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いつか陛下に愛を2  作者: 朝野りょう


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25/29

おまけ話◆約束◆

明るくないです。

暗い話なので、大丈夫な方だけお読みください。

 

 夏も終わり、だいぶん涼しくなってきた。

 私は相変わらずお気に入りの小さな庭園への散歩を続けていた。

 いつの間にか庭園の草木が色濃く深みを増している。季節が移り変わるのを早く感じるのは、悪阻で一時期部屋に閉じこもっていたからだろう。

 私は悪阻を乗り越え、今は食欲が充実している。食べ過ぎ注意中!


 いつものように四阿で休憩していると、宰相トルーセンスが現れた。

 宰相は最近体調を崩しており療養中だったはず。

 ゆっくりと歩くその姿は影が薄く感じられる。それは本人も自覚しているのかもしれない。珍しく穏やかな笑みを浮かべていたから。


「お久しゅうございます。ナファフィステア妃。いつも変らぬ妖精のごときお姿を拝見できますこと、光栄にございます」


 わざわざ散歩中に声をかけてくるとは、もしかしたら陛下には内緒のつもりなのか。

 私のそばには侍女リリアのみ。

 他の女官や警護騎士達は距離を置いている。


「お久しぶりね、宰相トルーセンス」


 顔色が悪いなどという言葉は省いた。

 それでもなおここにいるのだから、余計なことだと思った。

 この人は、いつも重い。そういう役職なのだから当然なのだけど。


 私はモアイ宰相に目の前の椅子をすすめた。


「長居はいたしませぬ」


 座ることを断り、彼はテーブルの上に古びた紙の束を出した。

 ぎゅっと紐で縛られたそれは、亡き王妃から息子の陛下への手紙だった。


「先王が生前私に託された物でございます」


 開けられた形跡のない手紙の束。

 それが意味するのは……。


「ナファフィステア妃はいずれお世継ぎをお産みになられます。お世継ぎは、母親と離れてお育ちになることは御存知でございましょう?」


 世継ぎにはしたくないわ、と言えない雰囲気である。言えないどころか、拒否権なさそうだし。


「知っているわ」


 私の答えを聞き、宰相は静かに頷いた。

 そして、ゆっくりとその手紙の束を私の前へと滑らせた。


「それを陛下にお渡しするか破棄なさるか、ナファフィステア妃のよろしいようになさってください」


 宰相は陛下の父にずっと仕えていた。先王の信頼厚い人物である。宰相という、恐れられ憎まれもし疎まれもする難しい役職を長年務めた人物である。王様二代に渡って信頼されているのだから、その胸の内を簡単に悟れるはずもない。

 そんな人物に先王が渡した手紙。

 陛下へではなく。


「それは、貴方が陛下にお渡しすればよいのではなくて?」


 子供を想って書いたのであろう母王妃の手紙。それは陛下の手に渡らなかった。

 邪魔になるから。

 わかっている。国を治めるときに私情が邪魔になるということは。まして、王妃の背後に実家の貴族達が構えているとなればなおのこと。


 どうしてそういう難しい話を私のところへ持ってくるかな?


「先王は何もおっしゃいませんでした。私に処分することはできませぬ。全てはナファフィステア妃のよろしいように」


 どうして私に……。

 そう思うけれど、拒絶することはできなかった。もし自分に何かあれば、そういう決意がにじみ出ている。見込まれたといえば、いいのかもしれないけれど、重い。非常に重い。

 まだ覚悟のない私に、事実を突き付けてくるかのようでもある。


「わかりました」


 私は深いため息をついて、その手紙を引き寄せた。

 モアイ宰相は安堵したようだった。その動かない表情に変化はなかったけれど。


「トルーセンス。私も一つ、お願いがあるの」


 私は思い切って切り出した。

 少し前から考えていたことである。


「私に出来ることであれば、何なりと」


 じろりと私を見返す瞳は、気力の漲る瞳である。


「私の身体が小さいことで出産は難しいのではないかと言われていることは知っているわね?」


 今度は宰相が息を飲む番である。

 その話は当然のように広まっているのだけれど、私の耳には入らないようにと陛下が細心の注意を払っているのだ。

 だが、自分のことである。そして、私を見る陛下の顔から想像するのは難しいことではなかった。


「その噂をご存じでしたか。しかし、そのような」

「心配しているのではないの」


 おそらく私を心配させまいと気遣う言葉が続くのを遮った。


「私は産むわ。大丈夫よ、みんなが心配するようなことにはならない」


 私はきっぱりと宰相へ断言してみせた。

 宰相はそれ以上の言葉をとぎらせ、私の話の続きを待った。


「ただ、もしも、ということがある。それは、おわかりね?」


 黙って宰相は頷く。

 私の背後で緊張している侍女リリアの様子も手に取るように感じる。

 涼やかな庭園に似つかわしくないほど張りつめた空気がその場を包んでいた。


「もしも危ないと思ったら、私ではなく必ず子供の命を優先して」


 長く沈黙が漂う。

 

「貴方ならそれを約束することができる。違う?」


 例え陛下の命に背くことになっても。そうでしょう?

 私は宰相を静かに見つめた。

 交換条件よ、宰相。貴方の望みを叶えた。だから、私の願いも叶えるべきでしょう?

 それは貴方の望みと一致するはず。


「もしも、ですな」


 長い沈黙の後、宰相は答えた。

 私はにっこりと笑顔を返す。


「そう。もしもの話よ」

「承知いたしました。ナファフィステア妃のお望み通りに」


 宰相は庭園を去って行った。

 その細い後ろ姿から、これが最後になるのかもしれないと思った。



 一ヶ月後、宰相は倒れ、そのまま息を引き取った。宰相夫婦には一人息子がいたが、その役職ゆえに家の断絶を決意していた。一代限りで権力を相続させないという断固たる意思を持っていたのである。宰相の妻と息子夫婦は貴族位を返上し、小さな田舎町へ移ったという。

 宰相の死により、王に仕える者達の世代交代は速やかに行われた。宰相の最後の仕事は、鮮やかな手際だった。


 私の子供が世継ぎになる覚悟をしなければならないらしい。

 最後まで重い人だったな、モアイ宰相。

 貴方が約束を守ってくれることを祈っているわ。



~The End~

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