おまけ話◆嫁ぐ日◆
綺麗な柔らかいドレスを身にまとい、首には陛下から 贈られた大きな三粒の真珠と青い宝石をあしらった、ふ・つ・う、のネックレスをつけている。
ゴテゴテした宝飾品ではない。
乳白色で光を受けると虹色に輝くそれは、海のないこの国では手に入るものではない。
アクセサリーとしては固い石の宝石より真珠が好きだからすごく嬉しい。国宝級かもと思うとちょっと恐いけど。
陛下は、私が真珠好きだって知ってて贈ってくれたのだったらいいなと思う。
イヤリングはネックレスと揃いの青い宝石。陛下の瞳の色にあわせているのだろう。淡い青さが同じみたいだから。
私はドキドキしながらお腹を撫でた。
子供にもこの興奮が伝わっているかもしれない。
今日は王妃となる儀式が執り行われる。
結婚の書類にサインしたときのようなものらしいから、神官達がやってきて紙に名前を書くだけなのだけど。
自分的には、結婚式の気分。
すでに結婚しているのだし、サインするだけだし。
役所で婚姻届け出すのと同じことで、派手な披露宴が待ってるわけではない。
地味婚よね。
って考えてたけど。
やっぱり、ちょっとは結婚とか式というものには憧れがあるわけで。
具体的に何かあるわけじゃなくても、結婚する儀式ってだけで、くるものがある。
で、そわそわしていたりする。
顔もニヤニヤしてるかもしれない。
将来結婚する相手とは、私でも恋愛するんだろうなって思ってたけど。
そんな熱烈恋愛って特別な人種だけなのだろう。
本や映画や漫画の世界とは違う。
貴方がいないと生きていけない、とか口から出てこないし。
陛下も当然言うわけないし。
好きだとか、愛してるとか、言ったことなくて。
言われたもことない。
結婚の現実はこんなもの。
って、顔がだらしなくヘラヘラしているのがわかる。
締まりがない。締まらない。
愚痴っているはずなのに、ぜんっぜん顔が緩みまくって欠片も締まりそうにないんですけどっ。
「ナファフィステア妃、時間です」
キリッと締めるのに成功しているリリアが私に声をかけてきた。
彼女も時々ゆるんでるけど、すぐにビシッと表情を引き締めており。その様子は、貫禄を感じさせた。
私より若いはずなのに。
素質の違いなんだろう。努力も違うけど。
今朝、リリアを含め女官達が並んでお祝いの言葉を贈ってくれた。
みな欠けることなく王妃付き女官として今後もついてくれるらしい。
ボルグ達警護騎士は、今日から王妃専属の騎士団として組織されていて、ピカピカ衣装で挨拶してくれた。
今までは王宮警護の一部だったのが、独立組織として陛下付きの特別親衛隊に継ぐ警護隊となったらしい。
だから何が変わるのかはピンとこないけど、飛躍的な昇格になるんだとか。
ユーロウス達事務官は、目が回る忙しさらしく、下手に声がかけられない様子だった。
新しい衣装の人々が歩く王宮奥は、いつになく賑やかな雰囲気に包まれていた。
私は立ち上がった。
「行きましょう」
私が歩く前後を真新しい衣装の騎士達が囲み、すぐそばには女官達が二人ついている。
仰々しい行列による移動は、王宮に住まいを移してからいつものことだったけれど、今日の行列は足が震えた。
その理由は王妃になるからではない。
儀式が行われるという部屋へ歩きながら、遠くにいる家族を想った。
両親への感謝と、嫁ぐことの報告を。
そして、私は結婚するのだと、じわじわプレッシャーのようなものに包まれていく。
嬉しいというより、照れ臭いような恥ずかしいような。
逃げ出したくなるほど緊張してくる。
儀式に難しいことがあるわけでもない。そんなことはわかってるけど。
いつもより緊張した足取りでたどり着いた部屋の扉が、私の目の前で開かれた。
白い衣装に身を包んだ神官達が道をつくるかのようにズラリと並んでいる。
その彼等の前を進んだ先に、陛下が立っていた。
結婚の書類にサインした日とは違う。
私は一呼吸、目を伏せた。
父に導かれていることを想像する。
母が見守っている姿を思い描く。
産んでくれて育ててくれてありがとうございました。私、嫁ぎます。
私は心でそう伝えながら、足を進めた。
近付いてくる陛下の姿に。
この人と結婚するんだ。
と、心臓が壊れるかと思うほど活動していた。
私が汽車だったら、汽笛を鳴らしまくって煙はきまくって興奮度合いがばれていたと思う。
今にも倒れそう。
陛下は涼しい顔で見降ろしていて。
動じる気配はない。
さすが毎日国王やってるだけはある。
こっちはこんなに緊張してるのに、何でそんなに冷静?とか思うけど。
そんなところは、格好いいかなって。
焦ったりもしている。
陛下が手を差し出し、私はそこに手を置く。
どうしよう、手が硬直してるよ、私。
なんてことを心配してるし緊張してるしで、顔を上げられない。
陛下が上から視線で訴えてくるような気がするけど。
前見て、前っ。
儀式するんでしょっ。
私は何でもいいから早く進めて欲しかった。
立っている足だって震えたままで、興奮のあまり涙が出そうになってる。
そんな私に陛下の腕が伸びてきた。
えっ?
ええっ?
気づけば陛下が私の前に膝を付き、私の両腕を掴んでいた。
じいっと青い瞳が探るように見つめてきて。
「どうした?」
私は震える手を陛下の顔へとのばした。
青い瞳の金髪外人。
まさか私が、国際結婚、するとはね。
緊張していた指先は、陛下の頬とその上に重ねられた陛下の手で温まっていた。
今なら。
私は目を閉じ、素早く陛下に顔を寄せて軽く唇を盗んだ。
珍しく陛下の驚いた表情に、私は微笑む。
「緊張してた。でも、もう大丈夫。儀式を進めましょう?」
「今の、は?」
「内緒」
陛下の眉間に縦皺がよる。
が、多くの人々が儀式を待っている。
陛下は立ち上がり、私をともなって正面に置かれた台へ向かった。
そこには読み取るのが難しい文字で書かれた書類が広げられていた。
この国の言葉を理解した今でもほぼ解読不能だった。今では使われない古い言語らしい。
差し出されたペンを、空白の箇所に下ろす。
私は名前をローマ字で書いた。
名前を知っている陛下は、二人きりの時しかその名を口にはしない。
なので私の本当の名前を誰も知らない。知らせない方がいいかなと思う。
あの文字と名は、陛下だけ。
だから。
神様にはローマ字で報告。
パスポートもローマ字で作ってたはず。
誓うのは、神様にじゃない。
両親と陛下と。陛下のご両親に。
私、加奈は、今日、アルフレドと結婚します。
神妙に署名するのを陛下が見ていた。
ローマ字で日本名を、この国の文字でナファフィステアの名前を書いた。
ナファフィステアの名前がないと、本当に何書いているかわからないと思って。
うっかり間違われたりしないよう保険にと付けたしたので二行になってしまい、結構な空白領域を占領していた。
ちょっと、字が大きすぎたみたい。
ペンを手渡すと、陛下は書類をしばらく眺めた後に署名した。
流れるような美しい書体で、二行分の私の名前の領域よりやや大きく。
並んだ名前に顔がにやけた。
他にも何枚かの紙に署名を繰り返し、無事に儀式を終えることができた。
人妻、かぁ。
再び顔の筋肉が緩んで崩壊を開始した。まずい、顔が。
そんな私を陛下が抱き上げる。
「各国から使者が来ている。出られるか?」
心配そうに尋ねてきた。
旦那なんだよね、この陛下が。
照れる。今までと何も変わらないはずなんだけど、照れる。
それに陛下もいつもより優しい気がする。
陛下にとってはこんな儀式くらい特別なことではないだろうから、私の気の持ちようかも。
「大丈夫」
これから、よろしくね、旦那様。
という言葉は照れくさいので口にはせず、陛下の首に腕を回して首元に顔を伏せた。
今、超アップな陛下の顔は、駄目な気がする。またキスしちゃいそうなくらい今の私のテンションは高いから。
陛下は私の頭に唇を落とし、ゆっくりと歩きはじめた。
こうして、私はこの国の人になった。




