表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第三章:偽りの竜と偽りの英雄
72/219

2匹目*1

 ランヴァルドは迷った。迷いに迷った。だが……。

「……まあ、深追いしてやる必要も無いだろ。とりあえず、ロドホルンへ戻るしかないな」

 今は馬車もある。流石に、この馬車をここへ放置していくわけにもいかない。馬車の中にはまだまだ武具が積んであるのだ。これを売らないことには、どうしようもない!

 それに何より、山賊数名程度、深追いするほどのものでもあるまい。一応、領主には『賊を退治する』と言ってはあるが……今、わざわざ山の中に入るほどのものでもないだろう。

「よし、行くぞ、ネール」

 結局、ランヴァルドはネールを伴って先へ進むことにした。山賊達には『運が良かったな』と心の中で言ってやりつつ……。




 さて。

 昼頃にロドホルンへ到着したら、広場の一角に陣取らせてもらって、ひたすらに売る。只々、売る。ステンティールで仕入れてきた武具と、ドラゴンの素材とをとにかく売りに売ってゆくのである。

 ドラゴンの首は、よい看板になった。これを飾っておくだけで、『ああ!彼女が噂の!』と皆がネールの存在に気付くのだ。

 ネールは喋りこそしないものの、歓声を浴びればもじもじしながら小さく手を振り返したり、時々恥ずかしくなってしまうのか、ランヴァルドの脚に、きゅ、としがみ付いて隠れてしまったり、と、なんとも愛らしい仕草を見せるので、ますます『かわいい!』と歓声が高まる。

 ……まあ、ネールがそんな様子であったので、『このガキがドラゴンを倒したってのは本当か?どうせ嘘に決まってる』と疑う者も居たのだが……一度、ランヴァルドから売り上げの金を掠め取って逃げようとした愚者が居たため、この疑いも無事に晴れた。

 というのも、その愚者はランヴァルドの後ろにあった金の袋を取り、走って逃げ始めて、そしてその数歩分の後にはネールに足首を斬り割かれて広場の石畳の上に転がる羽目になったからである。

 見事な早業に、人々は恐れ戦きつつも歓声を上げた。……このあたりの民衆の反応は、ハイゼルやステンティールとは多少異なる。何せ、娯楽の少ない北部の、更に血の気の多い戦士の血族ばかりが居るこのドラクスローガだ。広場で流血沙汰が起きれば、恐怖や嫌悪より先に、興奮が来るのが常なのである。

 ……ということで、ネールが足首を斬り割いたその犯人は、ランヴァルドが『とりあえず止血だけはしてやる』と癒しの魔法を使っておいてやってから、衛兵に引き渡されることになった。

 血の気の多いドラクスローガのことなので『殺せ!』という声が無いでもなかったが、ここはネールの印象づくりを最優先にした。とどめは刺さずにあくまでも『圧倒的に強く、弱者を嬲る趣味は無く、公正、高潔である』というようにネールの人物像を誤認させていくのだ。

 男はともかく、女達は『殺せ!』よりも『怖い!』の方が強いのだ。彼女らの評判も得るためには、まあ、穏便な対応をしておいた方が良い場合が多いのである。

 ……そして、ネールによる捕り物劇が終わった後は、これを見ていた民衆によってより一層、ランヴァルドの店の繁盛ぶりが増すのであった。

 ボロ儲けである!




「えーと、在庫はこんなもん……これくらいならもう、どこかに卸しちまって身軽になるのも手か……いや、でももうちょっとは粘りたいな」

 夕方になって、ランヴァルドは在庫を確認しつつ悩む。

 予想以上に、売れ行きは良かった。ドラゴンの素材は日に日に真新しさが無くなっていくはずだが、それでも尾ひれがついたネールの話が広がったおかげか、まだまだ買い求める者が多かったのである。

 ついでに、賊の問題はドラゴンとは別にまだまだ存在し続けているため、武具もよく売れた。『ステンティール産の、上等な奴だ。ネールが岩石竜を退治した褒美に、質のいい商品を融通してもらえたんでね』と話して聞かせれば、話を面白がった連中がそれなりに多く買っていってくれるのだ。

「あと一日、粘るか。その後はもう、さっさと賊退治に行きたいところだな」

 結局、ランヴァルドはあと一日、露天で粘ることを決めた。今日、ここで出店していたという噂を聞いた者が明日来店してくれるかもしれない。まだ多少、ロドホルンでの売れ行きは見込めることだろう。




 ……そうしてその日も『竜麟亭』のホールでネールの英雄譚を語ってやりつつ、それでもなんとか早めに切り上げてさっさと眠り、そして翌朝は早めの時間から店を出して武具とドラゴンの素材とを売った。

 やはり、昨日よりは売り上げが多少落ちたようにも思うが、それでも十分、売れるものが売れた。

 そして、ここらで卸売りを考えることになる。というのも、やはりドラゴンの皮や牙は加工してはじめて使えるものだからである。

 小さな牙や鱗は『記念に』『お守りに』と買っていく者が多いが、皮の類はまず鞣す必要があるし、その上で盾に貼ったり、鎧に仕上げたり、はたまた手袋やブーツに仕立てたりする必要がある。牙は研いで小さなナイフのようにすることもできるし、魔法の媒介にすることもできるが……いずれも専門家が必要だ。

 ということで、今、生皮や大きな牙を買っていく者は、それらの伝手がある者、ということになる。当然、その数は少ない。

 このままでは皮が腐る。牙や骨は腐らずとも、かさばる。1本2本ならともかく、残り全てを持ち歩くのも馬鹿らしい。

 ならば、このドラクスローガで骨細工や革細工を専門にしている者に直接、これらを売りつけてしまうのが良いのだ。

 質の良い素材、それも話題を集めるドラゴンのものなのだから、売れないはずはない。職人は質の良い素材を扱うことを楽しむし、質の良い素材で作られた質の良い商品は当然、原材料費よりずっと高値で売れるのだから損は無いのだ。


 ランヴァルドはドラクスローガには然程伝手が無いのだが、酒場や宿で色々と話し、聞く中でいくらか情報を手に入れている。昨夜も『あんたのところで買ったドラゴン皮はあそこの店に持っていって加工してもらうつもりだ!』と話していた酔っ払いが居たのだ。つくづく、善い酔っ払いであった。

 ということでその店へ向かい、ドラゴンの皮をそれなりに良い値で売って、続けて牙や骨や爪を扱っている店を尋ねて、次はそこを訪れて……と繰り返し、ランヴァルドは無事、多少の武具と多少のドラゴン素材以外、ほぼ全ての在庫を捌き切ることに成功したのであった!




 旅商人としては、商品が無いのは安心である。

 商品が盗まれたり破損されたりする心配をせずとも済むし、常に『あれをいつまでに売り捌かねば』と考えている必要が無い。気を遣う場面も大分減る。

 ついでに、『次は何を仕入れようか』と考えるのがそれなりに楽しいので、まあ、つまり、ランヴァルドは実に商人向きの性格なのだろうが……。

 ……ということで、ランヴァルドはその日、多少のんびりとした心地で夕食を摂ることができた。

「ネール。残った在庫は馬車と一緒に預けて、明日は山賊狩りに出るからな」

 鹿の肉をじっくりと煮込んだシチューを食べていたネールに話しかければ、ネールはこくんと頷き、なんともやる気に満ち溢れた笑みを見せてくれた。英雄様は実にご機嫌だ。何せ明日は人助け、と決まっているので。

「ついでに、山の中に凶暴な獣や魔物の類が居たら、そいつらを狩るぞ。まあなんだ、それも人助けだな」

 ネールは益々ご機嫌である。ランヴァルドは『つくづく、こいつは英雄向きの性格だな……』と思う。ランヴァルドとは大違いである。

「賊退治が終わったら、今度こそ領主様にしっかりと褒賞を頂こうな、ネール」

 ……そしてネールはこれについては首を傾げつつ頷く、という様子であった。報酬にはあまり興味が無いのだろう。ここもランヴァルドとは大違いである!


 そうして、食事を進めていると……ふと、近くの席から噂話が聞こえてきたので、ランヴァルドは耳をそばだてる。

 どうも彼らは、ドラゴンの話をしているらしい。となると、当然ながら『小さなかわいい英雄ネール』の話が出てくるので、ネールが多少、もじもじするのだ。

 ……だが。

「そういえば、ドラゴンがまた出たって噂だぜ?」

 そんな話まで出てきたので、ランヴァルドは目を剥くことになったのである!




「ちょっとその話、詳しく聞かせてくれないか」

 早速、話をしていた連中のテーブルへ首を突っ込んでいけば、彼らは突然の闖入者に驚いた様子であった。……だが、ネールの姿を見ればすぐ、『ああ、竜殺しの小さなかわいいのだ!』と気づいたらしく、テーブルへ迎え入れてくれた。

「で、ドラゴンがまた出たって?」

「ああ、そうなんだよ。ドラゴンを見た、って奴がやってきてね。それが今朝のことだったもんだから、皆で首を傾げてたんだが……」

「どこで?」

「それが、スカーラとロドホルンの間にある山だって言うんだぜ?同じところにドラゴンがまた出るなんてこと、あるかぁ?」

 ……ランヴァルドは首を傾げつつ、とにかく嫌な予感と嫌な予測を積み重ねていく。

「そもそも、同じ場所にドラゴンが出るなら領主様がご存じない訳はないよなあ……?あの野郎、ドラゴン素材が値崩れすることを知ってて買わなかった、ってことか……?」

 ランヴァルドにとって何よりも嫌な予感は、『値崩れ』という名前である。


 ドラゴンの素材は優秀な性能の素材だ。軽く、丈夫で、炎に強い。そして美しさも兼ね備えている。だが、加工が難しいところと希少であるところに難がある。

 ……そう。ドラゴンなど、滅多に居ない。だからこそ、ドラゴン素材は高値で取引されているし、元が竜殺しのドラクスローガ領では特にそうだが、『優秀な戦士の象徴』としての効果も大きいのだ。だから、売れる。

 それ故に、ドラゴン素材が大量に流れたら、値崩れは間違いない。ランヴァルドは『可能な限り売り捌き切っておいて本当に良かった!』と心の底から安堵した。

 だが、この後一気に値崩れしたなら、『お前のところで高値で買わなきゃよかった』と、このロドホルン中の民衆から石を投げられかねない。ランヴァルドとしてはそれは避けたいのだが……。

「まあ、そういうことならもう1匹、ドラゴンを仕留めてくることになるか……いいな?ネール」

 ……避けるならば、流通を自分の掌中に収める必要がある。

 そう。つまり、次のドラゴンも、自分達で狩るしかない。




 ならば先んじて領主に釘を刺しておくべきだ。ランヴァルドはまたもや領主邸へ赴くことになる。

 用件は『賊を狩ろうと考えていたらドラゴンが出たと聞いたので』と伝えれば、すんなりと領主と謁見する機会を得られた。

 だが。

「どういうことだ?ドラゴンを討伐したのではなかったのか!?」

 ……領主ドグラスは、真っ先にそう、ランヴァルドへ食って掛かったのである。

「はい。確かに討伐いたしました。ドラゴンの首は以前お見せした通りです」

 ランヴァルドは内心で『これを領主は知らなかったのか?なら、ドラゴンの素材を買わなかったのも報酬が少なすぎるのも、単にこいつの無能故だったか……?』と混乱していたが、表には出さずにただ領主へ真っ直ぐ真剣な視線を向けるのみとした。

「ならばどうして、ドラゴンが再び目撃されているのだ?」

「ドラゴンがもう一匹居た、ということでしょうが……」

 まあ、これもおかしな話ではある。今回についても、『伝説のドラゴンが目覚めた』などと言われていたのだ。まさか伝説のドラゴンがそう何匹もいるとは思えないのだが……そのおかしなことが起きてしまっている。

「ああ、何故こんなことになっている?くそ、あっちでは賊、こっちではドラゴン……頭が痛いな、全く……」

 領主ドグラスは疲れた顔をしているが、ランヴァルドは『多分お前の無能故に忙しくなってる部分があるぞ』と冷静に考える。決して表には出さないが。出したら首が飛ぶので。


「ならばご命令を。ドラゴンを殺せ、と仰っていただけるならば、我々が奴を討ち取って参ります」

 ……ランヴァルドは結局、そう申し出て領主に『できるならそうしてくれてもいいが賊を優先して処理するように』となんとも投げやりな依頼を出させることに成功した。

 それにしても……一体、どういうことだろうか。

 ランヴァルドはネールと顔を見合わせて、互いに首を傾げるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ