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第34話 第二次育芸館防衛戦 その5

 ぼくの目の前で、ぼくの指示に従っていた女の子が、死んだ。

 ぼくのミスだ。

 無意識のうちに、ゲームのように考えていた。

 オークたちが混乱して渋滞していれば、エリート・オークは前に出てこられないと、そう決めつけていた。


 エリート・オークがいかに残忍で粗暴か、忘れていた。

 そのせいで、仲間が死んだ。


 しかも未だ、エリート・オークはフリーの状態にある。

 アリスとたまきは、離れた場所で別のエリート・オークと戦っている。

 ミアもそのサポートに出てしまっている。


 少女を真っ二つにした青銅色の肌のオークは、いま、ぼくの数歩先で膝立ちとなっている。

 そのエリート・オークが立ち上がる。

 左右の少女を見る。


「よくもっ!」


 残るふたりの少女が、逆上して刺突を繰り出す。

 ダメだ。

 あんな貧弱な一撃では、エリート・オークの分厚い外皮に傷ひとつつけられない。


 これまでアリスやたまきが相手にしてきたこの強靭な豚人間が、いかに強大な敵だったか。

 ぼくはいままさに、それをまざまざと見せつけられている。

 時間が引き延ばされるような感覚を覚えている。


 迂闊な攻撃は、危険だ。

 攻撃後の隙に反撃される。

 ふたりまとめて首を刎ね飛ばされ、それで終わりだ。


 だが、彼女たちが稼ぐわずかな時間で、ぼくは逃げることができるかもしれない。

 いますぐ背を向けて走り出せば、生き延びることができるかもしれない。


 いまぼくの近くには、使い魔の灰色狼が二体もいる。

 こいつらも盾として数秒を、数瞬を稼ぐのだ。

 そうこうするうちに、アリスとたまきとミアが、エリート・オークを倒して戻ってくるだろう。

 こいつを倒すのは、そのあとでいい。


 その間に、この場にいる少女たちは全滅するかもしれないが……。

 しかし、ぼくたちは生き延びる。

 ぼくとアリスとたまきとミアと、ついでに志木さんは生き延びる。


 全体を考えれば、それが最善だ。

 リスクとリターンを計算すれば、それが最良だ。


 だから。

 ぼくは二体の狼に命令を下す。


「いけ! 彼女たちを守れ!」


 はたして狼たちは、ぼくの命令通り……。

 少女たちの身体を、突き飛ばす。

 槍を手にした彼女たちを、その身で押し倒す。


「え……っ、なん……でっ」


 ふたりの槍使いの少女たちは、唖然としてぼくの方を見る。

 その頭上を、エリート・オークの大斧のひと薙ぎが通り過ぎていく。


 狼によって押し倒されなければ、確実にこの一撃で少女たちは死んでいただろう。

 ふたりまとめて、胴のところで真っ二つにされていただろう。


 ぼくは、ほっとする。

 ほっとしたあと、なぜ、と自問する。


 なぜいまのうちに、逃げなかった。

 どうしてぼくは、彼女たちを助けた。


 わかっている。

 ぼくは顔をあげ、エリート・オークを睨む。

 その凶悪な紅の双眸を、真正面から見据える。


 そうだ。ぼくは彼女たちに情が移っている。

 いま死んでしまった少女を悼み、彼女を守れなかった己を強く責め苛んでしまう程度には、彼女たちの命に責任を感じている。


 いまなら、志木さんがあのときいった言葉の意味がわかる。

 彼女はぼくに対して、仲間の死に責任を覚えるなと、そう忠告したのだ。

 それはすべて自分が背負うから、ぼくには、ただの駒として彼女たちを遇せよ、と。

 そうでなければ、ぼくの心が壊れてしまうかもしれないからと。


 ありがとう、志木さん。

 クソ喰らえだ。


 ぼくはエリート・オークを睨んだまま、立ち上がる。

 こんちくしょうと、凶暴な殺人鬼を睨み据える。


「かかってこい、豚野郎!」


 ぼくの叫びの意味を理解したかどうかはともかく。

 エリート・オークは、少なくともそれを挑発と受け取ったようだ。

 怒り狂って咆哮し、ぼくに迫る。


 そんなエリート・オークに、樹上からの火球やらナイフやらの攻撃が飛来する。

 まったくの無駄だった。

 火球を腹部に受けてもよろめきすらせず、肩に当たったナイフは外皮に弾かれる。


「そうだ、こっちだ!」


 ぼくはエリート・オークに背を向け、駆け出す。

 幸いにしてぼくの脚にはフィジカル・アップがかかっている。

 とにかくいまは、時間を稼ぐのだ。


 と、そのとき。

 前方、館の入り口に視線を移したぼくは、玄関のドアが開いたことに気づく。

 なかから、ひとりの少女が出てくる。

 さきほどぼくたちが女子寮で助けた少女のうちのひとりだ。


 少女は、ぼくと、ぼくを追うエリート・オークを見て、恐怖に立ちすくんだ。

 やばい。

 このまま走っていくと、彼女を巻きこんでしまう。

 ぼくは思わず、たたらを踏む。


 そして。

 不意に、背筋に鳥肌が立つ。


 慌てて振り返る。

 エリート・オークがぼくめがけて大斧をぶん投げてくる、まさにその瞬間を目撃する。


「リフレクション」


 とっさに叫んでいた。


 ぼくの顔面に迫った大斧が、見えない壁に衝突する。

 大斧が反射される。

 まっすぐ、エリート・オークに跳ね返る。


 エリート・オークの顔面に、斧が突き刺さった。

 左目が潰れ、青い血が噴水のように吹き出る。

 やった……のか?


 いや。

 エリート・オークは、咆哮する。

 斧を引き抜き、おおきく振るう。


 風圧だけで、ぼくの身体が浮き上がるような感覚を覚える。

 ダメだ、こいつは強すぎる。

 桁違いすぎる。

 こんなやつ、アリスやたまきをぶつける以外で、どう相手にしろというのだ。


 だがエリート・オークは、近くのぼくを無視して、狂乱したように斧を振るう。

 こいつ……右目も、見えていないのか?


 よく見ると、右目を閉じている。

 吹きだした血が入ったのか。


 だけど、どうすればいい。

 大斧を振りまわして暴れているこいつを、どうやって攻撃すれば……。


 と、がむしゃらに振りまわした斧が、偶然、ぼくのすぐそばを通り過ぎた。

 ぼくは思わずあとずさりして……。

 草を踏みしめるその音に、エリート・オークがこちらを向く。


 やばい。

 冷や汗が吹き出る。

 確実に捕捉された。


 エリート・オークが大斧を振りかぶる。

 そして……。


 その足もとに、チェーンがからみつく。

 横の林から飛び出てきたチェーンだ。

 いや、よく見れば、木陰から志木さんが顔を覗かせている。


「よかったわ、これも投擲スキルの範疇で」


 志木さんが、ぐいとチェーンを引く。

 エリート・オークはバランスを崩し、もんどり打って倒れる。

 ぼくは、しばし呆けたようにたたずみ……。


「カズくん! しっかりしなさい!」


 志木さんの叱咤の声に、はっとわれに返る。

 ぼくは狼たちに攻撃命令を下す。

 二体の灰色狼が、一斉にエリート・オークへと襲いかかる。


「斧を持つ手を攻撃しろ! 可能なら斧を奪ってしまえ!」


 狼の一体がじたばた暴れるエリート・オークの指を噛みちぎる。

 もう一体が、大斧の柄を口にくわえて、ぼくのもとへ引きずっていく。


 ぼくにはまだ、マイティ・アームがかかったままだ。

 さっき穴を掘るときに必要だった。

 あれからまだ一時間もたっていない。


 ぼくはほんの少しの間、目の前の大斧を見おろし……。

 意を決して、持ち上げる。


「待って、カズくん! わたしが……」

「来るな、志木さん」


 重い。

 だけど、振りおろすだけなら、できなくもない。


「これは、ぼくがやる。ぼくに、やらせてくれ」

「カズ……くん」


 志木さんの声で、わかる。

 彼女は、前線でなにが起きたか知っているのだろう。

 見てきたのか、あるいはただ察したのか。


 どっちでもいい。

 彼女はぼくの危機を察知して、助けに来てくれた。

 ぼくではできないミスの尻拭いをしようと、駆けつけてきてくれた。


 ありがとう。

 でも、これはぼくの仕事だ。


 仇を取るのは、ぼくじゃないといけないのだ。

 さもないと、ぼくはぼくを、許せない。

 いや、こんなことをしたところで、許されるとも思っていない。


 でも、やるんだ。

 一歩、二歩、倒れたままじたばた暴れるエリート・オークに近づく。

 間合い、よし。

 ぼくは雄たけびをあげて、斧を振りおろす。


 腰も入ってない、へなちょこの一撃だった。

 だが斧の重量が乗った、強烈な斬撃だった。


 運もよかった。

 ぼくの斬撃は、ちょうどエリート・オークの首筋に命中した。

 青銅色の頭が、鞠のように高く跳ねた。


 青銅色の肌の頭部が地面に落ちて。

 ころころと、草むらを転がった。


「倒し……た」


 ぼくは茫然として、その場にへたりこむ。

 全身から力が抜ける。


 喚声があがった。

 見れば、樹上の少女たちが、ぼくを見て喝采を上げていた。


「よくやったわ」


 志木さんが、ぼくのそばに来て、小声でそういった。


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