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第二部38話目・現実を握り締めることで


 超人、グッド=ジョーさん。

 彼にまつわる驚くべき話は枚挙にいとまがない。


 曰く、片手で牛3頭を持ち上げられるとか。


 曰く、1日に300キロメートルを走り抜けることができるとか。


 曰く、丸3日間程度なら不眠不休の飲まず食わずで活動できるとか。


 曰く、半時間程度なら水中を自在に泳ぐことができるとか。


 他にも色々あるが、そのどれもが彼の人間離れした身体能力についてのものだ。


 そしてなによりすごいのが。

 この人、なんと金ダンを()()()攻略しているというのだ。


 俺も、はじめてその話を聞いたときはあまりにも眉唾な話だな、と思って話半分に聞いていたものだが。


 こうして実際に向き合ってみると、その存在感の重厚さを肌でヒシヒシと感じる。


 もし生身同士で向き合ったら、呼吸することもままならなくなるんじゃないかって思えるくらい、ヤバい。


 これはマジで、銀ダン金ダンを生身で踏破してても不思議じゃないな。

 それぐらい、異次元の存在感がある。


「おいおい、そんなに熱い視線を向けられたら照れちまうって」


 おっと、マズい。

 あまりに警戒心を出しすぎてしまっていた。


 せっかく向こうが友好的に振る舞ってくれているのに、敵対することにでもなったら藪蛇だな。


 ひとまず最大限の社交辞令モードでいこう。


「……いえ、あまりにも有名な方にお会いできた喜びで、つい見つめてしまいました。失礼しました」


「ははは、嘘くせー。じゃあ、(オラ)のサインいるか?」


「はい。ぜひぜひ」


 俺がペンとサイン色紙をスッと取り出すと、ジョーさんは意表を突かれたようになって、それからゲラゲラと笑う。


「ははははは、なるほどな。ヨイチのやつに頼まれたときはどんなイケ好かねーヤロウかと思ってたが、……なかなかどうして、しっかりしてるじゃねーか」


 ふむ。

 よく分からんが、好感触のようだ。

 それならジョーさんの機嫌が良いうちに、気になることを聞いておこう。


「それで、俺を鍛えにきた、というふうに聞こえたのですが」


「ああ、そうそう。ヨイチのやつがな、オメーさんのことを鍛えてやってくれって言うんだよ。俺も虹ダンで鍛えるのに忙しいから最初は断ろうと思ったんだけどよー。ムサシの件もあるからって言うから、それならしゃーねーかってなってなー」


 ……ふむ。

 やはり、ヨイチさんが何かしら動いてくれたらしい。


 それに、ムサシさんの件もってことは……。


「詳しくは聞きませんが……。ジョーさんは、ムサシさんの居場所をご存知なのですか?」


「ん? ああ、もちろん。1人で()()()に来て、それからずっと俺と手合わせしてたからな。いやー、やっぱアイツぐらいの手練れと好きなだけヤれるのはサイコーだよ。しかもダンジョン内なら、外よりも強えぇしな。自分がより鋭く磨かれていくのが実感できるね」


 ムサシさん、いくら孫娘に会いたくないからって、1人で人外魔境の虹ダンに飛び込んでたのか……。


 そりゃあ、いくら探しても見つからないわけだよ。

 あそこに入れる人間からして、数えるくらいの人数しかいないんだからな。


「セリウス様ー! 魚人どもを蹴散らしましたわー! ……おや? そちらの御方は、どこのどなた様ですのー!?」


 と、そうこうしていると、ポンコツ娘のバカデカい声が聞こえてきた。


 少し話し込んでいる間に魚人どもを掃討したようで、ぶんぶんと棍棒を振り回しながらこちらに向かって駆け寄ってきた。


「見慣れない方ですね」


「……いや、というか、その御仁……」


 リンスもスタスタとやってきて、唯一力量差を感じ取れるであろうムミョウが、緊張した様子でそのあとに続く。


 俺は、仮弟子たちが無礼を働かないように先んじて紹介をすることにした。


「この人は、俺らの大先輩のグッド=ジョーさんだ! とてもすごい人だから、失礼のないように! あと、用事があるのは俺に対してだ! 用があったらあらためて呼ぶから、お前たちは引き続き魚人狩りをしてろ!」


 そう言って仮弟子どもを追い返すと、俺はさっさと本題に戻ることにした。


「俺を鍛えてくれるというのは、具体的に、どういったことになりますか?」


「技術の話だ。オメーさん、幻想力が少ないんだってな」


「……まぁ、はい。他の一流以上の方たちと比べれば、だいぶ少ないという自覚はあります」


 実際は、PP消費1/10のフルマピスキルがあるから、そこまでPP量で困ってるわけではないけどな。


「そうか。それならそんなオメーさんには、特別に()()の技術を教えてやる」


「……絞り?」


「そうだ。今のところ、これができるやつは俺とブロトーンぐらいのもんだ。ヨイチたちやスペードにも教えてみたが、……うまくいかなかったんだよなぁー」


 は……?


 それってつまり、伝説級の人たちでもほとんど使いこなせないような超高等技術ってことか……?


 そんなの、俺に使えるのか……??


「まずは確認だが、オメーは練氣を知ってるか? 知ってるなら、氣と幻想力の関係はどうだ?」


「練氣は知ってます。俺は使えませんが。それと幻想体のレーダーに映るので、氣と幻想力は同一のものだと思っています」


「オーケーだ。それなら氣というものについてもう少し説明するが、そもそも氣は、誰もが自然に生み出している力だ。それをより多く練り上げるのが練氣で、練氣を纏うことで肉体を強くすることができる」


 そのあたりはまぁ、体感的に分かるな。


「そして氣は、万物に宿っている。そこらへんの岩や木、大地や空気にも僅かに宿っているし、生きた人間なら多寡の差はあれど、誰しも皆、氣を纏っている。普段はそれは、空気中の僅かな氣と釣り合う形で肌を覆っているが、例えばダンジョン内だと、空気中の氣の量が多いから、普通のやつが生身でいると、外の氣に侵蝕されて精神を削られる」


 ああ、なるほど。

 それがダンジョン内で感じるプレッシャーってわけか。


「練氣で纏う氣を厚くしておくと上の級のダンジョンでも大丈夫になるのも、そういうことなんですね」


「そうだ。周囲の氣より強い氣で体を覆うから、ヘッチャラになれる。それか、俺みたいにずっと生身でいると、侵蝕に対して同じ力で押し返せるようになるから、それでもヘッチャラになれる」


 そこまで説明したジョーさんは、おもむろに右拳を握った。


「それを踏まえたうえで、絞りだ。絞りは、無意識で垂れ流している氣の量を、文字通り()()。つまり、意識的に減らすってことだ。そうするとどうなるかは、俺の右手を見てれば分かる」


「…………うおっ」


 ジョーさんの拳を見ていた俺は、驚きのあまり思わず声を漏らしてしまった。


 ()()


 いや、周囲の明るさは変わっていないはずなのに、右拳の周りだけが闇夜のように暗く見える。


 それになにより、ジョーさんの肉体から感じていた存在感とはまた別の、異質さに覆われているようにも見える。


 これは、いったい……?


「氣、……探索者の言葉で言うと幻想力か。無意識に漏れてる幻想力を絞って薄くしていくと、ある一定のラインを割り込んだところで、()()()()()()()()()。薄くなりすぎた幻想力が、周囲の幻想力を引き込んで()()()()()んだ」


 ジョーさんが、手近な木に右拳を向けて、そっと押し当てる。

 そうして、ゆっくりと拳を突き出していくと、


 ミシミシミシミシミシミシ……!

 ……ズズーーン!


 まるで薄紙を裂くみたいに木の幹に拳がめり込んでいき、幹の半ばを抉り取られた木が、大きな音を立てて倒れた。


「オメーの装備品の盾とか防具とかで、一番硬いやつを出してみろ」


 俺は、言われるがままに塀盾(フェンスシールド)を地面から生やした。


 ジョーさんが塀盾の縁を掴んで握る。

 手を離すと、握った手の形に塀盾が削れて歪んでいた。


 マジか……。


「絞られた薄い幻想力は、周囲の幻想力を乱す。それは、練氣で厚くした幻想力よりも激しく作用する。そしてここからが本題なんだが……、ダンジョン内にあるものは、()()()()()()()()()()()


 そこまで言って、ジョーさんはニヤリと笑った。


「名付けて、幻想砕きだ。……さぁ、やってみな」


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