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山田君は厨二病です


 私の隣の席には山田亮という男の子がいる。

 いつから隣の席だったかはわからないけど、いつの間にか窓際の最後尾の席に山田君は座っていた。

 それも足を組んで机にふんぞり返ってさえいる山田君は私には理解できない人だった。


「……であるからして、この関ヶ原の戦いで……」


 歴史の授業は私も特に眠くなってしまう授業だ。

 どうも歴史の先生の声がいい感じに睡眠を助長しているのだ。

 でも、そんな授業中も山田君はいつものような険悪な表情をして窓のほうを眺めていた。


「今日の風は騒がしいな」


 いつもどこか遠くを見ていた山田君はよくそんなことを口にする。

 私はそんな声に毎回、今日もか、と心の中で呆れ気味につぶやくのが日課だ。

 今日で連続十日目である。


「!?このざわめきは……!!?まさか、現れたというのか……!?」


 山田君はよくそんなことを言って、しかも今度は声を高らかに挙げてしまうものだから、歴史の関先生が眉間にしわを寄せている。

 私はそんな様子に、またか……と思いをはせていた。


「こらぁぁぁぁ!!山田ぁぁぁぁ!!またお前かぁぁl!!!」


「ん?この声は俺を呼んでいるというのか…!?くそっ。今すぐにでも向かいに行かなければ……!?」


「!?またお前は勝手に授業を抜け出すつもりかぁ!?今日という今日は許さないぞ!?」


「待っていろ、今向かう!」


 授業中に堂々と教室のドアを開け、関先生の決死の叫びに見向きもしないまま山田君は走り去ってしまった。

 関先生はそんな様子に、またか……という言葉を漏らし、まるで何事もなかったかように授業を進める。

 いつもの光景だ。


 山田君はいつもこういうセリフを連ねては颯爽ととかけていってしまうものだから、クラスのみんなにとってもう日常として認識していた。

 かくいう私もその例にもれず、あぁ今日もやってるな、と思って眠気が覚めてしまった眼で再開された授業を受ける。



 ただ、今日は厄日だ。

 授業中に抜け出してしまった山田君の提出用のプリントを私が隣の席だからという理由で回収を任されてしまった。

 山田君の荷物がまだ残っていることからも、この教室にかえってくることは容易に考えられた。

 だから私はなぜか山田君の帰りをこのぽつりとした教室で待たなければならなくなったのだ。

 こんなの厄日としか言いようもない。


「くっ、今日の敵は厄介だった……。俺の左手が通用しないとはな」


 夕焼けの光が差し込んでくる時間。

 この教室にやっと戻ってきたと思われる山田君は、周りに私以外の人がいないにもかかわらず、そんなことを言ってやってくる。


「もっと最適化しなくてはならないな。これでは脅威に対応できん」


 山田君はその左手を右手で抑えるようにしながら言っていた。

 この場に私しかいないのに、なぜそんなことをしているのだろう。

 そう思わずにはいられなかった。


「……ねぇ山田君。今日提出のプリント、出してくれる?」

「いや、やはり封印を解くしかないというのか……」

「山田君?」

「それでは本末転倒だ……。やはり」

「おーーい」


 私が山田君の目の前で手を振ってようやく私の存在に気づいたようだった。


「……!?何者だ!?」

「いや、隣の席の鈴木だけど。歴史のプリント、きょう提出なんだって」

「なんだ、そんなことか。ほら教諭へと渡しておくといい」

「う、うん。じゃあ、ありがとね山田君」


 多分私がこの時こう言ってしまったことが全ての元凶なのだと思う。

 あぁなんで私は山田君のことを無視していけなかったのかと後悔しても遅いのだ。


「おい、待て」

「ん?」

「俺のことを山田と、そう呼んだのか……?」

「え、」


 この時ようやく私は思い出していた。

 山田君には真名があって、それを組織に知られてはいけないから、それに繋がりかねない名前を呼ばれるのを嫌っていると言うことに。

 そもそも呼ばれることも先生方からしかないのだから、私が忘れてしまっていても仕方ない。

 あぁそうだ。

 仕方ないのだ。


「いいか?俺の名は黄昏。闇夜にも、世界の根元にも程遠い、半生の化身、黄昏だ。今一度覚えておけっ!」


 山田君はどこか越に浸った様子で、額にその右手を何が思わし気につけていた。

 いわゆる厨二ポーズだ。

 私はその様子に苦笑いを返すしかない。

 私にはその感性を理解できないし、したくもないし。


「あ、はい。うん、わかったよ。……じゃあ、また明日ね」

「さて、本当に明日とやらはやってくると言えるのだろうか。今日この瞬間大いなる意思はその決定を不完全となしているのに」

「ん?」

「我々は神の掌で転がされているに過ぎないと言うことさ。俺の命も世界の命運も、一人のメシアにその権を握ることさえついぞ叶わない。そんな世界だ。俺の左手に宿る理の能力も、大いなる意思にとってただの不純物に過ぎないのさ……」

「ーーは?」

「フッ、すまなかった。少し存在領域を広げ過ぎた。無用なカタルシスさえこの世界は飽和しているからな。これもその一環だと思えばいい」

「ーーはぁ?」


 どうしても声に出てしまう。

 山田君の一言一言が勘に触る。

 なんだか言いようもない不快感を山田君から感じてしまうのだ。

 どこか本能的に避けてしまっているようなそんな感情だ。


 そしてこんな二人っきりの状況でありながらもその設定を貫き通すその精神力がまさに厨二病の恐ろしさを物語っている。

 おそろしい。


「はぁ、ではさようなら」

「せいぜい永遠を思って生きるといい」

「さようなら!!」


 私は未だにぐちぐちと喋っていた山田君を背に、強引に教室の扉を閉めて職員室に行った。

 本来の目的でもある、プリントを渡すためでもある。




 ただこの時の私はまだ幸せなんだったと思う。

 この異常者の隣という席がいかにおそろしいものなのかということを知らなかったのだから。

 あの時、間髪入れず帰っていればこうなるとは限らなかっただろうに。



「おい、貴様。先日この場にいた奴だったはずだな。よく生き残れたものだ」

「…………」 


「貴様にはこの狂騒が聞こえるか?」

「…………」


「ちっ、今になって疼きやがる。貴様も気を付けておくんだな」

「…………」


 あの日以来、隣の席の山田君が私に話しかけてくるようになったのだ。

 しかもそのほとんどが訳の分からない節の後ろに貴様と呼ばれることだけだ。


 そして終いには。

 

「はぁ、また山田は消えたのか。鈴木、また山田のことは頼んだぞ」


 と先生に言われるまでになった。

 内心舌打ちのオンパレード。

 なぜ私がこんな目にあったのか、分からなかった。

 

「え、ちょ、先生」

「じゃあ頼んだぞ」


 私は結局先生に何も言えないままその背中を見守っていた。

 

 それからはまさしく罰ゲームだった。



「フンッ、なぜこの程度がわからん。この程度のことで躓くようじゃ、程が知れているぞ」


 特に許せないのは、山田君が勉強できるということだ。

 授業中、私が隣だからかは知らないがペアワークに参加してくるようになった山田君はよくそんなことを言う。

 しかもすぐに終わらせては私の当て付けとでもいうようにそんなことをいうのだから、もう地獄だ。


「英語など、言語の根源たる人類の英知だ。それを知らないことは人類の損失だとは思わないか?」


 それに拍車をかけたのは山田君が私に対してそのウンチクを語った後にその不可解な言語で教えてくることだ。

 英語を教えてもらうのに、山田君の言語を翻訳しなければならない時点で二度手間であるというのに。


 そういうところもまた苛つく原因である。


 これも全て私が勉強できないのがいけないのではあるが、それでもだ。



「おい!山田ぁ!こいつを答えてみろ!!」

「フッ、俺は黄昏だ。以後間違えるなよ?」


 山田君は年上に対する礼儀すら感じさせないものだから、数学教師の今にも怒る寸前といったところに火種を入れてしまうのだ。

 こんなことをしていると時に私まで飛び火を食らう。


 でもそんな教師もどこ吹く風といったように黒板に数式を書くあたり、通常の気の持ち方ではないのだと私は悟る。


「せ、正解だ……クッ」

「他愛もない」


 私はそんな光景を茫然と見、他のみんなもそんな感じだ。

 側から見る分には変な奴がいる程度にしか思わないのだから。


 でも、


「ちっ、風が強い……。貴様も気をつけるんだな」


 と聞こえるのだから、私の頭からもピキピキと堪忍袋が緒が切れる音まで聞こえそうになる。

 さっきからうっせぇんだよ、と言ってやりたくもなるのだ。




 でも、こういう日が一日で終わるはずもない。


「おい、今日は来るのが遅いじゃないか。敵は万物だ。気を付けろと言ったはずだぞ」

「…………」


「ちっ、まだ左腕が疼きやがる。覚醒も近いか……」

「…………」


 日が変わり、また日が変わり、毎度毎度訳の分からないことを話しかけてきては興味なさ気に鼻を鳴らす。

 フッという鼻で笑った様子も、左手が云々という話を永遠と感じるほどに聞かされる。


 次第に私は無言でいることが山田の野郎をつけあがらせてるんじゃないかって思い始めた。

 私はこれまでずっとただ聞かされてただけだったから。


 

 そして一週間が経とうとした頃、登校し私が教室にやってきたときには、山田の厨二野郎もまた窓を見つめて意味あり気な顔をしていた。

 今日もまた、あぁなるというのなら……。


「よかったな。今日もまだ生を享受できて」

「……おい」

「また闇は明けた。新たな門出になるならそれもまた一興」

「おい、山田!!」

「……なんだいきなり」


「…………お前、うるさいんだよ!このイカレ厨二野郎!!いろいろ言われるこっちの身にもなれ!」

 

 言ってやった。

 言ってやったぞ。

 ついに私はこいつに言ってやった!!


 どうだ、これで流石に気づいただろう。

 所詮はつけ上がってただけ……


「フンッ貴様に何がわかる。崇高な理念の一端を知ったようになっているだけだろう。滑稽だな」


 ピキッ。

 多分今の私の額にはギャグ漫画さながらの怒りがあらわになっているだろう。

 だって頭の方から何かが切れる音がしたから。

 いくら仏が許そうとも私は許さん。


「滑稽、だって……?お前の方が滑稽だよ!何が疼くだ、何が風が騒がしいだ!左手が疼いてどうなるってんだ、風が騒いでどうなるってんだ!私には、なんにも関係ない。関係ないのにお前の隣の席というだけでこうなる始末だ!先生方がお前を野放しになんかにするせいだ。でも、お前が悪いんだからな!周りにどう思われてるか考えたこともないの!?毎回授業中に騒ぎ立てるわ、素行は悪いわで案外眠らなくて済んでるよ!ありがと!でもお前のそばに人が近付かないのはなんでだと思う!?当事者になりたくないからだよ!お前はみんなから見られる対象としか思われてないってことだよ!滑稽な見世物としてね!!」


 どうだ、言ってやった。

 ついにずっと溜めに溜めてきたものを吐き出すことができた。

 ずっと言ってやりたかったことを。


 私はそこでやっと呼吸を思い出したかのように息を吸う。

 当の山田はどうだろうか。

 少しは自覚をしてくれたらいいなと思うが、未だ窓の外を眺める姿のままだ。

 どんな表情をしているのかさえわからない。



 そして山田はついに口を開く。

 

「……それだけ世界が平和なんだ。それを享受している奴らに理解されようなど思ってもいない。だが、なんだ、貴様も案外喋るじゃないか。すでに奴らの影響下にあると思ったが、そこまで進行はしていなかったようだな」


 しかしその言葉もまた自覚の色など全く見せてなどいなかった。


「はぁ、これでもダメか」


 それに私はため息をつくしかない。


「いきなり騒いだと思ったら次は失望か。実に貴様は愉快な奴だな」

「貴様じゃない。鈴木凛だ」

「ん?麒麟?なんだ、貴様は聖の化身なのか。初めから言ってくれれば……」

「ちがーう!スズキ、リンだ!繋げるな厨二」

「……なるほど貴様も仮名か。それに俺も真名を知られるわけにはいかんからな。山田でも、厨二でもない、黄昏と呼べ」

「それも違うからね!?そんな納得の仕方するな!!」

「あぁわかったわかった。本当は麒麟と呼ばれたいことは痛いほどわかるさ。俺も貴様を親しみを込めてキリンと呼んでやるから、俺のことも黄昏と呼ぶことだな」


 と、人の話を聞かない山田改め黄昏(笑)はそう言っていた。

 なんだか、初めてまとも?に会話したような気もする。

 これを会話と言っていいのかは定かではないが。

 

 ただ、少なくとも受け答えができて、私が認識できる言語で喋っていることが分かっただけでも十分だ。

 それに私がここまで言ってのけたのだ。

 流石に今後は私に話しかけることも減るだろう。


 そう楽観的に捉えてしまっていた。



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