第40話 中等部本校舎制圧作戦1
ぼくは、志木さんが出ていったあと、仮眠を取る。
MPがない以上、やれることはない。
休めるときに休むのも大切なことだ。
考えてみれば、今日は日の出からずっと、ハードに戦ってきた。
睡魔に負けるのは一瞬だった。
意識が闇に落ちる。
※
揺り起こされた。
目をあけると、アリスの顔があった。
「何時だ」
「三時半です」
午後三時半。
ぼくのMPは満タンになったはずだ。
「志木先輩が、起こしてこいって。それと、あの」
アリスはもじもじしたあと、寝ぼけてぽーっとしているぼくに唇を重ねてくる。
舌が入ってくる。
ぼくたちは、息が続く限り、互いの唾液をからませた。
顔を離したあと、アリスは酸欠で顔を真っ赤にして、荒い息をつく。
「カズさんを、元気にしてこいって」
はい。別のところも元気になりました。
欲求に押し流されそうだけど、ぐっと我慢して起き上がる。
たぶん、ここでアリスと幸せな時間を過ごしても、待っている人たちは温かい目で見るだけだろう。
まったく、仕方ないなあと笑うだけだろう。
でも、いまぼくのMPは満タンだ。
ここで時間を消費しては、MPがもったいない。
アリスと楽しむのは、ぼくのMPがカラになったあとでいい。
「どこにいけばいい」
「ロビーに降りてきてくれ、って」
ぼくは、アリスのあとをついて部屋を出る。
前から女の子たちが歩いてくる。
さっき肩を並べて戦った少女たちだ。
そのひとりが、かたい表情で挨拶してくる。
ぼくも、ぎこちなく挨拶を返す。
もっと自然にならなきゃいけないんだろうけど、どうしても、下山田茜の顔がちらつく。
彼女たちとの距離を詰めることに、ためらいを覚えてしまう。
「がんばってください、カズ先輩。わたしたちも、いつでも出られるようにしておきます」
その少女は、そういって、ぐっと拳を握ってみせた。
どうやらぎこちないのは、向こうがぼくを過大評価しているせいみたいだ。
彼女のなかで、ぼくはどれほど英雄なのか。
あと、志木さんが本校舎を攻撃することについて、皆に説明したのだろう。
また勝手に、と思うが、それで実際に手間を省けるなら、まあいいか。
それに、実際にがんばるのは、アリスとたまきとミアと、あとぼくの使い魔なんだけど。
ぼくは後ろで偉そうに命令するだけだ。
あと、ちょっとだけ付与魔法を使うだけだ。
ロビーには、いつの間にか会議室のパイプ椅子とテーブルがいくつも置かれていた。
一部は荷物置き場になっていて、いろいろなものが詰め込まれたリュックサックが四つ、並んでいる。
志木さんが、リュックサックの前で腕組みしてぼくを見上げている。
その横にはたまきとミアの姿もある。
なぜか三人とも、にやにや笑っていた。
「おはよう。アリスちゃんにどこまでしてもらったのかしら」
「起こしてもらっただけだよ」
アリスがうつむいて真っ赤になっていた。
平然と答えた意味がないじゃないか。
まあいいか、照れるアリスも可愛いし。
ぼくはバルコニーの階段を下りて、リュックサックのなかをひょいと覗き込む。
水筒、カロリーメイト、懐中電灯、それに工具箱のようなものが入っていた。
包帯や薬もある。
「アリスちゃんの治療魔法じゃできないこともあるし、MPを使いたくない状況もあると思って。重すぎると思ったら、適当に捨ててちょうだい」
「いや、マイティ・アームをかければ、これくらい余裕で持てるんじゃないかな。ありがとう」
志木さんに礼を行って、ほかの三人に向き直る。
さて、と。
「志木さんから話は聞いていると思うけど」
ぼくは三人に向かって、宣言する。
「これから本校舎を攻めようと思う」
アリスたちは、緊張した面持ちでうなずく。
※
精鋭パーティのジャージの上下には、すでにぼくのハード・アーマーがかかっている。
アリスとたまきの場合、さらに軍手をして、帽子をかぶっている。これらにもハード・アーマーを適用済みだ。
そのうえで、付与魔法をかけていく。
ぼくを含めた四人全員にフィジカル・アップ、マイティ・アーム、クリア・マインド。
アリスとたまきの武器には、キーン・ウェポン。
これだけかけても、消費MPは16。
二十分もすれば回復してしまう。
付与魔法のランクが4になったから、効果時間は八十分から百二十分だ。
「本校舎の敵戦力を削れるだけ削りたい。それを最優先目標にする。この育芸館に手出しできないような状況をつくるのが、最優先だ」
カラスによる偵察の結果、わかった事柄を報告する。
ただし、高等部の偵察をしていたことは伏せる。
いまは関係がないからだ。
そう、それだけだ。
いま彼女たちには、中等部本校舎のことだけに集中して欲しい。
ただそれだけ……。
うん、自分をごまかしても仕方がないよな。
認めよう。
ぼくは高等部を恐れている。
いや、シバという人間を恐れている。
やつが一大勢力を形成し、ぼくたちに危害を加えてくるんじゃないかと、怯えている。
無論、そうならない可能性もある。
生き残った人間同士、協力しあえる可能性も残されている。
でも。
志木さんは、最悪のことを常に頭に入れておけ、とぼくに指示してくる。
楽観的な予測はやめろと、そう命じてくる。
そして、とにかくいまはちからを蓄えるべきだと語る。
ぼくもその点には異存がない。
だからこそ、まず中等部本校舎を攻めたいのである。
アリスたちは、ジェネラル・オークの存在に顔を引き締めていた。
加えて、ジェネラルのそばに正体不明の動物のようなものがいることを聞き、難しい顔をする。
アリスとたまきが顔を見合わせる。
どうやって勝とうかと考えているようだが……。
「基本的に、ジェネラル・オークとは戦わない」
ぼくはきっぱりとそう告げた。
「というより、戦う必要がない。これまでの戦いでは、一度もジェネラル・オークが出てこなかった。やつは率先して前に出る性格じゃない、と判断していいと思う。ぼくたちとしても、ジェネラル一体だけなら、やりようはある。たとえば落とし穴に誘導するとかね」
「カズさん、ほんと落とし穴好きだよね」
たまきが呆れる。
失礼な。
これまでのぼくたちの戦いは、ほとんど落とし穴で勝ってきたようなものだぞ。
落とし穴を笑う者は、落とし穴に泣く。
これは人類普遍の原理、生命定義の基本法則のひとつなのだ。
それはさておき。
「今回の戦闘では、なるべく雑魚オークとエリート・オークの数を削っていくことを目標とする。幸いにして、本校舎のオークは一か所に集結せず、教室ごとにわかれているようだ。これを各個撃破していこう。方法としては……」
「わたしの、サイレント・フィールド」
ミアがいった。
「そうだ。志木さんから説明があった?」
「ん」
よし、説明が終わっているなら、話ははやい。
「でも、カズっち。獣は、鼻がいいかも」
「獣みたいなやつは、ジェネラルと一緒に三階の一番奥の部屋にいる。ならようは、風上に立たなきゃいいんだ。少なくとも二階以下で戦う限り、臭いでバレることはないだろう」
ミアは、なるほど、とうなずく。
「今回は、ヤバくなったら、すぐに逃げる。どうせぼくたちが育芸館にいることはバレているから、そのあたりは遠慮なくいく。撤退時には、志木さんのパーティのちからを借りる」
今回は、志木さんが三人の少女を率いてバックアップにまわってくれることになっていた。
彼女たちの任務は、主にふたつ。
ぼくたち主力パーティが逃げ出す場合のサポートがひとつ。
そしてもうひとつ、生存者を発見したときに、彼女たちを運び出す役割である。
「で、落とし穴なんだけど……」
ぼくはミアを見た。
「ん。志木先輩に頼まれて、穴、つくった。本校舎から五分くらいの、森のなか」
ミアのアース・ピットがあれば、危険を冒して敵本拠地のすぐ近くで穴を掘る必要はない。
魔法でさっと穴をつくり、それを手際よく隠すだけだ。
セオリーさえ知っていれば、数分で可能であった。
「穴の位置は、わたしがきちんと記憶しているわ。いくつかつくっておいたから、場合によって誘導する」
志木さんがいった。
ぼくはうなずく。
「連絡について、だけど……」
志木さんが、さっと無線機を取りだした。
電池式で、掌よりおおきな旧式のタイプだ。
「この育芸館の地下倉庫の奥を漁っていた子がね、たまたま見つけたの。ふたつあるから、ひとつはカズくんが持って。もうひとつは、わたしが持つわ」
なるほど、これならカラスと違って、タイムラグなく通信できる。
もっとはやく見つけたかったところだが……。
贅沢はいえないだろう。
「じゃあ、そういう感じでいこうと思う。なにか質問は」
質問はなかった。
ぼくたちは、リュックサックを背負い、育芸館を出る。
「アリス、たまき。背中が重いようだったら……」
「戦うときは捨てます。だいじょうぶです」
「そうそう。カズさんはどーんと大船に乗ったつもりで、あたしたちの活躍を見ていればいいさー」
たまきがいうとすごく不安なんだけど……。
いや、任せるつもりではあるんだけどさ。
どのみち、ぼくには戦闘力がない。
肉弾戦はアリスとたまき、それに狼に任せるしかない。
ぼくはサモン・グレイウルフを使う。
新たに一体の灰色狼が呼び出される。
狼二体態勢だ。
隠密行動を基本とするから、あまり数を増やしたくはない。
この二体の狼にも、キーン・ウェポン、フィジカル・アップ、マイティ・アームをかけておく。
カラスは一体だけ。
偵察用である。
無線機がある以上、これで充分だろう。
話をしている間に全回復したぼくのMPは、最大値71。
今回は速攻だから、必要に応じてヘイストをかけるくらい、で済むはずだが……。
今回の戦い、なにがあるかはわからない。
MPは温存するに限る。
ぼくたち四人のあとに、志木さんと三人の女の子がついてくる。
槍持ちがふたりで、残るひとりは剣を持っている。
槍を持つうちのひとりは、以前も会話したポニーテールの少女だった。
って、きみは女子寮で助けた子だよね。
さっきも少しの間とはいえ見張りをしていたし、体力は大丈夫なんだろうか。
彼女はぼくの視線に気づくと、「よろしくお願いします」と抑揚のない口調でいった。
「あ、ああ。よろしく」
「どうせ、眠れません。身体の方は治療魔法で治りましたし、少しでもお役に立ちたいです」
「そうか。無理をしていなければ、いい」
「はい。オーク、たくさん殺してくださいね」
いやまあ、そのつもりではあるけど。
淡々と、表情も変えずにそういわれてしまうと、なんか怖い。
いや、彼女の境遇的に、オークを憎む気持ちはわかるけど。
はたしてそんなぼくの違和感をどう思ったか、たまきが口を挟んできた。
「桜ちゃんは、前からこんなかんじよ。ぶっきらぼうだけど、わるい子じゃないわ」
「あー、知り合い、だったのか」
「ううん、桜ちゃんはあたしのこと、知らないんじゃないかな」
桜と呼ばれた少女は「はい、知りませんでした、先輩」とうなずいた。
たまきを先輩、と呼ぶってことは、彼女は二年か、それとも一年生?
「でも有名人なのよ。二年の長月桜ちゃん。陸上部で、すごく足が速いの。全国大会に出たこともあるんだよ」
あー、なるほど、いわゆる一芸タイプのひとか。
そんな彼女にも、脅威は平等に襲ってきた。
彼女が生き残ったのは幸運に恵まれたからにすぎない。
いや、本当に幸運なのだろうか。
ただ単に苦痛が長引くだけかもしれない。
そうならないように努力するのが、ぼくたちの役目なんだけど……。
なんか他人事だな。
本当はここで、ぼくが「きみたちの未来をつくる」とでもいえばいいんだろうけど。
ま、そういうのはぼくの柄じゃないな。
目の前にある、できることを片づけていくだけだ。
「足なら、任せてください。わたし、槍術と運動を上げました。囮、がんばります」
「わかった、頼む」
彼女は槍術1/運動1か。
森のなかでは戦いやすいかもしれないな、と思う。
ぼくは彼女を含むサポートパーティの全員にフィジカル・アップをかけた。
そして、ぼくたちは本校舎の近くに辿り着く。
サポート・メンバーは近くの茂みに隠れる。
ぼくたちは、巡回のオーク二体を素早く殺す。
巡回というか、ただ校舎の周囲をうろうろしていただけみたいだけど、とにかくアリスとたまきが瞬殺する。
壊れた窓ガラスのある教室の前に忍び寄る。
カラスに、そっとなかを覗かせる。
「オーク三」
よし。
ぼくはミアに合図する。
ミアはサイレント・フィールドをアリスとたまきにかける。
その間に、ぼくはカラスをふたたび窓のところへ行かせる。
カラスには、オークがすべて背を向けたタイミングで片方だけ翼を持ち上げろ、と命じておいた。
はたして、十秒ほどのち。
カラスが、片方の翼を持ち上げる。
作戦開始だ。




