リーブル村
エリゼ
ヴェロニカと共に村の入口を目指す。村の周りには田畑が作られ、それを覆うように木で作った柵がある。どれも害獣対策程度でしかないようで、見張りが立っている。
「これはヴェロニカさん。リーブル村に何か御用でしょうか?」
「村長さんに会いたいんですが、どちらにいらっしゃいますか?」
「自宅におられるかと。そちらの方を入れるのは……」
見張りが私の胸を見たあと耳を見て言葉を濁す。
「何か問題がありますか? ウルカレル領では関係ありませんよ」
「その、村長が変わりまして……」
「話になりませんね。エリゼさん、行きましょう」
「いいの?」
「問題ありません」
ヴェロニカは見張りの男を無視して、私の手を握って引っ張っていく。冬の中、外に出て作業をしている者達から不快な視線と哀れみの視線が向けられる。一体どういう事なのかしら?
「すいません。前の村長さんは差別なんてしない方だったのですが……」
「変わったのね」
「みたいです。一体何を考えているのか……」
「何も考えていないんじゃないかしら?」
「笑えませんね……」
実際にただ変わっただけならいいのだけどね。これが一度突破された敵国のエージェントが行った工作なら不味い事になるわね。
「あ、ここですね」
ヴェロニカが家に到着したのか、扉をノックする。すると直ぐに扉が開いて女性が出てくる。女性は私を睨みつけた後、ヴェロニカに目線を移した。
「ご在宅だと聞いたのですが、村長さんはいらっしゃいますか?」
「ええ、お待ちください」
女性が中に入ってしばらくすると大きな厳つい大男が出てきた。
「ヴェロニカ、何の用だ? 俺の女にでもなりに来たか?」
「その話は何度も断っています。それよりも人族以外に対する差別はどういう事ですか!」
「俺はあいつらが嫌いだ。それを村人達が汲んで勝手にやった事だ。俺の知ったことじゃねえな。それで、態々砦から何の用だ?」
「こちらの方々に村に住んで貰おうと思いまして」
「ほぅ……」
私をいやらしい眼で見詰めて来る男。殺そうかしら……?
『殺る~殺る~?』
「残念だがこの村にそんな余裕はねえな。物資も出来る限り砦にまわしてんだ。これ以上だと餓死者や凍死者が沢山出ちまうよ。今でさえ死んでる奴が居るんだからな」
「っ」
「口減らしの為に奴隷として売ろうとすら考えてんだ。まあ、どうしてもってんならお前が――」
「ヴェロニカさん、別に住む必要も援助も必要ないわ」
「エリゼさん?」
「ほぅ」
「そもそも私達はダンジョンの前に家を作って開拓する予定だったのだから」
「それはそうですけど……」
不安そうにしているヴェロニカ。本当にこちらの事を心配しているようね。
「もう一度言うけど、このような汚物に手伝って貰わなくていいわ」
「てめぇっ!?」
「いいじゃない。村は私達を無視する。私達も村を無視する。それだけよ」
「いやいや、困りますよ!」
「そうだ。てめえらが住むって言ってるダンジョンだって村の財産だ。この辺り一帯なっ!」
「ヴェロニカ、問題無いのよね?」
「はい。開発も遅れに遅れていますので、クロード様から頂いた私の権限で取り上げる事が可能です」
開拓出来ていないんじゃ仕方ないわよね。開拓した者勝ちという事ね。
「ざけんなっ!?」
「今まで開拓出来なかった貴方達が悪いんじゃない」
「それは春からするんだよ!」
「やっぱり汚物ね。ヴェロニカさん、先程の彼の言動から可能だと思う?」
「不可能ですね。養う事も出来ずに死者が出している現状で開拓に人をやるなど村が無くなります」
食料生産が間に合っていないのに、開拓に手を出しても人手が足りずにどんどん生産量が減っていくだけだし。このサイクルを繰り返すと待っているのは全滅。その前に助けが入るんでしょうけれど。
「さっさと取り上げて戻りましょう」
「そうですね。これ以降、現在の柵より北側の土地を没収しエリゼさん達に譲渡します」
「認められるかっ!!」
「認めて貰います」
「このっ」
「やめなさい。すいませんね。夫も興奮しているの。わかったから帰っていただけるかしら?」
ヴェロニカに男が手をあげようとした瞬間、女性が間に入って止めに入った。それが無ければ私が殺していたでしょうね。相手もそれを理解している。
「帰りましょう」
「は、はい」
今度は私が彼女の手を引いて移動していく。村から出るとヴェロニカは途端にしおらしくなった。
「こんなはずじゃなかったのに……」
「気にしなくていいわよ」
「でも、村の援助は必要じゃないですか? 人手とか」
「必要よ。でも、それはここから貰わないという訳じゃないでしょう。この領地にはスラムとかないのかしら?」
「ありますよ」
「なら、そこで人を雇えばいいのよ。そうね。悪いと思うなら兵士を使いにやって人族以外の者達を私達の所に送ってくるようにしなさい」
「それは既に砦の方に集めていますよ?」
「子供でもいいわよ」
「いいんですか? 足でまといぐらいにしか……」
「問題無いから。私達に任せておきなさい」
「あ、ありがとうございます。その、人族以外でもいいんですよね……?」
「好きなだけ連れてきなさい」
「はい!」
人材は居なければ育てればいいのよ。幸い、私達にはその手段がある。
「ところで、ヴェロニカさん」
「なんですか?」
「スキルのレベルってどれくらいが一般なの? 私達の常識と違うかも知れないから教えてくれる?」
「はい。レベル1で初心者、レベル2で中級者、レベル3で上級者です。普通の方は中級者が限界だと言われています。才能がある方なら上級者に上がれます。レベル4は特級者となり、レベル5以降は超越者になりますね。確認された最大のレベルは9。長い時を生きたエンシェントドラゴンをはじめとした災害指定のモンスター達ですね」
「そう……」
レベル5で超越者ね。5とか、一ヶ月もあればいけそうじゃないかしら? それにしてもアバター作成、ミスったかしら? 最初のボーナスポイントでスキルレベルも上げられたのだけど、リンのがあるから上げなかったのよね。
「も、もしかして持っているんですか?」
「精霊魔法は4ね」
「凄いですね。私は火炎魔法が4です」
「……それって上位魔法じゃなかったかしら?」
「そうですよ。燃やす事は得意なんです」
この子も大概危険ね。火炎魔法は火魔法の上位で少なくともかなりの力を持った魔法使いね。
「こう見えてもダンジョン攻略者ですから」
「あら、そうなの?」
「はい。中級者向けのダンジョンをなんとかクロード様達と一番に攻略して特典を得たんです。私は炎獄の魔導書を手に入れたので火魔法が火炎魔法にランクアップしました」
「へぇーちょっと見せてよ」
「いいですよ」
ヴェロニカがそういうと空中に深紅の本が出現した。それだけで周りの雪は溶けて水に変わり、温度が上昇していく。
「ふむふむ」
「よ、読めるんですか!?」
「ええ、読めるわね」
「普通、このレベルの魔導書は所有者くらいにしか解読できないんですが……」
「私、言語系のスキルを持っているから」
「デタラメですね……」
「ふむ。これが火炎魔法ね。ヘルフレイム」
掌に黑炎が出現した。禍々しい炎は明らかに威力が高そうで危険な感じがする。
「ちょっと、なんですかそれ! 私にも教えてください!」
「あら、知らないの?」
「ええ。まだ解読できていないんです」
「じゃあ、教えてあげるからこれ、貸してね?」
「わかりました。ギブアンドテイクで行きましょう」
お互いに手を握って約束を交わす。良かったわ。この魔法、ひなたが欲しがるでしょうしね。
「おお、帰ったか」
「ただいま。馬車はどう?」
「振動を押さえて快適に進めるようにした。後はブレーキの設置と座席の改造もしておいた」
「そう、ありがとう」
「流石ですね。それとすいません」
ヴェロニカが夫に村との協力を得られなかった事を告げた。
「まあ、問題無いな」
「ええ、そうよね」
「むしろ気兼ねなく開発できる」
「えっと、好きにしちゃってください。所でお子さん達はどうしたのですか?」
「森に入っていったが……戻って来たな」
森から出て来た子供達の手に白い兎と黒い兎が抱かれていた。正確にはひなたとユエちゃんの手に抱かれている。ユエちゃんがリンに抱かれているから間違いではないのだけど。
「それはどうしたのかしら?」
「テイムしたんだよ」
「ホワイト・アリス、ブラック・アリス」
「アリスって不思議な国の?」
「ん」
「間違ってるんだけど気にしなくてね」
「あははは」
「ただの白いホーンラビットと黒いホーンラビットなんですけどねえ……」
残念ね。レアかと思ったのだけれど。
「ん、育てる。ブラック・アリス、血塗れにする」
「それは色々と……いえ、いいですけどね」
「まあ、テイムされる入門モンスターですから、いいかと。一応、変異種ではあるので育てればいいのではないですか?」
「変異種?」
「ええ。でも、変異種って弱いんですよね。ステータスは半分ですし、普通は狩られて終わりです」
普通は強いんだけど、こっちは逆に弱いのね。
「じゃあ、尚更育てないとね」
「ん、強く、する」
「そうですね。可愛いこの子達が強いとか、ギャップがいいですし」
「そうね。頑張って育てなさい」
「任せて」
「じゃあ、出発するか」
夫の言葉で全員が馬車に乗っていく。だけど、そこでヴェロニカがストップを掛けてきた。
「あ~すいません。ここからダンジョンのある場所までは……その、馬車が入れないんですよ。狭い山道となっているので……本来は村に馬車を置いていく予定だったんです」
「それなら問題無いだろう。道が無ければ作るだけだ」
「そうね。私に任せなさい」
「そうですか? なら、お願いします」
ヴェロニカも乗ってきたので、馬車を出して貰う。村を迂回するように進んで北側にある森の前に停止する。
「アルちゃん、木を退かしてちょうだい」
『わかった~』
魔力をあげると地面が振動して森が左右に別れて馬車が行き来するには充分な道が作られる。
「ついでだ。整備してやるか」
夫が降りて地面に手を付くと見る見る間にでこぼこの道が平らになり、綺麗に整地されていく。
「ふむ」
「どうしたの?」
「レベルが上がった。それだけだ」
「そう」
「それって凄い事なんですけどねえ……」
ヴェロニカがそんな事を言いながら馬車を進ませていく。整地された道は進みやすいようで振動も魔法を使っていないのに感じない。
襲ってくる魔物も無く、30Kmを一時間ほど掛けて進むと急に森が開けた場所に到着した。そこは広大な草原となっており、周りを森に囲まれている。15kmくらい先には大きな山も見える。そして、一番問題がありそうなのは草原の所々に大きな鉄みたいな機械が徘徊している事だ。
「あれってなんだろ?」
「ん。ゴーレム?」
「ですよね」
「あ、あの筋肉馬鹿ぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ど、どうしたのよ?」
いきなりヴェロニカが叫んで慌てている。よほど大変なことのようね。
「非常に不味い事になっています。ダンジョンの外にモンスターが出てきているという事は中は飽和状態となっています。そうなるとダンジョンは急速に成長し、モンスターを排出し続けます。本来ならこうなる前に討伐や報告が来るんですが……」
「報告されてなかったと」
「はい。少し蹴散らして来ます」
ヴェロニカが炎獄の魔導書を呼び出して魔法を準備していく。
「待ちなさい。炎なんて使ったら駄目よ。燃え広がるじゃない」
「ですが……」
「まあ、任せなさい。ひなた、がー君とたー君を突撃させなさい」
「ん。行って」
指示に従って二匹がゴーレムを排除していく。二匹にとって敵ではないようね。
「あ、僕も手伝おうかな」
「リン?」
「あれって機械だよね? それだったらユエの腕とかに使えそうじゃない」
「そうだな」
「だから捕らえるよ」
リンが極大魔力を入れて空間設定でゴーレムを別空間に隔離した。それでゴーレム達は綺麗に排除された。
「あの、空間魔法って最上級に指定されている魔法なんですが……」
「うちの子は優秀だからね」
「そんなレベルを超えているんですが……」
「気にするな。ゴーレムの排除が終わったが……ダンジョンに関してはこちらの準備が整うまで封鎖するか?」
「基本は封鎖して定期的に二匹を送り込みましょう」
「そうだな。俺達はまだ早い。幸い、リンが確保したゴーレムで経験を積めばいいだけだからな」
「そうね。それとどうせならここを全て使いましょう」
「それもいいな」
「もう勝手にしてください」
ヴェロニカの許可も貰えたから勝手にするとしましょう。
「ええ。リン達はどんなお家がいいかしら?」
「大きな家」
「僕はなんでもいいよ」
「ひな、お城がいい」
「城か。ユエちゃんはどうだい?」
「私ですか? 私は木の家とかもいいと思いますけど」
「ふむ。なら一緒にするか。横に大きな木を作り、それと融合するように城を作る」
「いいわね!」
「いやいや、この人数でお城って……」
「私達に不可能はないわ」
「ああ、できる。設計するぞ」
「ええ」
真ん中に進み、一旦野営を行う。リン達はゴーレムの残骸の回収と、レベル上げをして貰う。その間に私は夫と私達だけのお城を作っていく。




