舞踏*1
「やっと……出口か……」
ランヴァルドがぜえぜえと息を吐きながら通路を出ると、そこは山の斜面であった。大方、ダルスタル近郊の山のどこかなのだろうが。
「これは朝か?夕方か?どっちだ……?」
地平すれすれで太陽が輝いているのだが、如何せん、長いのか短いのかよく分からない時間を地下で過ごしてしまったため、ランヴァルドには時刻が分からないのである!
ランヴァルドは『どうか夕方であれ』と祈りながら、周囲を見回して方角を探る。……すると。
「マグナスさん!」
蹄の音とウルリカの声がしてそちらを向くと、馬に乗ったウルリカと、他に数名の兵士やメイド、そして馬車が近づいてきていた。
そうしてランヴァルドとネール、ついでにマティアスは無事に保護された。ランヴァルドとネールは随分と上等な馬車に乗せられて運ばれることとなった。……どうやらこの馬車は領主用の馬車であるらしい。ランヴァルドとネール救出のため、領主自ら『一番いい馬車を使え!』と言ってくれたのだとか。
尚、マティアスは別の馬車に積まれている。ランヴァルドは『あいつに乗り心地なんざ要らねえだろ』と笑顔である。
……さて。馬車が動き出して少しすれば、ランヴァルドにもここが何処なのか、概ねのところが分かった。
恐らく、ダルスタル北東の山だろう。となると、今は朝ではなく夕方か。
それにしても随分と分かりにくいところに出たものだ。まあ、あの地下通路と古代遺跡はステンティール領主家の緊急脱出経路であり、ついでに最後の手段であるゴーレムが眠っていたわけなので、隠しておかねばならないのは至極当然であるが。
「よくここが分かりましたね」
「ええ。領主様が例の通路の出口にあたる箇所をご存じでしたので」
ランヴァルドは『よくウルリカ達はここが分かったな』と思ったのだが、それは当然であった。領主が協力してくれたのならば、領主家に伝わる封印の出口くらいは分かって当然であろう。
そして、『領主が協力した』ということならば……。
「ということは領主様はご無事で?」
「ええ。あなたが解毒剤を手に入れてくださったおかげです」
ランヴァルドはウルリカの返答を聞いて安堵する。
……領主アレクシスは無事。そういうことなら、ランヴァルドが諸々、命を削った甲斐があったというものだ。よい馬車を手配してくれたことも含めて考えれば、彼は既にランヴァルドのことを随分と気に入ってくれている!
この分なら白刃勲章は間違いない。後は金だが……金についても、領主アレクシスが商売の融通をしてくれるだろうし、心配は無いだろう。それに、上手くいけばマティアスに奪われた金貨500枚分を一部でも取り戻すことができるかもしれないのだ!
ランヴァルドは久々に味わう『上手くいった』という感覚ににんまりと笑いつつ……しかし、そうしていると緊張の糸が切れたのか、どうにも、眠くなってくる。
「……マグナスさん?お加減が?」
「いや、少し眠いだけです。傷は命に障りのない程度でしかないんでね」
心配そうなウルリカに返事をしつつ、『ああくそ、これは駄目か』と思いつつ目を瞬く。疲労のせいだろう。目が霞む。ついでに、体中に痛みがある。ランヴァルドは正に、満身創痍、といった具合なのだ。
「無理もありません。地下牢で拷問を受けた直後に崩落に巻き込まれたのですから」
「ああ、そういえばそうだったな……」
ランヴァルドは『せめてあの鞭打ちが無けりゃあな』とやさぐれつつ思い返すが、まあ、思い出して気分のいいものではないので早々に記憶に蓋をした。
「少し、眠っていても?」
「ええ。どうかゆっくりお休みください」
まあ、ここまで体を酷使した後なのだ。少しくらい休んでも罰は当たらないだろう。
ランヴァルドはそう考えると、ネールに『俺は少し寝るからな。いい子にしているんだぞ』と声を掛けてやってからさっさと目を閉じて眠ることにした。
……そうしてしまえば、すぐに意識は途切れる。やはり、疲れていたようだ。
ランヴァルドはそっと揺り起こされて目を覚ます。見れば、ネールがゆさゆさとランヴァルドの肩を遠慮がちに揺すっていた。どうやら、到着したらしい。
馬車の外に出てみると、体がふらついた。今まで無理矢理、意志の力だけで動かしていた体はとっくに限界を迎えていたようである。少し眠ったことで疲労は多少マシになっていたが、傷の類はどうにもなっていない。
「おお、おお……よくぞ戻られた!」
だが、それでもまだ気分はいい。
玄関先にはステンティール領主アレクシスがやってきて、ランヴァルドとネールの帰還を心から喜んでくれている。
ランヴァルドは達成感と今後の金のことを考える高揚とに笑みを漏らしながら、きっちり一礼してみせた。
ネールは先にエヴェリーナの部屋へ戻して、ランヴァルドは1人、領主の部屋へと赴いた。領主アレクシスも、毒を抜いているとはいえ、まだまだ療養中だ。体調が戻るのはまだ先のことになるのだろうし、失われたまま戻ってこない部分もあるだろう。だが、彼の表情は明るかった。
「さて。では疲れているところ申し訳ないが、簡単に報告を頼む」
「はい。では、崩落後からの出来事を……」
ランヴァルドも、全身怪我まみれではあるが、表情は明るい。……何かが成し遂げられた後というのは、なんとも心地よいのだ。
それからランヴァルドは大まかに、地下で起きたことを説明した。
着水してから古代遺跡らしいものの中へ入ったこと。そこで魔石を核にして動くゴーレムとの戦いになったこと。ネールがなんとかゴーレムを倒したが、そこへ岩石竜までもがやってきてしまったこと。それから……。
「……どうも、奇妙なことが起こりまして。ゴーレムは徐々に、氷混じりのものへと変化していきました。そして、核となる魔石が割れ砕けた後も……その魔石を繋ぎ合わせるように氷が纏わりついて、再生しようとしていました」
「ほう……?」
……明るい表情の2人が、唯一表情を曇らせる点があるとすればここだろう。
やはり、あの氷の魔法はおかしかった。
ランヴァルドが例のおかしな現象について一通り説明すると、領主は首を傾げた。
「あのゴーレムは、元々そうした設計だったのですか?」
「いや……そのようなことは聞いたことが無い。私も成人した時、領主を継ぐ者としてあの遺跡へ赴いたが、あそこに封印されているものは正に、岩石竜そのものであったのだ」
「……は?」
更に、とんでもないことを聞いてランヴァルドは思わず声を漏らす。
……てっきり、『ステンティールの封印』とは、あのゴーレムのことだと思ったのだが。マティアス自身も、そのようなことを言っていたように、思われたのだが……。
「無論、ゴーレムの話は知っておるよ。大岩をも動かし、山をも切り開き、そしていざとなればドラゴンを止めるための、その守護神が備えられていることは、ステンティール領主であれば知っていることだ。勿論、そのゴーレムが氷の力を司るようなことは無かったと思うが……」
領主の話を聞いて、ランヴァルドは只々、混乱する。
「お、お待ちください。となると、既にステンティールの封印は解けていた、ということに……?」
「む?そうなのかね?マティアスが封印を解いたのでは……」
「……実は、領主様に盛られていた毒薬の材料を探した際、その洞窟内で、その岩石竜に遭遇しています」
そう。
どうも、ランヴァルド達が遺跡に突入するより先に、封印が解けていたようなのである。
「い、いや、しかし、封印されていたのはただの岩石竜ではないはずだ。多くの魔力を持ち、その力はあまりにも強く……かつて古代文明に栄えた都市を一夜にして食らい尽くしたという、その岩石竜だ。あまりに強い魔力を持つが故に、鱗は鋼ですら貫き通せず、更にはその岩石竜が生み出す卵は瑪瑙のようだという」
領主は必死にそう言い募るのだが、ランヴァルドにはあまりにも聞き覚えのある内容である。……主に、『生み出す卵は瑪瑙のようだ』という点が!
「……その卵には見覚えがあります。岩石竜の巣と思しき場所で見ました」
嘘は吐いていない。『その卵をネールが持ち帰って孵してしまいました』というところを言わないだけだ。ランヴァルドはしれっと涼しい顔で頷きつつ、青ざめる領主を見て『この様子なら隠し事はバレてなさそうだな……』と内心でそっと安堵した。
「と、なると、ううむ……本当に、ステンティールの封印が解けていたというのか」
「ええ……封印されていたはずの岩石竜が目を覚ましていた、となると、何者かが解いた、としか思えませんが」
「しかし見て分かったと思うが、あの封印の地への道も、その先の封印も、ステンティールの血でのみ開くものだ。私もエヴェリーナも、封印を解いたことは無い。一体、何が起こったというのだ?」
領主アレクシスがおろおろする横で、ランヴァルドはじっと考えた。
考えて……『ありえないだろ』とは思いつつも、一応は、自分の考えを……或いは『嫌な予感』を、口に出すことにした。
「……封印は、解かれていた。そして例のゴーレムも、様子がおかしかった。……それらまとめて全て、『何者か』が手を加えた、とは考えられませんか?」
「ほ?それは……」
ランヴァルドの言葉を聞いた領主は、ぱちり、と目を瞬かせ……それから、呵々として笑い出す。
「……いやいや!まさか!そんなこと、できようはずもない!ステンティールの血に伝わる封印を、ステンティールの血無しに解き、更に、既に我らにも解読できなくなった古代魔法を読み解いて、更にはそれを改変した者が居る、ということになるぞ?そんな者、まさか、居るはずが……」
……が、笑いは徐々に弱まり、ぴた、と収まってしまう。
そして領主は、しゅん、としてしまった。
「……ほんとに居たらどうしよう」
「どうしましょうね……」
ランヴァルドも最早、何も言えない。『どうしよう』なのはランヴァルドも一緒である!
さて。
ランヴァルドは『つくづく、妙なことにばかり巻き込まれるなあ……』と内心でため息を吐く。
ハイゼルでも、ステンティールでも、同じような酷い目に遭っている。
……が、唯一異なるのは、今回相手にしているステンティール領主アレクシスは、ハイゼル領主バルトサールより矜持が低く、人が良く、そして少々考え無しであるという点だ。
ならばランヴァルドはその点を利用して立ち回らなければならない。
さもなくば……またしても、『この話を表沙汰にすると大変なことになるからやっぱり叙勲は無しで!』とされかねないのである!
「……そういえば、パーティーにはハイゼル領の領主バルトサール様もお越しになるのでしたね?」
ということでランヴァルドは早速、得意の口八丁を発揮し始める。
「む?ああ、そう聞いているが……」
「ならば彼に相談してみてはいかがでしょうか。彼は年若くも優秀なお方です。ハイゼルもステンティールも中部の、それも隣り合った領地同士だ。北部貴族にこのことを知られてはまずいかもしれませんが……バルトサール様にだけ、こっそりと相談するのは、悪い手ではないはずです」
ランヴァルドは如何にも真摯に、ステンティール領のことを思いやって話しているような様子でそう提案してみた。
そう。ステンティール領主がハイゼル領主に自分の領地の遺跡の話を相談することは、悪い手ではない。
主に、ランヴァルドがハイゼル領で暗殺される可能性を下げられそうだ、という点において!




