第二部30話目・仮弟子たちに初心者講習をレクチャーする
さて。正式にパーティー登録をした仮弟子どもに、俺はかねてからどうしても言っておきたかったことを伝えることにした。
「お前らに言っておくが。初心者講習制度は2年ほど前に俺が口出しして、それまでのものから大幅に改良されている」
講習の講座内容を新しくしたのも俺だし、実地探索研修のカリキュラムを作ったのも俺だ。
今現在、指導員として活動している探索者たちに指導の仕方を指導したのも俺だし、実際に講習をしてみて問題点があれば、それを改善するのも俺の仕事だ。
「つまり、お前ら初心者どもに本当に必要なことを厳選してまとめ直した俺からすれば、今の初心者講習は、探索者としての俺の、血と汗と涙の結晶ってわけだ」
ムミョウ、お前ならなんとなく分かるだろ。
自分の長年の研鑽の成果を、誰にでも分かる形でまとめて、誰もが活用できる形で置いておくことの意味が。
「……タキオン殿。正気でござるか? 己の弟子でもない者たちにまで、つまびらかに何もかも開示するなど……」
「もちろん、本当にヤバいことまでは教えてないがな」
ストックの隠し機能とかは新人たちには教えていないし、白黒以外のフルマピスキルは、カネを払った連中にしか教えていない。
それでも、これさえ知っていれば死ななくて済むみたいな情報は、もれなく全て開示して公開している。
だから、初心者講習さえきちんと受ければ、この街で困らずに済むようにしてあるんだ。
事実として講座内容を一新してから、新人探索者の受傷事故件数は大幅に減少した。
どんなクソボケでも、きちんと講習を受けてれば、うっかり死ぬようなミスはしなくなるってことだな。
「てことは、だ。この講座を受けずにダンジョンに潜るなんて探索者舐めてるみたいなもんだ」
だから本当は、そこのポンコツとかチンチクリンみたいに、足りない頭と乏しい知識で自分には必要ないとか判断するヘボにこそ、この講習は受けてもらわなきゃならないわけだよ。
「理解るか、リンス」
「セリー様が、そこのお二人に並々ならぬ怒りを覚えているというのは理解りました」
「何故ですの!?」
ラナが、心底驚いたようなリアクションをした。
俺は、その態度にこそカチンときた。
……何故、だと?
「たりめーだろーが! ボケ! こちとらテメーらみてーなスカタンどもが死なねーように一生懸命頭使って制度を改良したんだぞ! それを使わずに猪突猛進で突っ込んで死にかけてるよーな奴に、怒りを覚えねーほど俺は呑気してねーんだよ!!」
テメーもだぞ、ムミョウ!
「せ、拙者は別に講習を受けずにダンジョンに入ったわけではござらんが!?」
「勧められたときに断ってる時点で同罪だろーが! お前、俺らに会わなかったらそのうちそのポンコツと同じように脱出装置も持たずにダンジョン入りしてただろーよ!!」
そんでどっかでトラップギミックにハマって死にかけてたに決まったんだろーが!!
「お前らみたいなボケなんて、俺はこの街で腐るほど見てきたんだぞ! お前らみたいなダンジョン舐めたガキの結末なんて火を見るより明らかだっつーの!」
分かったか、ボケどもが!!
「いいかお前ら。俺は、お前らのために全力を尽くして指導する。お前らが少しでも早く、少しでも強くなれるように、やれることは全部やってやるよ!」
「せ、セリウス様……!」
「だがそれも、お前らがきちんと俺の言うことを聞く、というのが大前提の話だ!」
俺の指示に従わなかったり勝手な行動をされたりするとだな、こっちはただでさえ目一杯やってるところを、さらに余計な手間と時間をかけなきゃいけなくなるんだよ!
そんなの、俺はごめんだからな!!
「いいか! 俺の教えを受けるなら、俺の指示には必ず従え! 泣き言は許さんし、途中で嫌になって投げ出すことも許さん!」
俺が言うことは、きちんと聞いて理解しろ!
分からなければ、必ず俺に聞き直せ!
そして言われたことは言われたとおりに必ずやれ!!
「分かったら、返事をしろ!」
「はいですわ!」
「了解にござる!」
「なるほど。さー、いえっさー!」
「よし! それならまずは、白ダンに向かうぞ!」
ラナはともかく、ムミョウとリンスには初歩の初歩から教えていかなくちゃならないからな!
◇◇◇
てことで俺たちは、白ダン入りした。
まずは基礎的な幻想体の仕組み、動き、歩き方からだ。
「おら、お前ら。まずはいつも通りに歩いてみろ」
ということで白ダン内を歩かせてみる。
すると、すでに姉貴たちにシゴかれているラナはもとより、ムミョウもリンスも歩き方にほとんど無駄がなかった。
ほう……。
悪くないな。
「ムミョウはまぁ、武芸の練度から考えたら不思議はないが。リンスも意外とやるな」
「はい。私も淑女として最低限の教育は受けていますので。足音がするような足運びはしていないです」
なるほどな。
体の使い方の基礎はできてるってことか。
「それなら次だ。ラナはいつものように武器と防具を具現化して装備。ムミョウとリンスには、今から必要な装備品を渡すから、実際に使ってみろ」
まず、マップやレーダー、通信装置や緊急脱出装置といった探索用装備品を2人に渡して装備させ、通信装置の周波数をそれぞれ登録させる。
周波数を登録してないと、初期設定されている協会等の代表施設以外と通信できないからな。
それからムミョウには中刃と短刃と胸革鎧。
リンスには軽機関銃と自在盾と塀盾を渡して装備させた。
「ムミョウ。ブレードの使い心地はどうだ?」
「ふぅむ……。可もなく不可もなく、といった具合でござるな。いかにも数打ちの刀ではあれど、ナマクラではござらん」
まぁ、ショップとか中央市場で売ってるやつは、ドロップ品と違って一定品質だからな。
そこそこの品質のものがそこそこの値段で売ってるから探索初心者にはうってつけだ。
「個人的には、もう少し業物がほしいでござるが……、致し方ないか。ちなみに、拙者が腰に吊っていた二振りは、ここでは使えないのでござるか?」
ムミョウは、装備品のブレードのみ差さっている自らの腰元を見た。
生身で持ち歩いていた細剣は白ダン入り前に俺が預かっているので、幻想体になっていない。
「基本的には、使えないな」
装備品ではない武器や防具は幻想体に換装した際に幻想体の飾り扱いになるので、戦闘には使えない。
俺はこれを、武器としての威力や防具としての耐久力などの数値が設定されていないからだ、と考えている。
「基本的に、ということは、使えるようにもできると?」
「可能か不可能かでいえば、一応可能だ」
幻想生成物には見える数値と見えない数値がそれぞれ設定されているのだが、武器防具として必要な数値が設定されているものは、武器防具として扱える。
そして、実物の武器防具を装備品扱いしたいなら、協会で「装備品化登録」をして必要な数値を設定すればいいわけだ。
ただ、それにはカネがかかるし、なにより、
「そうして持ち込んだ武器は、装備コストがかさむんだ」
「コスト?」
「装備品には、装備時に幻想体の装備品枠をいくつ使用するかという数字が定められていて、それを装備コストと呼ぶ」
装備コストの上限は20枠だから、探索者はこの中で装備品をやりくりするわけだな。
「例えばムミョウの中刃は2、短刃は1、胸革鎧も1だから、マップとかも含めて今渡した装備品のコストを合計すると12になる。リンスも機関銃が2で自在盾と塀盾がそれぞれ3だから、マップとかと合わせると16だ」
つまり、2人ともコストにはあまり余裕がないってことだな。
「実際の探索だと、他にも必要に応じて追加の装備品を装備したりするし、今後も探索者を続けていくと色々装備を追加したくなったりする。そのたびに、武器の威力や種類と、防御力の高さや耐久力と、探索中の便利さや安全さのどれを取るかの検討しなくちゃならん」
つまり探索とは、常に装備コストとの戦いでもあるわけだ。
「さて、そんなムミョウがもし仮に実物の武器を装備品として登録したとする。本来は設定されていない数値を追加設定したということで、コストがプラス1されたものが出来上がる」
長いほうの細剣は3、短いほうの細剣は2、って感じにな。
本来なら性能や大きさからある程度定まっているコスト帯にプラス1されたコスト値が設定されるわけだ。
「ハッキリ言うが、このプラス1されたコストってのは恐ろしく重い。武器一つにつきプラス1なら、二刀流のお前は装備品枠を余分に2枠失うわけだ」
2枠あれば、他にもう一種類武器を持つことも可能だからな。
「よほどの名剣で、店売りの剣の3倍は良い物だってのなら一考の余地はあるが、そうじゃないなら普通に店売りの量産品を使ったほうがマシだ」
そしてもっと言うなら、量産品でも問題なく戦えるくらいの技量さえ身につければ良い話でもある。
「ちなみに言っておくが、あのムサシさんだって、使ってるのお前と同じ中刃と短刃だぞ」
「なんと! そうなのでござるか!」
「ああ。だから、お前の最終的な目的を考えれば、お前はその無銘の二振りをきちんと使いこなせるようになれ」
そのために必要なことは、俺が教えてやる。
「分かったでござる! よーし!」
と、やる気が出てきた様子のムミョウがヒュンヒュンとブレードを振り回す。
「セリー様」
おっと、今度はリンスか。
どうした?
「この、きかんじゅう? というものは、何をどうすればいいのでしょうか……?」
リンスは、小さめサイズの軽機関銃の使い方(というか、銃そのものの使い方)が全く分からない様子で、銃把と銃身を握ったまま銃口をのぞき込み……、
って、ヤベェ!?
俺がバッと手を伸ばして銃口を逸らしたのと、リンスの指が引き金に掛かったのは同時だった。
上空に向かってタタタタタタタン!
と光弾が連続発射され、リンスの前髪の先を焦がす。
「…………」
あやうく死にかけたリンスは、無表情のまま目をパチクリさせた。
「……なんと。驚きです」
いや、こっちのセリフだよ!?




