第100話 世界樹の森の戦い4
たまき、アリス、ミアが同時にレベル21になった。
それも当然かもしれない。
現在、たまきとアリスが経験値30点差、アリスとミアの間は20点差にすぎないのである。
対してアラクネ一体を倒して手に入る経験値は60点もある。
メイジ・アラクネともなれば、きっと200点近くになるだろう。
「ところで、ルシア。これでアラクネのボスは倒したわけだけど、やつらは撤退すると思うか」
ルシアは首を振った。
「魔法を使うアラクネは、リーダーではありません。アラクネたちのリーダーは、一般にチャンピオンと呼ばれる前衛タイプの個体です」
え、マジか。
あー、しかもいま、ルシアはチャンピオン、っていったな。
これは命名法則に従って自動翻訳が入ったってこと……なのかな。
「ちなみに、アラクネのタイプって、メイジ、チャンピオンのほかには?」
「ジャンパーと呼ばれる、跳躍能力に特化した個体がいるそうです。また、レジェンドと呼ばれるおそろしい個体がいる、という噂もあります。遭遇した兵士たちの妄想、と切って捨てる者もいますが……もしレジェンドが存在するとしたら、そのおそるべき戦闘力は、間違いなく神兵級に分類されることでしょう」
うわー、なんだそれ。
神兵級って、つまりメキシュ・グラウみたいなやつってことか。
軍団と一緒にあんなのが出てきたら……。
冗談じゃないぞ。
メキシュ・グラウのときは、あいつ一体だったから、かろうじて勝利を拾うことができた。
もし乱戦のなかであのクラスの敵を相手にするとしたら、さて。
ちょっと、どころじゃなく厳しいと思う。
そうなったときは、ルシアが最後の頼りになるかもしれないなあ。
あと、彼女のMPは温存しておくべきか。
かといって、敵が多数いる現状、面制圧火力を出し惜しみする余裕もないんだけど。
「でもさ、もしボスがいるなら、いま出てきてないとおかしいよね」
たまきが、もっともなことをいう。
あー、たしかにそうだなあ。
「ん。あの場所にいたアラクネは、主力が光の民の兵隊さんを追っていった、その残りだって話、だから」
「そうですね、ミア。チャンピオンは本隊の指揮をとっている可能性が高いでしょう。もしレジェンドがいるとしても、そちら側の可能性は高いと考えられます」
つまり、といってルシアは微笑む。
「わたくしたちには、いくつか選択肢があります。そのうちのひとつは、こうして本隊から外れた敵部隊を適宜、強襲し、経験値と実績を重ねることです。リーンも、わたくしたちの発言力が増えることを喜ぶことでしょう。光の民の本隊は苦戦を強いられるでしょうが、些細なことです」
「おお、黒い!」
ミアが両手をあげ、嬉しそうに叫ぶ。
なんできみ、そんなに嬉しそうなんですかねえ。
というか、このひとの笑み、どこかで見たことがあると思ったけど……。
「ルシアって、志木さんに似てる気がするなあ」
「あ、やっぱりそう思いました? じつは、わたしも」
アリスが遠慮がちに口をひらく。
彼女にしては珍しく、辛口である。
いや、本人は辛口のつもりがないかもしれないけど。
「その場合でも、この街を探索し、生き残りとグロブスターの捜索だけは行うべきです。グロブスターは絶対に潰すべき戦術目標ですし、生き残りを救うことは、わたくしたちの評判向上につながるでしょう」
「うん、ルシアっち。きみは志木っち二号だ」
ミアがうんうんうなずき、ルシアの肩に手を載せる。
ルシアはきょとんとして小首をかしげる。
首尾よく山へと転移門が開通したら、すぐにでも引き合わせるよ……。
さて、それにしても、とぼくはルシアの様子を窺う。
彼女は、さきほどぼくが兵士に受けた仕打ちを考慮して、わざとこういう風に煽っているのだろうか。
ぼくを馬鹿にしたやつらに対して、相応のお返しがあるべきだと。
そう、言葉で誘いつつ、ぼくを試しているのかもしれない。
ぼくがどこまで感情に引きずられるのか、プライドを傷つけられた状態で、どこまで冷静に判断できるのか。
実際のところ、あの程度でぼくの思考は曇らない……と思いたい。
うん、だって昨日の夜、ぼくはもっと怒っていた。
シバにアリスを奪われ、その状況でなお、シバを殺さなかった場合のシミュレーションをして……。
結局、あいつが生きていることは百害あって一利なしだと判断した。
あの選択は、熟慮の上で選んだことだ。
志木さんも賛同してくれた。
だから、たぶん、今回も。
ぼくは、判断を間違えない。
とはいえ、ひとまずいまは、直近のことだけ考えよう。
「基本方針の確認。アラクネが逃げても、深追いはナシで。拠点占拠だけで満足しよう」
今回、スキルポイントは貯めるだけだ。
もとの場所に戻る。
アリス:レベル21 槍術6/治療魔法5 スキルポイント6
たまき:レベル21 剣術8/肉体1 スキルポイント5
ミア:レベル21 地魔法4/風魔法7 スキルポイント4
※
白い部屋から帰還した直後。
アラクネたちは、算を乱して逃げ始める。
ありゃ、メイジがやられたと思ったら、すぐ退散か。
まあ、もはや彼らに勝ち目もないし、守る上司もいなくなったってことだろう。
いちいち相手にするのも面倒だし、ちょうどいい。
使い魔たちには、深追いはするなと指示する。
その指示を出す前に、グレーター・ウィンド・エレメンタルがアラクネを一体、電撃弾を放って潰していた。
うあわ、さすがランク8の使い魔、頼りになるなあ。
さて、敵が逃げたあと。
ぼくは二体の使い魔に加えてカラス5体を召喚し、ディフレクション・スペル+ナイトサイトで暗視を与えたあと、樹のうろの偵察に出す。
もし敵が潜んでいたり、罠が仕掛けられていたとしても、使い魔が潰される分にはなんの問題もない。
ほどなく、あちこちの大樹のうろを覗いていたカラスの一体が戻ってくる。
テレパシーによれば、なかにグロブスターがいるとのことだ。
ぼくたちの間に、一気に緊張が走る。
「たまき、アリス。グロブスターがモンスターを召喚していないかどうか、警戒しつつ接近。危ないと思ったら飛んで逃げて」
改めてフライをかけ、そう命じる。
ぼくとミア、ルシアはたまきとアリスの後ろからついていく。
恐れていた奇襲はなかった。
教室ひとつ分くらいはありそうな、木のうろの空洞。
その中央に、不気味に脈動する肉塊がある。
グロブスターだ。
薄暗いその空間から、排泄物の臭いと甘い臭いが混ざり合ったような、鼻をしかめたくなる不快な臭いが漂ってきている。
女性の呻き声、喘ぎ声が聞こえる。
予想通り、グロブスターの肉塊には、複数の女性が埋め込まれていた。
耳が顔の横と上、合わせて四つあることからして、光の民なのだろう。
グロブスターが脈動するたび、女性たちが苦痛とも快楽ともつかぬ声をあげる。
白い肌に張りつく汗が、差し込む陽光を浴びて、てらてらと艶やかに輝く。
思わず喉を鳴らしてしまい、アリスとたまきに睨まれた。
「ん。カズっちも男の子。仕方がない」
「ミア、きみはそんなところで、ものわかりのいい女を演じなくていい」
それはさておき、彼女たちを助け出してやらなければならない。
この仕事は……一度やったことがあるアリスとたまきに任せるのが無難か。
彼女たちに指示を出す。
「ミア、ついてきて。ほかの木のうろも、一応、覗くだけ覗いておこう。使い魔が探っただけじゃ、怖がって隠れたままの住民もいるかもしれない」
「えー、わたしも見てたい。後学のために」
なんの後学だよ。
ごねるミアを引きずって歩きだす。
「ルシア、きみは作業の監督と、助けたひとたちのケアを」
「わかりました。お気をつけて」
まあとにかく、なにか理由をつけてあの場を離れられればよかったのだ。
正直、女性があんな風になっている姿は、あまり見たくない。
本能的に情欲を感じてしまうのは仕方がないにしても、あまりに痛ましいその姿を直視し続けるのは、申し訳ない気持ちになる。
「カズっち、エッチな気持ちになってるなら……」
妙なことをいいかけたミアのおでこに、デコピンを見舞う。
ミアは額を押さえて、むうと上目遣いに睨んでくる。
「まだ戦場だ。余計なことは考えるな。それこそ死亡フラグだぞ」
「うわ、カズっち死亡フラグとかなにいってるの。これだから現実と空想がごっちゃになるひとって」
ミアは、大げさに肩をすくめてみせる。
殴りたい、その笑顔。
「真面目にやるぞ。勝ったと思った直後に奇襲されるのが、一番怖い」
「ん。まわりの気配とかわかればいいのにね。いまばかりは、兄の手でも欲しい」
あー、ニンジャはこういうとき、頼りになりそうだなあ。
偵察スキル持ちが欲しいところではある。
……偵察スキル持ち、か。
「一応、地面があるところならアース・エレが、空気の流れを読むならウィンド・エレが得意なんだけど」
「こういう樹の上とかは、無理?」
「サモン・インヴィジブル・スカウトを使う手はあるけど……」
召喚魔法ランク8のサモン・インヴィジブル・スカウトは、透明な偵察兵を呼び出す魔法だ。
この使い魔は、隠密能力と索敵能力に優れるが、戦闘力は皆無である。
わざわざ偵察のためにMP64点を恒常的に消費するのは、現状だとかなり辛いものがある、気がする。
「でも、不意を打たれたら元も子もないよ」
「ファイア・エレメンタルを消して、サモン・インヴィジブル・スカウトを使うべきかな……」
もし使い魔を3体維持する場合、ぼくの最大MPは260から68に激減する。
カラスを併用するなら、さらに減るだろう。
最近は結構、ディフレクション・スペルを多用するため、連戦だとなかなか辛いものがある。
「火エレは削りたくない。使い魔のヒールは、もうアリスちんとルシアちんにお任せでいいし、あまり付与魔法を使わないでも、先に敵さえ見つけられれば……先手必勝、ルシアちんの火力で殲滅すればいいよ」
なるほど、さすがミア。
戦術レベルでどういう対応をすればいいのか、瞬時に計算してくれる。
となると……たしかに使い魔を三体、展開するのもアリか……。
ぼくたちは具体的な戦術オプションを話し合いながら、無残に壊滅した街のなかを見てまわる。
光の民の死体があちこちに放置されていた。
彼らが倒したものなのか、宝石があちこちに落ちている。
それらもすべて、回収させてもらう。
ぼくたちが倒したアラクネの分も含めて、青い宝石は全部で二十一個にもなった。
これまでと合わせて、ぼくたちが保持するトークンは810個分。
そろそろ、なにかいいものが買えるかもしれない。
とはいえ、またなにか急に欲しいものが出てくるかもしれないし……うーん、難しいところだなあ。
「ルシアちんの魔力解放まで貯めるのも、アリ」
「でもあれ、トークン3000個分だろ」
そう、ルシアの持つ特殊能力、魔力解放を取得するには、いまぼくたちが保持している全額の、さらに三倍以上ものトークンを必要とする。
しかも、それでパワーアップするミアは、あまり攻撃魔法の行使が有用だと思っていない様子である。
「いまのところは、いらない。でも、いつか必要になるような敵が出てくるかもしれない」
ミアはいう。
うーん、それってつまり、メキシュ・グラウを超える強さを持った敵、ってことかなあ。
そのうえで……ルシアの火魔法がきかない相手。
充分にありえる気がするのが、怖いところである。
ほんと、モンスター側の戦力の限界が読めない。
この先、さらにインフレしていったら……。
ぼくたちのスキルランクは、9が限界なのだ。
こちらは頭打ち、しかし敵側はどんどん強くなるって……。
悪夢だなあ。
「だいじょうぶ。なんとかなる」
はたしてミアは、ぼくの内心にどれだけ気づいているのか。
笑って、フライでちょっと宙に浮き、少し上から器用にぼくの頭を撫でる。
うーん、慰められてしまった。




