15.信用
食事が終わり、ティーカップに残る琥珀色の液体が、ゆらりと光を映す。リンネアは自分の指先に残る熱を感じながら、ちらりと彼を見上げた。
「私にも古文書とやらを見せていただけませんか?」
なるべく、にこやかに尋ねる。
「それは許可できない」
彼は短く答えたあと、紅茶を口に運んだ。声の調子は低く、揺らがない。
「即答しなくても」
リンネアは不満そうに、じとりと目を細める。
「王家の機密事項だ。部外者に簡単に見せられるものではない」
「てっきり未来の皇妃なら、優遇していただけるかと思ったんですけどね」
揶揄を込めて返すが、彼は表情一つ変えなかった。
「古文書には今では使われなくなった文字やかすれて読めない部分もある。不正確な情報を外部に漏らすわけにはいかないのだ」
冷たい雪解け水みたいな言葉が浴びせられる。
でも、彼の言い分もわからなくもなかった。昨日会ったばかりの素性の知れない人間に秘密を話せるかと聞かれれば、リンネアだって拒否する。現に魔女であることは口が裂けても言えない状態だ。
――それなら、私が信用に足る人物だと認めてもらえばいいのよね。
リンネアは一人で頷く。
「そうですか。無理を言って申し訳ありませんでした」
「ああ、わかればいい」
そう言ってラーシュは席を立ち、さっさと部屋を出ていった。
――なにその偉そうな態度は~!?
殊勝な態度を取れば、少しは向こうの態度も軟化するかと思ったが、思った以上に心の氷壁は分厚いらしい。
リンネアはため息をついて、冷めた紅茶を飲み干すと、自分も立ち上がって自室へと戻っていった。
「一人にしてもらえますか?」
控えていたアメリ―やジゼルにそう言って、一人きりになったのを確認してからベッドに向かう。
「フランちゃん、おはよう」
ぽつりとつぶやくと、枕もとに横になっていたフランがむくりと起き上がった。
「やれやれ、同じ姿勢は肩が凝るね~」
「千年も同じ格好してたのに?」
くすっと笑ってリンネアがベッドに腰かけると、フランはモフモフの尻尾を大きく振る。
「それに比べたら、まだましか」
小さな体でぴょこんと跳ねながら、フランは口元をほころばせた。その声には皮肉と愛嬌がまじっていた。
「千年前のことが書かれた古文書があるんですって。でも私、まだ信用されてないから読ませてもらえなくて……」
ため息混じりに言いながら、リンネアは立ち上がって窓辺へと歩み寄る。
外は薄曇りで、鈍い光がレース越しに差し込んでいた。
「あまり深く関わらせたくないのかもね」
「竜を倒すまで、名目上の皇妃にするって言われたのに? それだけでもう充分深いと思うけど」
リンネアは肩をすくめる。
「そもそも竜は、どこにいるの? 復活したらフランちゃんは消えてしまうんでしょう? こんなにのんびりしていていいの?」
「どこか辺境の谷……だったかなぁ? 前の主の力が弱まっているのは感じるけど、今すぐにどうこうという感じじゃないから安心して」
フランはフランで気楽というか、当てにしてもいいのか少し不安になる。人間とは価値観がずれている気がする。
「第一、今の主の力じゃ竜には敵わないよ」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「昨夜も話したけど、魔法を使わないと魔力は上がらないんだ。だから、毎日訓練するしかないだろうね」
「でも、魔女とか悪魔って、すごく嫌われているのよ。ずっとここにいたなら見ていたでしょ? 簡単に魔法は使えないわ」
リンネアは念のため声を低くした。
「人間は愚かだよね。聖剣だと崇めていたものが実は悪魔だなんて知らないんだからさ」
フランはくくっと笑った。
たしかに、それをラーシュが知ったらどう思うだろうか。
彼が驚いている姿は想像できない。少しは狼狽えているところも見てみたいものだ。
「周りにばれないように魔法を使うしかないかぁ」
リンネアはため息をつく。
いまのところ、そうするしかないようだ。しかもしれは同時にラーシュの信用を得ることに繋がるのではないかと思った。
困っている人間を助ければ、彼もリンネアのことを頼れる人間だと思ってくれるかもしれない。
「そうと決まれば、早速部屋の外へ行くわよ!」
リンネアはフランを抱き上げると、部屋を後にした。




