11.聖剣はここにあります
バルコニー席に入ると、大広間が一望できた。
壮大で、どこまでも続くような広さに、リンネアは目を回しそうになる。
壁一面には豪華な装飾が施され、シャンデリアが輝きを放っている。下のフロアには、華やかな衣装を身にまとった人々が集まり、ざわめきが広がっていた。
彼らの視線が一斉にこちらへ向けられ、大舞台にも窮屈な服装にも慣れていないリンネアの心臓が、早鐘のように打つ。
ラーシュの方はその視線をまるで気にすることなく、中央の席に堂々と立った。
彼の隣に並んだリンネアは、彼の腕からそっと手をはずして、ぎゅっとぬいぐるみを抱く。
――うん、やっぱりモフモフの方が安心するわ。
ラーシュが会場を見渡し静かに手を上げると、演奏とさざめきがピタリと止み、大広間は静寂に包まれた。
「皆、今日という日を迎えるにあたり、このエインヘリア帝国の繁栄に尽力してくれたことに感謝する。建国祭を祝うこの宴が、ただの祝い事に終わらず、さらなる栄光への一歩となることを望む」
彼の声は低く、冷たいほどになめらかで威厳を感じさせる。ただ響くだけではなく、その場の空気をピンと張り詰めさせる力を持っていた。
会場の人々がラーシュの一言一句を聞き逃すまいと、耳を傾けているのがわかる。
「それともう一つ報告がある。すでに耳に入れている者もいるかもしれないが、本日この地において、聖剣が抜かれた」
ラーシュの言葉に、喜ぶ者、驚く者、不安がる者、さまざまな反応が見られた。
だが、彼自身は一切の感情を表さず、鋭い目を人々に向けるだけだ。
「聖剣を抜いたのはここにいるリンネア・ライネ嬢。伝承に則り、この娘を我が妃とする」
その宣言に、会場内からは盛大な拍手が湧きおこった。
「なっ……何を勝手に……っ」
まだ了承もしていないのに勝手に話を進めないでほしい。こんなにたくさんの人間がいる前で宣言されたら、断りにくくなる。
それともラーシュはそれを見越して、先手を打ったというのだろうか。
リンネアはぐぬぬ、と唇を震わせた。
悔しがる彼女をよそに、早速、会場内は「エインヘリア帝国万歳!」などと盛り上がっている。
「聖剣を見せていただくことはできませんか?」
出席者の中の一人が、そう声を上げた。
「我々が何を目指すべきかは明確だ。この国の未来を切り開くこと、そして平和を守り続けることだ」
明らかに耳に届いているのに、ラーシュはその声を無視している。
てっきり紹介すると思ってこの場に持ってきたのに。
――ははーん。きっと、ぬいぐるみを手にするのが恥ずかしいのね。
リンネアはにやりと口角を上げる。
ラーシュが挨拶を終わらせようとしているのを見て、リンネアはバルコニーの柵を掴み、ぬいぐるみをその手すりに乗せた。
「聖剣はここにあります! これです! それと、私は皇妃になんてなりません!」
お腹の底からいっぱいに声を張り、ぬいぐるみをみんなに見えるように胸に抱いてアピールすると、会場内は逆に一気にしんと静まり返った。
「なんだあれ、公開処刑か?」
アスゲイルが、笑いをかみ殺しながら小さく呟く。
「お義姉様、おもしろい方……」
隣のユーリアは肩を揺らしている。扇で顔を隠しているけれど、笑っているようだ。
その二人を、イングリッドが視線でたしなめている。
何と言われても、こちらも本気だ。勝手に公で結婚宣言した意趣返し。
「おい。ちょっと来い」
ラーシュは突然リンネアの腕を掴み、バルコニー席の後ろの壁に引き摺るように連れていくと壁際に追い詰めた。
ここは角度的に下のフロアからは見えない。
やっぱりここで公開処刑ですか?




