ダンジョンの最下層から来たお姫様
初めて日本にダンジョンが現れてから十年が過ぎた。
ダンジョンから採れる稀少なアイテムや資源は金になる。
深層の宝箱から持ち帰られた宝石がオークションで一億円の値がつき、一年後には十億円で再出品されるということも珍しくない。
誰でも一発逆転が可能。そんな噂が一人歩きし、ダンジョンに潜るのが若者たちのトレンドになった。
しかし、ダンジョンはそんなに甘い場所ではない。
右手に木の枝、左手に鍋の蓋、足元はサンダルという中学生が帰らぬ人になるという痛ましい事故が大々的に報道されたこともあり(生前、本人は友人に対し『ゲームの勇者はこういう装備から始まる。俺は主人公だからこれで始める』と残していた)、国はダンジョンの立ち入りについて規制をかける方向に動いた。
ダンジョン探検士の資格が導入され、一番下の三級に合格していない者は立ち入り禁止という処置がとられた。
三級が簡単なのかというとそうでもなく、合格率は十パーセント程度。専門的な知識や高い運動能力を要求されるダン検士は、難関資格と言っていい。
資格取得は難しいが、なれば一年目から年収八百万は堅い。二級なら三千万以上。一級なら少なくとも一億。場合によっては十億以上……。
今子どもたちに、
「将来なりたい職業は?」
と訊けば、半分以上がこう応える。
「ダン検士」
と。
ちなみに、“親が子どもになってほしい職業ランキング”も、公務員を抜いてダン検士が一位になった。
そんなダンジョンブームに今日、新たな一ページが刻まれる。
ダンジョン一階の一般公開だ。
ダン検士が増えたことにより、ダンジョンの浅い部分の安全性が格段に増したことが影響している。
モンスターはダンジョンのどこかから湧いてくるが、一階はもともとその数が少ない。さらにモンスターも弱く、もとから比較的安全な場所であった。
誰でも入れた時代でも、一階で死んだ人は、サンダル中学生しかいない。それくらい安全だ。
「チケットがない方はダンジョンに入れません。注意事項をよく読んで、同意してから見学ツアーに申し込んでください」
午前八時四十分。池袋の駅ナカ、池ふくろうの足元にある池袋ダンジョンの入口前で、係員がハンドスピーカーを使って見物客の誘導をしていた。
「すみません、チケットはどこで買えるんですか?」
「専用のアプリから買えます。ここで販売はしておりません」
「すみません、スマホの調子が悪くてアプリにログインできないんですけど、でもチケットは持ってるんです。入れますか?」
「持っていることが確認できないと入れません」
「あの~、ダンジョンの中ってトイレありますか?」
「ありませんので、駅のトイレをご利用ください」
「でもすごい混んでて……」
午前八時台の池袋の人の流れはすごい。
すごいとしか表現のしようがない。無限に人がいるのではないかと思うほどに多い。
ダンジョンの中には、大群え行動するモンスターもいる。しかし、満員電車ほどの密度で移動するモンスターはどこにもいない。
もしこの光景をモンスターが見れば、こう思うだろう。
地上の方が魔境だろ……と。
「池袋ダンジョンのツアーに参加していただいてありがとうございます。本日、皆さんの案内を担当させていただきます、三級ダンジョン探検士の高橋と申します。一級や二級とチームを組み、深層に潜ったこともあり、累計探検時間は三千時間を超えています」
ツアーの案内役であるダン検士がツアー参加者にあいさつをする。
三十才ほど。若輩でもなく、年老いてもいない。脂の乗った年齢と言える。
三千時間という探検時間もなかなか。
ダン検士としてはベテランに分類されるだろう。
「一階は安全ではありますが、なにがあるかわかりません。足元は大丈夫でしょうか? なにかあった時に走れるように、革靴やハイヒールはお控えください。もちろんサンダルも」
客たちから笑いが起きる。
サンダルと鍋の蓋は、ダンジョン界隈の鉄板ジョークだ。
そして、ダンジョンの危険さを身をもって教えてくれた偉大なる先人を笑うくらいだから、彼らの足元はちゃんとしている。みんなランニングシューズなどの動きやすい靴。
「ツアーは一時間ほどです。一階をぐるっと一回りし、映えスポットでの記念撮影、雑魚モンスターの討伐実演を行います。ただし、モンスターの出現状況に関してはランダム性が高いですので、場合によってはモンスター討伐はできない恐れもありますので、その点はご了承ください。なお池袋には、地元産のモンスターの肉を使ったジビエ料理のお店がたくさんありますので、ツアー後の昼食にでもどうぞ。おすすめはサンシャイン通りにある本格モンスタージビエ・タカハシで……」
この説明で、大半の参加者は気付いた。
三級ダン検士高橋は、副業でモンスタージビエの店を経営している、と。
こうして宣伝と一緒に、初のダンジョンで多少緊張している客たちを和ませ、ツアー一行はダンジョンに潜った。
ダンジョンは外の世界と隔絶している。
入った途端、池袋駅の喧騒は一切聞こえなくなる。別世界に来たような感覚を参加者たちは味わう。
非日常の世界に来たのだというワクワクが止まらない。
足場は悪く、どこもかしこもデコボコしている。参加者たちは慎重に歩きながら、ガイドの高橋の後をついていく。
十五分ほど歩くと、最初の映えスポットにたどり着いた。
轟轟と音を立てながら滝が流れている。
この滝の水がどこから来ているのか? それは誰も知らない。このダンジョンは池袋駅の真下にあるが、同じ次元にあるわけではない。
参加者たちはそういう難しいことに少しだけ思いを馳せながら、思い思いに写真を撮る。ダンジョンに潜ったことがある一般人は少ない。これをインスタにあげれば、たくさんのいいねがもらえるのは確実だ。
「それではみなさん、スマホを取り出した今のタイミングで、ダンジョンアプリを開いてください」
参加者たちがアプリを開くと、先ほどまではなかった項目が追加されている。
ステータス、とそこには書かれていた。
「ダンジョンに入ったタイミングで、みなさんには能力値が割り振られています。ちから、はやさ、たいりょく、ちりょく、などの項目があると思います。レベルは1ですよね? ダンジョンでモンスターを倒すと経験値が手に入り、レベルアップし、ちからなどが上がってい行きます。運が良いと魔法などのスキルも手に入りますよ」
参加者の一人が手を挙げた。
「あの、ぼくのステータスと友達のステータスが全然違うんですけど、全員違うんですか? もしかしてランダム?」
「お、いい質問ですね。ステータスは地上での能力を参考に割り振られます。なので全員がバラバラになります」
「レベルを上げるとどれくらい強くなるんですか?」
「百メートルを一秒で走れるくらいにはなりますよ」
今度は、別の人が手を挙げた。
「じゃあ、ダンジョンでモンスターを倒してレベルアップしまくれば、地上で無双できるってことですか?」
「そう! って言いたいところですが、残念ながら、ダンジョンから出ると、ここで上げたレベルやステータスは無効化されてしまいます。ですので、レベルをどれだけ上げても、日常生活に影響はありませんよ」
「な~んだ」
「ちなみに、ダンジョンにはいくつか種類がありまして、一度出て、また入った時に前回のレベルで再開できる場所と、レベル1からやり直さなければいけないダンジョンがあります。前者の代表は新宿ダンジョンや大阪梅田ダンジョンで、後者の代表は池袋ダンジョンや八重洲ダンジョンですね」
「へぇ……ってことは、もしかして高橋さんも今はレベル1?」
「ええ、そうですよ」
ツアー参加者たちに緊張が走った。
ベテラン探検士だから安全だと思っていたのに、自分たちとたいして変わらないステータスだなんて。
戦艦に乗っての安全なクルージングが、急に泥船になったような気分になり、そわそわとする者も少なからず現れた。
「ご安心ください。ダンジョンへは装備品の持ち込みができます。私は下層でも通用する剣を持って来ています。さらに、今着ている服ですが、中層のモンスターの攻撃でも完全に防ぎます。もしモンスターが出ても、みなさんの盾となり、完璧に守り抜きます」
高橋は自慢の剣を鞘から抜き、その芸術的な刀身を参加者に見せた。
よくわからないが、こんなすごい剣や防具を持っている冒険者がいるなら大丈夫だろう……と彼らはほっと胸をなでおろす。
その直後、通路の向こうから声が聞こえてきた。
「おお、これが地上付近の光景か。やはりだいぶ違うのぉ。なんと、これが噂の滝か? なかなか見事ではないか」
若い女の声だった。
その声の主の女が歩いてくる。
ピンク色の長い髪や、全身に身に着けた宝石なども特徴的だが、最も目を引くのは頭から生えた大きな角。
同じような見た目の男女が数人、彼女に付き従うように歩いている。
そしてその横には、ドラゴンがいる。
「あれはまさか、魔人……? ドラゴンまで? なぜ上層に。みなさん、急いで、でも静かに後ろに下がって。今来た道がわかるなら、できるだけ早く地上に戻ってください」
高橋の顔が青ざめたのを参加者たちは見逃さなかった。
なにか悪いことが起こったのは確実。だが、状況を正しく理解している者はいなかった。
彼らは角の生えた人型の生物も、ドラゴンも見るのは初めてだった。
ドラゴンは下層より下にしか、魔人は深層より下にしか存在しない。上層で遭遇したという例は聞いたことがない。
というより、もし上層にそんな連中がいれば、そのダンジョンに入ることは不可能だ。
ドラゴンを倒すためには、単独ならレベル100以上、チームで挑む場合でもレベル50以上が最低でも三人、というのが目安になっている。
レベルがリセットされる池袋ダンジョンでそんなのに遭遇すれば、どんな装備品を持っていてもどうしようもない。
「あれってコスプレですか? 写真撮ってもいいのかな? すみませーん」
参加者のひとりがピンク髪の女に駆け寄った。
まずい、殺される……最悪の展開を想像した高橋は、とっさに動いた。
絶対に勝てないとわかりながら、剣を抜き、参加者より早く走り女に斬りかかった。
レベルは低いが、剣は一級品。さらにステータス強化のアイテムをいくつも装備している。
レベル1でも上層なら無双できる能力のはずだが……ピンク髪の女は、高橋のことを見ていたが、気にはしていなかった。彼女の従者らしき者たちも、特に庇う動きを見せなかった。
その理由は、剣が当たった瞬間にわかった。
女は顔で剣を受け止めた。岩をも両断するはずの一撃なのに、皮膚が赤くすらなっていない。
「これが地上の人間か? ずいぶんと弱いのだな」
女は高橋の剣を親指と人差し指でつまみ、少し力を入れた。すると、剣は粉々に砕けた。
「なまくらだな。もしかして、この服は防具のつもりか?」
女はさらに服をつまみ、まるでティッシュを引きちぎった。
剣は市価なら二千万円以上。防具は三千万円は下らない物だった。なのに、魔人の女からすれば、おもちゃ以下の扱い。
魔人の圧倒的な戦闘力に、高橋は震えた。
「貴様、姫様になにをする?」
従者の男が、高橋の肩にポンと手を置いた。
怒っている様子ではない。むしろ、怒る価値もないと言わんばかりに呆れている。
「地上の人間は行儀がなっていないな。どうしましょう、姫様。殺しましょうか?」
「今日は遊びに来たのだ。殺すのはやめておけ。血で服が汚れては困る」
「かしこまりました。貴様、姫様の寛大さに感謝するがいい」
まるで部屋の中で虫を見つけ、潰したら手が汚れるからと見逃す人間のような様子だった。
それがおかしくないくらい、高橋と“姫様”の間には実力差があった。
たとえレベルが100になろうと、200になろうと、その差が縮まるとは思えなかった。
「おい、人間。殺さないでやるから、ガイドをせい」
姫様は高橋にそう言った。
断れば殺される……というのは考えるまでもない。
「どこのガイドでしょうか?」
「地上だ」
「地上……というのは、池袋のことでしょうか?」
「名前など知らん。妾はこのダンジョンの最深部で暮らしており、地上がどこに繋がっているのか知らん。今日はそれを見物に来たのだ」
「ダンジョンの最深部?」
「お前ら地上人は浅いところでうろちょろしているようだから知らんだろう。このダンジョンは、一万階ほどある。下に行くほど格が高く、強い魔人が住んでいる。つまり、一番奥に住んでいる妾は最強」
一万階……その数字に、高橋は実力差の理由がわかった。
現在、探検士たちがたどり着いたのは一番奥は、七十二階だ。五十回より下を深層と呼んでいる。なのに、まだ一パーセントも潜っていなかったとは……。
「姫様のガイドをできるのは光栄なことだ。断ることは許されない。わかっているな?」
「はい……」
高橋は頷くしかなかった。
とはいえ、今は仕事中。客たちを無事に帰すのを優先させてほしい、と頼んだ。
従者はイヤな顔をしたが、姫様は許可を出した。
「仕事熱心なのはいいことではないか。そういう人間ならば、妾のガイドもまじめにするであろう」
それから高橋はツアーを中断する旨を参加者に伝え、謝罪し、彼らを池袋に帰した。
その後、姫様たち魔人を地上に連れて行った。
観光に来たというだけあって、彼女たちは友好的で、平和的に街で遊んだ。
持ってきた宝石を換金し、それで豪遊。ホテルに宿泊し、数日ほど楽しんだ。
ちなみに、地上観光を終え、家に帰ろうとした姫様一行が、レベルリセットによって帰れなくなってしまった。
ダンジョンのモンスターは、姫様だろうが関係なく襲う理性無きモンスターだったのだ。
「このままでは一生家に帰れん! 頼む、高橋、お前はダンジョン探検を生業にしているのだろう? 一番奥まで一緒に潜って、妾を家に帰してくれ。褒美にダンジョンの中にある者はなんでもやるから! たのむ~!」
泣きつかれた高橋は、姫様らと共に数千階も潜っていき伝説の探検士と呼ばれることになるのだが、それはまた別のお話……?
みなさんの評価次第で続きを書くかどうか決めますので、続きを読みたいと思っていただけたのなら評価等頂ければ幸いです。




