第71話 この先に待ち構えるもの
白い部屋で、ぼくはアリスに倒した敵の様子を訊ねる。
メイジ・オークと思われる個体のことだ。
「懐中電灯の光で一瞬見ただけなので、色はよくわからなかったですけど、ローブを着たオークだと思います。右手に杖を持っていました」
「事前情報の通りか。その杖は……ゲームとかだとマジックロッド的ななんかだよなあ」
「風属性の攻撃力アップとか……」
ミアが無表情でぼくを見つめる。
その顔が、「欲しい」といっているようにしか見えない。
いやまあ、そんな特殊効果があれば、即座にミアに渡すけどさ。
「使ってきた魔法は」
「ライトニングを一回、わたしが受けました。かなり痛くて、身体が痺れましたけど、でも支障はありません。そのあと姿を消して逃げようとして……」
インヴィジビリティか。
でも、あれって走ったりできないんだよな。
「適当に槍を振りまわしたら、頭に当たったみたいで、地面に転がったんです。そのまま首を突いて殺しました」
さすがアリス、生粋の戦闘民族だ。
微塵も容赦がない。
素晴らしい判断力だ。
「まわりに敵は」
「いませんでした。奥に隠れているかもしれませんし……オークが死んでいたとしても、たぶん宝石になっているでしょうから」
そりゃそうだよなあ。
ミアがライトニングを何発か洞窟にぶち込んでいたけど。
結果がわからないのは、もやもやするな。
未だにジェネラルのレベルもわからないし。
十五レベル前後ってところか……もうちょっとあるかな。
十五レベルから二十レベルの間なのは、ほぼ間違いない。
メイジのレベルは……どうだろう、10レベル前後だとは思うけど。
その割には、風魔法だけ、しかもランク3までしか使ってきてないなあ。
ゲーム的に考えるなら、オークは魔法が苦手、とかそういう設定があって、そのぶんペナルティが入ってる可能性もあるけど。
まあ、こいつらがこの先も出てくるようなら、そのうちわかるだろう。
そういった事態のためにも、今後のアリスは、槍術レベルを中心に上げてもらうべきか。
で、レベルアップといえば、そうそう、ミアだ。
「スキルポイントは6点なわけだけど、ミア、地と風、どっちを上げる」
「悩ましい……」
ミアは腕組みして唸る。
彼女にしては珍しく渋面である。
「カズっち。今後の展開の予想、ある?」
「洞窟の奥になにがあるか、次第だけどなあ。……問題は、どうしてジャイアント・ワスプが今朝になって湧いてきたか、だろ」
「ん、それ。あと、さっきいってた山のふもと付近の石碑とか」
「ワープゲート的ななにかが、他と繋がった?」
ぼくとミアは顔を見合わせる。
「え、え? ミアとカズさん、なんかわかったの? わたしなにもわからないわ」
「わかった、ってわけじゃないんだけどさ。新しい敵が今日になって出てきたってことは、なんらかの新戦力がここから生まれたってこととイコールでいいわけだ。で、そのヒントになりそうなものを、きみはぼくと一緒に見ている」
「わたしとカズさんだけって……あ、石碑! でも、あれって……」
「そう、ぼくたちには読めない字で書かれていた。でもリード・ランゲージで読めた。その内容は、『座標固定、空間操作、範囲限定』」
ミアが「どう見てもワープです。本当にありがとうございました」と呟く。
「ワープゲートみたいなものがあったとして、カズっち、どうするの。壊す?」
「いや、できればその判断の前に、ゲートの向こう側を偵察したい。使い魔にリモート・ビューイングをかければ、ある程度安全に向こう側を偵察できるからね」
「そっか、特攻偵察ができるのは、便利」
うん、この召喚プラス付与って、同格の敵との直接戦闘以外では無類の強さなんだよなあ。
問題は、その同格の敵に対してソロじゃどうしようもないって一点だけだ。
はっはっは、パーティの寄生虫、ヒモとして今後もがんばっていきたい所存です。
「志木さんがいうには、ワープゲートがあったとして、その目的はふたつ考えられるとのことでさ」
「ふたつ? って、志木っち?」
「あのひと、ほんといろいろな事態を想定してたんだよ……。昨日の時点で」
ミアが呆れて「パねえっす姉御」と呟く。
姉御って、おい、どこのヤンキーだ。
「ふたつの目的っていうのは、つまり送る側と、送られる側だ。ぼくたちはさっきまで、敵がどこか本拠地的なところからワープゲートで戦力を送りこんできている、という前提で考えていたけど、そうとばかりも限らない。ワープゲートをこちらからひらいて、どこかに戦力を送り込もうとしていた可能性もある、と志木さんは考えた」
あるいは、とぼくはさらなる説明をする。
オークたちにとっても、この山に現れたことは想定外だったのではないだろうか。
彼らはこの山から逃げるために行動していたとは考えられないだろうか。
たとえば、ワープゲートをひらくために生贄的なものが必要で、だから女子生徒をさらった、とか。
ただオークはバカだから、ジェネラルたち幹部やメイジのいうことをちっとも聞かなくて……。
だから目的を果たしたあとのジェネラルたちは、ひとまず拠点とおぼしき中等部本校舎と高等部本校舎だけを占拠して、それ以上の攻勢には消極的だったとか。
そう考えると、これまでのオークの不可解な行動にも納得のいく説明がつくような気がする。
とにかく、ぼくたちが見ていたオークたちの行動は無軌道だった。
だがそれは、もう幹部たちが末端の掌握の必要を認めていなかったからで、あとは儀式の時間さえ稼げればよくて……。
では、ジャイアント・ワスプについてはどうなのだとなるけれど。
こっちはまた別の儀式の結果だったり、そもそもこれまで温存していたということも考えられる。
「あるいは、生徒は苗床にされた」
ミアが呟く。
「蟲の苗床。エロゲではよくある設定」
「お詳しいですね、ミア先生」
「マイスターと呼ぶがよい」
貧相な胸を張るミア。
それが半年前まで小学生だった人間の台詞かよ。
いやまあ、そういった可能性についても多少は考慮してるけど。
どのみち、今朝になって蜂が出てきたというのは、なんらかのサインだろう。
そう、準備が整った、あるいは整いつつある、というサインだ。
ならばなおさら、ぼくたちは急ぐ必要がある。
彼らオークがどこかへ行ってしまうにしても。
新たな戦力を引き連れて、いましも攻勢に出ようとしているとしても。
彼らのいいようにさせることが、ぼくたちの得になるとは、まったく思えない。
どうであれ、とりあえず邪魔するべきだ。
今朝、志木さんとの簡単な話し合いのすえの結論だった。
ぼくたちは意地悪く、徹底的にオークのたくらみに喰らいついてやるべきだと。
そういったことを、皆にざっと話す。
「ん。そういうことなら……バトルフィールドは森から離れて、世界を巡る旅へ?」
「できれば戦線拡大はゴメンこうむりたいなあ」
こうして攻勢に出ているとはいえ、現在ぼくたちの基本姿勢は、防衛戦だ。
自衛隊のような専守防衛なんて甘いことはまったく考えていなくて、もっと攻撃的な防衛なわけだけど、とにかく住処である育芸館の安全を確保するために戦っている。
それ以上のことは、現有戦力では手に余る。
とはいえ、今後の状況次第では、そうもいっていられないかもしれない。
重要なのは、その現状というのを一刻も早く見極めること。
そのための情報を収集することだ。
そういったことを皆に説明する。
予想通り、アリスとたまきはよくわかっていなかった。
ミアだけは納得顔である。
「ロシアかトルコで始めたら、まず互いに黒海を取りにいく的な状況だったら仕方がない?」
「それたぶん、どっかのゲームの話だよね。あの兄にしてこの妹あり、ってそんなにいわれたいのか、きみは」
「兄と一緒にしないで……」
ミアはしょぼんとして下を向いた。
ぼくはそんな彼女の頭をごしごし撫でてやる。
「で、ミア。以上の状況を踏まえて、風と地、どっちを取る」
「風……かな」
熟考のすえ、ミアはいった。
「そのこころは」
「どんなところへ転戦するかわからないなら、ウィンド・ウォークが欲しいっぽい?」
ウィンド・ウォークは風魔法のランク5だ。
フライのように空中を飛行するのではなく、空気の上を、さも地面の上であるかのように歩くことができるという魔法である。
効果時間もフライの二十倍で、ランクにつき二十分から三十分もある。
「それをいったら、地魔法のヴァイヴレーション・センスも有用だぞ」
地魔法ランク5のヴァイヴレーション・センスは、地面や壁の振動を感知する魔法だ。
この洞窟のようなところを探索するには極めて有用といえる。
「長時間、空を飛ぶだけなら、ぼくがグリフォンを呼び出してもいい」
「ん。それも考えた。あと有用なのが、ポイズン・スモッグ。毒の雲で雑魚オーク程度なら皆殺し」
ポイズン・スモッグは、ミアがいった通りの魔法だ。
大軍相手には有用な、たいへんえげつない魔法である。
毒ガスなんてもとの世界じゃ国際条約違反な気もするけど、幸いにしてぼくたちはそんな条約に署名してないし、軍隊ですらないし、そもそもこの世界において国際条約なんてなんの意味もない。
なにより重要なのは、ポイズン・スモッグという魔法をピックアップしたミアがなにを想定しているかという点であろう。
「昨日みたいに百体以上の敵との戦いになると?」
「その想定はしておくべき。少数の精鋭に関しては、たまきちんに任せれば万全。ならわたしは、対集団戦を想定」
ぼくは、たまきを見る。
たまきがえっへんと胸を張る。
きみ、さっきの醜態を忘れてないだろうね……。
「……たぶん、万全」
ミアまでが、少し語調を弱める。
「え、わたし、がんばるわよ?」
「うん、たまきはがんばっているぞ。うん」
「な、なんか含みがあるいいかた……っ」
ええと、まあ、だって、ねえ。
「きみは短所を気にするより、長所を伸ばしていくべきだ。フォローはぼくがやるから、心配しなくていい」
「え、ええ、うん。カズさんたちがいてくれれば、わたしは平気……って、なんか視線が生温かい気がする?」
「ずっと一緒だ、ってことだよ」
「そ、そっか!」
たまきは照れたように笑った。
アリスとミアは苦笑いである。
「ん、話を戻す。残りふたつの風魔法も、かゆいところに手が届く感じ。正直、余裕があるなら地魔法のクリエイト・メタルで遊んだりしたいけど……」
「金属を召喚しても、直接的な戦闘力は上がらないしなあ」
「そゆこと」
そこまで考えた上でなら、ぼくにも異議はない。
ミアには、風魔法を上昇させてもらうことにする。
今後も、風魔法のランクを優先的に上昇させてもらうことになるだろう。
「はやく重力をコントロールしたり光速移動したりしたい……」
「女騎士になるのだけはやめろよ」
なんのことをいってるかはだいだいわかるけど、ミアに接近戦とかマジで似合わないぞ。
ミア:レベル13 地魔法4/風魔法4→5 スキルポイント6→1
ぼくたちは、打ち合わせを終え、ミアの風魔法スキルを上げる。
白い部屋から出た。




