第95話 特殊能力
さて、と頭を切り替え、次の質問をする。
三つの特殊能力についてだ。
すぐに返答が来る。
いくつか質問を重ね、わかったことは以下の通り。
・特殊能力、魔力解放とは、MPの消費を調節することで、魔法の威力を増減させる能力である。
たとえば、彼女が風魔法を覚え、ライトニングを放つとき、MP消費を1にすれば弱い電撃が放たれる。
MP消費を10にすれば、はるかに強力な電撃が放たれる。
使用できる最大値は、本来の消費MPの十倍まで。
・特殊能力、レベルアップ抑制とは、任意のタイミングまでレベルアップの処理を遅延させることができる能力である。
具体的には、彼女がレベルアップを抑制すると決めた場合、モンスターを殺してもレベルアップ処理が行われない。
彼女はこの能力を用いて、すでにオーク六十体分以上の経験値を稼いでいたという。
一気に10レベルまで上がれるのか。
ただしこの能力、レベルアップを抑制することはいくらでもできるが、解放処理は二十四時間に一回だけ、という制限がある。
つまり、いま使ってしまったから、今日はもう打ち止め。
このあと一気にレベル10になるしかない。
能力更新のタイミングは、きっちり二十四時間後。
次にこの能力を使えるのは、明日のお昼すぎである。
「彼女にパーティに入ってもらうかどうか、だけど」
「ん。特殊能力が有用すぎる。ガチで火魔法あたりを覚えてもらうべき」
ミアがすかさず提案する。
彼女らしくもなく、本気で興奮していた。
こうしてみると、さっきまで「むほー」とかいってたのがいかに演技かよくわかる。
やーまー、彼女はゲーマーだからなあ。
こんなすごい能力を見たら、ガチで欲しくもなるだろう。
ぼくはルシアを見る。
「カズさまに、なんでも従わせていただきます」
「ん? いま、なんでもっていったよね」
ミア、そのネタはさっきもやっただろ。
彼女はいつもの飄々とした態度に戻っていた。
身を乗り出した小柄な少女の頭をぽかりと叩いて、アリスとたまきを……。
「あ、あの、わたしっ。カズさんが必要なら、その、愛人が増えても、構わないです!」
「わたしも、カズさんが気にいったなら、抱いちゃえばいいと思うわ」
おいこら、きみら。
ぼくのことをなんだと思ってる。
いや、風評被害とはまったくいいきれないところが、なんとも情けないんだけどさ。
「カズさまは優秀な魔術師とお聞きしました。多くの子孫を残す必要があります。医術師から、母体としてのわたくしの能力は平均以上であると、お墨つきを受けております。幸いなことです」
どういう意味で幸いなんですかね。
そもそも医術師ってなんだ、ニュアンスからして、魔法で治療するの?
この世界じゃ、そうっぽいなあ。
「とりあえず、子供をつくるとかは置いといて……。あと、ぼくのことを呼ぶのに、さま付けはやめて欲しい。呼び捨てでもいいけど、うーん」
アリス、たまき、ミアを見る。
「さん付け、あたりで。あと過剰な敬語もやめて欲しい。アリスたちと同じくらいで」
「かしこまり……わかりました、カズさん。では、わたくしのことは、ルシアと呼び捨てにしてください」
こっちに対してはさん付けなのに?
と思ったけど、アリスやたまきもそうか。
ミアも「カズっち」だし。
ぼくから彼女たちに対しては、完全に呼び捨てだ。
そういうものかな、と思った。
「わかった、ルシア。それと……」
「ほかに命令、ですか」
「できれば、笑って欲しいな」
ルシアは、にっこりとした。
花が咲いたような、魅惑的な笑顔だった。
でも残念ながら、目だけは空虚で、ぼくの後ろにあるっぽいなにか遠くのところを見ていた。
「やっぱり撤回。事務的な笑顔なら、いらない」
「残念です」
ちっとも残念そうじゃない口調で、ルシアはうなずく。
わざとなのか、からかわれているのか。
まあ、いいか。
「モンスターを殺したことがあるんだね」
「はい。ほかの者が抵抗できなくしたあと、運ばれてきたモンスターを、何度も」
見事なパワーレべリングである。
さすが王族。
「なんでレベルアップしなかった」
「できなかったのです。神託によれば、異世界から来た者と同じパーティになることで、初めて可能性の広間に赴けると」
なるほど。
どうやら、エルフの国は、軍備拡張を狙って神託を使ったつもりで……その神さまに、いいように使われたっぽいな。
でも、待てよ。
そうなると、エルフの神さまは、ぼくたちとルシアが出会うことを望んでいた?
ルシアがぼくたちの戦力になるよう、わざわざ介入していた、ってことか?
きなくさい。
いろいろ怪しい。
少なくとも、彼女たちがいう神さまってやつらは……ぼくたちがこの世界に来る前提で戦略を練っていたことになる。
彼女みたいな存在がほかにもいるんだろうか。
神が用意した、駒。
ぼくたちとめぐり合うべき存在。
彼らは、いったいなにを狙っているのか。
ぼくたちになにをさせようというのか。
嫌だな、なにもかも疑ってしまいたくなる。
疑心暗鬼に囚われそうになる。
いや……とぼくは首を振る。
現実的に、まずは目の前の事態に対処していこう。
神の意図はともかく、彼女の能力は……ちょっと見過ごせないくらい有用に思える。
メキシュ・グラウとの戦い。
ぼくたちはかろうじて勝利した。
だけど、あれはきっと、敵の最大戦力ではない。
それどころか、聞いた話では、あれすらモンスター側の兵士の一体にすぎないのだという。
あんなものが複数体、同時に現れたら……。
いまのぼくたちでは、全員がスキルのランクを9にしたところで、はたして勝てるかどうか。
正直、手詰まりな感じがしている。
そんな現状で、彼女の存在は、ブレイクスルーになりうるかもしれない。
「カズっち、勇気を出して、いおう。きみが欲しい、って」
「あのなあ」
「そして、おっぱいを揉もう」
ミアがまた余計なことをいってくる。
ぼくは肩をすくめた。
「もちろん、ルシアは欲しいよ。ただ、あくまで兵隊のひとりとしてだ。身体を要求したりはしない」
「わたくしは、それで構いません」
「ぼくが死ねっていったら……あ、ごめん、いまのナシ」
さっきのやりとりから、答えは明らかだ。
彼女は戦いたがっている。
一度、ぼくたちとパーティを組んで、ちからを得たら、このあとは死ぬまで戦うのだろう。
だったら、ルシアはなおさら、ぼくたちのパーティにいた方がいい。
彼女はぼくたちにとって有用だし、ぼくたちがいれば、彼女を守ることもできる。
ぼくは、ルシアに右手を差し出した。
ルシアはきょとんとする。
「これは」
「握手。ぼくたちの世界では、友好を意味する」
ルシアは「なるほど」とうなずき、おずおずと右手を伸ばしてくる。
互いの手を握る。
白磁の肌を持つ少女の右手は、思いのほかやわらかくて、温かかった。
「きみのちからを貸してくれ」
「はい。微力ながら、お力添えいたします」
ルシアが、笑う。
今度は、さっきまでよりずっと自然な笑みに見えた。
※
ところで、とぼくはルシアの格好を見て、彼女が腰に下げる剣を指さす。
「剣を使えるんですか」
「これは剣ではありません。儀式にも用いるため、そう見えるよう細工が為されておりますが……」
ルシアは剣とおぼしきものの柄に手をかけ、鞘から引き抜いた。
それは一見、指ほどの太さの細長い棒だった。
黒い、ただの、なんでもない棒。
ルシアが手首をひねった。
次の瞬間、棒はぐにゃりとムチのようにしなり、しかも数倍の長さになる。
ミアが「おお」と感嘆の声をあげる。
「多節鞭? ううん、それも少し違う感じ?」
「ボーン・ウィップと呼ばれる、わが国独自の魔導具です。マナを流すことでムチのように展開いたします。また、マナの流し方を変化させることにより……」
彼女が、鞭を振るう。
わずかに気合を入れたような感覚。
直後、鞭が硬化する。
全長三メートル以上の長杖となった得物を、ルシアはピタリと止めてみせた。
なるほど、棍とムチを自在に変化させるわけか……。
結構すごい。
しかも、ちょっと見た限りじゃ、かなりの腕前っぽい。
これ、棍術スキルを上げたら、結構いい感じに前衛もできそうだ。
とはいえ……魔力解放の性能を考えると、火魔法も魅力的なんだよなあ。
のちのち最大火力になりうる可能性を秘めているのだから。
ぼくは考え込んだ。
唸る。
ミアが、ぼくの服の袖を引っ張る。
「カズっち。提案、いい?」
「あー、そうだな。ミア、ゲーム脳の代表として、きみの意見を聞かせてくれ」
「ん。遠距離火力は正義。相手の射程に入る前に倒してしまえば、どんな強敵も雑魚」
なるほど、それはもっともだ。
メキシュ・グラウほどの遠距離火力があると、さすがにもうどうしようもないけれど……。
ジェネラル程度が相手なら、近づく前に倒す、というのは極めて正しい攻略法だろう。
ジャイアントでも同じだ。
とにかく、先手を打って大火力を叩きこめるというのは、それだけでおおきなアドバンテージとなる。
これまで、ぼくたちの主力であるアリスとたまきは、まず相手に接近する必要があった。
ミアの攻撃魔法は、そこまで威力が高くない。
あくまで補助を主眼として選んだのだから、当然ではあるのだが、それだけではいささか戦術の幅が狭くなるきらいがある。
「いまの段階でスキルがばらけるのも問題だし、まずは火魔法に全ポイントを注ぎ込んでもらうべき、かな」
「いま一番必要なのは、瞬間火力と面制圧能力。ちょうどいい」
リーンさんとしては、監視役という意味でも、ルシアが戦力としてぼくたちにフィットしてくれた方がいいに違いない。
いいかたは悪いが、リーンさんは、ルシアを生け贄として差し出したのである。
「それがみんなにとって、ウィン・ウィン」
「ウィン? ミアちゃん、それってどういう意味?」
たまきが口をはさむ。
ミアは口もとで笑う。
「勝利するってこと。わたしたちは仲間の戦力が増えて勝利。ルシアちんは強くなって勝利。リーンちんはわたしたちの首に縄をかけて、しかもモンスターも倒せて勝利」
「そっか、勝てばいいのね!」
おいこら、合っているけど、微妙に間違ってるぞ、その説明。
ぼくはアリスを見る。
アリスは遠い目をして「たまきちゃん、英語、苦手ですから」と呟いた。
ぼくはたまきの頭を撫でて「おまえは本当にかわいいな」と笑った。
「え、なに、どうしたのカズさん、どうしてそんなにやさしいの」
「ん。なんとかほどかわいい」
ルシアはきょとんとして、ぼくたちのじゃれあいを眺めている。
その瞳が、どこか寂しそうに、宙をさまよう。
「ところで、ルシア。きみは、明日世界が滅びるっていう神託について詳細を知っているのか」
ルシアは首を横に振った。
「わたくしも、あのときあの場所で、みなさんと共にリーンから詳細をお聞きするはずだったのです。いまわたくしが知っているのは、それが世界の滅亡に関わるもので、明日の日没が刻限であるという程度です」
「そうか。……いちおう聞いておきたいんだけど、神託、というのはどの程度、正確なものなんだろう」
「みなさんは……神の言葉を疑うのですか」
ルシアは、またきょとんとしていた。
ああ、これもきょとんとされちゃうくらいのことなのね。
うーん、そうかー、そういう類いかー。
まあ、いい。
そのあたりについてはまた、あとで白い部屋で話し合おう。
いまは目の前の戦いが優先だ。
「じゃあ、ルシア。スキルランクを上げてくれ」
「ええと……」
椅子に座り、ノートPCの前で、ルシアは困惑する。
あ、そうか、そりゃこの世界の人間がパソコンなんてわからないよな。
「ミア、説明してやってくれ」
「なぜ、わたし?」
「いや、このなかで一番、友人とかにPCの説明してそうなのがきみだから」
「そりゃ、ぼっちだったカズっちよりは……」
うぐう。
泣くぞこら。
ミアは肩をすくめて「仕方がないなあ」とルシアに向きなおる。
「手とり足とり腰とり教えてあげよう」
「余計なスキンシップは禁止で」
ミアは思ったよりずっといい教師だった。
ルシアはあっという間にPCの操作を習得し、火魔法のスキルを得る。
ぼくたちはもとの場所に戻る。
ルシアのレベルがまた上昇する。
今度は一気に、10レベルになる。
スキルポイントを火魔法スキルにつぎ込んでもらう。
いまはとにかく、一点集中だ。
ルシア:レベル10 火魔法5 スキルポイント5




