第27話 育芸館防衛戦
十一人のうち九人までが出払っているため、いま育芸館に残っているのは、ふたりだけだ。
ぼくは育芸館を出発する前に指示を出し、玄関のまわりに穴を掘ってもらった。
あの塹壕っぽい穴のおかげで、敵の侵入ルートは限定されるだろう。
それでも、たったふたり。
限られた戦力で、オークの襲撃からどれだけの時間を稼げるか。
猶予はないと見るべきだった。
「アリス、たまき、ミア、ついてきて。残りのひとたちの指揮は、志木さんに任せる」
それだけいい捨てて、四人だけにフィジカル・アップをかけ、育芸館の方へ駆け出す。
志木さんの抗議の声は、無視。
いまは一分、一秒が惜しい。
志木さんに指揮権を持たせることがどうこう、などという葛藤は、きっぱりと捨てる。
そんなくだらないことは、戦いが終わったあとに考えればいい。
先頭はぼくと、ぼくの使い魔である狼だった。
背中から聞こえる足音で、アリスたちが追ってきているのがわかる。
ぼくは狼を先行させることにした。
育芸館を守る少女たちが危機に陥っていたら助けるよう、いい含めておく。
灰色狼は、一気に加速する。
すぐ木々の間に姿を消した。
なおも、走る。
ほどなく、ぼくにも剣撃の音が聞こえてくる。
残っていた女の子が持っているスキルは、たしか槍術1/付与魔法1と、槍術1/火魔法1だったはず。
槍術ばかりなのは、ぼくが長い間合い武器を推奨したからだ。
女子の薙刀と男子の剣道の試合、というニュースを以前、見たことがある。
武術において男女のちからの差はおおきい。
それでも薙刀のチャンピオンならば、剣のチャンピオンを相手に互角の試合ができるとか、たしかそんな感じの記事だったように思う。
武器のリーチというのは、それくらい重要ということだ。
昨日のアリスは、槍のリーチを活かし、常にオークの先手を取って戦うことで、終始、優位に戦いを進めていた。
だからレベル1がふたりでも、うまくコンビネーションを組めれば、オーク二、三体程度ならなんとかなる、と……。
そう思いたいところである。
森を抜けた。
視界が開ける。
育芸館のまわりに、二十体以上のオークが集まっていた。
玄関の前に幅広の穴が開いているため、オークはふたつのグループに分かれ、左右から育芸館の玄関に迫っている。
ふたりの少女は、玄関の入り口の前に立ち、背中合わせになって必死で目の前のオークを防いでいる。
幸いにしてオークの側には槍持ちがいなかった。
得物のリーチの差が功を奏して、かろうじて敵を寄せつけないでいた。
だがそれも、限界がきている。
腰砕けになった片方の少女が、バランスを崩した。
転倒しかける。
その隙に、剣を持ったオークが素早く間合いを詰め……。
そこに、ぼくの使い魔の狼が乱入する。
跳躍ひとつでひろい穴を飛び越え、少女を襲おうとしたオークを引きずり倒す。
狼とオークは、そのまま穴のなかに転がり落ちていく。
よしっ、よくやった!
ぼくは足を止める。
「カズさん!」
アリスのかけ声。
ぼくを追い抜くアリスの肩に、素早くタッチし……。
「ヘイスト」
アリスの全身が黄金色に包まれる。
彼女の身体が加速する。
槍を手に、向かって左手のオーク集団に乱入していった。
オークの背中から、心臓への刺突。
アリスの一撃を受け、オークは苦悶の声をあげて倒れる。
オークの集団は、後方から襲来した凶悪な殺戮者に気づき、ひどくうろたえた。
「カズさん、カズさん、あたしにもヘイスト!」
「いや、たまきはここで待機」
「えーっ、なんで!」
「ぼくとミアを守る役目だ。ミア!」
「んっ」
ミアは風魔法ランク1のスリーピング・ソングを、右手の集団に連続して使った。
渋滞している列の後方のオークが、ばたばたと倒れていく。
前の方のオークは、目の前で悲痛な表情を浮かべて抵抗する少女たちに夢中だった。
後方の異常に、ちっとも気づいていない。
スリーピング・ソングは、対象一体を浅い眠りに導く魔法だ。
下手をすると倒れた衝撃で起きてしまうほど、という説明であったが……。
どうやらオークはそのあたりひどく鈍感なようで、地面に頭を打ちつけてもぐーすか寝息をたてていた。
「……なんか、この魔法、めちゃくちゃ強くないか?」
ぼくは思わず、呟く。
ミアが肩をすくめる。
「ん。オークが思った以上に……」
「馬鹿だな」
「ん」
これなら、ぼくたちの護衛はいらないか。
「たまき、寝ているオークにトドメ刺しにいってくれ」
「わかったわ、任せといてっ!」
右手集団。
倒れているオークにたまきが駆け寄り、大斧を振りおろす。
当たれば、それが胴でも頭でも、とにかく一撃で絶命する壮絶な一撃だ。
オークたちは、うめき声ひとつ上げるだけで次々とこときれ、宝石に変化していく。
左手集団。
アリスの方は、多少、苦戦していた。
彼女のまわりに六、七体のオークが集まり、さしもの彼女も牽制だけで手いっぱいといった様子である。
囲まれたら、いくらアリスでも危険だ。
もう一体、狼を召喚して助けてやりたいが……。
MP不足だ。
いまとなっては、先刻、サモン・クロースに使ったMPすら悔やまれる。
「ミア、そっちのMPは」
「まだいける。アリス先輩を助ける」
ミアはヒート・メタルを使って、アリスと対峙するオークの手から武器を落とす。
無防備になった瞬間、アリスが鋭い刺突を繰り出す。
オークは、急所である心臓や喉を貫かれて息絶える。
一方、玄関付近で粘っていたふたりの少女は、ぼくたちの参戦によって俄然、息を吹き返していた。
火魔法を使える少女が、ころあいを見て目の前のオークに火魔法ランク1のファイア・ブレットを放つ。
炎の弾丸がオークの顔に命中し、顔面が燃え上がった。
オークは悶え苦しみ、穴のなかに落下する。
いける、と見たその少女が、ファイア・ブレットを連続して放ち、合計で三体を倒してのける。
その後ろのオークが、たじたじとなり、一歩、下がる。
いまだ、と見てその子はさらにファイア・ブレットを使おうとするが……。
オークの一体が、わざと穴に落ちたあと、育芸館の側に這い上がって、その少女の足もとを剣で払おうとしていた。
まずい。ぼくはとっさに、手もとのカラスを飛ばす。
片手で這い上がり、もう片方の手で剣を握っていたそのオークは、カラスのくちばしに頭を突かれ、悲鳴をあげてふたたび穴のなかに落下していった。
「足もとに注意して!」
「は、はい! ありがとうございます、カズ先輩!」
あ、ぼく、カズ先輩って呼ばれるんだ。
いやまあ呼び方なんて、なんでもいいけど。
ミアにいたっては「カズっち」だし。
さて残りのオークのうち、一体はもうひとりの少女が鋭い刺突で仕留めた。
それ以外のオークは、アリス、たまき、そしてぼくの使い魔の狼が、片っ端からトドメを刺していく。
ついにオークたちの士気が決壊した。
生き残った五、六体のオークが、森のなかに逃げ込んでいく。
「たまき、アリス、追撃! でも、あまり無理はするな!」
追撃戦に移るが、今回、敵は一体ずつ別の方向に走っていく。
ぼくの狼は、と穴のなかを見れば、四つ足ゆえ、穴から出るのに苦戦していた。
……そりゃ、そうか。
仕方がない。おまえはよくやった。
森に数歩入ったオークの背中に、追いついたアリスが槍を突き立てた。
断末魔の悲鳴が響き渡る。
ここで、たまきとミアがレベルアップした。
※
ぼくたちは、白い部屋で相談する。
結果、たまきは剣術をランク3に、ミアは地魔法をランク3に上昇させることになった。
さて、問題はここからだ。
まだ三体ほどのオークが、森のなかを逃げているはずだった。
このオークを追跡してもらうべきか。
それとも、適度なところで切り上げてもらうか……。
ぼくはアリスとたまきの顔を見る。
ふたりとも、多少、疲れている。
とはいえ、ぼくが命令すれば、どこまででもオークを追うだろう。
その結果、どうなるか。
もしふたりが深追いしすぎてしまったら。
もしほかのオーク部隊に見つかったら。
包囲されて、逃げられなかったら。
ましてやエリート・オークを含む部隊だったら……。
よし。
ぼくは決意して、顔をあげる。
「ふたりとも、深追いは厳禁。育芸館からあまり離れるようなら、諦めて戻ってきて」
「いいんですか、カズさん」
「ふたりの身の安全の方が大切だ」
ぼくはそういって、両手でふたりの頭に手を置き、髪を撫でた。
「ふたりのことを信頼してる。本当に、無理は禁止だ」
「わ、わかったわ、カズさん」
たまきは頬を朱に染め、上目遣いにぼくを見上げて、コクコクうなずく。
うん、まあこれなら、夢中になって命令無視で追いかけすぎる、とかいうこともないだろう。
たまき:レベル4 剣術2→3/肉体1 スキルポイント4→1
ミア:レベル4 地魔法2→3/風魔法1 スキルポイント4→1
白い部屋から戻る。
あとから聞いた話だが、アリスとたまきは、さらに二体のオークを仕留めたという。
そこまでだった。
彼女たちはいいつけ通り深追いを諦め、育芸館に戻ってきた。
なんとか戦いに勝利したものの、ぼくたちはその存在をオークに知られてしまったことになる。
ぼくはなんとか平静を装いながら、アリスたちの報告を聞いていた。
ほどなくして、生存者を背負った志木さんたちがおそるおそる近寄ってきた。
「終わった……の?」
「ああ、なんとか。最善ではないけど、みんながんばってくれた。……けど」
簡単に状況を説明する。
志木さんは表情をかたくしてうなずいた。
「守りを固めないといけないわね」
そう、オークを逃してしまった。
彼らはここに生存者が集まっていることを知ってしまった。
なら、ふたたび来るだろう。
おそらくは大軍で。
次の戦いが正念場になる。




