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第91話 ごちそう

 ぼくたちは、激闘の痕が残る草原からフライで丘まで戻る。

 その道すがら、鷹の話を聞く。

 いや、鷹の向こう側にいるはずである、人間の女性の話だ。


 使い魔らしき鷹は、いま、ミアに両手で抱えられている。


「われわれは、アーラ・フラーラ。ヒトの言葉で光の民とも呼ばれる者。世界樹の守護者。わたくしの名は、リーランダールカラークムール・ラ・フラームサー……」

「待って、待って、名前は略称でぷりーず」

「……リーン、とお呼びください」

「ん。おっけー、了承。いいこ、いいこ」


 ミアが、自己紹介を遮られて少し不満そうな鷹の頭を撫でてやる。

 ついでとばかりに、喉を掻く。

 鷹は気持ちよさそうに目を細める。


「待ちなさい、この鷹はわたくしのしもべです。そんな風にするのは、あっ、ちょっ、お待ちなさいっ、やあっ」


 鷹が、なんかへんな声を出している。

 えー、このひと、感覚同調みたいなことしている?

 ぼくの魔法でいうと、まだ覚えていないけれど、付与魔法ランク8のシンパサイズみたいな感じか。


「かわいい、カズっち、みてみて」


 ミアがこっちを向いて、にやにやしている。

 いや待て、コラ。

 相手は貴重な手掛かりなんだぞ、いい加減にしろ。


 鷹が翼をはためかせ、ミアの腕のなかから脱出した。

 そのまま、上空を舞い始める。

 あーあ、怒らせちゃった。


「ごめん、謝る、だから情報ぷりーず」

「ミア、おまえなあ……」

「だって、かわいい声、出すから」


 丘の上に辿り着いたぼくたちは、町から脱出したひとたちに取り囲まれた。

 メキシュ・グラウを倒したからか、やたらに喜ばれている。


 特に、トドメを差したアリスとたまきは大人気だった。

 現地民たちは、感謝の印なのだろう、頭を下げて手をおおきく上下させるような動作と共に涙を流している。


「おお、運命の女神アル=サザールよ、偉大なる御手の導きに感謝いたします。偉大なる魔術師のしもべたちよ。偉大なる戦乙女よ、戦神ガルゴスの加護があらんことを」


 アル=サザールにガルゴス。

 運命の女神に戦神。

 このひとたちの信仰って、古代ギリシャやローマみたいに、多神教っぽい感じ……。


 って、待て。

 偉大なる魔術師って……あれ、なんか勘違いされてる?


 そりゃそうか。

 彼らからすれば、アリスとたまきは、ぼくが召喚した使い魔にしか見えないか。


 ミアが、ぶっきらぼうな言葉で、ふたりは人間だと説明した。

 彼らは驚き、戸惑っている。


「わたしたちと同じ人間が……神兵を相手に、あれほど戦えるというのですか」

「ん。戦える。それが大魔術師カズっちの魔法のちから」


 人々がざわめく。

 おいこら、てめえ適当なこといってんじゃねえ。

 神兵とか気になる単語もあるけど。


 ぼくは慌てて、アリスとたまきのちからが突出していることを説明し、人々の感謝をふたりになすりつけた。

 人々は、ふたたびアリスとたまきを崇めはじめる。


「ね、ねえ、カズさん。このひとたち、なにいってるの? どうなってるの?」


 たまきが目を白黒させている。

 あ、しまったな。

 ぼくはアリスとたまきのふたりにも、メニー・タンズをかけてやる。


 会話ができるようになったアリスとたまきだが、やはり怒涛のような歓迎の言葉を受けて、慌てている。

 あーまあ、こんなの言葉がわかっても、わからなくても同じようなものか。


 そのうち、アリスが現地民たちのなかに怪我人を見つける。

 ちらりとぼくを見た。


「アリス、治療を頼めるか」

「はいっ!」


 アリスは、はりきって現地民の怪我を癒していく。

 あ、なんかもう、完全に崇められてる。

 聖女の誕生だ。


 さて。

 上空ではまだ、鷹がふてくされたように旋回している。

 仕方がないなあ。


 太陽はすでに南中している。

 急におなかがすいてきた。

 まー、いまなら危険もないし、いいだろう。


 ぼくはサモン・フィーストを使う。

 丘の上に細長いテーブルが並んだ。

 純白のテーブルクロスの上で、おいしそうな料理が湯気を立てている。


 鳥を丸ごと焼いたもの、ボウルいっぱいの野菜サラダ、白いスープ、ローストビーフ、パエリアのようなもの、ピザのようなもの、山盛りのポテトサラダ、エトセトラ。

 飲み物も水、ワイン、ビール、果実ジュースとなんでもござれ。

 量は、百人が満足いくまで食べられるほどある。


 青空のもと、たちまちのうちに大宴会場が生まれた。

 目を丸くする現地民たちに、一緒に食べましょう、と告げる。

 MPが勿体ないから、サーヴァント・チームは呼ばないけど、まあ彼らとしても執事やメイドがいたら逆に遠慮してしまうだろう。


 食事が始まる。

 アリスとたまきは先にご飯を済ませてきたらしく、少しだけサラダをついばんでいた。


 いや、たまきはさりげなくローストビーフに手を出している。

 食べ過ぎて動けなくなっても知らないぞ……。


「だ、だって、すごいおいしそうだったんだもん! おいしいもん!」

「お、おう。存分に食べてくれ。たっぷり運動した後だしな。どうせMP7点だから、必要ならもう一セット召喚するぞ」

「え、さすがにそれは……無理……」


 生き残った現地民は、全部で八十七人。

 うち兵士が三人。

 老人が十名ほど、子供は三十人以上いる。


 少しでも戦える者は駆り出されてしまったから、働き盛りの男性はほとんど全滅だ。

 こんな状態で、彼らはこれから、どうやって生きていくのか。

 ぼくがいま、それを考えるべきじゃない、のかな。


 料理の匂いに釣られてか、鷹が舞い降りてきた。

 テーブルの端に着地する。

 アリスが適当なお肉を皿によそうと、おいしそうについばみはじめる。


 料理の味に満足したのか、鷹はこちらを見た。

 黒い双眸に、吸い込まれそうになる。

 いやこれは、鷹の奥にいるはずの誰かの、真剣なまなざし……なのか。


「改めて、お話をしたく思います、カズっち」

「待ってください。それはミアが呼ぶときのあだ名で、えーと、カズ、と呼んでください」

「わかりました、カズ。単刀直入に申しましょう。世界樹へお越しいただけませんか」


 世界樹……。

 ファンタジーのお約束の単語が出てきたぞ。


 でかい樹、なのかなあ。

 葉っぱ一枚で生き返ったり、実は軌道エレベーターだったりするのかなあ。


 あ、そうだ。

 ぼくは、夢中になって肉を噛みちぎっている兵士さんに声をかける。

 さっき、メキシュ・グラウの名前を教えてくれた中年の男性だ。


「世界樹って知ってます?」

「はい、大魔術師さま。光の民と名乗る亜人の住む地だといいます。天空まで高くそびえる巨大な樹、この世のはじまりの樹を守る者たちであると、自称しているそうです。ですが、誰ひとりとしてそんな巨大な樹を見たものはいません。そのようなものが本当にあれば、よほど遠くからでも見えるはずですが……」

「あ、やっぱ曲率半径とかきっちりしてるんですね、この世界」

「キョクリ……なんですか」


 兵士はきょとんとしていた。

 いや、そこはわからなくていいです。

 大地が平面か球体かなんて、いまはどうでもよさそうだ。


 というか、うん、亜人……かあ。

 人種差別とかありそう。

 いやそれ以前に、亜人ってどういうひとたちなんだろう。


「ねえねえ、リーンっちって、ひょっとして耳が細長かったりしない?」

「そういったことはございませんが……お待ちください、あなたは近寄らないでください」


 ミアが近づくと、鷹はさっとはばたき、草の上に舞い降りた。

 意地でも近づかせないぞ、というかたい決意が見え隠れする。


「ちぇ、エルフじゃないのかー」

「待て、ミア。エルフ耳がないからってエルフじゃないとは限らないぞ」

「む、そうか。……じゃあ、リーンっちの身長はどれくらい?」

「それは……」


 あ、鷹が黙った。

 なんかコンプレックスでもあるんだろうか。


「わたくしに会えば、わかります」


 なんだか、すぐに会えるかのような口ぶりだな。


「この近くに住んでいらっしゃるんですか、リーンさんは」

「いいえ、ここからですと、徒歩で一か月以上はかかりますね」


 それじゃ、会いに行くのもたいへんなんじゃ……。


「転移門を起動いたします。この使い魔には、そのための魔法を遅延発動準備させておりますので」


 転移門。

 ぼくたちは顔を見合わせる。

 その単語には、心当たりがあった。


 あの不気味で醜悪でおそろしい肉塊、グロブスターだ。

 ぼくたちをこの地にワープさせた存在。

 そしてメキシュ=グラウを呼び出した存在。


「それを使えば、ここから世界樹にテレポートできるってことですよね」

「その通りです」

「世界樹という場所は、安全なんですか」


 鷹は沈黙した。

 おい、そこで黙るのかよ。

 いやまあ、誠実な態度ではあるけども。


「リーンさん。ぼくたちが世界樹で遭遇すると思われる危険についてご説明をお願いします」

「……現在、わたくしたちはモンスターの大規模な攻撃を受けております」


 あー、そういうことか。

 だからぼくたちのちからが欲しい、と?

 それならそれで、共闘できるかもしれない。


 この声の主がこの世界の地理に明るいなら、学校の山に帰るための手助けを受けられるかもしれない。

 たとえ正確な場所を知らなくとも、情報を集める手段が手に入るなら……。

 いや、こうした鷹による偵察と転移門を組み合わせるなら、あっという間に育芸館へ帰還することすらできる可能性もある。


 もっとも、それはモンスターの襲撃をぼくたちのちからでしのぎきることができたら、の話だ。

 メキシュ=グラウより強いやつがいたりしたら……そんなの、想像したくもないな。


「その大規模な、というのは、どれくらいですか」

「オークを中心とした魔物が、およそ、二万体」


 おい、ちょっと待て。

 敵の数の桁があがりすぎだろう。


「えーと、そちらは何人くらいいるんですかね」

「わたくしたちの軍は、森での戦いに長けた兵士が二千名、他の地から避難してきた軍の生き残りが一千名、さらに狼や熊といった動物たち二千体で構成されています」


 リーンさんたちの方も、予想以上に戦力があった。

 熊とか、絶対にオークより強いしなあ。

 それだけの数があるなら、森のなかでなら互角に戦えるんじゃないか?


 いや、そうでもないか。

 魔物のなかには、強烈に強い個体がいる。

 ぼくたちがこれまでに戦ってきたなかでも、エリート・オーク、ジェネラル・オーク、それに……。


「メキシュ・グラウみたいなやつがいるんですか」

「神兵級の個体の投入は、未だ確認されておりません。ですが、それに匹敵する存在が控えている可能性はございます」

「あれ以上、って可能性は?」

「可能性は、ございます」


 自分たちにとって不利なことにもきちんと回答している。

 リーンさんは、誠実な交渉相手に思えた。


 そうか、とぼくはうなずき、ちらりと隣で唖然としている兵士を見る。

 それから、アリス、たまき、ミアの順番で視線を送る。


 アリスは、ぼくに笑顔でうなずいた。

 たまきは、食べるのに忙しいようで、こっちを見てもいない。

 ミアは、任せるとばかりに、じっとこちらを見つめている。


「ぼくたちのちからがなくても、魔物の軍勢を退けることはできそうなんですか」


 少し間があった。


「正直に申しますと、わかりません。神兵級の個体が投入された場合、苦戦は免れないでしょう」

「そのためにも、ぼくたちのちからが欲しいと」

「はい。お力添えをいただきたいと考えます」


 やっぱり、率直だな。

 いや、ぼくたちとまだるっこしい交渉をするほど時間的な余裕があるわけじゃないってことか。

 あるいは、それだけ誠意を見せたいということか。


 だったら、こちらもストレートに要求してみよう。


「この町の生き残りたちを全員連れていっていいですか。彼らをこの場に置き去りにしたくないんです。あなたがたの方で守ってもらえれば、いちばんいいわけですけど……」

「もとより、そのつもりです。みなさんが拒否なさる場合でも、彼らだけは受け入れるつもりでした」


 うん? なんでだろう。

 少しはしぶると思ったんだけど。


 彼らは戦力的にはなんの頼りにもならない。

 戦争状態だというなら、ただの足手まといにしかならない人々だ。


 無駄飯食らい。

 いやまあ、多少の肉体労働ならできるかもしれないが、その程度である。


 しかも世界樹に住むという亜人たちは、どうやら排他的な人々のようだし……。

 いや、排他的なのは、ここの住人たちなのかな。

 ともかく、両者の仲がいいとは思えない。


「あなたがたに、それでどういったメリットがあるんです」

「生き残りの人々を少しでもかき集めることは、戦後、この世界を復興するうえで重要なことです」


 ああ、なるほど、うん。

 ……え、どういうこと、これ。


「おい、ミア」

「カズっち、わたしになにを説明しろと」

「いや……いまの会話の違和感について、意見が欲しい」


 ああ、とミアはうなずく。


「世界は滅亡に瀕していた。唯一の希望、人類最後の砦は、世界樹であった、的な?」

「ああ……そういう、ことか」


 鷹に視線を向ける。


「現在、魔物と戦うだけの戦力を有している拠点は、この大陸で七つ存在すると推定されております。世界樹はそのうちのひとつです。大陸のほとんどの地は、魔物に占領され、破壊されました。わたくしたち人類群は、この大陸から駆逐されつつあるのです」


 ぼくたちは、顔を見合わせ、うわあと声をあげる。

 思った以上にヤバい……。

 完全に末期的な状態じゃないか。


 魔物たちがなにを目的としているのかとか、どういう戦争なのかとか、そのへん聞きたいことはいろいろあるけれど……。

 選択肢は、ふたつある。


 この世界の戦いに深入りするか。

 そういったことのすべてに背を向け、とにかく育芸館の守りだけに専念するか。


「カズっち。いま逃げても、きっと、無駄」

「わかっている。実質、一択だってことは。でも、一応、みんなの意見も……」

「意見?」


 ミアは、肩をすくめた。


「アリスちんとたまきちんが、このごに及んでカズっちについてこないとでも?」


 アリスが、真剣にうなずく。

 たまきが口もとをソースで汚しながら、コクコクうなずきつつ、口のなかの肉を咀嚼する。


 いいから、きみはゆっくり食べてろ。

 どうせこのあと、いつゆっくり食事できるかもわかったもんじゃない。

 ぼくは、もう一度、鷹に向きなおる。


「わかった。じゃあ、食事が終わったら転移門をあけてください。ここのひとたちのうち、希望者を連れて、門をくぐります。もちろん、ぼくたちは全員、行きます」

「あなたの決断に感謝いたします、大魔術師カズ」

「ただのカズ、でいいです。余計な称号はやめてください」


 結論からいえば、町の生き残りたちは、全員が世界樹に同行することを選んだ。

 この地に残っていても、生きることは難しい。

 ならば自分たちが亜人と呼ぶ者たちに頭を下げてでも生きていく。


 それが自分たちの務めなのだと、さきほど兵士をどやしつけていた太いご婦人が笑っていた。

 うーん、差別意識がありそうだなあ。

 とりあえず、彼らに対して挑発的な態度は厳禁だと戒めておく。


 ぼくは使い魔を全員、送還した。

 転移先に対する誠意である。

 いまはアリスとたまきがいるしね。


「では、転移門をひらきます」


 鷹が、丘の頂上、その中央に舞い降り、翼をおおきくはばたかせる。

 青白い光が広がり、その場にいる百名弱の人々を包み込む。


 眩暈と、吐き気。

 巨大な渦に呑みこまれるような感覚がある。

 意識が、薄れる。


 グロブスターに飛ばされたあのときと同じだ。

 そして、ぼくたちは……。

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