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いつか陛下に愛を2  作者: 朝野りょう


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おまけ話◆私は王妃になるらしい(後編)◆

 

 それにしても陛下は私を抱えたまま、建物の中へと入っていく。

 どうやら庭園散歩はこれでおしまいということらしい。数ヵ月後には帰ってくるわ。それまで待っててね。

 名残惜しげに私は遠ざかる庭園を見送った。


「陛下。どこへ向かっているの?」


 今陛下が歩いているところは、私の部屋に向かう廊下ではない。

 私の前方にも後方にも陛下の護衛が付いている。そして、廊下がどんどん広くなっていく。王宮内でも生活空間ではなく公の空間となったからだ。

 こちらは出入りする人の数が格段に多く、気忙しい。向かっているのは、おそらく執務室だろう。質問しても答えないのは、私が嫌だと言うのを見越してのことか。

 いや、もうお茶の時間は終わりでしょう。なぜに私を連れてくるかな。


「陛下。お仕事なんでしょう? 私は部屋に帰るわ。通路はまだ完成してないのよね?」

「そなた用のベッドも入れてある」


 いや、そうじゃなくてね。……ベッドって。

 執務室の奥の小部屋に私用のベッドを入れたんですって? どれだけ執務室へ来て欲しかったのか。っていうか、私が執務室へ行ったって奥の小部屋にいるだけだっていうのに。

 陛下、何がしたいんだろう。四六時中見張ってないと不安で心配でとか。あり得る。ちょっと転びそうになっただけで、顔色が変わってたから。

 はあーっと溜め息をついていると目的地の執務室へ到着した。


 執務室には新しい宰相と副宰相などがいて礼をしてくれたけれど、私は陛下の腕の中でちょこんと首を振って見せるだけ。

 こんな時、どうしたらいいか、悩む。陛下は素通りでいいから問題ないんでしょうけど。付け焼刃のマナー教育ではバリエーションが少なすぎる。身体に染みついてないしね。


 陛下は想像通り、私を執務室奥の小部屋へと運んだ。そこには、どどーんと大きなベッドが置かれており、陛下の椅子が隅に追いやられていた。

 そうだよ、狭いんだよ、この部屋は。そもそも休憩室なんだろうし、トイレ替わりでもあるし。

 しまった。トイレ代わりの部屋で私が居座ることになるんじゃ? それだけは絶対に嫌!

 キョロキョロとトイレを探す。部屋の片隅に、やはりトイレ用の衝立が! その衝立は、部屋の外に対してのもので、ベッドからは見える位置にあるじゃないの。

 うおぅ、勘弁して。


 そんなこんなで挙動不審になっている私を、陛下は新しいベッドに降ろした。

 降ろされて陛下の顔を見上げる。

 ちょっと嬉しそうな気がする。


「悪くはなかろう?」


 ふわっふわなベッドのことなら悪くはないんだけど。トイレが……。

 ちらりとトイレに視線を流してみたけど、陛下は気付かない。ううっ、羞恥心のない奴等め。それより、私が答えないので気に入らないと思ったらしい。陛下の様子が、少し得意気だったのが消え、不機嫌になりつつある。


「どうした?」


 いけない、いけない。いや、不満はいろいろあるんだけども。

 私のためにと揃えてくれたことを考えると、かなり嬉しいし、それは伝えたい。んだけれども、でも、トイレ事情が、ね。


「私がここにいちゃ、邪魔になるんじゃない?」

 私は、気に入る気に入らないじゃなくてね、とアピールしてみる。


「そんなことはない。そなたは王妃になるのだから」

「えっ?」


 王妃になる?

 王妃になる?

 王妃に、なる?

 初耳ですが。


「そなたにはまだ言ってなかったが、二週間後には神官達を呼び、王妃となる儀式がおこなわれる」

「王妃、になる、儀式って、何?」


 私の声がひっくり返って、おかしなことになっている。私の一体どこから出ている声なのか。でも一応発音はできているから通じているはず。

 陛下は眉を寄せているが、私の混乱は予想できていたのだろう。


「余がそなたを王妃とすると書いた書類へそなたが署名し、それを神官が見届けるのだ。特に何かあるわけではない。そのうち、王妃を披露する場が設けられるであろうが」


 書類への署名。役所への届け出のようなものなのかな?


「えっと。王妃って、何?」

「余の妻だ」

「それは、そうだけど。じゃ、陛下と結婚するってこと?」

「そなたは妃なのだから、余とはすでに結婚しておる」


 そう言う陛下は不審顔で見つめてくる。

 ええっと。衝撃の事実が、怒涛のように押し寄せてくるんだけど。

 私は陛下から視線をそらせてみた。それでも陛下がじっと見ているのはわかった。無言が突き刺さってくるから。

 私は、すでに陛下と結婚しているらしい。さっきの言い方だと、妃というものは皆、陛下と結婚していることになる。

 一体いつの間に結婚したんだろう。後宮へ入った時かもしれない。あの頃、私は言葉がわからなかったから、何やってたかもさっぱりわからなかったし。

 書類に署名なんてしたかな?


「結婚する時って、署名するんじゃないの?」

「そなたは結婚に同意した覚えはない、というつもりか?」


 あ、いや、まて。陛下の機嫌が急降下中。

 だって、記憶にございませんし! そう言ってみただけじゃない。ね!


「そうじゃなくてね。その、私が後宮に入った頃のことでしょ? 私は言葉がわからなかったし。どうしたのかな、と思って」


 言い訳がましい私の言葉に、陛下は少しだけ気を持ち直したらしい。

 まだ、低空飛行なガン飛ばしてくるんですけど。視線はそらせたままでいよう。


「そういえば、そうであったな。だが、そなたは何か書いておったぞ。誰にも読めぬので、そなたの国の言葉なのだと思っておったが」


 過去の私! 何書いたんですかね!

 思い出そうとしても、思い出せない。何年も前のことなんて、鮮明に思い出せることの方がおかしいよね。陛下、なんでスラスラと思いだせるのかなっ。

 衝撃の繰り返しだった頃のことだから、思い出せるはず。思い出せ、思い出すんだ、私っ。

 あの頃。あの時は、何をしてた?


 じーっと思い出そうとして。ふっと開けた。

 ああ、そうだった。

 連れてこられた王宮の一室で、大勢の知らない人々の注目を浴びながら、紙とインクのついたペンを渡されて書いたのは。


 ここはどこ?


 だった。


 書きながら、その日本語が理解されないことを知ってたけど。

 何枚かの書類にそう書いた。

 馬鹿みたいに。

 あれが結婚の書類だったなんて。

 あれから、そんなに経ったわけでもないけど、振り返ってみれば激動な人生ってやつらしい。二年半でこんなに変わるとは。

 結婚していたとは、ね。

 私は感慨深く視線を戻すと、そこには仏頂面した陛下が待っていた。

 これは不機嫌というよりも……。


「えっと、ごめんなさい。書いたのを忘れていたみたい。でも、陛下の妻っていうなら、妃と王妃に違いはないの?」

「地位が違うのだ。妃では貴族位ほどの地位もない。一応、王の妻と敬われはするが、な。王妃となれば、王に次ぐ地位となる。貴族達とは違う立場になるのだ」

「そう、なんだ」


 わあお。勘弁して。

 地位? そんな幻、ちっとも嬉しくないんだけど。もっとリアルな物がいいなと思う私は俗物なのかしら。例えば、妃より出世した王妃業だと年金支給額が増加、とか。


「王妃になったら、陛下みたいに忙しくなったりするんじゃないの?」


 ちょっと嫌そうに言ってみた。だって、陛下って忙しすぎるから。仕事も難しいことばかりなんじゃないかと思うし。

 支給額増加でも労働条件が悪化するなら、ステップアップも考えものだよね。平でいいでーすとか言わないと。


「王妃に求められることは子を産むことだけだ。問題はなかろう?」


 ま、確かに妊娠してるけど。本当なのかな。それは胡散臭いと顔を作ってみる。


「それだけ?」

「それが全てだ。他は何をしても、しなくてもよい」


 そうか。この国は、というか、この世界は子供を産むことが重要なんだった。夜はお盛んなようなのに。

 他の貴族家と違って、王は血を絶やして王家がなくなりましたじゃ済まないから。そういう意味なのか、王妃って。

 私はもう妊娠しているからいいけど、他の女性で必ず子供を授からないとっていうのは結構きついと思う。将来の王家が圧し掛かってくるわけだし。


「そっか。妊娠したから王妃なのね。今までと変わらないなら、いいわ」

「そうか」


 陛下の安堵した表情には、ん?と引っかかるものを感じた。

 しかし、陛下は機嫌を無に帰して、執務室へと去って行った。

 そして私は奥の小部屋のベッドに取り残されてしまった。


 えっと。だから、ここのトイレって……。

 それは何も解決していなかった。



 でも。

 私はふわふわのベッドに身体を横たえる。

 通路を作って、この部屋に厳選したベッドを入れて……。さっきの得意そうな顔ときたら。

 思わず頬が緩んでしまう。

 まいったわ。私って結構幸せ者らしい。さっきは全然伝えられなかったけど、後でちゃんと伝えなきゃ。

 にやにや笑いながら、私は眠りに就いた。



~The End~

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