第6話(モアイな訪問者)
私はいつものように朝食を終え、部屋で今日の仕事(妃業)の予定を告げにくる事務官ユーロウスを待っていた。時間に遅れることのなかった彼が今日は珍しくまだ来ない。
どうしたんだろう?体調でも崩したのかと思っていると、ようやく部屋にやってきた。宰相を引き連れて。
宰相は淡々としつつも重々しい雰囲気を醸し出している。爽やかな朝から会いたい人物じゃない。
施政者とはこういうものなのか。視線で威圧してくる。陛下よりは歳を召しているような気はするけど、私の年齢判別能力はまるで外れるから三十~六十歳くらい、と幅を持たせておくことにする。
落ち窪んだ眼と面長なやや突き出た顎でおちょぼ口。どっかで見たと思ったらモアイだ。
そう思った途端、宰相の醸し出す重厚感が霧散してしまう。
静かな視線を向けてくる宰相へ、私はニヤニヤ口元を緩ませながら向き合った。
「晴れやかなこの日に妖精のような麗しいナファフィステア妃に、お目にかかれますこと恐悦至極にございます」
モアイは背筋がぞわぞわするような前置きを告げながら私の前で膝を折った。
私は顔を引きつらせながら彼にむかって手を差し伸べた。
気色の悪い挨拶は端折って簡単な挨拶にとどめるよう事務官ユーロウスをいいくるめてきた。出来ればそれをモアイにも伝えて欲しかったと思う。モアイは宰相だから、一介の事務官ごときの言葉や妃の言葉には耳を貸さないのかもしれないけど。
心にもない装飾形容詞は気持ち悪い、と言っても聞く耳をもたない人種はいる。女性というものは、美意識過剰なものだと誤解している輩がいるようだから。ほんとに気色悪くて顔が困るんだけどな、作りようがなくて。
「おはよう、宰相トルーセンス」
モアイが丁寧な挨拶をしたものだからユーロウスもしないわけにはいかず、申し訳なさそうな顔をしながらもモアイよりは控え目に私への挨拶を行った。
ふうっ、朝から面倒な。
モアイは何を告げにやってきたんだろう。
私はソファーに座り、二人にも目の前の椅子を勧めたのだった。
王宮内の小さいが豪奢な一室に静かな緊張が漲る。
私は背後に警護騎士二人を従え、侍女リリアがお茶の支度をするのを待った。リリアがテーブルへ茶の用意をするカチャカチャという陶器の音だけが室内に響き渡る。
私は宰相の様子を観察した。もちろん、相手はもっと熱心に観察しているようだ。
リリアは、三人分のカップと茶菓子を出し終えると、一礼して後ろに控えた。
私はゆっくりと瞬きをして、宰相へ目線をあて微笑んでみせる。それが接見開始の合図だった。
「このお菓子は王都での人気店最新作なの。ご存知かしら。濃厚なクリームが絶妙でね。ぜひ、この苦みのあるお茶と一緒に召し上がって」
作り笑顔を張り付けて宰相にテーブルを指し示す。お茶菓子はパウダー状の白い粉に覆われた一口サイズの丸いパンのようなもので、二段の三角錘に飾り盛られている。器も美しいが、盛り方も芸術である。
しかし、モアイはそんなことに関心はないようで一瞥しただけだった。
朝からこんな甘いものを?と思うかもしれないけど、お茶には何がしかが必須。マナー教育の成果を発揮してモアイをもてなしてみたんだけど、成果は今一つの模様。何か間違えたかな?
いや、相手が悪かったんだと思う。
こうまで美味しそうなお菓子を無視されるのも寂しいものだ。少しくらい媚を売って関心のあるふりの一つもすればいいのに。
私はカップから一口お茶を飲み、苦みを堪能した後、自分のお茶菓子に手をのばした。
そこでようやくモアイが口を開いた。
「ホルザーロス家に後見されているマレリーニャ嬢が下宮に滞在されます」
夜会で会った彼等のことだ。
妃候補なんだろう。それくらいは簡単に予想ができた。でも、下宮に滞在? 後見人は国でも身分の高い貴族の家柄だし、マレリーニャ嬢は王女だし、すぐでも妃として王宮へ入ると思っていたのに。
下宮とは王宮のエリア内にはあるけど、本宮とは違う。外国のお偉いさんが泊まったり、国内の有力者が泊まったりする場所のこと。王女なんだから、おかしくはないけど。
私がそんなことを考えてる間に、モアイ宰相は話を続けた。
「数か月前、マレリーニャ嬢は陛下が国境の見回りへ出向かれた際、ご寵愛を受けておられます。じきに妃として王宮へ入られるでしょう」
「そうですか」
どうやらモアイは寵愛を受けているのはお前ではないのだ、と言いたいらしい。
数ヶ月前とは随分時間をおいてやってきたことで。前の妃達には勝てないけど私になら勝てるってか。ふんっ。とは思ったけど、そんなことはおくびにも出さずに大人しく拝聴する姿勢を貫く。
「マレリーニャ嬢はカルダン・ガウ国王家に関わりのある方と聞き及んでおります。将来は王妃にのぼられるかもしれませんな」
モアイはじっと私の様子を窺っている。
こういう時こそ表情を隠しておくべきとは思うけど。そんなことは昨夜見て聞いて知っています、わざわざ教えてくれなくてもね。私の笑みが少々崩れる。カルダン・ガウ、国名聞くだけでも嫌な感じ。そこの王女で、陛下のお手つき。かなり腹立つかも。
清々しい天気だというのに、朝から全く清々しくない展開だ。今なら土砂降りでもどんとこい。
「王妃に、ね」
とりあえず戸惑った風を装ってみる。ただ一人の妃の自分が宰相の目にどう映っているのか、おおよその見当はつくというもの。
王家の血を引く女性で王妃候補が王宮へ来る、だから身の程をわきまえろとでもいいに来たのだろう、このモアイは。性格暗そう。
嫌味な宰相にムカつきはするけど、これは私にとっていい機会かもしれない。
モアイ宰相から目をそらし、忙しく頭を働かせる。私が動揺しているように見えていればいいけれど。
「ナファフィステア妃にはいつどこへお移りいただくことになるやもしれません。早急に身の振り方をお考えになられるのがよいでしょう」
淡々とモアイはそう続けた。
お役御免です宣告をしに朝っぱらからやってくるとはご苦労なことで。
陛下も昨日言ってくれればいいのに。夜は元気過ぎてそれどころじゃなかったのか。だいたい夜は喋らないから、陛下って。昼間も喋らない、けど。
あれ? もしかして、会ってもあんまり会話なりたってなかったかも。会話を思い出しても、たいして内容がないことばかりな気がする。私が話してばかりだったし。
こんなのでよく彼氏とか誤解したな、私。
過去は忘れよう。
で、実際にリストラされて王宮を出るまでには猶予がある。有給休暇の消化か。
「宰相トルーセンス。私は陛下とマレリーニャ嬢のお邪魔をしたくはありません。そばで見ているのは……」
少々言葉を切って口ごもってみる。ここで顔を挙げてはいけない。表情から内心がばれてしまう可能性があるから。
もの哀しい雰囲気を精一杯演出して見せる。といっても、出来るのは瞳を伏せがちにして顔をそらし、困ったように眉をよせるくらいだけど。多少のわざとらしさは、普段を知らない人物にはわからないはず。たぶん、ね。
「少しの間、王宮を離れたいと思います。許可していただけるかしら?」
あくまで目をそらしたままで押し切る。
落ちる沈黙。
苦手ながらも黙ってモアイの反応を、私は待った。
沈黙がじりじりする。
そして。
「陛下の裁量を仰ぎませんと。ですが、貴女のご希望はかなえられるでしょう」
よっしゃーっ!
内心ガッツポーズだけど、私は視線を落としうな垂れた姿で小さく頷いた。
満足した顔でモアイ宰相は部屋を出て行った。




