第二部23話目・ムサシの孫娘、ムミョウ・シンメン
応接室で座って待っていると、お茶とともに先ほど渡したまんじゅうがお茶請けとして出てきた。
「あ、とっても美味しい!」
まんじゅうを一口食べたツバサが嬉しそうにニコニコする。
それからお茶をずずーっとすすり、もったいなさそうに小さな口で少しずつ食べる。
美味しいもんな。
それに小さいから、パクパク食べたらすぐになくなっちまうもんな。
そうしていると、困った様子のヨイチさんがやってきて、ソファに腰を下ろした。
「さて、ター坊。わざわざ来てもらったのに、騒がせてすまんかったな」
「いえ、大丈夫です」
「もう一つ謝らないとならんことがある。……ムサシのやつが、行方をくらませてる。だから帰ってくるまでは、お前たちのパーティーと一緒に潜ることができん」
……ムサシさんが?
……てことは、つまり。
「そうだ。さっき、ハウスの前で騒いでたチビっこいの。あれ、ムサシの孫娘でムミョウっていうんだけどよ。どうにもムサシのやつ、ムミョウのことが苦手でなぁ」
なるほど。
あの子がいるから、帰ってこないんですね。
「つまり、あの子をどうにかすればムサシさんも帰ってきて、俺たちは四闘神の皆さんと一緒に銀ダン潜りができるようになる、と」
それなら仕方ないですね。
「詳しい事情もよく分かりませんが、なんとかします」
「かはは。やっぱりお前は話が早くていいぜ。……すまんが、頼んだ」
ということで、ムミョウとかいうチンチクリンを、なんとかしなきゃならなくなった。
しょーがねーなー。
まぁ、なんとかなるだろ。
視野の狭そうなガキをあしらうのなんて、いくらでもやりようはあるからな。
俺は、応接室を出て歩きながら考える。
「とりあえず、ユミィでも投げてぶつけてみるか?」
チンチクリンとチンチクリンがぶつかったら、お互いに弾けて消滅するかもしれないもんな。
あっちとこっちのうるさいのが同時に消えたら一石二鳥だ。
「おい、クソボンクラ。舐めたこと言ってくれるじゃないか。それにボクはもうチンチクリンじゃないだろ」
「多少はマシになったとは思うがな。そういうセリフは他のパーメンを見てから言え」
ツバサもモコウもメイベルも、お前より背が高くて肉体にちゃんと起伏があるだろうが。
相対的にみたら、お前が一番チンチクリンなんだよ。
「このクソがよー!!」
怒ってぎゃいぎゃい喚くユミィを無視していると、ツバサが俺の袖を引いてくる。
「それよりタッキー、たったあれだけの説明で、よくこの話を受ける気になったよね」
「確かにヨー。ター師父、秒で即決だたネ」
「まぁ、ヨイチさんほどの漢に頭を下げられたら、な」
お前らは知らんかもしれんが、あの人たちに弟子入りしたいとか子分になりたいとかって連中はこの街に大勢いるし、虹ダンに現役で潜ってるってことは、探索者協会だって下にも置かない扱いをしている。
あの人たちはこの街の探索者たちの中でなら、王のように振舞ったって許されるだけの強さと立場があるんだ。
だが、あの人たちは立場というものに全く興味がない。
いや、実際はあるのかもしれないが、それを振りかざしたりするよりも、己の強さを磨くことに専念している。
そして弟子はとらないが、弟子じゃなくても気が向けば稽古をつけてくれたりするし、きちんとお願いすれば探索指導をしてくれたりする。
他の伝説級の人たちとかが下の者にする態度を考えれば、あの人たちはマジで気さくで、寛大で、人情味にあふれている。
かくいう俺たちだって、あの人たちからすれば何の益もない銀ダン潜りにわざわざ付き合ってくれるんだ。
困りごとぐらい、ささっと解決してやりたいじゃないか。
「なるほどねー」
「だが、セリウス。実際問題どうするつもりなんだ?」
「とりあえず、話を聞くところからだな」
俺は、弟子たちとともに四闘神のハウスを出る。
そのついでに幻想体になってレーダーを見てみると、案の定、近くの建物の陰に潜んで俺たちが出てくるのを待っているおかっぱ頭のチビを見つけた。
コイツ、やっぱモコウと同じぐらいの手練れだな。
生身のままで幻想力を練って、肉体に纏わせている。
いや、つい先日モコウも基礎的なところを習得したばかり(コン師範も使っていたことを教えたら、何かを理解したようだった)なんだが、
練氣ってのは、ある程度の武芸の練度と器用さがあれば、意外とすぐに使えるようになるらしい(俺は使えないけどな)。
俺は、弟子たちを手で制してからズンズンと歩き、ムミョウとかいうチンチクリンが隠れている場所に近づく。
「おい、ムミョウ! 俺たちに話があるんだろ! 話を聞いてやるから、その物騒なものから手を離せ!」
そして少し距離をおいて大声で呼びかけると、渋々といった様子でおかっぱ頭のチビ、ムミョウとかいう少女が姿を見せた。
「……なぜ、拙者の名前を? それになぜ、ここにいると分かったでござるか?」
俺は、あからさまにため息をついてみせた。
「お前、そんなことを聞きたくて俺たちが出てくるのを待ってたわけじゃないんだろ?」
「…………」
「まぁいい。それも知りたいなら答えてやる。だからちょっと、ツラ貸せよ」
ということで俺は、弟子たちとムミョウを連れて喫茶店に入った。
一旦弟子たちは別のテーブルに座らせて、俺とムミョウが一対一で対面に座る。
俺がコーヒー、ムミョウが抹茶を頼んだ。
まずは自己紹介からしてみることにする。
「俺はセリウス・タキオン。このアカシアの街の探索者だ。お前は、ムサシさんの孫娘のムミョウだな。ヨイチさんから聞いたが、ムサシさんに会いに来たのか?」
ムミョウがコクリと頷く。
「お前、歳は?」
「……十六でござるが、女子にいきなり年齢を訊ねるとは、なかなか無礼ではござらんか?」
「探索者になれるかどうかの確認だ。別に他意はねーよ」
歳のわりにチビでちんちくりんだな、とは思ったけどな。
16歳でこのナリってことは、初めて会った時のユミィぐらいの貧相さだ。
哀れすぎて涙が出そうになる。
「……ほんとにござるかぁ?」
「ほんとだっての。それより、先にお前が気になってるだろうことを言っとく。俺たちはさっきも言ったとおり探索者だ。ヨイチさんたちのところに行ってたのは、探索者としての指導を受けるためだ」
別に弟子になったとかじゃなくて、短期指導の依頼を出してそれをヨイチさんが受けてくれた形だ。
きちんと報酬を出すし、礼も尽くす。
「……そうでござるか」
「ああ。それで今日は、四闘神の4人と一緒に銀ダン潜りをする予定だった。……が、ムサシさんはしばらく不在だそうだ。だから合同探索も、ムサシさんが帰ってくるまで延期になりそうでな」
「……」
「俺たちは、さっさとムサシさんに帰ってきてもらいたいと思っている」
俺の言葉に、ムミョウが剣呑な雰囲気を出した。
「それで、拙者をこの街から追い出そうとしているわけでござるか?」
腰から外してテーブルに立てかけている細剣に、すっと手が伸びるムミョウ。
おいおい。
せっかちなやつだな。
「バカ。ちげーよ。それならこんな風にわざわざ話し合いなんてしないだろ」
追い出すんなら、こっそり闇討ちしたり騙してハメたりすればいいだけだからな。
「お前、見た感じそれなりにデキそうだし、諦めも悪そうだ。力づくで帰らせようとしても面倒臭そうだから、こうして話をしてんだよ」
「まぁ、拙者がデキる女なのは事実でござるが」
……コイツ、なかなか厚かましいな。
実力と、それに伴う自信があるタイプか。
それと、見た感じはムサシさんと同じ二刀流の剣士。
武芸の練度は今のモコウと同程度で、練氣も使えるとなれば……、
「……単刀直入に聞くが、お前がムサシさんに会いに来た理由はなんだ」
わざわざおじいちゃんの顔を見に来ただけ、ってわけじゃあないんだろ。
「……それを聞いて、どうするでござるか」
「決まってるだろ。調整するんだよ」
「……調整?」
ああ。
お前が会いたい理由から、ムサシさんがお前に会いたくない理由を考える。
そんで、会いたくない理由や事情を解決できれば、それで話は済むだろ。
「ムサシさんが、お前と会っても良いと思えるようになれば、お前がこのへんをウロチョロしててもムサシさんは帰ってくる」
そうすれば、俺たちは四闘神の皆さんと、何の問題もなく銀ダン探索ができるわけだ。
「だから、言えって言ってるんだ。お前の理由をな」
それが分からなければ、解決可能か考えることもできないからな。
もっとも、それが到底実現不可能な内容ってことなら、解決に拘るつもりもない。
解決できなくても折り合いをつけるって選択肢もあるし、折り合いがつかなくても、どこまでなら我慢できる話なのかってところでもある。
お前をこの街から追い出すってのは最終手段でいいし、それは別に、とらなくて済むならそれに越したことは手段だ。
実力のある奴は、この街に何人いてもいいんだからな。
「……理由、でござるか」
ムミョウは少しだけ考え込み、それから静かに話し始めた。
今年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。




