道を選ぶんだ。アパートの施錠は念入りに」

「はい、気をつけます」

 池守の真剣さとは裏腹に、葦原はずいぶんと軽い感じで答えを返した。自分の身に降り掛かっている危険がよく分かっていないのではないかと、池守は若干不安になる。とはいえ、真実を詳細に伝えて脅すのもよくない。

 池守は戸惑いつつもレジへと向かった。代金を払い、自働ドアをくぐり抜ける。

「ありがとうございました」

 店員の挨拶を背に受けながら、池守は喫茶店を後にした。

「ああ、寒いなあ……今年は冷えそうだ……」

 すっかり肌寒くなってきた風を真正面から受け、池守は次の現場へと向かった。

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