第60話 二日目の終わり
シバが死んだ。
ぼくが、殺した。
思ったほど、感慨はなかった。
ひとを殺した衝撃もなかった。
ただ、ああ終わったんだな、とため息が漏れただけだった。
ぼくはただ、義務を果たしただけなのだ。
お昼に仲間が死んだときの方が、よほどショックだった。
下山田茜さん。
ぼくを信頼して、ぼくのために死んだ少女。
彼女のことを思えば、彼女みたいな犠牲者を出さないためなら、ぼくはどれほどでも非情になれる気がする。
育芸館を守るために必要だから、シバを殺した。
不思議なことに、それはシバを憎む気持ちより、ずっとおおきな感情だった。
ぼくのなかでは、これまでのすべてを合わせたより、この二日間の出来事の方がおおきくなってしまったのだろう。
少なくとも、パニックに襲われたり、アリスが奪われたりしたとき以外は。
それがいいことなのか、悪いことなのかはわからないけど……。
なぜかぼくは、嬉しい。
シバを憎む気持ちより、下山田茜さんの死を反省する自分が、不謹慎にも嬉しい。
ぼくは変わってしまったのだろうか。
それとも、これが本当のぼくだったのだろうか。
よくわからないけれど、でも、いまの方がいいのだろうと漠然と思う。
白い部屋でやることは、とくにない。
すぐ、もとの場所に戻る。
たまき:レベル16 剣術7/肉体1 スキルポイント3
さて、ほかの生徒たちは、皆、逃げてしまった。
男子寮からこちらを覗いているのかもしれないが、逆光の照明が邪魔でよく見えない。
照明がこれだけ明るいと、ナイトサイトの効果がうまく出ないのだ。
まあ、いいか。
ぼくはアリスたちに指示して、散らばった宝石を集めさせる。
ほとんどぼくたちが倒したんだ。
全部もらっていくとしよう。
下手に残して、高等部のパワーアップに使われるのもゴメンだ。
高等部には、適度にオークの足止めをしてもらいたい。
その過程で適度にすり減ってもらえれば、なおいい。
あと念のため、シバの銃は持ち帰ることにする。
銃弾のコピーも可能とわかった以上、ひょっとしたら利用できるかもしれない。
アリスに訊ねたところ、シバが腰につけたポーチと背負ったバッグのなかに弾丸が入ってるとのことで、それもすべて回収する。
「ところで、シバのやつ、どこから猟銃なんて手に入れたんだ」
「理事のひとりがこっそり隠し持っていたんだそうです。以前、こっそり銃を撃たせてもらったって、自慢していました」
なるほど、たしかにこの山は、まるごと学校の所有物だ。
生徒の立ち入りが禁止されている裏側にまわれば、違法に銃を使っても、そうそうバレはしないだろう。
銃弾は全部で百発近く残っていた。
そうとう撃っただろうに、まだこんなにあるのか。
その理事ってひとも、いったいどれだけ貯め込んでいたんだか……。
まあ、いい。
その理事がこの場にいないということは、すでに死んだか、たまたまこの学校にはいなかったのか。
どちらにしろ、訊ねる相手はもういない。
ざっと宝石を集め終わったあと、ぼくたち三人は第一男子寮前の広場から立ち去る。
後ろを振り返りもしない。
ある程度、男子寮から離れたところで、たまきが立ち止る。
「なにやつ! くせものだわ! であえ、であえ!」
ノリノリだなこいつ。
さっきの出来事のあと、ぼくとアリスが無言になっちゃったから、気を使ってくれたのかもしれないけど。
ククク、というわざとらしい笑い声が森に響く。
アリスが慌てる。
両手をばたばたさせて、涙目でぼくを見る。
あーそうか、きみは知らなかったね。
「拙者でござる!」
忍者装束に身を包んだ男が、ぼくたちの前の木陰から現れる。
パニックに陥って槍で攻撃しようとするアリスを、たまきが慌てて押さえる。
彼が誰か、ぼくたちふたりで説明する。
「え……ミアちゃんのお兄さん、ですか」
「いかにもでござる。これが、取り返してきたミアの腕でござるよ」
結城先輩はぼくにミアの左腕を渡してくれる。
軽い。
でも先輩は、とても大切に、壊れ物のように扱っていた。
先輩は、一歩下がって、ぼくたちに深くお辞儀をする。
アイサツは礼儀だ。
いやそうじゃない、彼はきっと……。
「ミアを頼むでござる」
「結城先輩も、育芸館に来ませんか」
ダメもとで訊ねてみる。
だが忍者装束の男は、首を振ってぼくの申し出を拒絶する。
「拙者には、この高等部でやるべきことがたくさんあるでござるよ。拙者にしかできないことでござる」
彼は以前にいっていた。
あちこちの避難所を繋ぐ役割を果たしていると。
偵察スキル3を持つ彼を見つけられるのは、現状、ジェネラルとたまきくらいだろう。
でも……と心配そうに彼を見るたまき。
だが結城先輩は、快活に笑ってみせる。
「ひとつだけお願いがあるでござる」
「なんです? ミアのことですか」
「猟銃を拙者に預けて欲しいでござるよ。それを使って、高等部の有志をレベル1にしていきたいでござる」
なるほど、とぼくは考える。
銃の撃ち方さえ覚えれば、オークを殺すことも比較的たやすい、か。
「って、撃ち方は知ってるんですか」
「いろいろこっそり習得したでござるよ。安全な射撃の方法を教授していくでござる」
すげぇな、忍者って。
いや、この結城先輩ってひとがすごいのか。
さて問題は、彼が猟銃を使って高等部のレベル1を増やしたとして、その戦力が最終的にぼくたちの敵にまわらないか、だが……。
「条件があります」
「なんでござる」
「結城先輩がレベル1の生徒を増やすなら、その生徒たちはあなたがまとめあげてください」
結城先輩は、腕組みして唸った。
そんなに悩むところだろうか。
このひとの頭脳と機転と行動力があれば、充分、リーダーとしてやっていけると思うんだけど。
そしてぼくたち育芸館組としては、結城先輩が音頭を取る組織なら、安心して同盟できる。
ぼくとしても、高等部一般の生徒に他意がないではないけれど……。
結城先輩なら、という思いがある。
「忍者は忍ぶモノでござるからなあ……」
「そこですか」
「いやしかし、客観的に見て、おぬしの申すことはもっともでござるなあ」
あ、一応、状況は正確に理解しているんですね。
さすが、だけど……。
「仕方がないでござる。そこまでいうなら、少なくとも組織の舵とりをする役目は引き受けるでござるよ。その条件でよろしいか」
「ええ、結城先輩がそういってくださるなら、安心できます」
ぼくは笑って、猟銃と銃弾を手渡した。
「では、明日一日で、なんとか高等部をもう少しマシな状態にしてみせるでござるよ」
「男子寮組以外を、ですか」
忍者は、うむ、とうなずいた。
「ひょっとしたら、生き残りを率いて育芸館に向かうかもしれないでござる。そのときは……」
「はい、歓迎します」
ぼくたちは、順番に結城先輩と握手した。
そのあと、ぼくたちは別れた。
ぼくたち三人は中等部へと歩きだす。
とても疲れた。
育芸館に帰ったら、十一時をまわっていることだろう。
くたくたの身体を引きずって、ぼくたちは歩く。
見上げれば、ふたつの月が、昨日より少しふくらんで見えた。
満ちようとしているのだろうか。
この世界の周期はわからないけど、いまの状態からすると、あと数日で満月……なのかなあ。
※
育芸館に戻る。
見張りの少女が、大声をあげて、なかのひとたちにぼくらの帰還を知らせる。
ぼくは、飛び出してきた志木さんに張り倒される。
うん、今回に関しては全面的にぼくが悪いから、おとなしく殴られておく。
そのあと、志木さんはぼくをぎゅっと抱きしめた。
「えっと、志木さん、男のひとと接触して……だいじょうぶなの」
「だいじょうぶなわけ、ないじゃない。でも、心配したんだから」
志木さんは泣いていた。
本気でぼくを心配してくれていたらしい。
悪いことをしたなと思う。
まあ、志木さんのそれは、打算含みかもしれないけど。
なにせ、彼女のその行動のおかげで、育芸館の少女たちみんなが、ぼくたちの帰還を心から喜ぶ空気になっていたから。
ミアが出てくる。
ぼくは彼女に、左腕を見せる。
ミアはぼくのもとにツカツカ歩いてきて、怒った顔で「いいから、覚悟して目をつぶる」といった。
ぼくはおとなしく目をつぶった。
唇にキスされた。
目をあけると、ミアはぼくを見上げて笑っていた。
「おかえり」
「ああ、ただいま」
アリスがすぐ、ミアの腕を繋げた。
積もる話はあるけれど、詳しいことは明日にしよう、ということになる。
いちおう志木さんを捕まえて、簡単に高等部で起きた出来事を説明しておく。
「そう。やっぱり、そんなところだったのね」
「だいたい予想はついていた?」
「ええ。最悪の事態として、あなたが狂って消えてしまう可能性も考えていたわ。その場合、どうしようか、すごく悩んだ」
それは悪いことをした。
なおぼくとアリスが消えたあと、志木さんはミアを中心とした部隊を組んで中等部本校舎を再度、強襲したという。
最上階を掃除し、オークに囚われていた女の子をふたり、解放したらしい。
本校舎で確保できた少女は、すみれを入れて十一人。
ぼくたち育芸館組は、三十一人にふくれあがったことになる。
それでも、高等部の方がはるかに人数が多いのだけれど……。
「いまは、彼らのことはいいわ。目の前の問題をひとつひとつ、解決してきましょう。あなたが高等部を全滅させなかったことで、こちらにも多少は時間的な余裕ができた。素晴らしいことよ」
志木さんはそういって、邪悪に笑った。
やっぱり彼女は優秀な指揮官だ。
※
ミアに、お兄さんの話をした。
ミアはとてもとても嫌そうに顔をしかめた。
「あの、バカ兄」
普段のミアからは想像もつかないほど感情を表に出して、顔を真っ赤にして、怒っていた。
そんなミアがおかしくて、ぼくたちはみんなで笑った。
「うう、あれは身内の恥……」
「たしかにいろいろショッキングなひとではあった」
「でも」
とミアは首を振って、少し微笑む。
「生きててくれて、よかった」
はにかんだ笑みを見せる。
※
お風呂に入った。
気のきいた何人かが発電機をまわして、湯をあっためてくれた。
ぼくたちは、遠慮なく入った。
三人で。
ぼくと、アリスと、たまきの三人一緒に、だ。
ちなみに、そそのかしたのは志木さんだった。
「たっぷりと、いちゃいちゃしなさい。あなたたちが絆を深めてくれた方が、こちらとしてもやりやすいのよ」
そういうわけで、ぼくはたっぷりといちゃいちゃする気まんまんで、三人そろってお風呂に入り……。
桶いっぱいの熱いお湯を浴びたところで、意識が遠くなる。
あ、これやばいやつだ。
浴場の冷たい床に倒れる。
ああ、気持ちいいなあ。
よほど疲労困憊していたのか、身体の制御がまったくきかない。
ついでに下半身の制御もきかなかった。
アリスとたまきがぼくを抱え上げようとして、なんかこう、ぼくのものを浴びていた。
た、溜まってたからなあ……。
ああ、もう、なんかすごい情けない。
「よかった、カズさん」
たまきの笑い声が聞こえる。
「今日一日、わたしたちのかっこ悪いところばっかりカズさんに見られてたね。でも最後でやっと、カズさんのちょっとかっこ悪いところが見られたわ。これでみんな、おあいこね」
いや、たまき。
きみには充分、格好悪いところを見せているぞ……。
こいつめ、ぼくがきみの胸にすがって泣いていたことなんて忘れてやがるな。
そんなことを、薄ぼんやりと考えながら……。
ぼくは、意識を失う。
※
目が覚めると、ベッドの上だった。
月明かりが差し込める個室で、ぼくはダブルベッドの中央で寝ていた。
左右では、アリスとたまきがすやすやと寝息を立てていた。
半身を起し、おそるおそるパンツのなかを覗いてみる。
きっちり拭き取られていた。
誰がやってくれたんだろう……。
い、いや、いいけどさ。
基本的に、ぼくが悪いんだし。
ぼくはため息をつき、そして……窓の外を振り仰ぐ。
ふたつの月の青白い光が、寝室に降り注いできている。
異世界での、二日目の夜。
そう、ぼくたちはまだ、この世界に来て二日目なのだ。
とても長い一日だった。
この世界での二日目。
それが、ようやく終わる。
ぼくはふたたび、ベッドに倒れ込む。
本当はアリスとたまきを叩き起こして、今度こそふたりといちゃいちゃしたかったけど……。
気持ちよく眠っているふたりを起こすことは、どうにもためらわれた。
それにぼく自身も、まだ、だるい。
ひと眠りしたとはいえ、だいぶ疲れが残っている
あっという間に闇に引き込まれてしまった。
ついに長かった二日目が終わる。
そして……。
激震の三日目が始まる。




