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クズに金貨と花冠を  作者: もちもち物質
第三章:偽りの竜と偽りの英雄
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駆け引き*5

 そうして、なんともしまらない表彰式が終わり、ランヴァルド達は領主邸から出た。

「はあ……。全く、竜殺しの英雄に出す褒賞が、1人あたり金貨半分にもならない程度とはなあ……。しかもドラゴンの素材を買い取る話も出てこない。どうなってんだ、全く」

 城を出てすぐ確認したが、ネールが受け取ってきた袋の中には、金貨が10枚だけ入っていた。……エリク達の頭数も含めて割れば、1人あたり金貨半分を下回る程度の儲けである。やっていられない!

 その上、不思議なことにドラゴンの素材の話も出なかった。

 貴重かつ有用な素材であるというのに、領主が手を出さなくてよかったのだろうか。ランヴァルドは、『俺なら買えるだけ買っておいて、値を吊り上げつつ今後数年かけて売ってやるが』と思うのだが、領主にはそんな考えは無かったらしい。ランヴァルドにとっても不運なことに。

「悪かったな。付き合わせた割に、貰えるもんが見込みより大分少なかった」

 ランヴァルドは何とも言えない気分でエリク達に謝る。自分が悪いとは思っていないが、一応、『俺が謝りたくなる程度にはあの領主が出した褒賞は酷かった』という認識は持っていてもらわなければ困るので。

「ああ、いや、別にいいんだ。元々俺達は何もしちゃいないし、だってのにもらえるもんがあるってだけで、ありがたいことだし……」

 エリク達もまた、なんとなく歯切れの悪い様子である。まあ、領主からの扱いはあんまりだったしな、と思いつつ、ふとランヴァルドは思い立ち、自分の財布から硬貨を取り出す。

「代わりと言っちゃあなんだが、昨日、ドラゴンの鱗や牙が思ってたより高く売れたんでね。『あんたらが運んだ分の半分』は取り分だと決めたんだ。差額は返しとくよ」

 普段のランヴァルドからは考えられないようなことだが、エリク達に金を配る。……実は、これを配っても『あんたらが運んだ分の半分』には足りないのだがそれは黙っておく。

「お、おいおいおい、マグナスの旦那ぁ。こいつはちょっと多すぎやしないか?」

「いや、いい。正当な取り分だ。遠慮せずに受け取ってくれ。ま、その代わりと言っちゃなんだが……うちのネールのこと、頼んだぜ」

 慌てるエリク達に銀貨を握らせて、ランヴァルドは苦笑する。

「これからネールはもう少し、ドラクスローガ内で治安維持のために戦うことになる。その間、ネールを妬む奴らから悪評を立てられないとも限らない。だから、まあ……噂話には噂話で対抗してもらうしかないんだ。その分は、あんたらに任せるよ」

 話を聞いたエリク達は、少々戸惑った顔をしていた。『噂話』の価値を知らない故にだろう。

 だが彼らが思っているより、『情報』というものには価値があるのだ。情報、特に噂話の類は先入観を生み、先入観によって一度付けられた値札は剥がすのが難しい。良くも悪くも。


「その、マグナスの旦那。あんたらはこれから、山賊狩りに行くんだったな?出発はいつだ?」

「ん?そうだな……まあ、一度宿場へ馬車を取りに行かなきゃいけないんでね。明日はそれで一日かかる。明後日はドラゴンの素材をもう少しばかり売り捌いておきたいし、元々持ってきてた商品もあることだから……まあ、一日、ロドホルンで商売をすることになるかな……」

 エリクに尋ねられて、ランヴァルドは直近の予定を考える。

 山をこちら側へ降りてきてしまった都合で、宿場に馬車を置きっぱなしだ。一応、まだ金貨30枚から40枚分の武具の在庫もあることだし、ドラゴン素材の在庫もまだまだあることだし……どうにかしてこれらを売り捌いて金に換えてしまいたいところだ。

「となると、売れ行き次第でもあるが、出発は3日後以降になるかな」

 ランヴァルドは、『まあ、1日で捌けないだろうから、4日後、5日後か……?』と悩みつつも答える。するとエリクは、『そうか……』と小さく呟いて、何か考える素振りを見せた。

「……どうした?何かあったか?」

「い、いや、なんでも。ただ、あんたらとお別れするのが惜しいな、って思ってな」

 エリクは苦笑しつつそんなことを言う。だが……少々、違和感を覚えたランヴァルドは、首を傾げる。同時にネールも何か違和感を覚えたらしく、ランヴァルドと一緒に首を傾げていた。

「その、俺達はもう、今日中にここを出ちまう予定なんだ。そろそろ帰らねえと、いよいよ死んだことにされかねないしなあ……」

「ああ、うん、まあそうだろうな……」

 ……エリク達がどこに住んでいるのかは詳しく知らないが、彼らを送り出した者達が居たならば、『ドラゴンに勝てるわけがない。死んだのだろう』と判断しかねない。少なくともランヴァルドならそうする。

「ま、あんたらを待ってる人が居るっていうなら、帰ってやった方がいいかもな」

「ああ。そうするつもりだ」

 エリクはふと地面に視線を落とすと、それから顔を上げて、ランヴァルドに手を差し出してきた。

「マグナスの旦那。本当にありがとう。あんたらには命を救われたし、本当に良くしてもらった」

「こちらこそ。そっちが思ってるより、こっちは助かってるんだ」

 ランヴァルドはエリクの手を握った。エリクもランヴァルドの手を握り返して、また『ありがとう』と言った。

 ……別れを惜しむエリクの表情は少々、浮かないものだった。




「……さて。今から出れば、夜までには宿場に戻れるか」

 エリク達と別れた後、ランヴァルドは太陽の高さを見ながらそう呟く。

「ネール。悪いが、今日はまだ休めないぞ。ドラゴン関係の荷物を預けたら、さっさと馬車を取りに宿場へ戻る。で、そっちで一泊したら、明日の昼にはロドホルンに戻って、半日で在庫を三分の一……いや、半分は売り切りたい」

 先程、エリクに話した予定よりも詰めに詰めた予定である。だがランヴァルドは、こうすることに決めたのだ。

「なんとなく、嫌な予感がするんだよなあ……ああくそ」

 ……どうも、嫌な予感がするので。




 有言実行、ということで、ランヴァルドはネールと共に早速、ロドホルンを出た。少々急ぐ旅路であるので、歩調は自然と速くなる。

「北の方の山に賊が出てるっていうんだから、まあ、俺達はそれを討伐することになる。そうすりゃ領主様も流石にもうちょっと、俺達の処遇を考えるだろうから」

 ……ドラゴン殺しだけで名誉らしい名誉を賜れなかったことについては、なんとも予想外であった。だがまあ、領主ドグラスも、『賊退治』までした英雄までもを無碍に扱うことはできまい。

「目指すのは、十分な褒賞だ。ついでに、名誉だ。ここでも白刃勲章を賜れたらいいんだが……ま、そうでなくとも、どこかに口利き位はしてもらえるだろ」

 勲章を2つも手にすることになれば、いよいよネールの功績は世に認められていくことになるだろう。理想は国王陛下から直々に土地を賜ることだが、それができずとも、ドラゴン素材を売った金を出しつつ勲章を見せつけて、どこか困窮する貧乏貴族辺りから土地を買い取ることはできるだろう。

「いいか?ネール。お前はしっかり功績を上げて、それを人々に認めさせて、地位を手に入れるんだ。それでどこか土地を手に入れられるようになったら、そこにお前のお家を作れるからな」

 ランヴァルドがネールに言い含めると、ネールはなんとも嬉しそうな顔でこくこくと頷いた。

 ……ランヴァルドとしては、『そんなに喜ぶようなことか?』と思うのだが、ネールはどうやら、『自分のお家』を手に入れることについて、非常にやる気があるようである。

「……ネール。一応聞いておくが、お前、自分の家を手に入れたい、ってことで間違いないんだな?」

 ネールの意思は確認していなかったぞ、と思いつつランヴァルドが尋ねてみれば、ネールはこくこく、と頷き、目を輝かせ、頬を上気させる。……家無し子は家に憧れがあるのだろうか。

「そうか。ちなみに、家の場所はどこがいい?北部以外ならどこでもいいと思うが。ああ、北部は駄目だ。冬に寒いからな。北部はよくないぞ、北部は」

 いずれ、ランヴァルドがネールから土地を巻き上げるところまで考えて、ネールには今から『北部は良くない』と覚えておいてもらいたいところである。そして純真無垢なネールは、『北部は良くない』としっかり覚えたらしく、ふんふん、と真剣な顔で頷いていた。

「まあ、中部から南部のあたり……そうだな、中部ならウィーニアのあたりか、もう少し東がいいかもな。ステンティールはかなり端の方だが、ステンティールの南あたりもいいかもしれないぞ。或いはいっそ、もっとちゃんと南部の方で土地を探すのも……まあ、多少難しいかもしれないが……」

 ランヴァルドが『将来、自分の所領になる土地』についてあれこれ語ると、ネールはまた真剣な顔でそれを聞く。

 ……ランヴァルドしか喋らないものの、にぎやかな旅路である。


「まあ、問題は……」

 一頻り喋ったランヴァルドは、深々とため息を吐いた。

「……賊退治をしてもまだ、領主様がまともな報酬を寄こさなかった時、なんだがな……まあ、今は考えないことにしよう」

 ……頭があまり良くないらしいあの領主が、報酬を出し渋らなければいいのだが。

 ランヴァルドは只々、それが心配である。

「おい、ネール。なんで嬉しそうなんだ。お前は本当に厄介ごとが好きだな。まさかお前が厄介ごとを引き寄せてるんじゃないだろうな。勘弁してくれよ?ただ働きは俺の趣味じゃないんだぞ、ネール……」

 一方、ネールはどこか楽し気であった。声が出るなら歌い出しかねないくらいのご機嫌ぶりである。

 ……ネールはただ働きであっても気にせず働くのだろう。何せ、ネールは人助けが大好きなので。

「ああ……どうか、報酬が出ますように」

 ランヴァルドが祈れば、ネールは分かっているのかいないのか、またにこにこと楽しそうにランヴァルドの真似をして、祈るふりをしていた。

 ネールはすこぶる楽しそうである。余程、『自分の家』が楽しみなのか、はたまた、ただ働きになりそうな予感が何か楽しいのか……。ランヴァルドは、『俺の話を聞いているのが楽しいってわけは無いだろうしな……』と思いつつ、宿場までの道を歩くのだった。




 宿場に辿り着いたらもう、夕方であった。

 夜道を歩くほどの元気は無いので、宿で一泊していくことにする。

 ……宿では既に、ドラゴン殺しの噂が広まっていた。

 ネールの姿を見るなり、『もしや噂の竜殺しでは?』と気づく者が居たので、証拠としてドラゴンの素材をいくらか見せてやりつつ、ここでも竜殺しの英雄譚を語ることになった。

 ネールの噂が広まれば広まるほど、ネールが叙勲される可能性は上がる。民衆が『何故あの英雄に叙勲すらしないのだ』と騒げば困るのは領主だからである。

 ……尤も、あの領主の耳の遅さから考えると、少々、この作戦も危ういものに思われたが……まあ、それでもいずれは望むものが手に入るだろう。恐らくは。

 尚、見せたドラゴンの素材はそれなりに高値で売った。商機は逃さないランヴァルドである。


 そうして翌朝。ランヴァルドとネールは馬車を回収して、ロドホルンへと戻ることにした。

 当然ながら山の中を突っ切っていくわけにはいかないので、往路同様、山の麓をぐるりと迂回していくような街道を、そのまま素直に通っていくことになる。

 ……だが。


 ランヴァルドはふと足を止めて、山の方を見る。ネールもランヴァルドと同じように、山の方を見ていた。

「……ネール。今、何か見えたな」

 ランヴァルドが問えば、ネールは何とも言えない顔で、こくん、と頷いた。

「山賊、か何かが、逃げていったよ、なあ……?」

 ……やはり、ネールは何とも言えない顔で、こくん、と頷いた!


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― 新着の感想 ―
巻き上げてもどうせ一緒にいるんだからどっちみちネールちゃんは喜ぶんだぜ、ランヴァルド
なんだかんだ相性がいいちょっとずれて噛み合ってる(?)2人が面白くて毎話とっても楽しく読ませていただいています!
竜素材持ってたら普通にネギ背負った鴨ですよね…。
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