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第49話 中等部本校舎決戦2

 ジェネラル・オークの左手で小石を飛ばしてくる攻撃は、その左手の親指の骨を折ったことで封じることができた。

 だが、その代償として。

 ぼくたちは、ミアの左腕を失った。


 いや、ミアの左腕が永久に失われたわけではない。

 ぼくたちには、治療魔法がある。


 普通のヒールではちぎれた部位を繋ぎなおせない。

 だが治療魔法ランク4のキュア・ディフィジットを使えば、欠損した部位の修復が可能だ。

 もっとも、いまアリスの治療魔法はランク3だから、これをランク4に上げる必要はあるが……。


 すぐにキュア・ディフィジットが使えなくても、治療魔法のランク1にステイシスという魔法がある。

 これは、物体の時間を止める魔法だ。

 食物にかければ、腐ることを防止できる。

 ミアの腕にこれをかけておけば、アリスのレベルが充分にあがるまで、腕を痛めることなく保存できる。


 そんなことよりも、いまの問題は、この崩れかけた状況をどう立て直すか。

 アリスとたまきが動揺している。

 目の前にジェネラルが立っているというのに、ひどく腰が引けている。


 すでにヘイストの効果時間は切れている。

 ほかの付与魔法はかかったままだが、いまふたりがかりでも、ジェネラルに対抗するのは厳しいだろう。

 加えて、間もなくヘルハウンドがやってくる。


 絶体絶命だ。

 こんなとき、いったいどうすれば……。


「カズくん、ミアちゃんのところにいってあげて」


 背後にかばった志木さんがいう。


「こっちは、わたしがなんとかするわ」


 そういって、志木さんはぼくの前に出る。

 アリスとたまきに鋭い声で指示を飛ばす。

 ふたりは志木さんの声にわれに返り、かろうじてジェネラルの斬撃から距離を取る。


「さ、いまのうちに」

「あ、ああ」


 ぼくはディフレクション・スペルで拡散化したヘイストをかける。

 アリスとたまきの身体が赤い霧に包まれ、動きが加速する。

 MPが勿体ないが、いまは寸暇が惜しい。

 これでいい。


 そのあと、ぼくは吹き飛ばされたミアのもとへ駆け寄る。

 ミアは血まみれの左肩を押さえて地面を転げまわっていた。

 彼女を抱き起こす。


「ミア、ぼくだ、意識はあるか」

「ん……っ」


 ミアは青ざめた顔で、ぼくを見上げる。

 紫色の唇を震わせて、喘ぐように「カズっち」という言葉を紡ぎ出す。


「どう、なってる。みんな、は」

「戦っている。ただ、もうちょっと時間がかかる」

「支えて。援護、する」


 馬鹿な、と思った。

 だがすぐに、志木さんがぼくを彼女のもとへよこした理由に思い至る。

 ミアの闘志を奮い起こす役目を果たせというのだろう。


 ぼくが命じれば、ミアは死力を振り絞って戦うだろう。

 今日一日で、ぼくと彼女の間には、その程度の信頼ができているとうぬぼれている。


 その絆を利用して、ミアが死ぬ寸前まで使い潰せといっているのだ、志木さんは。

 ああ、志木さんは、まったくたいした参謀だ。

 ぼくに足りない部分を補ってくれる、素晴らしい参謀だ。


 くそったれ。

 ミアは、苦痛に喘ぎながら、ぼくの手を借りて立ち上がる。

 血まみれになりながらも、右手で傷口を押さえ、戦場へ向く。


 アリスとたまきは、ジェネラルに食らいつくようにして戦っている。

 体格も、パワーも、技量すらも、まるで大人と子供のような差がある。

 ジェネラルが銀色の剣を振りまわすたび、ふたりの身体が宙に舞う。


 ふたりとも、地面にしたたかに叩きつけられる。

 それでも歯を食いしばって立ち上がり、ジェネラルに立ち向かっていく。


 無茶な戦い方だ。

 だがいま、ふたりにできるのは、これだけなのだ。

 ただ時間を稼ぐことだけなのだ。


 そして、ふたりは待っていた。

 ミアの魔法を、待ちかねていた。


「ヒート・メタル」


 ミアが、震える声で、その言葉を紡ぎ出す。

 ひらいた掌を、ジェネラルにまっすぐ突きつける。


 ミアの掌から赤黒い光線がほとばしり、ジェネラルの剣に命中する。

 ジェネラルは、わずかに呻き、動きを止める。

 かろうじて、剣を手放さないでいるものの……。


「いまよっ」


 志木さんが叫ぶ。

 アリスとたまきが、ここぞとばかりにジェネラル・オークに打ちかかる。


 その瞬間。

 ジェネラル・オークが、咆哮する。

 身も心も凍えそうな、恐るべき声。


 それは衝撃破を伴って周囲に拡散し、アリスとたまきを吹き飛ばす。

 離れていたぼくとミアすらも、身を低くして風圧をこらえなければならない。


 咆哮が終わったと、ジェネラルは改めて、銀の剣の柄をぐっと握る。

 熱さなどまったく感じないかのように、違和感なく握ってみせる。

 いや、実際にそうなのだろう。


 ぼくは直感する。

 さきほどサイレント・フィールドが破られたときと同じだ。

 ジェネラル・オークの咆哮には、魔法を破る効果がある。


「なんだ、こいつ。どうすればいいんだ、あんなやつ」

「しっ、カズっち」


 ミアがぼくを見上げ、叱りつけるように呟く。


「弱気は、ダメ」

「おう」


 大怪我したミアにたしなめられてしまった。

 ぼくは己の不覚を恥じる。

 なんとか手はないかと、ジェネラルを睨む。


 最悪なことは重なるもので、ジェネラルの背後に黒いおおきな犬の姿が見えた。

 ヘルハウンドが、ものすごいスピードで駆けよってくる。

 ああ、ちくしょう、こんなときに!


 だが。

 そのヘルハウンドの真横から、槍が突き出される。

 ひとりの少女が、無謀にもヘルハウンドに突進したのだ。


 刺突は弾かれるも、ヘルハウンドの注意が脇にそれる。

 黒い巨犬は、自分を攻撃してきた少女に向き直る。

 無謀にもヘルハウンドにちょっかいを出したのは、陸上部のエースだったという中等部二年生、長月桜だった。


「ダメだ、きみじゃそいつは!」


 ぼくは叫ぶ。

 桜は、ぼくの言葉を無視して、まるで誘うように巨犬から背を向ける。

 ヘルハウンドは桜に飛びかかり……。


 しかし桜は、機敏に身をひるがえし、跳躍する。

 近くの巨木の枝に左手一本でぶらさがる。

 勢いをつけて、ひょいとその身をひねる。


 高く高く、宙に舞う。

 丈夫そうな枝の上に着地する。


 なんだこいつ。

 陸上部っていってたよな。

 体操選手じみた動きじゃないか。


 ちょっとすごい。

 見惚れてしまう。


 これが運動スキルのちからなのか。

 それとももともと、彼女はこういった曲芸が得意なのか。

 落ちついたら、聞いてみたいところだ。


 いまはそんな暇がないけれど。


「こっちだよ、駄犬」


 桜はヘルハウンドを挑発する。

 ヘルハウンドは言葉がわからないだろうに、それでも仕草でだいたいのところは理解したのか、怒り狂って、桜が乗った樹に炎のブレスを放つ。

 樹全体が紅蓮の炎に包まれる。


 だがそのとき、すでに桜は隣の樹に飛び移っている。

 間抜け、のろま、と罵り、さらに次の樹に飛び移る。

 ヘルハウンドは夢中で彼女を追いかける。


 すげぇ。

 彼女、レベル1なのに、たまきでも苦戦するヘルハウンドを翻弄している。


 だが、これだけじゃダメだ。

 ぼくは必死で考える。

 現状の打開策をひねり出そうとする。


「カズっち」


 身を震わせながら、ミアがいう。


「わたしが、やる」

「やる、って……」

「ヘルハウンド、倒す。刺し違えてでも」


 たしかに、彼女の魔法を惜しみなく投入すれば、ヘルハウンドに勝てるかもしれない。

 だが、まだ傷口もひらいたままの彼女が、いまの状況でそんなことをすれば……。


「ジェネラルに、わたしの魔法、きかない。だから」


 だから、いまここで彼女が潰れても問題はない。

 たしかにそうだ。

 そうだけど、でも、いま彼女は大怪我をしていて……。


 だがミアは、ぼくにすがりつく。

 真剣に、懇願するように、ぼくを見上げてくる。

 彼女と見つめ合い、そしてぼくは、覚悟を決める。


「わかった。途中で気絶したりするんじゃないぞ」

「ん」


 そうとうに血を流しているはずだ。

 いま、こうして意識がはっきりしているのも、奇跡といっていい。


 いや、彼女はすでにレベル9もある。

 ぼくの理論通りなら、そうとうにHPが上昇しているはずだ。

 こう見えて、かなりタフなはずなのだ。


 だいじょうぶ。

 いまのミアならやれる。

 ぼくは自分自身にいいきかせるように、心のなかでそう呟く。


「桜さん、聞いてくれ!」


 ぼくはヘルハウンドとの追いかけっこを続ける長月桜に、大声で叫ぶ。

 どうせ犬っころにこっちの言葉なんてわかるはずがないと決めつけ、じかに作戦を説明する。


「わかったわ」


 短い返答が返ってくる。

 よし、とぼくはうなずく。

 ミアをお姫様抱っこして、立ち上がる。


 ここからは、ぼくたちの時間だ。

 反撃開始。


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