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うろな町の不思議な人々  作者: 稲葉孝太郎
第4章 駐禁違反取り締まり事件
32/71

第30話 立会の下で 〜入江杏の場合〜

「ぐすん……これはどういうことなんっすかね……?」

 寒空の下、厚着した逆木(さかき)が、入江(いりえ)の前で鼻をすすっていた。

 入江は秋風も何のその、まるで寒さなど感じないかのように、無表情で答えを返す。

「それはもう説明したのです。人の話を聞いてなかったのですか?」

「変な陰陽師と対決することになったんで、立会人を頼む……ですよね?」

 逆木が入江の説明を暗唱すると、入江はうんうんと首を縦に振った。

「ちゃんと覚えているのです。だったら問題ないのです」

「いや、それがどういうことなのか、って訊いてるんっすけど……」

「どうもこうもないのです。勝負には立会人が必要なのです」

「だからって日曜日に呼び出すのはほんと勘弁してくださいよッ!」

 逆木が大声を上げたところで、入江が急に立ち止まった。何事かと思って見ると、目の前には【うろなロードケア】と書かれた2階建てのビルが聳えたっている。

 それが入江の目的地であることを、逆木少年はすぐに悟った。

「早速潜入するのです」

「潜入って……まさか裏口から忍び込む気ですか?」

 逆木が尋ねると、入江はさも当然のように頷き返した。

「当たり前なのです。正面突破は無理なのです」

 無理じゃないだろ。逆木は心の中で叫び、さらに口にも出す。

「全然オッケーですよ。(あんず)さんの催眠術があれば、簡単に……」

 逆木がそう言い終える前に、入江が口を挟む。

「やっぱり分かっていないのです。今回は『特殊能力3回縛り』のルールがあるのです。入口の警備員に使っていたら、大損するのです」

 なるほど、そういうことか。逆木もようやく納得がいった。

 祝日返上という自分の境遇には納得がいかないものの、陰陽師と宇宙人の対決など、そうそう見られるものではない。しかも内容が推理対決なのだから、世界広しと言えども、この興行を見れるのは、自分ともうひとりの立会人くらいだろう。

 逆木はそう考え、今のシチェーションをポジティブに捉えることにした。そうでもしなければやっていられないのだ。

「それでUFOも使わなかったんですね……杏さんって、意外と真面目……」

「真面目とかそういう問題ではないのです。約束は約束なのです」

 それを真面目と言うんだろう。逆木はそう言いかけた口を押さえ、玄関をチラ見する。いかつい顔のガードマンがひとり、ガラス戸の前に立ちふさがっていた。

 逆木は声をひそめて、入江に話し掛ける。

「どうやって入るつもりなんですか?」

「私にいい考えがあるのです。今から逆木は、私のお兄ちゃんなのです」

「は?」

 逆木が尋ね返す暇もなく、入江はお腹を抱えてその場にうずくまった。

「うーん、うーん、お兄ちゃん、杏のお腹が痛いよお」

「え、は、え? ……ああ、そういう」

 逆木が慌てていると、入江が呻くのを止めて視線を返してきた。

 さっさと演技しろと言うことらしい。逆木は急いで調子を合わせる。

「うわッ! 駄目だよ杏ッ! おうちまで我慢しないとッ!」

「うーん、お腹が痛いよお。漏れちゃうぅ……」

 ちょっとあからさま過ぎるか。そう思った逆木だが、ガードマンはうまく引っかかってくれたようだ。心配そうにこちらへと駆け寄って来た。

「きみたち、どうしたんだい?」

「ちょ、ちょっと妹が腹痛を起こして……」

「うーん、痛いよお……」

 少々迫真さに欠けているが、ガードマンは逆木たちにビルの入口を指し示した。

「トイレは、あそこから入って右にあるからね。早くしなさい」

「ど、どうもありがとうございます」

 逆木は演技がバレないうちに、入江をビルの中へと運び込んだ。小学生並の体重なので、高校生の逆木なら楽々と担ぐことができる。

 ガードマンに言われた通り、右手の方へと回りつつ、上階への道を探した。

「しめた、階段があるっす」

 逆木はトイレへ行くフリをして、階段をそのまま駆け上った。

 万一見つかっても、案内を誤解したと言えばいい。逆木は少し気が楽になる。

 2階へ上がると、左右にいくつかの扉が見えた。逆木は一旦踊り場に戻り、入江の指示を願う。とっくに演技を止めた入江は、逆木の背中からぴょんと飛び降りた。

「目標は社長室なのです。……どれが社長室か調べてくるのです」

「え、俺がですか?」

「そうなのです。ここではまだ能力を使いたくないのです」

 普段は入江の言いなりになっている逆木だが、今回ばかりは違っていた。立会人という地位を利用して、強気の態度に出る。

「それはできないですよ」

 逆木の拒絶に、入江は顔を上げた。

「どうしてなのですか?」

「俺は先輩の助っ人じゃなくて、立会人として来てるんです。さっきのだって、よくよく考えたらルール違反ですよ。俺も気付かなかったから大目に見ますけど、今後俺をパシリに使うのは止めてください」

 逆木がそう言い切ると、入江も納得したように頷き返した。

「だったらそこで待っているのです。ここからは私ひとりで行くのです」

「それも駄目です」

 逆木は人差し指を振り、入江の間違いを正す。

「なぜ駄目なのですか?」

「先輩がひとりきりになると、俺が審判できなくなりますからね」

「それでは困るのです。ふたりでは目立つのです」

「それを考えるのが、杏さんの仕事っすよ」

 逆木は日頃の鬱憤を晴らすかのように、したり顔でこの議論を制した。

 入江は特に怒るわけでもなく、目下の状況を冷静に分析し始める。

「うろなロードケアの岩瀬とか言う男が、全ての鍵を握っているに違いないのです。池守刑事たちが担当を外されたのも、警察OBとして裏から手を回したに決まっているのです。だからここで決着をつけるのです」

 逆木は入江の分析に同意する。大まかな流れしか教えられていないものの、うろなロードケアという会社の社長が怪しいのは、逆木にも自明なように思われたからだ。

 もしかすると、ここでいきなり勝負がついてしまうかもしれない。ライバルの陰陽師はどこへ行ってしまったのだろうか。逆木は疑問に思う。

 逆木がそんなことを考えていると、ついに入江が動き始めた。

「秘書で1回、岩瀬で1回なのです。これで十分なのです」

 入江は階段を駆け上がり、廊下をどんどん進んで行った。逆木も慌ててそれを追う。途中で誰かに出くわすこともなく、ふたりは社長室と書かれたプレートを発見した。

 入江は躊躇せず、ドアノブを回した。扉が開いたところで、事務机に座っていた女の秘書と目が合う。女は不審な少年少女に気付き、腰を上げる。

「あなたたち、どこから……」

 その瞬間、入江の瞳が光った。秘書はふらふらと椅子に座り直し、ふたりを通す。

「どうぞ……岩瀬社長がお待ちです……」

「ちゃんと在室しているとは、グッドタイミングなのです」

 入江は秘書の前を横切り、ついに岩瀬の部屋の扉を開けた。

 重々しい音とともに、応接間のような空間が開ける。岩瀬と思わしき痩せこけた男は、机で煙草を吹かし、書類に目を通している最中だった。

 秘書が来たと思ったのか、岩瀬は何の気なしに顔を上げた。

「何の用だ? ……ん、きみたちは」

 岩瀬が顔をしかめた瞬間、再び入江の瞳が光った。

 岩瀬は眩しそうな顔をした後、両腕をだらりと垂らす。書類が宙に舞い、入江たちの足下に散らばった。

「どうぞ……入ってくれ……」

「お邪魔するのです」

 入江は遠慮なく社長室へと足を踏み入れた。

 ふかふかのソファーに腰を下ろし、ぽんとお尻を跳ねる。

 逆木は念のためにドアを閉め、それから入江の隣に座った。

 なかなか座り心地のいいソファーだなどと思っていると、入江が尋問を開始する。

「もはやチェックメイトなのです。今回の事件の真相を喋るのです」

「今回の……事件……? 何の……ことだ……?」

「自転車の大量盗難未遂事件なのです。シラを切っても無駄なのです」

 入江たちが答えを待っていると、岩瀬は辛うじて聞き取れる音量で返事をする。

「……知らない」

 思わず顔を見合わせる逆木と入江。入江は少しばかり声を大きくする。

「知らないはずがないのです。ちゃんと話すのです」

「知らないものは……知らない……」

 これにはさすがの入江も戸惑ったのか、逆木の方を見つめてきた。

 俺に聞くなと、逆木は彼女の視線をスルーする。

 入江は岩瀬へと向き直り、質問を続けた。

「あなたがうろな署に手を回して、捜査を中断させたのではないのですか?」

「中断させた……わけでは……ない……。本当に……防犯が必要だと……思った……」

 2番目の推理も外れ、入江はしばらく口を噤んだ。常人ならばパニックになりかねないところだが、そこは感情のない宇宙人、すぐさま体勢を立て直す。

「なぜ防犯が必要だと思ったのですか?」

「今回の事件に……ついては……うろなセキュリティの……重役とも……相談した……。全く見当が……つかない……。どちらも身に……覚えが……ないのだ……」

「うろなセキュリティもうろなロードケアも、無実を主張しているのですか?」

 入江の問いに、岩瀬は黙って頷いた。

 逆木は入江の横顔を盗み見る。始終鉄面皮な彼女だが、何年も付き合いのある逆木には、微妙な変化が読み取れた。

 ……若干困惑しているようだ。いくら感情のない生命体とは言え、喜怒哀楽が0というわけではないらしい。無論、感情が0になると、病気や死に対する恐怖心もなくなり、そのまま種が滅んでしまうのだから、当たり前と言えば当たり前のことである。

 逆木が黙って控えていると、入江はさらに質問を続けた。

「誰か怪しい人物はいないのですか? 窃盗団にしては奇妙なのです」

「分から……ない……ただ……」

 岩瀬はそこで言葉を濁した。入江は先を促す。

「早く言うのです。誰か怪しい人物がいるのですか?」

「分からない……ただ、我々の……スキャンダルを……求めている奴が……いる……」

 スキャンダル。予期していなかった単語に、逆木は若干身を乗り出した。立会人として公平な立場を保たねばならないが、この場の怪しげな雰囲気に呑まれてしまったのだ。

 その横で、入江はさらに言葉を継いだ。

「我々とは誰ですか? うろなロードケアですか?」

「私の会社と……うろなセキュリティと……それに……警察もだ……」

「道路管理に関わる組織、全てのスキャンダルということですか?」

 岩瀬は頷き返し、それからがくりと首を垂れた。

 逆木は慌てて腰を上げる。呼吸を確かめるため、事務机に駆け寄った。

 胸元が上下しているのを見て、逆木はとりあえず胸を撫で下ろす。

「……い、生きてるみたいですけど、これは?」

「おそらく、体力が続かなかったのです。この男は、健康状態がよくないのです」

 だとしたら不味いんじゃないのか。逆木がそう言う前に、入江は席を立った。

「あ、杏さん!?」

 逆木の呼びかけに、入江はそっと振り返る。

 名探偵にでもなったかのような鋭い眼光で、入江はこう答えた。

「大悪手かと思ったら、そうでもなかったのです。どうやら私たちは、最初から見当違いなことをしていたのです」

「見当違い……? 犯人の目星がついたってことですか?」

 入江は少年に背を向け、社長室の出口へと向かった。

 逆木がもう一度呼び止めようとしたところで、入江が言葉を返す。

「池守さんのところへ行くのです。彼なら催眠術なしでもヒントをくれるのです」

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