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いつか陛下に愛を2  作者: 朝野りょう


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第14話(森の中で)

 二人がかりで掘った穴は、非常に大きかった。下層には木の根や大きな石が多かったらしく、掘った騎士の苦労がしのばれる。

 ぽっかりと空いた穴を眺め、ぼんやりと考えていると、肩を強く押され身体が前へ傾いでいく。

 ぐえっ、落ちるっ。ここ深いのに!

 慌てて手を出したけど、ぐしゃっと地面に押しつけられた。騎士ボルグに突然地面へと押し倒されたのだ。

 穴に突き落とされるのかと思った。穴に手をかけ、まだ心臓がドキドキしている。

 しかし、騎士達の様子にはそれどころではない緊張が漂っていた。

 何だろう。

 そのまま目だけを動かすと、私の周りを騎士五人がぐるりと取り囲んでいた。ゆっくりと首を後ろへと捻ってみる。地面には矢が突き刺さっていた。



「ヤンジー、カウンゼルを呼んで来いっ。ウルガン、妃様を抱えて走れっ」


 騎士ボルグの声とともに私は大きな騎士ウルガンの左腕に乗せられた。そのままウルガンは森の中へと走る。

 うぎゃあぁっ。

 く、蜘蛛の巣が、虫が、うぎゃああっ。

 ウルガンの腕の上で正面から目をそむける。ウルガンの首につかまり背後を見れば、剣だの弓を持った騎士達が十数人こっちへ向かっている。


 む、虫の方が、まし。

 まし?

 ちっともましじゃないっ!

 私はガタガタ震えながら、騎士ウルガンの首根っこに掴まり目を瞑っていた。

 頭に当たるものはみんな、枝よ、枝。サワサワと時々動いているものは、時々ひっついちゃった草の葉よ。

 ただの風よ、木よ、葉っぱよ。

 蜘蛛なんかいない。蛇なんかいない。虫なんかいない。変なものが這ってる感触なんてだたの気のせいなのよおっ。

 うぎゃああっ。ぎゃあっ。うがあっ。

 内心大騒ぎしていたけど、口は閉じたまま開かないよう我慢。ひたすら我慢した。

 開けたら口から何か(そりゃ虫とか虫とか虫が)入ってきそうだったし。

 遠ざかる森の入口で金属音が繰り返される。

 遅れて後方から枝を掻き分け人が何人も入ってくる気配がする。

 何がどうなっているのかさっぱりわからない。

 今、私にできることは、なかった。

 


 随分と森の奥へと入ったところで、ウルガンは私を降ろした。

 私は降ろされる時にようやく目を開けた。

 そして、ウルガンの背中には、二本ほど矢が刺さっていた。


「ウルガン、せ、背中に……」


 私が声を詰まらせながらそういうと、彼は背中に腕をまわし、無造作に引き抜いた。

 うぐっ。私は咄嗟に口を手で塞いだ。

 痛くないの? なんてバカな言葉を言ってしまいそうになる。痛くないわけない。

 私を守るということは、こういうことなんだと息を飲む。

 

「ナファフィステア妃、こちらの岩陰に隠れていていただけますか?」

「わ、わかったわ」


 ウルガンの指差した先は、大きな古木の幹と岩があり、隙間には私が入れそうだった。

 とても入りたい場所ではないけれど。そんなことを言っている場合じゃない。 

 私は大人しくその場にうずくまった。


 騎士ウルガンはそれを確認して、森の暗闇に消えた。

 隙間に入っているので、上から被さる葉で視界が狭い。それだけ、他からも見えないわけで。

 静かだと思っていた森の中は、無音ではない。

 風に揺れる木の枝がざわざわと騒がしく音を立てる。カサカサと何かの生物の動く音がする。

 小さな音ばかりで、キンとした空気の音すら聞こえてきそうだった。人の声は届かない。


 薄暗がりの中で独り。

 怖い。

 ボルグ達はどうなったのだろう。ウルガンは?

 森の暗闇がこんなに怖いものだとは思わなかった。

 耳を澄ませてじっとうずくまったまま、時間だけが過ぎていく。

 怖い。怖い。早く助けて。

 でも、誰も来ない。


 森の薄暗さがいっそう増してくる。夜が来るのだ。

 待っても、待っても、迎えはこない。

 今までは突然この世界にきて、だからそのうち帰れるんだと漠然と思ってた。

 この世界は自分のじゃないって。

 でも、ここが私の現実。

 死にたく、ない。


 ボルグもウルガンもみんな王宮の選ばれた優秀な騎士達なのだから、簡単にやられたりしない。

 私を守るために彼等は戦っている。

 そこで流れる血は本物なのだ。

 私は夜が来てもここで待たなければ。下手に動けば、彼等に迷惑がかかってしまう。

 怖くても。怖くても。


 でも。

 もしも、ここで命が尽きたら。

 誰か私のことを悲しんでくれるだろうか。

 そんなことを考えて、記憶の奥にしまっていた懐かしい家族の顔が浮かんでは消えていく。

 思い出せば、寂しくなると知っていたから、極力思い出さないようにしてきた。もう、いいだろう、我慢しなくても。

 いろんなことがあった。家族達や友達と過ごした時間が瞼の奥を流れていく。


 そして、陛下の顔。

 気を緩めた少しぼんやりしている陛下の顔を、こんな時に思い出す。

 それは不思議と、きりっとした顔ではない。庭園で私を抱えて歩く時の前を見つめる横顔は、何かを考えているようで、何も考えていないような。

 こんな時に思い出すほどとは思わなかった。私はずっと自分の気持ちに知らないふりをしてきたんだろう。認めてしまえば、現実から目をそらせなくなるから。いつまでも覚める夢だと思っていたかった。


 陛下には悲しんで欲しいけど、悲しまないで欲しいと思う。いつか思い出してもらえる時、悲しい出来事としてではなく、楽しかった事として思い出してくれたらいい。

 いつかきっと思い出して。



 私は森の中で一人時を過ごした。

 それは長く、とても長くて。

 そうして、どれだけの時間が過ぎたのか。



「ナファフィステア!」


 薄暗い森遠くから、松明の灯りとともに私を呼ぶ声が近づいてきた。

 大勢の人が森を進んでくる。

 そこで私を口々に呼んでいるけれど。

 私の名を怒鳴りながら呼ぶ声が、私に安堵をもたらした。

 助かった。

 もう、大丈夫。


 私は立ち上がり、灯りが近づくのを待った。

 じれったくなるほど遅く感じる。

 松明がボルグやカウンゼル、ウルガンを照らしている。

 そして、陛下がいて。

 私は必死で大声をあげた。


 やっと私を灯りが照らした時、陛下が真っ先にとんできて私を抱きかかえた。

 私は陛下にしがみついたまま大声で泣きながら館へと帰ったのだった。


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