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(5)喧嘩のようなゲームのようなサバイバル

「来い」

 予鈴が鳴り、野次馬が散らばりだした時だった。

「うぐっ……く、苦し……!」

 夕之助は左手で張り出された紙を引きはがし、右手で麻妃の首根っこを掴んで引きずり、部室へ向かって歩き出す。

「ちょっとー! 女装くん! 授業始まるよー?」

 五月が声を大にして呼び止め、夕之助は肩を震わせながら立ち止まる。

「いつか泣かしてやるからなこのクソアマぁ……」

「えーなにー? なに言ってるか聞こえないよ!」

「うるせえなバカ! おまえが責任持ってそいつら教室に送り届けろよ! わかったな! いいな!」

「なんで命令口調なの? いちいちむかつくなぁ。かっこよければ何を言っても許されると思ってるんでしょ? 私は顔に騙されないんだからね!」

「しらねーよ! さっさと黙って行け!」

 五月は膨れっ面でぶつぶつ言いながらも深夜とサリーを促し、教室に戻ることにした。しかし麻妃が気になって仕方がないサリーは何度も振り返る。

「でもあちきは……」

「いいから。おまえも教室に戻れ」

 怒っているわけでも、呆れているわけでもない。落ち着いた声色で。

 夕之助のその一言でサリーは理解出来る。それは自分に任せておけ、という意味だと。普段のおちゃらけた展開とは違うんだと、その一言で感じ取ることが出来るのだった。

 それでも麻妃が気掛かりで仕方のないサリーだったが、黙って五月についていく。

 予鈴に続いて本鈴が鳴り響いた時、元いた部室に辿り着いた。

「おい、チャイム鳴ってるって」

「知ってるよ」

 チャイムに慌てている麻妃と打って変わって落ち着いている夕之助は、適当に椅子に座り、

「おまえも座れよ」

 麻妃も座るように促す。

「いやいや、授業は? 授業どうすんの?」

「んなもんサボればいいだろ。うるせーな、誰の為にやってると思ってんだよ」

 夕之助は、はぁ、と子供の成績を心配する親のような溜息をつく。

「どうせ知らないんだろ? “兄弟喧嘩”について」

「……それは」

 さっきの出来事を思い出すだけで、胸がちくりと痛み出す。

 随分昔の話のように思えるが、今さっき起こった出来事なのだ。

 深夜は自分と兄妹でいたいと思っていない。少しは打ち解けたと思っていたが、それは自分の思い上がりで、勘違いだったのだ。

「いいか? あのクソ女が言った通りだ。兄妹では付き合えない。唯一付き合う方法といったら、縁を切り、互いのパートナーを変えてしまうことなんだよ」

 俯いてしまった麻妃を見て、夕之助は再び溜息をつく。

「色々理由は考えられるんだけどな。今後も多く出てくるであろう問題がそれだ。所詮は赤の他人同士のごっこ遊び。恋愛感情が生まれることだってあるんだろ。その為の唯一の逃げ道がそれってわけ」

「…………」

 無反応の麻妃を急かすかのように、

「わかってんのか?」

 問うと、麻妃は気弱な声で返答する。

「わかるよ。つまり高山って男とあの女がくっつく為に、深夜を妹にするってことなんだろ? それで深夜も俺と兄妹の縁を切りたいからあいつの申し出に承諾し、目的が一致した。そういうことだろ」

「……おまえってバカ? いやごめん今更。バカだったわ」

 夕之助は頭を抱えて項垂れた。

「なんだよ。罵倒する為にここに連れ込んだのか? 俺にはそういう性癖ないんだけど」

「俺だってねえよバカ。逆に考えて見ろよ。縁切るってことは付き合うことが出来るんだぜ?」

「……は?」

 その一言で麻妃の思考が停止した。

 自分は今その一瞬に何を考えてしまったのだろう。

 もし兄と妹じゃなくなれば、昨日思ってしまったことも肯定出来ることになる。

 愛しいと思ってしまった感情に抗うことも否定することもせず、本能に身を任せてもいいということになる。

 ……俺は何を考えてるんだ。

 はっとした時にはそれが顔に出ていたようで、目の前の夕之助がにやにやしていた。

「ま、いいや。とりあえずその“兄弟喧嘩”についてだけどな」

 夕之助は紙を差し出し、一文を指す。

「ここ、日時の下な。これが家族評議会から提示された兄弟喧嘩種目だ。いくつかあるらしいが俺も詳しくは知らね」

「サバイバルゲーム? これってあれか? エアガンとかでやる」

「多分な。種目説明は明日またあるだろうけど」

「明日?」

「は? なに言ってんだよおまえ。明日の放課後ってここにかいてんだろ」

 麻妃は紙を奪い取り、まじまじと見た。

「……まじかよ」

「まじだろ。何慌ててんだよ。エアガンなんてちょっと練習してどうにかなるもんでもねーし、覚悟することだな」

「そっか、明日なんだ……明日か……」

 意味深に言い続ける麻妃に夕之助が問いかける。

「なんだよ、明日なんかあんのか?」

「ああ。夕之助達にもお願いしようと思ってたんだ」

「お願い?」

 麻妃は紙をぎゅっと握り締め、夕之助に語りかけた。



 放課後。担任に生活指導室に呼び出され、もちろん授業をサボったことについて咎められた。

 それから明日の為に今日は部活動は休止にし、そのまま夕之助と帰宅する。サリーや深夜の姿は既に見当たらなかったので先に帰宅したのだろう。サリー大丈夫かな……。

「ただいま」

 靴を脱ぎながら言ってはみるものの、反応はなかった。

 今会話を交わそうと思っても何を話せばいいかわからない。麻妃はそのまま自室に向かう。

 体をベットに投げ出し、枕に顔を埋めた。

 暗闇の中で回想される今日の出来事。そしてリピートされる夕之助の言った言葉。

『縁切るってことは付き合うことが出来るんだぜ?』

 高山はいつ妹にそんな感情を抱き、また妹もいつ高山にそんな感情を抱いたのだろう。どうしてそういうことになったんだろうか?

 やはり疑似的なものには変わらない。人の心まで縛ることは出来ないということなんだろうか。

 俺は……俺の心は……。

 麻妃は枕を抱きしめたまま、寝返りを打った。

 どうしてこんなに揺らいでいるのだろう。それは麻妃自身にもわかっていなかったのである。

 縁がなくなれば、一人の女の子として彼女を見ることが出来る。俺はそれを望んでいるというのか?

 あんなにも兄妹に憧れていたのに、それを手放して、そうなりたいと望んでいるのだろうか。

 わからなかった。

 でももし、本当に深夜が自分との兄妹の関係を望んでいないのだとすれば……? それは何故なのだろう。

「ああもう、わけわからんっ……!」

 麻妃は頭を掻きむしり、丸くなったまま、気付くと眠りの扉に吸い込まれていた。



 翌日。思っていたより時間の流れは速く、その時がきてしまった。

 結局、深夜とは一言も会話を交わさないまま、本番で顔を合わせることになる。気まずい意外のなんでもない展開だった。

「勝つか負けるかじゃないぜ。勝ちたいか負けたいか、だ」

 体育館の入口に付き、夕之助が耳元で呟く。

「勝ちたいか負けたいか、か」

「どうしたいか、それはおまえが選ぶんだな」

 手を振りながら、夕之助はサリーを連れて端を歩き、体育館のステージに腰掛けた。

 何度も心配そうに振り返るサリーに、麻妃は苦笑いを浮かべる。

 どうしてこんなことになってしまったのか。サリーにあんな顔をさせてまで、どうしてこんなことを……。

 そんな疑問は耐えなかったが、今はそんなことを考えている場合ではない。

「さっさと終わらせないとな」

 麻妃は体育館のど真ん中に向かい、一人歩き出す。

 既に高山と紫乃は揃っており、その向かい側に深夜が立っていた。

「よ、よう」

 麻妃は深夜と目が合い、気まずそうに声をかける。

 深夜もまた気まずそうに一瞬目を伏せたが、麻妃が隣に並び立つと麻妃にだけ聞こえる音量で、

「……ごめん」

 言って、正面の相手を堂々たる態度で睨み付けていた。

 麻妃は謝られたような気がして、隣の深夜に目をくれるが、深夜は正面を向いたままだった。

「揃ったようだな」

 四人の前に現れたのは、モデルのようにすらりとした体型で長身の女子生徒だった。斜めに切りそろえられた奇抜な髪型をしており、鋭い切れ長の目が四人を睨み付けている。

 その女子生徒が現れると観客がワァッと騒ぎだし、声を発すると瞬時に静まりかえった。ひそひそと何やら囁きあっている。

「誰?」

 麻妃が当然の疑問を投げかけると、

「お姉様、だよ」

 聞いてもいないのに高山が答える。あの笑顔を崩さない笑顔しか取り柄のなさそうな優男から笑顔が消えていた。それだけで相手がただ者じゃないことだけは察することが出来る。

「は? お姉様?」

 確かに見るからにSのオーラが漂っており、お姉様と呼びたくなるのはわかるが、まさかそういう理由ではあるまい。麻妃はお姉様と呼ばれた女子生徒をまじまじと眺めながめる。

「バカかおまえ。本校の家族序列も知らんのか」

 くたばれこのクズが、とでも言いたそうな鋭い目つきでお姉様は麻妃を一睨みする。

「家族評議会の人間をこの学校では“お姉様”“お兄様”、理事長は“お父様”校長は“お母様”、そう呼ぶようになっているの。そんなことも知らないなんて何しにこの学校へきたの?」

 紫乃が丁寧に答えながらも毒を交える。

「しらねえよ、そんなの。兄といちゃちゃらぶらぶした挙げ句に、他人巻き込んで縁を切って幸せになろうとしている奴なんかに『何しにこの学校へ来たの?』なんて言われたかないけどな」

 嫌味を返され、紫乃はあからさまに不機嫌な顔をするが、苦笑しながらそれを高山が制した。

「まあいい。話していても埒があかん。さっさと始めるとしよう」

 お姉様の後ろに控えていた男子生徒が各ペアにトランクを渡す。

「リングは妹が、エアガンは兄が持て」

 言われるがままにエアガンを麻妃が手にとり、リングを深夜がとる。リングは全部で五つあり、首、両手首、両足首、につけるようになっていた。

「いいか、そのエアガンは特殊改造されている本校の兄弟喧嘩専用のものだ。内蔵されているBB弾は人体に当たっても痛くも痒くもない。リングに当たると特殊な光を放ち、弾けるようになっている」

 四人はそれぞれに渡されたエアガンや取り付けたリングを確認しながら、説明に耳を傾ける。

「リングは使い捨てだ。BB弾が当たると外れるようになっているが、その際リングに寄って人体に微量の電流が流れるようになっている。制限時間内にそのリングを守備した方の勝ちとなる。わかったか」

 有無言わせない圧倒的なオーラを放ちながら、お姉様は四人それぞれに目をやる。

「質問は?」

 まるで軍隊のような雰囲気を醸し出していた。ここで質問するにも勇気を要するような、聞きにくい雰囲気。

 手をあげる勇気ある高山をお姉様は一瞥し、

「なんだ、言ってみろ」

 威圧的に一言述べる。

「制限時間、そして行動範囲可能区域を教えて頂けるでしょうか?」

「ん。それは今から説明するつもりであった。制限時間は45分。行動範囲可能区域は校内全域。校庭は区域外だ」

「こ、校内全域!?」

 麻妃が驚いて口を挟むと、

「なんだ。なにか言いたいことがあるなら言ってみろ」

 お姉様が眉間にしわを深く刻む。

「ペア同士の戦いで校内全域は広くないかなぁ、と思いまして……」

 麻妃が恐る恐る問うと、お姉様はせせら笑う。

「心配には及ばん。おまえ達、個々にカードを持っているだろう。それを開始時にリングに組み込む。互いの位置がリングによって把握出来るようになる」

 言って、控えていた男子生徒が四人にカードを差し出すように要求する。預かったカードを各妹のリングに装着し、男子生徒が設定を行った。

「それで準備は万全だな。守るも攻めるも好きにしろ。おまえらは自らの欲するものの為に争う低脳な卑しい豚なのだからな」

 家族評議会が生徒会みたいなものだ、と夕之助に聞いていたので生徒会を想像していたが、麻妃には全く違うもののように思えた。そもそも生徒に低脳だの豚だの言う生徒会生徒がどこにいるんだ。

 楽しんでるな、こいつ……。

 それが麻妃の感じ取った家族評議会の印象だった。

「前に出ろ」

 誰が? と麻妃が思った時には既に高山は一歩前に歩み出ており、

「それでも男かおまえは。そんなお飾り切ってしまったらどうだ」

 お姉様は下半身に氷柱のような冷たく尖った視線を向ける。

 いちいち怖い女だなあ、もう。

 麻妃はすっかりやる気を削がれてしまい、口を尖らせて前に出る。

「先攻後攻を極める。先攻は5分の逃走時間を与える。そのうちに逃げるなり、作戦を練るなり、好きにしろ。後攻は5分後にここを出て追うなり、なんなりするんだな」

 ここはゲームらしく平等にじゃんけんで先攻後攻を決めるらしい。

 じゃんけんを行っている間にお姉様は一歩後ろで控えている男子生徒に目配せし、男子生徒は携帯誰かと連絡を取り始めた。

 男子生徒は携帯で話し終えた後、緊急校内放送が流れる。

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