第55話 謎の文字
ぼくとたまきはもとの場所に戻る。
即座に、オークたちが押し寄せてくる。
戦闘、再開。
だがいま、ぼくのそばにはたまきがいる。
剣術ランク6の、超一流の剣士。
たまきの手にするジェネラルの剣は、銀の軌跡を残して闇のなかを舞い踊る。
そのたびに、オークが斬り伏せられていく。
ノーマルのオークも、エリート・オークも、たまきの前にはひとしく雑魚だった。
ぼくがやったことといえば、戦闘の途中で彼女に付与魔法ランク5のナイトサイトをかけた程度である。
「おおっ、夜なのに明るいわ。カズさん、これすごい。素敵だわ」
たまきは飛びあがりそうな勢いで喜ぶ。
そこまでおおはしゃぎしてくれると、嬉しいことだ。
闇夜に適応した少女は、懐中電灯を消し、いっそう鬼神となって暴れまわった。
途中でぼくが、レベル16にレベルアップした。
特にやることはない。
すぐ白い部屋を出る。
「それにしても、すさまじいな、ランク6ってのは……」
「へっへー。わたし、ランク6一番乗りだね!」
その斬撃は、すべて一撃でオークの命を狩り取る。
ぼくたちは圧倒的なちからでもってオークたちを殲滅してのけた。
相手が逃げる隙すらないほどだった。
戦闘終了後。
たまきはいそいそとドロップした宝石を集める。
ついでに、と彼女が取りだしたのは、無数の赤い宝石。
「ここに来る途中でいっぱい拾ったわ。たぶん全部じゃないと思うけど、これ、カズさんがやったんでしょう。いい目印だったわ」
「ああ、うん。……石柱のまわりに、いっぱいオークがいて。いっぱい倒さなきゃいけない、って思って……」
ふとそこで、ぼくは目の前の石柱を見る。
そういえば、これはいったいなんなのだろう。
どうしてオークたちは、こんなもののまわりに集まっていたのだろう。
「ねえ、カズさん。うちの学校、こんなものあったっけ」
「ぼくは今年から編入したから、たまきほど山に詳しくないぞ」
「んー、なかったように思うんだけどなあ」
たまきは首をひねりつつ、改めて石柱をライトで照らす。
「それに、ほら。こんなへんな模様とか、見たことないし」
彼女のいう通り、石柱の中央付近には、蛇が何匹ものたくったような奇妙な赤い文様が描かれていた。
高さは、ちょうどぼくたちの目線のあたり。
って……これ、文字なんじゃ?
「リード・ランゲージ」
ぼくはためしに、ミアベンダーで手に入れた魔法を使ってみることにする。
赤い文様に意識を集中し、この魔法を使用すると……。
「座標固定、空間捜査、範囲限定」
「カズさん、なにいってんの?」
「いや、そう書いてあるんだ、これ」
「わけがわからないわ」
うん、ぼくもだ。
それにしても、嫌な感じの言葉が並んでいるな。
ワープとかテレポートとか、そういった連想しかしないぞこれ。
正直、すごく気になる。
いますぐ志木さんのところに飛んで行って、彼女の意見を聞きたい。
でも、いまは……それどころじゃない。
ぼくは首を振って、たまきを見る。
「こっちについて調べるのは、あとまわしにしよう。まずは高等部にいく」
「わかったわ。途中の雑魚は任せておいて!」
たまきは、どん、と勢いよく自分の胸を叩く。
肉体スキルランク1の効果を甘く見過ぎていたのか、思いきりむせた。
なんか……すごく不安だ。
ま、まあでも、彼女の存在はじつに心強い。
剣術ランク6の彼女がそばにいて、召喚魔法ランク5のぼくの使い魔が周囲でサポートすれば、ジェネラル以外は楽勝だろう。
笑っている彼女を見ていると、ぼくまで笑いたくなってしまう。
元気な彼女と一緒にいると、ぼくまで元気になってくる。
さっきまで暗澹とした気分で闇夜のなかを彷徨っていたのが、嘘みたいに思えてくる。
「たまき。あらためて、いわせてくれ。ありがとう」
「なにいってるの、カズさん。それこそ、お互いさまだわ」
えへんと胸を張るたまき。
無邪気な笑顔だった。
でもなあ……彼女の場合、こういう無邪気さが落とし穴なんだよなあ。
少し不安そうに彼女を見ていると……。
「だいじょうぶよ、カズさん! アリスはちょっとまっすぐすぎて、まわりが見えていないだけだから!」
どうやらぼくがアリスのことを心配しているとでも思ったのか、そんなことをいってきた。
でもな、あのな、たまき。
たぶんアリスも、きみにだけはいわれたくないと思うぞ。
という言葉は、なんとか呑みこむ。
ところで腕時計を見れば、すでに午後八時をまわっていた。
うわあ、ぼく、二時間以上も彷徨っていたのか。
そりゃあ、ガンガンレベルも上がるわ。
たまきは、さぞ探しまわったことだろう。
本当に、彼女には心配させてしまったなと思う。
いや、たまきだけではない。
きっと志木さんやミアやほかのひとたちも、心配しているだろう。
でもいまは、戻れない。
先にやることがある。
確かめることがある。
「行こう、カズさん」
「ああ」
ぼくとたまきは、高等部の方角へ足を向ける。
※
三十分ほど歩いた。
何度かオークを倒しつつ、ぼくたちは高等部の敷地に入る。
途中で一度、たまきがレベル13にレベルアップしたが、スキルポイントは温存した。
なお白い部屋では、少しだけいちゃいちゃした。
高等部に近づくにつれ、ぼくの顔が引きつってくるようだ、とたまきは指摘した。
だからぼくの緊張を解きほぐすのだといって、彼女はぼくにべったりと貼りつく。
いやまあ、助かるけど。
ぼくの身体が、精神が、いま怯えて使いものにならなくなったら、それはとても困るのだから。
その緊張をほぐしてくれる彼女には、どれほど感謝してもし足りないのだけれど……。
「嬉しいわ、わたし。カズさんの役に立てるって、とても嬉しいことなのよ」
そんな健気なことをいうたまきの頭を何度も撫でた。
忠犬のような少女は、目を細めて喜んだ。
照れくさそうに笑った。
高等部に正面から近づく気はしなかったので、途中で森のなかに入る。
使い魔はほとんど送還してしまった。
残っているのは、ウィンド・エレメンタル二体だけだ。
あまり数がいると、草木をかきわける音で誰かに気づかれかねない。
ウィンド・エレメンタルのおっぱいを見ても、頭痛はしなかった。
かわりに、なぜだかたまきが悲しそうな顔になった。
己の胸もとに手をやり、しょんぼりする。
「わたしよりおおきいわ……」
「正直なところ、胸はおおきさよりかたちだと思います」
「カズさん、なんで敬語なの?」
「こういう会話が恥ずかしいからです」
さてぼくたちは茂みから顔を出し、高等部の門の向こう側を覗く。
高等部の本校舎が見える。
その前を、オークたちがうろついている。
うーん、昼にカラスで偵察したときと、あまり変わりないように見えるな。
いやまあ、本校舎にはたくさんオークがいるだろうから、当然だけど。
ひょっとしたら、この本校舎にもジェネラルがいるかもしれないし。
「カズさん、やっちゃう?」
銀の剣を鞘から抜きたそうなたまきに、ぼくは首を振る。
なお彼女の鞘は、ぼくが間に合わせで召喚したものだ。
正確には、召喚魔法ランク4のサモン・ウェポンで剣と鞘をまとめて召喚し、剣だけを捨てた。
「状況を確認するのが先だ」
はやる気持ちをぐっと抑える。
ひとまず、まわりこんで男子寮の方へ向かうことにする。
カラスの偵察のことも、すでにたまきには話してある。
男子寮の前で、シバたちがオークと戦っていたことも。
なお、シバの持つ銃についてたまきに話したところ……。
「だいじょうぶよ、カズさん! 一発くらいなら耐えて、殴って倒せばいいんだわ!」
というたいへん脳みそが筋肉なお言葉が返ってきた。
心意気は頼もしいけど、ほんと彼女、誰かが手綱を取っておかないと危なくて仕方がない。
ことにいまは、回復魔法を使えるアリスが一緒じゃないし。
ふたたび茂みの奥に戻り、森のなかを移動する。
途中で二度ほど、単独行動のオークに遭遇した。
なんで夜中に、こんなところに? と思ったが、とりあえず殺しておく。
うーん、なにか捜索しているみたいだったけど……。
なにか、あるいは誰か?
森のなかに誰かが逃げ込んだ?
と、前を歩くたまきが立ち止まる。
「ねえ、カズさん」
緊張した面持ちで、たまきはいう。
「誰か、隠れているよ」
「どうして、そう思う」
「志木先輩のときと、同じ感じだから」
なるほど、ぼくにはわからなかったけど……。
ぼくは最高のスキルランクが5で、たまきは剣術ランク6だからか?
そういうことは、あるかもしれない。
だが、そうなると。
偵察スキル持ちの誰かが、このあたりに潜んでいて、おそらくはぼくたちに気づいている?
ひょっとして、いま始末したオークたちは、そいつを狙ってここまで来た?
そいつは敵なのか、味方なのか。
もし高等部の生徒なら……。
ぼくはウィンド・エレメンタルをすぐ近くに呼び寄せ、臨戦態勢をとらせた。
と……。
「待つでござるよ」
男性のささやき声が、近くの木陰から聞こえてくる。
って、え? ござる?
「拙者に敵意はないでござる。これから姿を現すでござるから、攻撃は控えて欲しいでござる」
「え、えと、カズ……さん?」
たまきが困惑してぼくを見る。
ぼくは声の方を向く。
少しためらったすえ、ウィンド・エレメンタルたちに待機命令を出し、後ろに下がらせる。
少なくとも、シバの声ではない。
そもそもシバは「ござる」なんてバカっぽいことをいわない。
シバの仲間という可能性はあるが……。
ぼくたちに話しかけてきたということは、少なくとも交渉する余地はあるということだろう。
はたして木陰から姿を現したのは……。
黒装束に全身を包んだ男だった。
いや、はっきりいおう。
忍者の格好をした男だった。
「拙者、忍者のロールプレイをしているでござる」
「いや、それは見ればわかるけど」
ぼくは唖然として、その男を見つめた。
いやもうつーか。
なんなのこのひと。




