第二部41話目・探索者の流儀
俺が、一流探索者パーティー灼熱火山の連中について知っていることはそれほど多くない。
アイツらは実力はあってもガラが悪いからな。
仲良くして得られるものより、仲良くしていることが知れ渡ったときのリスクのほうが大きいと判断して、今まではまともに相手にしてこなかった。
だが、そんな俺でも知っていることがひとつある。
「灼熱火山は、赤龍宝山の傘下だ。だからここまで乱暴なことができたわけだ」
中庭の錬金小屋から出た俺は、ツバサたちのいるところまで戻りがてら、後ろをついてくるユミィとリンスに簡単に説明をしている。
ちなみに、傘下というのは文字通り従属的立場になるということで、これは広義の意味の同盟になる。
俺たち完全踏破隊も数パーティーが緩い共同体として活動している形なので、広義の意味の同盟にはなるが、まぁ、そこは今は良い。
今大事なのは、灼熱火山が赤龍宝山と繋がりのあるパーティーだということだ。
「いっかくせんきん? ……あー、あそこか……」
「なにやら、欲望丸出しの名前ですね」
ユミィは納得したように頷くが、まだ探索者になって日が浅いリンスは名前を聞いてもピンとこないようだ。
「簡単に言うと、ダンジョン探索は金稼ぎの場で、お宝は力づくでも奪って手に入れた者が正義、って考え方の連中だ。本性としては盗賊や強盗団に近い」
「それでは、ならず者の集まりではないですか」
「まさしくな。探索者としての流儀を理解しているのかも怪しいし、アイツらがダンジョンの内外で起こすトラブルには、協会も頭を抱えている。はっきり言って、実力があるだけのゴミどもが集まったゴミ箱だ」
そして、そんなパーティーの傘下に入っている灼熱火山の連中も、似たり寄ったりの考え方をしているのは容易に想像できる。
「自分たちの利益のためなら悪どいことも平気でやる品性下劣な集団、という認識で問題ない。ダンジョン内どころか、こうやって街中でも平気で暴れられるんだ。考え方の根本が俺たちとは違う」
「……なるほど」
灼熱火山の連中について理解したリンスが、面白くなさそうに唇を結んだ。
「でもさ、タキ兄ぃ。そんなガラの悪い連中に、どうして研究室は狙われたの?」
「赤龍宝山やその周りの連中は、カネになるなら何でもやるからな。おそらくだが、研究室が何かカネ払いの良い依頼を出して、それを灼熱火山が恒常的に受注してたんだろう。素行は悪くても実力はあるから、貴重な錬金素材の採集依頼なんかをやってたんだ」
だが、今まではそれで上手くいっていたのが、何かしらの理由で拗れた。
だから報復的措置として研究室が襲撃された。
襲撃理由としては、おそらくそんなとこだろ。
「なにかしらって?」
「分からん。ただ、先日シオンさんとここに来たときに、灼熱火山の連中が悪態を吐きながらここから出ていくのに出くわしたからな。何か諍いがあったんだろーよ」
「……その話、フランベルから詳しく聞き出しとかなくていいの?」
「いい。今のフランベルさんから無理に聞き出してまで、今すぐ知りたい話じゃあない。それに、手前の話がどうあれ……」
俺は、傷付いたシオンさんやフランベルさんの姿を思い返し、重ね重ねハラワタが煮え繰り返りそうな怒りを覚えた。
「アイツらは、やっちゃならないことをした」
一つ。街中で破壊活動を行い街の治安を著しく乱した。
二つ。身勝手な動機による暴力的犯罪行為で、探索者全体の評判を害した。
三つ。一流相当探索者パーティーのメンバー及びその拠点を襲撃し、優秀探索者の保護を行う探索者協会の看板に泥を塗った。
そしてなにより。
「俺たちのシオンさんに手を出しておいて、タダで済ますわけにはいかねぇ……。やられた分は100倍返しだ! 絶対に許さん!!」
そんなこんなと言っている間にツバサたちと合流した俺は、弟子たちをゾロゾロと引き連れて探索者協会に出向いた。
そして窓口のエリーゼさんに、研究室の襲撃犯が灼熱火山の連中であることを伝えた。
エリーゼさんは、はぁーー、と重いため息を吐いた。
「やっぱりそうなのね……」
「やっぱり、ということは、協会側でも把握していたということですか」
「まぁ、フランベルちゃんからも相談はあったし、他にも何件かタレコミがあったのよね。灼熱火山の連中……、特にリーダーのギャックボが、酒の席で研究室のことを悪し様に罵りながらアイツら全員ブッ潰してやるって息巻いてたって」
「そこまで把握してたんですね」
であるにも関わらず、こうして実際に襲撃事件が起こるまでギャックボに注意指導すらできなかったと。
本来であれば、探索者間の裁定は協会の仕事だし、その方法は主に闘技場での決闘だ。
街中での襲撃事件なんて普通は看過しないし、一流相当以上同士がケンカすれば被害もデカくなるから、予兆段階でも見過ごしたりしないはずだ。
それでもこうして現に襲撃事件が発生したということは。
「赤龍宝山から何か言われているんですか? それとも、向こうからのアクションはなくても気を遣って忖度したってことですか?」
「……セリー君、そのね……」
「いや、責めてるわけではないです。俺も半協会員ですし、協会側の事情というものもある程度知っていますから」
ただ、協会としてのスタンスが知りたいだけです。
「ぶっちゃけた話、協会は、この件に関してどこまで動けるんですか?」
「…………」
エリーゼさんは、静かに顔を伏せた。
悔しさをにじませて、けど何も言うことはできないとばかりに。
「……分かりました」
つまり、協会としては、表立っては動けないってことか。
……まぁ、しゃーないか。
「それならひとつだけお願いがあります。俺は今から個人的な用事で赤龍宝山のハウスを訪問しますが、そのことを赤龍宝山の連中には伝えないでください」
「……それは」
「今から30分ばかし、急用を思い出して席を外してください。そしてその間はうっかり連絡を忘れてください。あとのことは俺がやります」
「…………」
エリーゼさんは頷かなかったし返事もしなかったが、おもむろに席を立つとどこかに行ってしまった。
どうやら急用を思い出したようだ。
よし、それなら行くか。
俺が弟子たちを連れて協会を離れると、ツバサが不思議そうに訊ねてきた。
「なんで、すぐにプロミネンスのところに行かないの?」
「行ってるんだよ。これが最短ルートだ」
「……??」
「順番に説明する。まず、今、灼熱火山のハウスに行っても、おそらく誰もいない。研究室から攫ってきたレミリオンさんたちを連れているからな。人目につくところにはいないだろうって話だ」
「それはまぁ、うん」
「てことは、おそらくダンジョン内にいるんだろうが、ダンジョン内でギャックボたちを追いかけるには、赤龍宝山に話を通しておかないといけない」
「……なんで?」
「理由は、灼熱火山が赤龍宝山の傘下、同盟団体だからだ。同盟は、他の同盟団体が危険なときは助け合うものだ。たとえそれが明確な犯罪行為を犯した者でも、まずは庇う」
「……つまり、シオンさんの敵討ちの邪魔をされるってこと?」
「そういうことだ」
そして、その邪魔をされるってのが問題だ。
これが、普通の探索者パーティーなら問題ないし、銀ダン金ダンが主戦場のパーティーでも、まぁ問題ないんだが、
「赤龍宝山は、金ダンクリア済みのパーティーだ。つまり、虹ダンに挑める連中ってことだ」
ただまぁ、そうは言っても、全員が全員虹ダンに挑めるかって言ったら答えはノーだ。
パーメンのほとんどは、金ダン中層ぐらいまでの実力帯だって言われている。
だから、一番の問題は。
「現役最高峰探索者の一人、暴れ竜のスペードさん。赤龍宝山は、彼が所属していたパーティーで、現在も協力関係にあるらしいんだ」
つまり、赤龍宝山に邪魔されないように、うまく話をつけておかないと、
最悪の場合は、……四闘神の皆さんと同じくらい強い、伝説的な存在が敵に回る可能性がある、……ってことだ。




